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1981年世界選手権 in プラハ

2011.09.28.15:40

ふたつ前のエントリーのコメントで1981年の世界戦が話題になってます。そこで探してみました、YouTube、ありました。イタリア語のもあるけど、画面が一番きれいなのはオランダ語のこれかな? arturo さん、イタリア語が良ければ探してみてね。ちなみにこれはレースは前半だけなので、正味5分以下だと思います。



さて、問題はこの時代の集団スプリントでアシストはどんな動きをするのかです。で、最後ゴーナーを曲がってから、ゴールまで200メートルから250メートルという所でしょうか?それまでもずっと先頭でペースをつくっていたバロンケッリがそのまま150メートルぐらい前で横にどいて2番目を走っていたサロンニ発射。バロンケッリは横にどいてサロンニが腰を挙げた瞬間に「いっけぇー」って叫んでいます(たぶん 笑)。現在のスプリントにくらべ開始時期がかなり早めという印象です。

では他のチームはどうか?バロンケッリが仕事を終えた時、隣にベルギーのクリケリオンがいますが、これはべつにマールテンスのための動きにはなってないですね。ただ、バロンケッリと同じようにそこで仕事じまいしてますから、たぶんベルギーの誰かのためにアシストしたんだろうとおもうんだけど。マールテンスはこのクリケリオンとは全く別のラインから前に出てます。一方のフランスチームのイノーはというと、スプリントが始まったときに前にフランス人はイノーとデュクロ=ラッサールがいるけど、ラッサールってアシストしてるかなぁ。。。

結果を見ると、優勝マールテンス(B)、2位サロンニ(I)、3位イノー(F)、4位デュクロ=ラッサール(F)、5位ヴァン・カルスター(B)、6位モゼール(I)、7位デ・ヴォルフ(B),8位ムッター(Sui)、9位ヴォルファ(Sui)、10位ガヴァッツィ(I)。。。。

順位からいうと、4位のデュクロ=ラッサールがイノーのアシストをした上で4位に入ったとは思えないし(追記、これはアシストしてます。コメント欄参照)、ベルギーでは美少年選手のアルフォンス・デ・ヴォルフがマールテンスのアシストをしたとも思えませんね。特にラッサールのほうはイノーの後ろにくっついていったら4位になったという感じ??

この時代のアシストってどういう決め方だったのでしょう?コッピやバルタリの時代は個人契約でコッピがおまえこれだけの金で俺と契約しろとやってたと読んだことがありますが、集団スプリントの時にアシストをするというのは、コッピの時代にはたぶんなかったでしょう。

この記録ビデオからわかるのは、少なくともバロンケッリは明らかにサロンニのためにカタパルトになっていますね。また、マールテンスが勝ったことがわかったクリケリオンは集団の最後尾でやったーとばかりに手を上げてますね。ただ、アシストしたカイがあった、という意味での万歳ではなく、ベルギー人が勝ったので万歳しているのではないかと思えますが。。。

サロンニではなくモゼールのアシスト役もいたのかどうかも知りたいところです。

では、その少し前の時点ではどうでしょう?最終周回ではイタリアのパニッツァが先頭で集団コントロールをしてますが、他のイタリア人は別に何をするでもない感じ。というのはエースのサロンニは2番手にいますから。

ただ、途中イギリスの、現在女性となって生活していると噂のあるロバート・ミラーがアタックすると、先頭を牽いていたパニッツァが後ろを見て、たぶんバロンケッリだろうと思うけど、イタリア人が追いかけてつぶしに行きますから、チーム内での細かい役割分担もある程度あったんでしょう。でも、他のチームの動きは判然としません。

まあ、当時のスプリントのアシストってこんなもんだったんでしょうね。少なくとも列車にはまったくなってません。また、メンバーから見ればベルギーはマールテンス以外にも5位のヴァン・カルスターと7位の美少年デ・ヴォルフはスーパーはつかないまでもそこそこのスプリンターですから、マールテンスのための列車がつくれただろうけど、そんな気配は微塵もなし。優勝を狙えるかも知れないスプリンターが他のスプリンターのアシストをするなんていう発想が全くなかったのでしょう。

しかし、壁が崩れる前の共産圏プラハ、コースの横を走るくすんだ白とオレンジのバスなんかに、なんとも時代を感じました。それと、当時の選手ってヘルメットもサングラスもないから誰だかわかりやすい。特にスペインのレハレッタやクリケリオンなんかフォーム見ただけでわかりますね、あ、このなで肩はクリケリオンだ、とか、やっぱりレハレッタとか(この時代のスペインチームのマイヨのすてきなこと!!グレーにオレンジとイエローですよ!!)、他にも、あ、この寸詰まりのシャコタンフォームはイノーだとか、緑のマイヨの突っ立ったフォームはケリーだ、とか実にわかりやすい。特にクリケリオンのキャップのかぶり方の格好良いこと!!

これまた、コメントが充実しような予感。興味を持たれた方はコメント欄もご覧になってください(長いよ 笑)

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comment

CYPRESS
5年程前のレモンのインタビューでも今のツールでは、自分の実力では20位に入るのも難しいと言ってました。

選手のレベルが上がったと言うよりも、効果的、効率的な練習法が確立し知れ渡ったのが正解みたい。かつては名コーチと呼ばれた極一部の人しか知らなかった「魔法の方程式」がインターネットで分かるようになったから。

ツールの最終区間で総合1位の選手が区間優勝を狙うか否かは、その選手の”panache"の問題と言ったのは、メルクス。
選手自身のためではなく、観衆や視聴者のため。チャンピオンらしく圧倒的な力を見せお客さんを楽しませる、等と私は解釈してます。
2011.10.06 02:14
arturo
  自転車の”分業化”と、野球のそれは確かに共通項があると思いますが、一寸ニュアンスが違う気がします。が、しかし、野球についてコメントするほどの知識が無い(通り一片等な知識しかない。いや、それ以下?。)ので、いい加減なコメント(ただでさえ、いうもいい加減、、、)をすると、袋叩きに遭いそうな気もするので、これで一回投稿します。
 (しかし、全く中身の無い投稿!?。さては50回投稿の記録更新狙いか!?。)

  しかし、どう考えても、年間50勝(でないと通算500勝は出来ない!?結論は同じ事!?。)は現代では不可能ですね。前にも書いたですが、メルクスが現代に蘇ったとしても不可能。サンレモでは、先のイギリス人を相手。ジロでは各種イタリア人。ツールではスペイン人、ルクセンブール人、、、、、と言うように毎度毎度相手を変えないといけない。しかも、いずれもピークをそっちに合わせて来ている連中ばかり、、、。果たして掛け持ちは何処まで出来る!?。
2011.10.05 14:46
CYPRESS
コンセントレイションね、読んだことあります。
スティーブン・ローチのインタビューでね。
選手も人の子、家族、家の購入、税金、来年の契約、等等問題が有ったりうまく行かなかったりすると仕事に集中できないとか。
ローチが三冠を取った時は、何の問題も無く、自転車に集中出来た、と言ってました。

そしてニューサイ誌にシャニーが書き下ろしたグランプリ・ド・ナシオンの記事でアンクティルの話を引用し、そこにコンセントレイションが出て来ます。

2011.10.04 22:23
アンコウ
arturoさん、

サロンニは以前調べたことがあります。87年は出場したけど第10ステージぐらいでリタイアしてます。

長島つながりで、野球のたとえを続けます。

稲尾の42勝とか杉浦の38勝とか、あるいは杉浦の日本シリーズ4連投4連勝とか、当時は今と投げる回数がまったく違うし、分業制じゃないからねぇ。自転車競技もまったく同じことで、アメリカナイズ(分業制って、まさに、これでしょう)されてしまったから、もうメルクスみたいに年間50勝(今年の最多勝って15勝だよ!)挙げるとか、稲尾みたいにシーズン42勝とか、これってもうありえないですね。
2011.10.04 16:38
arturo
 アンコウ様。
そうですね。先にメルクスの通算勝利記録はもはや破られない、と書きましたが、今の時代、あの時代と比較すると分業化が進んじゃって、これはどうしようもないですね。
(メルクスの、この記録に付いては、やはりいつかデローザに行った時、次男、ドリアーノが自慢げに言ってましたが、しかしこれは事実ですね。「エディはいくつもの記録、金字塔を打ち立てたが、その中でも、この記録は倒すのがもっとも難しい記録だろう。」このセリフの時点で、アームストロングのツール7勝は未来の話でしたが、、、。未だサボっている、モルテーニのスキャンダル件も、そもそも彼から仕入れた話しです。)
 昔は、パリニースのメンバーとツールのそれとで、大した違いがない、と言う感じでしたが、今はレースごとに顔触れがガラっと変わっても不思議が無い、しかも、あの時代は1チーム辺り、15人とかしかいない。と言った事も普通でしたが、今はそれが25人で、”分業”させやすい時代、と言うのも1因しているでしょうし。(=チーム運営にははカネが掛かる。先に年収の話題がありましたが、、、。)昔はある種のどかなスポーツだった、となる!?。以前、カロンソと言う男が”考案”、そしてそれをJMルブランが、強力にその商業主義を推し進めた旨、投稿した記憶がありますが、、、。
  サロンニが突出していた、と言うのはアリですが、15人のチームで、彼一人のエースチーム、と言う図式の時代でもあありました。
  しかし、どっちにしても、デヴュー当時のサロンニはやはり、突出していて、確か19歳でプロになったと思いました。(余りに突出しているので、特例だったような、、、。)で、すかさず、ジロを獲った。しかし、キャリアの後半は棒に振った、と言うのは先に書いたとおりです。(それがなかったら、どうなっていたか!?。歴史は塗り変わっていた!?。)この身障者の件は、当時、今は故人となった、かつてにイタリアRAIのレース司会者だった、A、デザン、と言う男から聞きました。当時のテーマは、なぜブーニョはああなってしまったのか?。(=インドゥライン、コンプレックス!?この時点で、レースではなく、ゴシップ等で話題を提供していたので、、、。)でしたが、。彼の言い分は、その時、近所にいた、サロンニを指して、「彼だって、生まれてきた子供が身障者だった事から現役の後半をフイにしている。」(=この世界は、コンセントレーションが物を言う仕事なんだ。」となる!?。不安、悩みを抱えていると、それがすぐ結果となって現れる。と言う事か、、。)
  歴史に”もし”は禁物ですが、それがなかったら、85年、87年辺りのツールで登場していたのか?。(87年には確か、走ってはいたような、、、。)

2011.10.04 04:34
アンコウ
しかし、あの頃(70年代から80年代に入った頃)って、マールテンスにしてもイノーにしてもサロンニにしてもグランツールの総合優勝者でありながら、スプリンターだったっていうのが、現在から考えると、もうまったく信じられませんね。

たしかにマールテンスのブエルタは今の激坂だらけのブエルタとは違うんでしょうし、サロンニのジロも同じだろうけど。。。でも山がなかったわけじゃないからねぇ。イノーなんかシャンゼリゼでマイヨ・ジョーヌ着て2回も優勝しているなんてのも、呆れっかえります。まあ、メルクスも同じですが。
2011.10.03 15:43
arturo
アンコウ様。
 そうなんですね。
  テレビなんかでも、例えば、ツールでも、レース中、走行中、何らかの違反行為、結果、降格処分にした、とか言うのは、ぺシューがインタヴューに答えたりしてますね。
  又、(事の重大さも絡めて)ドーピングで、OXを失格、追放、処分にした時なんてのは、プリュドンムがコメントしている。なんて感じですね。
  勿論、完全に途切れていて、ビタ1文譲らない、、、と言う訳ではありませんが、、、。
  (ドーピングは競技中の出来事でない、と言うのがここでのポイント。そう言う意味では、レースディレクターではなく、競技ディレクターと言うべき?!。(directeur competition)
  要は重箱系の訂正でした。

  それと、時代が変わってしまったので、メルクスの通産勝利、これは永遠に破られないでしょう。(現代だと、メルクス本人が蘇ったとしても不可能と言われている。)
2011.10.02 20:53
CYPRESS
世界選のビデオを見るとやはり当時のサローニの瞬発力は特筆的。
速いわ。
でもこのレースではゴール前2,30mで踏むの止めてますな。
力尽きたか、マールテンスの地足に恐れをなしたか…
250kmとか走った後であんな加速されたら列車係の皆さんは付いて行けないないんじゃない?
イノーとマールテンスの反応を見るとアシストや列車を利用しようとする気が無いみたい。
イノーとマールテンスは誰かが仕掛けたら直ぐに反応しようとしてたか、単純な反射の様にも見えます。
2011.10.02 20:24
アンコウ
ふーん、ジロもツールもディレクターという役柄を気にしたことがなかったんだけど、総合ディレクターの下にレースディレクターがいるということ?むろん未知谷さんからルブランのインタビュー本が出ているけど、あそこではあまりそういう主催者側の話が出ていなかったか、出ててもよくわからなかったんだけど。。。

んで、メルクス、出場するレースすべてを勝とうとした、とか言われて、なんでも喰っちゃうってわけで 人喰い なんていわれたんだろうけど、生涯500勝以上とはいっても、勝てなかったレースのほうが多かったわけだからねぇ。

メルクスが本気で狙って勝てなかったレースってどのぐらいあるのかなぁ。

ただ、もう伝説の人ですからね。長嶋茂雄みたいなもんですよ。どこまでホントかわからないエピソードがてんこ盛り。まるで常にホームラン、悪くてもヒットみたいな言い方をされますが、でも冷静に考えれば10回打席に立てば7回はアウトになったわけですからねぇ。長島が燃えてヒットが打てなかったことってどのぐらいあったのかなぁ。
2011.10.01 23:28
アンコウ
CYPRESSさん、

1953年ねぇ。。。調べだすと楽しいので、自己満足のために、きっとそのうち 笑)
2011.10.01 23:10
arturo
しかし拍手が少ない、、、ナルホドそんな概念を持っていませんでした。そう言えば、、、。まあ、僕が書き込む時は、大体、少ない時じゃあ!?等と勘ぐりますね。しかも、アクセスしてみて、読んでは見たけど、異様に長いコメントで、登場人物は同じだしで、大半の人は、時間を割いて読んだはいいが、「コイツら、身内で何やってんだ!?。」状態ではと想像します。(=拍手が少ない。逆に呆れている!?。)

  もうヤケクソで、呆れられの脱線ついでに、パリツールですが、まともに返事をしてくれたのは、G アルバーニでした(つまり、当時の監督。後にジロのレースディレクターとなる。彼の時代のディレクターはカステラーノですが、総合ディレクター。ツールでは、時代性も含めてルブラン。一方、レースディレクターは、今も、JFぺシュー。)早い話、「あの時代、メルクスもモルテーニも、あのレースを”評価”していなかった。(優先度が低い。)」とは言ってました。(=メルクスが本気で狙っていたら、獲れない筈が無い!?。」a Quell' epoca ne' Merckx anzi Molteni non consideravano quella corsa".
2011.10.01 19:09
CYPRESS
★メルクスの言葉1
スプリントで誰が勝つ?最後に一番力が残ってるヤツ。
好例が1983年のベルギー選手権。スプリント(→たしか二人)で勝ったのは、
ファン・インプ。

★メルクスの言葉2
世界選に相応しいのはリエージェ~バストーニュ~リエージェかロンバルディアみたいな強い選手が弱い選手をふるい落とすコース。
好例が1980年のサランシュ。

○世界選なら、コッピが勝った1953年のルガーノの話がいいなぁ。
お待ちしております。
2011.09.30 21:05
アンコウ
arturoさん、

いやいや、別に何かの目的に向かって邁進しようってわけじゃないんで、ネットサーフィンと同じでね、最初の疑問からどんどんずれていくのは、まあしょうがないかな、と。。。笑)

パリ~トゥールの映像?昔のあるのかなぁ。そのうち探してみましょう。

最初は大集団スプリントの世界戦をけなすことから始まったコメントチェーンですが、いまは、もう列車の話から、再び過去の世界戦に関心が移っております 笑) 次アップはサロンニの優勝した奴だな。あれってたしかレハレッタがなんども逃げるんですよね。

ただ、この過去の世界戦、個人的にはすっごく夢中になって調べて、むちゃくちゃ楽しかったんですが、若い人にとっては、知らない選手ばかりだし、画像は荒いし、つまんないかな?拍手が少ないっす 笑)
2011.09.30 08:54
arturo
しかし今ひとつ不明瞭に感じるのは、先に二つの論点が混在、、、と書きましたが、仮に列車の”発祥”の調査ならば、何も世界選に固執する必然性は低いような気もします。例えばパリツールのようにスプリントの可能性の高いレースをマークして、動画を探すとか!?。ムリに世界選を探すと時間のロスが大きい感じがします。(これも余計なお世話!?。)
  やはり書きましたが、世界選では大スプリントと言う概念が(列車以前に)稀、と言いたくて、マルテンスに辿り着いた経緯があるので、こっちサイドとしては、、、。
  アシスト、と言う概念では、それこそ、いつか、アクセルメルクスと話をした時に(その時のテーマは、なぜ、オマエの親父は、パリツール(だけ)獲れなかったのか?。」でした。)一回勝てるチャンスがあった。しかし、その時はアシストに回った。」「それは69年。」みたいな会話をした記憶があります。スプリントのアシストの概念は、当然ながら、マルテンスのとっくの前にあった訳ですが、、、。しかし皮肉にもこの二人のスキャンダルは73年バルセロナネタで、もう、”登場”してますが、、、。
  ちなみに、メルクス本人にこの質問(パリツール)をした事もありましたが、全くあしらわれてしまいました。曰く、「勝てなかった!?。そんなの決まってるだろう。弱いからだ!。」「そんなの答えになってるかってんだ!。サンレモを7回獲れる男、アルカンシェルを3回(プロ)そしてLBLを、、、、な男が何で、ゼロなんだ!。(ざけんじゃね~)」とやった所、「シクリスムは、算数ではない!!。」と、”一喝”されてしまいました、、、。
2011.09.29 19:33
アンコウ
arturoさん、

なるほど、サロンニタイプ。1981年のゴールシーンを繰り返し、ストップしながら見直してみたんですが、最後のコーナーを曲がって出てきた瞬間って、結構前方に青いマイヨが固まってます。ただ、解像度が悪くて、全部イタリア人かわかりませんね。バロンケッリの前にまだ別のイタリア人が引いていた、つまり単なるアシストではなく、列車をつくっていた可能性も考えられます。ただ、モゼールがいるのに、わざわざサロンニのためだけに列車をつくるかどうか。。。

サロンニが腰を挙げる直前の後ろのフランス人二人、見直してみると、背中の丸まり具合から、前がデュクロ=ラッサールですぐ後ろがイノーですね。サロンニのラインに限れば、直後にマールテンスとデュクロ=ラッサール、その後ろにイノーと、その左右はリザルトから判断してモゼールとヴァン・カルスターかデ・ヴォルフですかね。

バロンケッリが仕事をやめた瞬間、そのすぐアウト側にクリケリオンがいますが、これはやっぱりマールテンスのアシストだったのかなぁ。ちょっとラインが違うような気がするけど。

ということは、各チームそれなりにアシストがきちんとエースのための道をつくろうとしていると見ていいですね。ただ、イタリアチームは突出して目立っていますけどね。

それから、もう一つ気になっているのは、その少し前の段階でもイタリアチームが前方を固めているように見えるんですが、エースのサロンニは常に2番目ぐらいにいますよね。今だったら、前にもう少し風よけがいたほうが良いような気がするけど。少し前にアップしたゲルデマンのルクセンブルク一周では、前に3人後ろに3人のフォーメーションとあります。まあ、集団は生き物ですから、常にそのフォーメーションで走れるわけではないでしょうけどね。

そういえば、イノーが強かった頃の写真を見ると、集団の先頭にかならずイノーがいます。いまから考えるとアシストは何してるの?って感じだけど。。。それから、なにかのビデオでアタックした選手をイノー自身が捕まえてコントロールして集団に引き戻しているシーンを見たことがあります。あれってイノーはアシストいらないほど強かったのかなぁ??またまた記事並みの長さになってしまった。本文にはコメントも読んでねと追記しておきましょう。

ふむ。もう少し考えてみましょう。 91,92のブーニョはまた別にね。手ぐすね引いて待っててね。こちらは、いつになるかわからんけど。

いや、コンタドールの弟も重度の障害者ですよ。でも、ぼくはコンタドールはあまり応援してません 笑)
2011.09.29 08:50
arturo
ナルホド、僕の中、例によってバクゼンとした概念の中では、この”列車”の考案者はサロンニとなっているので、今回のアンコウ様の話はそれを助長したカッコウにはなる!?。
  ただ、このバクゼンとした根拠にあえて継ぎ足すのとすれば、それは皮肉な事に、和物の書物に書いてあった、それも、あのS田、フォトジャーナリストの書いた文章にて読んだ記憶があります、、、。(なんて事だ!。)さてどこまで、、、、状態でもありますが、、、。しかし世界の三大自転車ジャーナリストの”大御所だしなあ~、、、。でも日本のジャーナリストは英国のそれの100分の一しか勉強してないから、やっぱ、それなりかあ~。
  但し、さすがに最近は聞いた覚えが無いですが、まあ、20年前位までだったら、S田どうこう、、、、以前に、イタリア国内でも、TIPO SARONNNI(=サロンニ型)と言う形容は聞いた記憶がありますが、、。サロンニ型とは?、つまり、アシストに引いて貰って、最後に出てくるタイプのゴールハンターと言う意味で使ってました。今書きましたが、さすがに最近は全く聞いた覚えがありませんが、、、。
  サロンニが本当に強かったのは、80年代の前半なので、やっぱ、そうかなあ~と言う気持ちにもなります。ちなみに、サロンニは、生まれた二人目の子供が身障者であった事から、これが災いして、現役の後半を棒に振っている、と言われてますから、僕としてはアンコウ様には、親近感を持って貰いたいと思っています。(余計なお世話!?。)

  それと95年以前で、ゴール前のアシスト(が決まった!)と言えば、92年のそれだってありますよね。先のキオッチョリーと同じチーム、MGの男が、ゴール前、それまで全く不調と思われていた、ブーニョの元へ行き、「行けるか?。」「やってみる。」「解った。じゃあ、オレが道を開けるから後は頼む。」と言う感じで、見事に世界タイトル連チャンをやってのけましたね。この後イタリアのメディアでは「ジャンニ、オマエは、さては三味線弾いてたんだな。このヤロ~!ニクイぜ!。」状態でしたね。あの時は。
2011.09.29 06:26

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プロフィール

アンコウ

アンコウ
**********************
あんけ・たつや。欧州ロードレースに興味を持ってすでに30年以上。主にドイツ人選手を応援。特に青田刈りにいそしむ。歳にも関わらず、あらゆる点ですごいミーハー。そのほか好きなものは、読書、音楽はバッハと友川カズキ、北方ルネサンス絵画、映画、阪神タイガース(村山、江夏以来ですが、強すぎないこと希望、弱すぎはもっと困るが)。北欧の社会民主主義に対する憧れ強し。家族構成は連れ合いと娘三人。

* 時々コメントが迷惑コメントとしてゴミ箱に入れられることがあるようです。承認待ちが表示されない場合は、ご面倒でも書き直しをお願いします。2017年8月3日記す(22年3月2日更新)

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