嫌な、というより物凄く恐ろしいカルトと政権の関係の話ばかりでこちらの精神状態までおかしくなりそう。こんな時は自転車に乗るのが一番なんですが、暑くてなかなか乗る気にならず、今日こそは、と思ったら東京は雨です 苦笑) こんな時には大昔の絵を見ながら心を落ち着けましょう 笑)

ステファノ・ズッフィという人が書いたヤン・ファン・エイクの有名な「アルノルフィーニ夫妻の肖像」についての本です。
前にも書いたけど、ファン・エイクって古今東西最高に絵がうまかった人だと思うんですよね。

中学校の美術の教科書に載っていた名画の写真の中で、この絵が一番好きだったんですよ。なんでかって言われてもわかんないけど。
で、この本はこの二人の肖像画(実物は約80X60cm)を16に切り分けて、それぞれの画面のアップの映像と共に解説が入っています。ただ、この本ではこれまでイタリア出身でブリュージュで成功した商人のジョヴァンニ・アルノルフィーニと妻の肖像だと言われてきたモデルが、ヤン・ファン・エイク自身とその妻がモデルなのではないかという2010年に発表された説(著者自身ではありません)を踏まえて解説されている点が、結構スリリングで面白いです。
つまりこの絵が描かれた年号は壁に描かれている文字から明らか(1434年)で、ところが1990年に発見された古文書からジョヴァンニ・アルノルフィーニが結婚したのは 1447年だということがわかったので、昔は「ジョヴァンニ・アルノルフィーニ夫妻の肖像」として展示されていたのが、現在はジョヴァンニがなくなっているんだそうです。アルノルフィーニの名前も描かれてから80年ぐらい後の所有者の目録に「エルノール・ル・フィン」と記されていたことに基づいていると。だけど、このエルノール・ル・フィンと織物商人として成功したジョヴァンニ・アルノルフィーニという家名を結びつけたのはさらに350年近く後になってのことで、しかも、最初に記された「エルノール」はフランドルの茶番劇での「寝取られ男」のことでもあるというのですね。
このアルノルフィーニの単独の肖像画もファン・エイクは描いていて、鼻の形などから間違いなく同一人物ですが、それもこちらの肖像画がアルノルフィーニ夫妻の物だとされた後に、じゃあこっちも、となったようです。つまり、現在流通している絵の題名(モデル)は、あくまでも絵や額に明確に記されているわけではないのです。

で、この二人の肖像画がファン・エイク夫妻だという最大の根拠が、確実にファン・エイクの奥さんだとされる女性の肖像画が残されていて、それとこの「アルノルフィーニ」夫人が似ているということなんですけど、似てますかねぇ。。。

さらには、この本には出てこなかったけど、夫のほうの単独肖像画が手に持っているものは手紙だそうで、どうも画家の持ち物とは思いづらいんですよね。そしてこれまでよく言われていたのは赤いターバンの男の肖像画、これがファン・エイクの自画像ではないかという説。

その理由は、ファン・エイクってこの問題の肖像でもそうですが、反射するものを絵の中によく描きこんでいるんですね。この肖像では真ん中の凸面鏡で、それをアップにするとそこに青い服と赤い服及び赤い帽子かターバンを巻いた二人の男?が描かれています。ちょっとわかりづらいですが。。。

またファン・バーレの聖母子像という絵に描かれた騎士の鎧の反射をよく見ると、この絵を描いている画家と思われる赤いターバンとガウンの人の姿が映り込んでいます。これも写真じゃ分かりづらいけど 苦笑)

つまり、赤はファン・エイクのトレードカラーで、特に赤いターバンは常に愛用していたのではないか。無論上の「アルノルフィーニ」単独肖像画も赤いターバンを被ってはいるので、決め手にはならないけど。
まあ、この本でもファン・エイク夫妻の肖像画説を紹介しながら、あちこちで疑問も呈しています。ただ、そんな話を読み、600年前の流行は、男たちはこんなターバンしてたのか、と考えながら、このなんとも静謐な、600年近く前にフランドルで描かれた、空気の密度すら感じさせる絵に集中して、その時代に思いを馳せる幸せを、しばし感じることができました。
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