
東京新聞でも、これまで、山本太郎とれいわ新選組について大きく扱うことはほとんどなかった。だから多くの人に、彼が言っていることを知ってほしいと思う。これまでも何度も書いてきたけど、山本太郎は本物だと思う。彼が語る人間観・世界観は拙ブログで最初から言ってきたこととほぼ重なる。
目指す社会像も完全に支持できる。どんなことがあっても国が守ると言ってくれなかったら、国なんて必要ないだろう。自民党がこの国を守ると言っているのとは、言葉だけは似ているが「国が守る」と「国を守る」では方向が真逆である。
そしてこのコロナ以降、自民党の言っているのは嘘じゃなかったんだ、というのがよくわかった。国を守るためには国民は多少犠牲になってもらっても致し方ないというわけである。オリパラの強行なんて、国のメンツのためにはコロナ蔓延も致し方なし! っていうことで、自民党の主張通りである。
国民を守らない国、いざという時に自分のことを守ってくれない国って、そんな国家像を掲げる政党を応援する人間が3割ぐらいいるというのが、僕には全く理解できない。
前にも書いたように、空気なんだよね。自己責任とザマアミロの空気が日本を覆っている。自己責任と言えばそれ以上面倒くさいことを考えずに済む。自己責任と言えば不運な他人を思いやる必要はない。結局、自分のことで手一杯になっているから、人のことなど思いやる余裕がない。その時チクッと感じる心のうちのかすかな「やましさ」、それを取り除いてくれるのが「自己責任」という言葉だ。社会はどんどん劣化していく。同時に人々の心も劣化の一途をたどり、叩けると思えば、ザマアミロの大合唱。
要するに格差を拡大して、人々に自分のことだけを考えさせ、他のことを考えさせるゆとりを与えなければ、「自己責任」と「ざまあみろ」の空気を後ろ盾に支持を取り付ける政党がある。
最近も書いたけど、自民や維新を応援する心情はこういう空気によって醸成されるのだろう。
さて、山本太郎に戻るが、ただ一つ、わからない点がある。山本太郎と言われれば積極財政だ。国債発行によって円をもっと大量に流通させるというわけだが、これが本当に大丈夫なのか、僕にはわからない。山本太郎の街宣は、YouTubeも含めて色々見てきているから、理屈は理解しているけど、今後何年も国債を刷って金を流通させるやり方が本当に可能なのか、そもそもそれによって人々が消費するようになるのか? そもそも同じようなMMTとかいう理論を唱えている専門家も何人もいるけど、有名どころの人たちってちょっとビジウヨ的な人が多いし 苦笑)
税の取り方を変える、これは山本太郎も言っているけど、積極財政が強く前に出過ぎてて、税の取り方を変えるというアピールが少ないような気がする。積極財政と直接税の累進化を強める、この二本立てであることをもっと強調していいんじゃないかなぁ。
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