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吉田裕「日本軍兵士」覚え

2020.10.15.12:03

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いやはや、むちゃくちゃだよ、旧日本軍。こんな国の兵士にならなければならなかったなんて、なんて気の毒な旧日本軍の兵士たち。

1937年の日中戦争の始まりから1945年夏の敗戦までのうちで、1944年以降に全戦没者310万の9割を占めるというのは、今話題の任命拒否された加藤陽子の本でもかつて教えられた

しかもその死者たちの半分以上は敵の弾に当たったのではなく、マラリアや栄養失調などの病死や餓死だった。また戦死として報告されることが多かった自殺者の数も、他国の軍隊以上に多かったという。

この本が書かれた理由の一つとして、著者は「日本社会の一部に、およそ非現実的で戦場の現実とかけ離れた戦争観が台頭してきた」(209)ことや「日本礼賛本」や「日本軍礼賛本」による日本軍の過大評価の風潮に対し、「戦場の凄惨な現実を直視する必要がある」(212)という思いだと言っている。

日本軍は個々の兵士の健康状態など気にもしない。例えば従軍歯科医師がほぼいなかったために虫歯の蔓延を引き起こし、内地部隊では古参兵や上官による理不尽な私的制裁(リンチ)により死者が出ても罪に問われず、結果、「極度の過労と栄養の不良が結核の温床となっ」(101)た。

すでに1940年から、補給兵站の不備を補うために現地調達、「現地自活」(つまりすでに常態化していた中国民衆からの略奪)を軍の方針として強行し、捕虜になることを禁じ(1937年にはまだ捕虜になることを認めていたそうだ)、作戦・戦闘を全てに優先させて「補給、情報、衛生、防御、海上護衛など」(139)を軽視し、軍服も軍靴もその他の装備も、そして何より兵器も敵とは比べものにならぬほどに劣悪であったにもかかわらず(それを指摘した前線からの書簡を東條英機は握り潰す)、最後はみんな死ねとばかりの特攻作戦。声変わりもしていない少年たちをかき集め死地に赴かせ、死なない奴は臆病者だと言わんばかりの上層部。そしてそう命令した奴らは戦後ものうのうと天寿を全うしたわけだ。

戦闘機パイロットだったある元陸軍大尉の言葉だ。

「戦争が激化する。負け戦が多くなり、戦死者が激増し始める。そうなると、本人の勲功の多少に関わらず、いつまでも生きている将や兵が白い目で見られたり、皮肉や嫌味を言われたりと言う奇妙な傾向が現れ始める。恨まれたり、妬まれたり、どうかすると戦死しなかったというだけの理由で卑怯者呼ばわりされたりもする(中略)それにしても、貴様はいつまで生きる気かなどと、上官が部下を捕まえて嫌味がましく口にする風潮というものが、果たしてアメリカやイギリス、中国の軍隊内にもあったであろうか」(121)

旧日本軍兵士たちは、敵の弾で殺された者の数よりも、間接的な意味も含めれば、味方に殺された数の方が多かったのだと言っても過言ではない。 


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アンコウ

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あんけ・たつや。欧州ロードレースに興味を持ってすでに30年以上。主にドイツ人選手を応援。特に青田刈りにいそしむ。歳にも関わらず、あらゆる点ですごいミーハー。そのほか好きなものは、読書、クラシック音楽(特にバッハ)、友川カズキ、北方ルネサンス絵画、映画、阪神タイガース(村山、江夏以来ですが、強すぎないこと希望、弱すぎても困るが)。少し前から草食動物と化そうと「努力」しています。北欧の社会民主主義に対する憧れ強し。家族構成は連れ合いと娘三人。

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