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プリドール死去

2019.11.13.22:53

と言うわけで、最近は往年の名選手の死や病気ばかりが拙ブログのニュースになっております。

最近ではクロスの世界チャンピオンでロードでも参戦すれば台風の目になっているマチュー・ファン・デル・プールのおじいちゃんとして有名ですが、フランスではある時期、間違いなく一番愛されたフランス人の一人だったはずです。

アンクティルの全盛期、そしてそのあとにはメルクスが登場と、ツールに5勝する二人を前に、とうとうマイヨ・ジョーヌを一度も着ることができず、彼ら最大のライバルたちがいなかった時には落車でリタイア(1968年、73年)したり、ジモンディやエマールにマイヨ・ジョーヌをまんまとかっさらわれたり、運がなかったと言われる選手。15年に渡りツールに出場し、その間8回3位以内に入りながら、とうとう1位はなかった選手。

まあ、本人は自分はブエルタにも勝ってるし、プロで200勝近くあげているんだ、と胸を張っていたようですが。世界選手権でも74年にメルクスに次いで2位。そしてツール100年の時のアンケートで史上最高のツールとされた64年、もうツールのコースになることはないであろう、ル・ピュイ・ド・ドームで、総合優勝するアンクティルと肘をぶつけ合う激しいバトルを見せながら、55秒差でやっぱり2位。ツールの歴史には万年2位とか、不運を絵に描いたような選手が何人もいますが、そんな中でも最も印象的な選手の一人だったと思われます。

前にも何度か書いたことですが、プリドールにとって最大のライバルだったアンクティルが53歳で亡くなる時、プリドールは死の直前(前日と書いてある資料もあります)にアンクティルを見舞いに行くと、アンクティルはこう言ったそうです。

「レイモン、悪いな、また君は僕より後だ」

今、アンクティルに遅れること三十年以上遅れてゴールしたプリドール、先にゴールしたアンクティルは彼を笑顔で迎えてくれた、と願ってやみません。

合掌。


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comment

Arturo
アンコウ様
  先にジモンディの方に投稿してしまったので、なんかヘンな感じですが、(書かない方がよかった!?。投稿、アップ間のタイムラグによる)
 とにかく脈絡上ありがとうございます。(それ以前に先日は別件どうもありがとうございました。何の話!?)

 プリドールと言うと何故かヘンな記憶があり、このおじさん、メカノでもないのにヘンな事に詳しいなあ~等と思った記憶があります。
 曰く、「いやハブのフリーと言うのはネジ山が3種類あってな、これがあって結構厄介だったんだ。」(確かに、英、仏、伊と3種類ある。当然ながらカセットフリーの時代ではない。)なんで、こんな話になったんだ!?いや確か、「66年のシーズンは、非カンパ仕様になっているが、回転部分(BBは行き掛かり上除く)はしつこくカンパ使っているけど、、、」みたいな事を問うたのか!?もはや記憶が判然としない!?。しかし同じタイミングのセリフで「いやあの時は、ジモンディがオレのところに来てだ、『そのプラスチック製のりヤメカ、こっちに1個回してくれないか?。TTで使いたい。』と打診された事があった。」(ホントかよ?。しかしもうウラは取れない!。ここからは余談ですが、この直後、カンパは当時日本で言うところの”オール軽合”のヌーボレコード出すので、この依頼そのものが消滅したと考えられる!?しかしもう死語だね。苦笑)と言う話になったのを覚えています。
(ハブネジ山の件はいつか新宿で紹介した技術者の方にも、「いやヘンな事詳しいオジさんですね。」と言われてしまいました。)

 まあ、画像については、先にSNSに投稿したとおりですが、しかしメカ系はともかく、一般論的にも、不可思議な運命たどった選手と言うのは揺るがないですね。生前解説中のフィニョンも言ってましたが、とにかく「あれだけ走って(挑戦してかつ表彰台に登っていながら)たった1日もジャージを着る事がなかった。」に尽きるでしょうねえ、、、(64年の例の暫定14秒が、もっとも近づいた瞬間!?)

 それとTTが苦手の如き印象を与えてしまった様な不公平感がありますね。
 しかし実際のTTは、かなり獲っていて、この場合むしろアンクティル(メルクスも)が異様に速かった、と見るべき!?(一寸89年の8秒差のヴェルサイユーパリのフィニョンと相似化出来る!?。あの日フィニョンは区間3位で決して遅くない。デルガドは遅かったけど!?。彼の前を走ったのは、非DHバーでは同僚のマリーのみ、64年の最終決戦のヴェルサイユーパリとかなり相似化可能!?。やはりプリドールも区間3位!?ゴール直後の映像には、今度ばかりは最高の走りをした、奴を打ちのめした感アリ!?)
2019.11.14 10:08
CYPRESS
何ですと~?
プープーもねぇ…

74年のツールでも2位です、ハイ。
38歳ですよ、38歳(@_@)。
フランス人選手で当然ながら最高位。
74年と言えばシャニーのアネ・ド・シクリスムの最初の年。
ツールにエラいページを使っていてねぇ、読めないけど(笑)。
74年のツールと言えば、カンパのスーパーレコードが使われ始めた最初のレース。
(マビックのハードアルマイト加工したSSCパリ~ルーベが使われるのは翌75年のツール)
スーパーレコードのフルセットは使われてない様で、特にヘッド小物はまず使われてなかった様です。
プリドールのメルシェは、期待されていなかったからか(笑)、レコードのセットにスーパーレジェーラのペダル、レコードのアウターリングの枠を切った物。
そんな写真が多かった、記憶が(笑)。
スーパーレコードのBB小物とペダルは軽いんで、プリドールが使っていたら(笑)。

マールテンスと同じでロードレースをやるには人が良過ぎたんじゃないだろうか?
アンクティルやフィニョンと正反対だったんだろうなぁ。

ジモンディに次いでプープーも旅立った。
64年のツール、見たかったなぁ、実況中継で。
2019.11.13 23:27

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プロフィール

アンコウ

アンコウ
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あんけ・たつや。欧州ロードレースに興味を持ってすでに30年以上。主にドイツ人選手を応援。特に青田刈りにいそしむ。歳にも関わらず、あらゆる点ですごいミーハー。そのほか好きなものは、読書、音楽はバッハと友川カズキ、北方ルネサンス絵画、映画、阪神タイガース(村山、江夏以来ですが、強すぎないこと希望、弱すぎはもっと困るが)。北欧の社会民主主義に対する憧れ強し。家族構成は連れ合いと娘三人。

* 時々コメントが迷惑コメントとしてゴミ箱に入れられることがあるようです。承認待ちが表示されない場合は、ご面倒でも書き直しをお願いします。2017年8月3日記す(22年3月2日更新)

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