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デーゲンコルプのブエルタツィート日記(7)

2019.09.01.10:53

25%ねぇ。1999年、初めてブエルタでアングリルが登場した時、最大23%と言われたウルリッヒは言葉が出なかったそうです。あの時は霧が出て、後ろの方では自転車を降りて押している選手が出るなど、異様な雰囲気だったそうです。当時は細工しない限り、インナーは39とかまでだったし、後ろだって26ぐらいだったんじゃないかと思うんですけどね。今は25%もクルクルペダルが回ってます。なんか勾配の凄さは大して売りにならないような気がします。まあ、これはもうずっと書いてきてることですが。。。

と、ここまで書いて、急用でほったらかしにしていたら、あっという間にすでに第8ステージも終わってました 苦笑)

* 
第7ステージ、183km、150位、+28:42

C: どんな日だった?

デーゲ: 逃げ集団にとっては65キロ以上の素敵な快走だったね、多分平均48キロペースだったと思うよ。だけど平地では山よりずっと楽しくドンパチできるよ。うちのチームからはブランビッラが逃げに乗ったけど、バーレン・メリダがすぐにコントロールに入ったね。

C: 君は適当にセーブして(明日のために?)体力温存することができたかい?

デ: モビスターが本気になったときまでは比較的リラックスしていたんだ。だけどそこからはいわば、「シートベルトをお締めください」モードだったね。最後から2つ目の山からいつも通り走ったよ。「前に行けないなら体力温存」という僕のモットーに従ったわけさ。

C: ゴールしてシャワーを楽しめたかい?

デ: あはは、昨夜、うちのチームバスは修理へ出て、その前はどうだったか忘れちゃったけど、とりあえず猫の行水とスプレー缶の乾燥シャワーを浴びたよ 笑)

C: 唖然 うまく休養してね、ありがとう、また明日。

デ: EDPC3oQXoAEDl7M.jpeg



スプレー缶の乾燥シャワーというのは、そういう製品があるようですね。レース後やサイクリング後などで、野外でシャワーがない場合のためだそうですが、日本でも売ってるのかな? 


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comment

アンコウ
Arturoさん、

お世話様でした。まあ、昔に比べてレースが、というより、レースの展開がつまらなくなったという理由と、それをなんとかしようと激坂を増やすことに対する疑念ということです。 ただ、昔に比べて選手の情報がずっと身近になったから、そういう面では面白くなりました。

おっしゃるように大資本が関わるようになったとか、グローバルになったとか、まあ、これは資本主義社会の当然の帰結なんでしょうけど、例によって僕は社会民主主義、つまり、いきすぎた資本主義は人類を滅ぼす、っていうやつなのでね 笑)
2019.09.08 22:07
Arturo
アンコウ様
  と言う訳で、バネ交換の後、所定の場所を何箇所か訪問、そして迷った末、台風から逃げるべく、早朝、都内から逃走しました。今落ち着きました。(しかしなんの話!?)

  で、本題!?ですが、個人的には激坂ブームの要因と、見る(観戦)側の面白さの関連性等を論じたつもりだったのですが、メーターとか無線とかケイダンスとか、、、と言った話になってくるとおのずと論点そのものが変化してきますね。(以前からまま言っている論点の整理!?)

  僕自身(激坂どうこうと言う論点の縛りを解除したとして)なぜレースがつまらなくなった?と問われれば、それはいつもの過去散々書いた結論に帰結してしまう、と言うのがあります。散々書いた気がするので、もはやあまり書きたくないのですが、まあ、起承転結、結のみを書くなら、「要はマフィアが仕切ってる世界だからだろ!」となってしまいます。もはや”起承転”部分は過去の投稿、参考にしてください状態!?(当然ながらイノーの時代に戻る道理もない)こう書いてしまうとアンコウ様も困惑するしかない!?さしずめ、「それを言っちゃあ身も蓋もないじゃんかよ!」状態!?。
  アンクティルが活躍して、ゴデが指揮していて、ツールの主催者が新聞社の一角だった時代は、ある意味のどかな時代で、新しい物が入りにくい素地があったように思います。(悪く言えば保守的。)そもそも誰も目をつけない。それが肥大して、巨大資本が入りやすい(関心を持つに値する)ようになってしまうと、メーターでも、無線でも、その他ある意味、出現して当然かと、、、
  しかし統括団体、組織がまともな組織で、「本競技の特性にそぐわない。」とガンと拒絶、普及しないようにすれば、ある程度イノー時代のスタイルのまま維持、と言うのもアリだったとも思う訳です。(あのアワーレコードのレギュレーションの変遷、あれはなに!?もう笑うしかないね、状態だらしない組織、行き当たりバッタリの組織!?)
  ま、残念ながらカネ、力のあるものの勝ち、と言う残念な世界としか言いようがない!?
  さて、今回はアンコウ様は同感出来るか!?
  (まあ、なんでメーターで無線で、これらのものが出現して来やがって、、、の議論を始めると僕の場合最後はこの議論になってしまう、真ん中部分は大いに飛ばしましたが、、、と言う話でした、、、。だからもう、これも過去にさんざん投稿したじゃん!な結論!?苦笑)
2019.09.08 20:07
アンコウ
Arturoさん、

うん、もちろん距離の短縮もあるけど、やっぱりハード面かなぁ、以前よりつまらくなってしまったのは。。。

何しろ25%の坂でもペダルがクルクル回っててちっとも大変そうじゃないんだもの。例えば昔の映像で見るコッペンベルフなんか、ペダルが止まりそうだものね。85年?のパリ〜ルーベなんかマディオが上半身を上下に揺すりながらむちゃくちゃ重いギアを踏みつけるようにして走っていたし、当時は自転車を速く走らせる一番の方法は重いギアを踏むことだったんでしょう。アームストロングから重いギアよりペダル回転数がものを言うようになって、それと連動するようにハード面でも軽いギアのニーズが高まったと。。。そう言う意味ではアームストロングの走法は自転車レースの歴史を変えたと言っても良いんでしょうね。

レース展開が昔ほど面白くないのは無線機とワット計測メーターを見ながら走るようになったせいでしょうね。どちらにしても、イノーの時代に戻せ、と言うわけにはいかないでしょうからね。
2019.09.06 14:05
Arturo
アンコウ様
  そうです。それとあのエリアは国立公園だのなんだのと本来は(法的にも)イベントやるには問題あったのをなんとか丸め込んで、使用にこぎつけたような記憶があります。その辺の遵守の為、ゴールエリアも立ち入りの制限があったり、車両の制限もあり、プレスは皆麓のプレスルームから、シャトルバス!?(マイクロバス)に乗って、ゴールに向かった覚えがあります。(例の本にはゴールエリアの画像もあったような、、、まあ見てください。見開き写真の近所です。)
  しかし激坂は時代の趨勢としてやむを得ないかな?とも思いますね。これがつまらないとすると、ステージレースそのものがつまらない!?。
  先の投稿の補填ですが、つまり、昔のようなノコギリの歯(あくまで鉄ノコ型ノコギリではなく、木工用!?)形状のステージは時代の趨勢としてやりにくい。(前述のとおり、やりすぎると、登坂標高積算が増えてしまう。)この状態、前提でを見ると、やっぱ面白い筈の山岳ステージも、その面白さが半減してしまう。(あくまで見物人目線。選手目線は又別として、、、)ひとつ前の峠の時点で、「う~む、このチームは残り何人だな(アシスト)」とか、「ここでもうインドゥライン投入するのか!すると万にひとつもインドゥラインで行くつもりはないんだな、、う~む、、」(90年ツールのラルプの日の話。でもそれでもあのツールでインドゥラインは10位だったんだから、この時点で既にすごいなあ状態、、、しまった!脱線!苦笑!でも、もうあれから30年近く経ってる!ガ~ン!)みたいにレースを眺める事もしずらくなってしまう、、、と言う事が起こる。サバイバルレースのサバイバル性の欠如!?。最後の登りで殆どアシストもチームも無傷で坂にかかる、という図式になる。するとアシストがいなくなって、個人戦の様相を呈する迄の”待ち時間”が長くなる。(これはつまらない。)しかし激坂は、この待ち時間の短縮効果が期待出来る!?と言うバランス狙いの価値があるか?、と言う話でした。(=やはり前述のスペクタル性の確保狙い)
  到底アンコウ様は同感でない!?。
  
2019.09.03 23:07
アンコウ
Arturoさん、

激坂ブームの端緒をつけたのはアングリルでしたね。元は家畜放牧のための獣道だったそうで、道路脇には牛やらヤギやらのフンが所狭しと転がっていたと当時の記事で読みました。それまでは大体スキー場が多かったですよね。激坂ブームの歴史はおそらくArturoさんが言う通りでしょう。

80年代だとフランドルのコッペンベルフがとんでもない激坂で、一旦止まるとみんな自転車を担いで登るという写真がミロワールなんかに載っていました。そのうちブログのネタにしようっと 笑) だけど結局41X23で登らずに済むようになったら、やっぱり激坂のありがたみ 笑)が無くなっちゃったよね。
2019.09.03 20:46
Arturo
アンコウ様
  ヤンの件ですが、当該画像を先ほど直接送りました。御確認下さい。
  (例によって画像の投稿は出来ないとの認識に立っているので、、、)
  こっちも99年当該本ページ見てくれ、と書こうと思ったのですが、ひょっとして安家様のお手元にはない!?と言う強い疑念を持ったので、もう手っ取り早く画像を送る事にしました。
  宜しくお願い申し上げます。

  それと上り坂極端化は近年の傾向の感じがしていました。(最近の知識がないクセにですが、、、)
  まあ、一連の騒動⇒選手負担の軽減が叫ばれる⇒走行距離の短縮化(グランツールでは休養日二日設定の義務化もこれに含む)⇒山岳登
坂積算標高量の削減⇒レースとのスペクタクル性の確保の必要性と言った流れを感じました。
  結果、短い距離でも最後にドン、と、登りを用意する、と言う印象でした。(まあ、当時のアンギリリウに関しては、三大ツールの中でのもっとも山岳難易度が低い、と言う汚名を返上の為に用意した、というイメージもあったとは思いましたが、、、99年にやって”好評”なのですかさず翌年も採用、と言う流れ、だったような、、、かつ、これを見て面白くないのがジロで、ついては”対抗策”としてゾンコランを登場させた、と言う記憶があります。勿論、これに続編があるのか?ではありますが、、、
 いずれにしても、92年ツールのセストリエール⇒ラルプのステージみたいなステージはもうないんじゃあ!?。今にして思えば想像を絶するコース!?
2019.09.03 20:21
アンコウ
Arturoさん、

ロベルト・エラスの写真確認しました。フロントトリプルだね。ウルリッヒもトリプルだった? 何しろリアメカのプーリーが後ろにひっくり返ってるっていう、見たことのないシルエットが印象に残ってますね。

翌日の朝のBSでスペイン語ニュースを見てたら、23%のところでスプリンターたちが立ち止まり、周りの観客が叫んでいるシーンを数秒写してました。スプリント賞マイヨのブレイレーヴェンスが自転車押してたのが映ってましたよ。すげえなぁ、と思ったんだけど、その後どんどんエスカレートしてっちゃってね、なんかそう言うのってロードレースの売りとしては邪道じゃないかと思ったりもするんですけどね。
2019.09.02 15:09
Arturo
アンコウ様
  いや、あの時当時現場にいた者としては、皆細工してましたね途言えます。当のヤンも自転車はトリプルともうMTB状態でした。翌年のリーダージャージ男もトリプル。当時のシマノにDAのトリプルは未だなかったので、アルテグラをチャンポンにしてトリプル化していて、これを見て、ここまでやるか?等と思いました。(結果、STIレバーも右レバーはDA,左はアルテ、と異様な外見をしていました。例の僕の本を参照して下さい、見開きでよく見えるページがあります。勿論ブエルタのコーナーですよ。苦笑、、、)
2019.09.01 19:31

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アンコウ

アンコウ
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あんけ・たつや。欧州ロードレースに興味を持ってすでに30年以上。主にドイツ人選手を応援。特に青田刈りにいそしむ。歳にも関わらず、あらゆる点ですごいミーハー。そのほか好きなものは、読書、クラシック音楽(特にバッハ)、友川カズキ、北方ルネサンス絵画、映画、阪神タイガース(村山、江夏以来ですが、強すぎないこと希望、弱すぎても困るが)。少し前から草食動物と化そうと「努力」しています。北欧の社会民主主義に対する憧れ強し。家族構成は連れ合いと娘三人。

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