いやあ、この変な天候のせいで、風呂上がりに扇風機に当たりすぎて体を壊したようで、風邪ひいちゃいました。夜中に1時間おきに鼻かんでましたね。熱はたいしてないんだけど、どうも体が熱っぽい。とここまでを月曜に書いたんですが、このあと熱が急激に上がり、火曜日は1日寝てて、今朝ほどようやく起き出してきました。熱がやっと落ち着きましたが、どうも咳がとまらない。もう60年行きてきて、同じことを何度繰り返すんでしょうねぇ。風呂上がりの扇風機で風を引いたのは人生で30回ぐらいあるんじゃないだろうか?? こりゃあ死ななきゃ治らないね。
というわけで、出走者から見てボーラの独壇場になるんじゃないかと思っていたら、やっぱりそうなりました。そもそもが、今年のコースはモーターレースのザクセンリンクを含む全長12キロあまりのコースのうち8キロが街中の道でしかも狭く、落車の危険もあればサポートカーが止まると渋滞が生じると言われ、窮余の策として日本の昔の公道のレースでもあったような、2分遅れ失格制度が取り入れられました。各周回のゴール地点でトップから2分遅れた選手はその場でレース続行不可となるわけです。まあ、実際にはあまり極端な結果にならないように、後半は特に厳格に2分遅れを失格にしたわけではないようですが。
その結果、出走190人、完走15人。まあ気温が40度近かったこともあるかもしれませんが、完走8人だった1910年大雪のミラノ〜サンレモか??って感じです 笑)
残り50キロを切ったところで先頭集団7人(ブルクハルト、シャハマン、シリンガー、ゲシュケ、クルーゲ、ヴァルスレーベン、ツィンマーマン)からブルクハルトがアタックして、それをゲシュケとシャハマンが追いかけ追いつき、この時点でコース上には20人の選手しかいなくなっています。その後ゲシュケが追走に力を使いすぎたか千切れ、残り40キロを切ったところでシリンガーまで追いついて、あとはボーラのチームTT状態。後ろでは上がってきたポリットがコンチネンタルチームの選手ツィンマーマンと二人で追いますが、これはもうどんどん差が広がっていって3人が全員手を挙げてゆっくりゴール。
4位は決定的な時に前にいることができなかったのが悔しいポリット、5位はこれでプロから誘いがかかるかも、と大喜びのツィンマーマン、6位にゲシュケ、9位にフレーリンガーが入り、ツールに出場できない失意のデーゲンコルプが10位でした。
まあ、ツールにでないシリンガーがチャンピオンジャージを着るわけにはいかないし、ボーラの得点王のシャハマンが勝つのは順当なところなんでしょうね。
シャハマンの話。「数の点でも僕らのチームが一番うまく走れたし、みんな調子が良かったね。しかも3人で逃げられたってのは理想的だったよ。このチャンピオンマイヨは誰でもそうだろうけど、僕だって着たかった。これを着てツールに出られるなんて誇りに思うよ。さらにモチベーションが高まったね。」
なお、オーストリアもコンラートが1分以上の大差をつけて逃げ切り勝ちです。ボーラからは他にもアイルランドのサム・ベネットとイタリアのダヴィデ・フォルモロ、スロヴァキアのユライ・サガンがナショナルチャンピオンマイヨですが、ツールには出てきませんね。今年はドイツとオーストリアのチャンピオンマイヨだけ。
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