
600ページ近い長編。1936年の2月末をフィナーレに華族の二十歳の娘笹宮惟佐子と幼い頃の遊び相手(おあいてさん)で女流カメラマンの牧村千代子が友人の心中事件の真相を追う小説です。
というと推理小説のように思われるかもしれませんが、日中戦争直前、美濃部達吉の天皇機関説をめぐる争いや英米派とドイツ派の確執、霊力を持つ女が率いる宗教団体や社会改革を求める青年将校たちが登場する重厚な小説です。
なので、推理小説とかミステリーの面がお話を引っ張っていくんだけど、それ以上に戦争前夜の雰囲気が味わえて、もしかしたらそれによってミステリーとしての集中度は少し薄まっているかもしれません。
それでも牧村千代子と記者の蔵原が鉄道を使って心中事件の足跡を追うところなどはミステリーの楽しさを味わえるし、一方で笹宮惟佐子(この華族らしい落ち着き払った美貌のリケジョには、途中からかなりびっくりさせられます)の方は机の前で推理を働かせる知性派で、その対称性も面白いです。
ミステリーとしての完成度も高いと思いますが、普通の推理小説とは違って、奥泉光特有の眩暈感も味わえます。そして現代日本を予言するような、しかしそれは純粋日本人を守るというナチスばりのレイシズムが絡んでくるところなどは現代日本の風潮に対する批判でもあるのでしょう。
だけど、それ以上に文体が素晴らしい。息の長い文章に、今ではあまり使わない戦前の用語が散りばめられ、時々そこに絢爛たる比喩が現れます。
以前ここでも紹介した「シューマンの指」でもそうでしたが、この比喩の面白さだけでも、個人的には楽しかったですね。一つだけ引用しておきます。
「話の隙を見つけて、鹿沼に紅玉院と云う寺があると聞いたのですがと話の水門を開くと、ああ、ありますよ、と珈琲好きの記者はスイと水路へ泳ぎ入ってくる。」(327)
そこらに転がっている小説とはレベルの違いを感じさせる傑作だと思います。
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