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NNNドキュメント「南京事件II」

2018.05.14.23:11

深夜のこの番組を録画しておいて、先ほど見ました。南京事件についてはネトウヨ(この言葉を差別用語だという人がいるが、ネット右翼=ネトウヨはヴィキにも出ている。そもそも差別用語というのは、まず本人の意思ではどうしようもない人種、国籍、病気、出自、性別などを侮辱するものだ)とさんざんやりあったおかげで、拙ブログでは繰り返し書いてきたし、個人的にも随分本を読みました。拙ブログの過去ログをリンクしておきます。

堀田善衛「時間」など http://tatsuya1956.blog48.fc2.com/blog-entry-2340.html
辺見庸「1☆9☆3☆7☆」 http://tatsuya1956.blog48.fc2.com/blog-entry-2401.html
清水潔「『南京事件』を調査せよ」 http://tatsuya1956.blog48.fc2.com/blog-entry-2834.html
南京事件個人的論争顛末記 笑) http://tatsuya1956.blog48.fc2.com/blog-entry-2997.html
笠原十九司「南京事件論争史」覚書き http://tatsuya1956.blog48.fc2.com/blog-entry-3012.html

今回の番組では、敗戦当日に大量の軍の公式記録が焼却され(これは何も日本だけではないだろう)、そこには南京事件に関わる文書も含まれていたということがはっきりと強調されていた。

さらに上記の清水潔の本で触れられていた当事者たちの証言ビデオを部分的にだが見ることができた。想像していたほど、証言者たちの口調は苦渋に満ちたものではなかったのが、ちょっと驚きだった。結局、戦争だったんだもの、命令だったんだものという言い訳があるからなのだろうか。そしてみんなが、今から考えれば信じられないことだけど、当時は何にも疑問は感じなかったというのである。

また虐殺はなかったと主張する人たちの根拠となっているのが1964年に出版された両角連隊長の本、さらにはその2年前の両角による地方新聞での「自衛発砲」という説で、その後今日に至るまで、それを根拠として南京虐殺は捏造だという主張が繰り返されてきた(これについては上記の本の幾つかの中でも取り上げられ、疑問が投げかけられている。例えば清水は「自衛発砲説は、戦後になって造られた元将校たちの自己弁護ストーリーと考えたほうが整合性」(p.180)があると明確に述べている)。

両角を取材して記事にした記者の言葉も重い。両角は現場を見ていないこと、両角のメモが戦後の昭和30年代に入って書かれたものであることをはっきりと認め、虐殺はあったと断言するのである。

この番組では捕虜ではなく便衣兵だったというまぼろし派の説も、捕虜たちが暴動を起こした結果の自衛発砲説も、どちらもあっさり否定される。

結局終戦時に焼却されてしまった軍の公式記録が残っていれば、虐殺された人の数もある程度までははっきりしたのだろう。しかしそれがなくなってしまったおかげで、逆に言えば、中国が虐殺された数は30万人だと主張する結果も招いてしまったのである(日本の良識的な学者たちの中でも被害者30万人説をとる人はほとんどいない)。一方で、相変わらず南京捏造説などを唱える人が大臣をしていたりすれば、中国が30万人説を引っ込めるわけがない。

だけど、歴史学を研究しているわけでもない僕らは、正直に言って数などわかりっこない。僕らがこの歴史的事件を知って考えるべきことは、(拙ブログでは何度も繰り返してきたことだけど)次のようなことではないだろうか?

この世の中には0.01%の悪人と99.99%の普通の人がいるわけではない。普通の人がとんでもないことをするから、人間は恐ろしいのだ。綺麗事を言うつもりなどない。僕だって1937年12月の南京にいたら、他の兵士たちと全く同じことをしただろうと思う。今はただ、この歳になるまで人を殺したこともないし、人に殺されることもなく生きてこられた運の良さに感謝するしかない。その自覚がなければ僕らはいつまでたっても同じことを繰り返す。


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comment

アンコウ
和田啓二さん、

コメントありがとうございます。例のコメント氏の論拠(インクと日付の記述)はほぼこれで完了ですね。助かりました。
2018.05.22 21:32
アンコウ
コメント氏からのその後のコメントを削除した後で、こんなことを書くのは反則なのかもしれない。

でも、清水潔の本をあらためて見てみたら、万年筆の話は出ている。コメント氏は「清水氏は、それもご存知なかったのか、番組では疑問点の指摘をせず、日記をしげしげと、詳細に映し出」すとバカにしたように書いている。しかし、清水潔の「南京事件を調査せよ」のP.87以降を見ていただければいいので繰り返さないが、インクで書くことは何の不思議でもないことは説得力を持って述べられている。

つまりコメント氏は清水の本を読んでいない。おそらく他の、例えば僕のあげた本も読んでない可能性がある。また、今回のTV番組を本当に最初から最後まで見たのかどうかも、怪しいと思われる節がある。

こんなコメントをつけることは後だしじゃんけんみたいで、とても気がひける。こんなに嫌な気持ちでコメントをするのは拙ブログ始まって以来のことである。

しかし、僕の気持ちではなく、南京事件がなかったなんていう輩が出てこなくなるために、あえて恥を忍んでコメントを書き添えておく。
2018.05.22 19:32
和田啓二
プチトマトさんとやら。「拾二月 従軍日記」などいろいろ検索すれば、近世から戦前まで日付を英数字、漢数字、難しい漢数字の混成で書いた文書は多数見つかりました。思いつきで云わずによく調べて云った方が宜しいよ。
2018.05.22 19:20
アンコウ
これでおしまいにしましょう。もうこれ以上はお互いに不毛です。それに何より、私も暇人ではありませんので。

さて、ではあなたはあそこで出てきた第一次資料はすべて偽物であると言いたいわけでしょうか? みんなが口裏を合わせて嘘をついている、しかもその嘘をつかせているのは中国共産党であると。顔を晒してビデオカメラの前で自分の行ったことを語った彼らはみんな中共のスパイであると。そしてそもそもこの番組自体も中国の指示により作られていると。そしてその帰結として南京事件はなかったと言いたいわけでしょうか?

私のような非専門家にあなたのおっしゃるような特殊個別のこと(日付の書き方やインクのことなど)を言われても、それに反論するような資料は持ち合わせていません(当たり前ですが)。だからそれが本当なのかあなたの誤解なのか、それともあなたの思い込みにすぎないのか、あるいは嘘なのか、判断すべき材料はありませんし、何の説得力も感じません。それは学会でおっしゃったらいかがでしょう?

兵士が日記を書いたことは、ドナルド・キーンさんの話でも有名です。このぐらいは私でも知っています。日本兵は日記を書くことを推奨されていたのです。上官が、兵士が日記を書くのを見咎めるなんて逆でしょう。隠してコソコソと日本に持ち込んだわけでは決してないでしょう。また、戦争映画ではないので、実際の兵士は毎日毎日戦闘をしていたわけではないのは当たり前のことです。日記を書く暇などいくらでもあったことでしょう。むしろ暇を持て余していたことでしょう。

戦勝国による裁判が復讐劇みたいなものだったというのは同意します。理想を言うなら日本人が責任者をさばくべきだったと思います。まあ、おそらくそれは絶対無理だったでしょうけどね。あなたのおっしゃる通り岸信介や731部隊の責任者や医師たちがアメリカに協力することで戦犯容疑を免れたのは間違いないことでしょう。スパイがいたとするなら、その多くは中共のスパイなんかではなくアメリカのスパイでしょうね。しかも権力に近いところにいたのはアメリカのスパイ以外ありえないでしょう。

南京事件が戦後に至るまで知られていなかったというのは俗説です。これも反論できる証拠がいくつもあります。一つだけ。1936年に天皇の侍従になった徳川義寛の回想録ではこう言われています。南京虐殺があったとかなかったとか論争があるようですが、当時も関係者の多くは事実を知っていたんです。陛下が知っておられたかどうかはわかりませんが、折に触れて「日露戦争の時の軍とは違う」ということはおっしゃっていました、と。あなたの論でいけば昭和天皇の侍従まで中国共産党のシンパということです。

ついでに言えば、実際に中国で戦った武田泰淳のや古山高麗雄、富士正晴、石川達三や火野葦平などの小説を読めば、当時の日本軍が中国でどんなことをしたかは概ね想像がつきます。それとも小説など架空のものだと切り捨てられると思ってますか?

何れにしても、あなたのおっしゃる「(私の仮説)」とやらは壮大な陰謀論で、とてもまともな人間が信じるレベルの話ではありません。妄想の世界です。地震兵器やコミンテルンの策謀、あるいはフリーメイソンの暗躍、911テロはアメリカによる自作自演のレベルの話です。このレベルの話をするつもりはありません。それゆえ、冒頭に書いたように「不毛」なのです。

あなたが自分の論にそれほどまでの自信があるのでしたら、どうぞ頑張って立派な論文をお書きになり、本名でしかるべき場所で発表されたらよろしいかと思います。おそらく専門家から多くの反応があることでしょう。ただ、先のコメント程度では、全くの素人である私ですら、突っ込みどころ満載ですよ。

これで本当におしまいです。
2018.05.21 22:53
プチトマト
元兵士日記について。

(1)山砲兵第19聯隊第三大隊上等兵の日記の映像について

この日記は、日付に大字(拾二月=十二月)を使っています。

日本人は、日付に大字(拾二月=十二月)を使ったりは、しません。

私は、江戸時代の古文書解読の本を、15冊程持っています。
しかし、日付に大字を使った例は、全くありません。

また私は、幕末から昭和10年までの、著名日本人の手書き手紙画像、
170点余をサイトUPしています。

そこにも、日付に大字を使った例は、一例もありません。

間違いなく日本人が書いた日用文には、日付に大字を使った例が一例もないのです。
しかし、南京事件に関係する文書には、日付に大字を使う例が、多発します。

秦郁彦『南京事件ー虐殺の構造』中公新書p131

も、そうですし、番組に登場される小野氏が参加した
『南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち―
   第十三師団山田支隊兵士の陣中日記』大月書店1996
にも、たくさん出てきます。

日付の大字だけで、これらの文書の真正を疑うのは、困難かもしれません。
しかし、南京事件文書群における、この非常に顕著な、
異例の傾向は、疑ってみるべきです。

(2)それに、これらの日記がどのようにして日本国内に持ち込まれたか、
について、その足跡をたどるべきです。
なぜ戦後になるまで日本人は南京事件を知らなかったのか、
それは検閲が厳重だったからだ、と、幾人もの研究者が言っています。
その厳重な検閲をかいくぐるのは、さぞスリルがあったことと思われますが、
その裏技について、誰も証言していません。

そして日記が証言するような内容の事件が起きている南京で、
どうやってそれだけの文を書くか、を、考える必要もあります。

机の上か。昼間の明るい時間に書くのか。
夜なら、戦闘があった時期に、明かりをともしても大丈夫とばかりに、即座に明かりが
確保できたか。

そして、日記を書くのを、見とがめる人はいなかったのか。
日記を書いた人は、検閲なんか、全く心配しないで書いたようだが、
そんな態度で、軍の仕事ができたのだろうか。

背嚢に入れて持って帰れたのか。上陸の際に見とがめられなかったのか。
戦時中に郵送したにしても、どうやって検閲をかいくぐったのか。

(3)そして、ペン書きはおかしい。 戦闘参加者による「ペン書き」については、
ペン書きが南京事件当時の証言史料として出始めた最初の頃から、
これはあり得ない、と、問題になっていました。

清水氏は、それもご存知なかったのか、番組では疑問点の指摘をせず、日記をしげし
げと、詳細に映し出します。
しかし、*「文藝春秋」昭和62(1987)年5月号より、
吉川正司(元都城歩兵第23連隊・中隊長)の「ペン書き」についての意見

 「戦争をしている兵隊が毎日毎日、日記がつけられると思いますか!
 それに鉛筆書きならいざしらず、インクとは恐れいった。
  当時は、ペン書きするには、インク瓶からスポイトでインクを補充せねばならない
時代だが、
戦場へインク瓶を携行するなど考えられない。」


(私の仮説)第二次世界大戦中、元々は中国発だった対日ニセ情報工作に、連合国国家
群が便乗した。
日本軍の残虐行為がねつ造され、連合国で喧伝され、それを利用して、
アメリカの対日残虐行為(つまり日本全土の一般人標的の無差別爆撃、原爆投下)が正
当化された。

敗戦時は、戦勝国が何でもやりたい放題だった。
罪をでっちあげ、戦犯として処刑するなんてことは、簡単だった。

ねつ造した罪の軽減、待遇改善、解放、これらとの交換条件として、
暴力を背景に、多くのニセ情報工作の工作員を仕立てた。

こうして多くの軍関係者や政治家が、ニセ歴史容認・宣伝担当者となった。
映像に出てくる元兵士たちも、そういう人たちかも知れない。

その後もニセ情報工作員養成は続いた。 日本にはスパイが何万といる、
という話を聞いたことがあるが、きっとそうなんだろう。

***こういう流れで考えると、都や戦史資料室に工作員がいてもおかしくないので、
心配しているのです。

南京事件について言うならば、中国で証言をする人々について、
「中国という国が、真実を証言できる国かどうか」を考える必要がある。

中国は簡単に人を殺し、罪をねつ造する、人権無視の国だ。
池上彰『そうだったのか!中国』によれば、 中国共産党は、1950年の建国時に、70万
人もの人を公開で処刑。

 *(明治以降の日本では、権力者が、非武装の同国人を、人前で処刑したりしたこ
とはない。)

毛沢東の大躍進政策の時には、4千万人という膨大な餓死者を出した。
1966年から1976年までの文化大革命の時には、大混乱の中で、50万人が犠牲になった。
1989年の天安門事件では、人民解放軍が、 一般市民を1000人以上殺害した。

 *(日本は戦中戦後の飢餓を克服し、安定した平和な国を作った)

中国には思想犯・政治犯に対する強制収容所・強制労働がある(Wiki)。 情報統制・
言論弾圧の国である。

*(誰が本当のことを言うだろうか。。。)

こういう中国の政治環境は、「人は正直に話をすることが出来ない」
「贋作を強制されたら、やるしかない国である」ということを証明するだけである
2018.05.21 18:51
アンコウ
ははは、変なところを気にするんですね。木を見て森を見ずという言葉を思い出しましたよ。コメントを削除しようかと思ったけど、一回だけ答えておきます。

あなたが仰りたいのは最初に出てきた終戦直後に燃やされた資料が偽物ではないか、ということでしょうか?

もし仮に偽物だとしたら、捏造者はそんな簡単にわかるようなヘマはしないでしょう。あの資料の実態がどんなものなのかは私は知りませんし、あの映像が再現映像なのか、それとも実際のものなのかもわかりません。

しかし、あの番組の多くを占めていた、多くの人と多くの戦中日記の証言を信じられないというのでしたら、もうお話しすべきことはありません。

殺した側にも殺された側にも、自分だったらどうしただろう、と想像力を働かすことができないのは悲しいことです。 以上
2018.05.21 13:46
プチトマト
冒頭に、東京都教育委員会所蔵の写真が出てきます。
(ユーチューブ石井のぶUP映像)
その「市ヶ谷台資料」の写真が、余りにも生々しくて驚きました。
50年たっても、燃え殻が盛り上がっている、なんてことがあるでしょうか。

戦史資料室の「市ヶ谷台資料」PDFを見ると「防空壕跡らしき地下2メートルの所で発掘
」と言います。
しかし写真は屋外のようで、発掘のイメージにも合いません。

2018.05.21 11:51
K.I.
ブログ、拝見しました。先日、南京を訪れた者の責任として何としても、この番組を多くの人々に観て考えて欲しいと思っておりました。ご紹介心より感謝いたします。全く同感です。
2018.05.15 08:20

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アンコウ

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あんけ・たつや。欧州ロードレースに興味を持ってすでに30年以上。主にドイツ人選手を応援。特に青田刈りにいそしむ。歳にも関わらず、あらゆる点ですごいミーハー。そのほか好きなものは、読書、音楽はバッハと友川カズキ、北方ルネサンス絵画、映画、阪神タイガース(村山、江夏以来ですが、強すぎないこと希望、弱すぎはもっと困るが)。北欧の社会民主主義に対する憧れ強し。家族構成は連れ合いと娘三人。

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