これは面白かったです。1942年春ということは、破竹の勢いだったナチスドイツがスターリングラードで前年末に敗れて、第二次大戦の潮目が変わった時期に、南ドイツのヒトラーの個人山荘ベルヒテスガルテンにヒトラーとゲッベルス夫妻、秘書のボルマン夫妻がお供のSSらを引き連れてやってきます。山荘にはヒトラーの愛人エーファ・ブラウンが住んでいて、これが何ともお茶目で魅力的です。この映画はヒトラーというよりエーファ・ブラウンが主役です。
ヒトラーに囲われて大豪邸の山荘で、多くの料理人や小間使、召使らにかしずかれながらも退屈していて、一人全裸でバレーを踊ったり、体操のつり輪をしたりしていたエーファ・ブラウンが何ともチャーミング。
ヒトラーも料理を運ぶ小間使の女性たちを、自分たちと同じ食卓に座らせたり、気さくなところを見せます。
ところで、登場する有名人たちがヒトラーもゲッベルスもボルマンも本物に非常によく似ています。ソクーロフは「太陽」でイッセー尾形に昭和天皇を演じさせ、イッセー尾形も、おいおい右翼が殴りこみに来るんじゃないの?っていうぐらい天皇になりきってました。口をモゴモゴさせるところなんか、ヲイヲイ、大丈夫かよ、と思いましたね。
特にゲッベルスは、これまで映画で見たゲッベルスの中で一番似てましたね。小柄で甲高い声で足を引きずりながら歩く姿は、少し前に見たジェシー・オウエンスの映画での長身でハンサムなゲッベルスにがっかりさせられていただけに、感心しました。特に横顔の頭の形なんかはゲッベルスそのまま。
ヒトラー役もブルーノ・ガンツの総統閣下や「帰ってきたヒトラー」の役者より似てると思いましたね。ただ、ちょっと背が高すぎるのと、菜食主義者だったヒトラーの腹があんなに出てたとは思えないけど 笑)
山荘ではみんなで食事をしたり、ピクニックに行って踊ったり、ニュース映画やフルトヴェングラーの指揮する第九の映像を見たりと、淡々と、例によって長回しの、時々歪んだ画面が続きます。
まあ、気まぐれな、そして突然怒鳴り出すヒステリックな、いかにもヒトラーらしいところも何度か出てきます。
腫れ物に触るような周りの人間たちのヒトラーに対する怯えたような気遣いに対して、まるで気遣いのないのがエーファ・ブラウンで、彼女にとってヒトラーはただの恋人に過ぎません。最後は風呂場で下着姿のヒトラーが興奮したように、エーファが望むような結婚して子供を作り、普通の家族として生活したいという思いを、自分の使命のためにありえないのだ、と演説口調で怒鳴り出すんですが、エーファはそんなヒトラーのケツを蹴っ飛ばして鬼ごっこを始めます。
テーブルの上で追いかけてくるヒトラーを蹴飛ばし、机を隔てて逃げ回り、床の上を転げまわりながら取っ組み合い。嬌声を上げるエーファの声に、突然白黒の飛行士の映像が挟まります。あれはなんなんだろう? 多分セックスの暗示のはずなんだけど。。。そして電話のベルの音で、ヒトラーが出発することがわかり、大慌てで服を着てエレベーターで降りていくエーファ。この時の暴れっぷりからヒトラーと別れのシーンもなかなか魅力的です。
ヒトラーといえば、絶対悪みたいな存在で、一種狂気に捕らわれたような不気味で残虐な男とされがちですし、そのヒトラーの愛人のエーファについては、ほとんど無視されることが多いような気がします。
つまり、人類の敵ヒトラーの愛人なんてちょっとわけわからんよね。マクベス婦人のような夫に悪事を教唆する悪女ではないし、美人だし、なのに、ヒトラーのやることに口出ししたとは思えないし、ヒトラーの愛人であることを利用して何か私服を肥やしたりしたわけでもないし(そういう人は日本にもいるようですが 笑)。。。
エーファ・ブラウンとヒトラーのこういうところを切り取って見せたというところに、ソクーロフらしさがあるのでしょう。
これまでも拙ブログで書いてきたことだけど、ヒトラーをただの狂人とか怪物とか悪魔として描いてはダメなんだと思うんですよね。無論人類史上稀に見るとんでもないことをした(させた)人であることは間違いないけど。そういう点ではオウムの麻原にも通じる問題があるんだと思います。

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