
東京では今こんなシリーズを連続上映しています。今日は1979年のソ連製ホラー映画。ただし、ホラーなんていう言葉を使うとかなり誤解を呼びそうです。サスペンスというべきかな。何しろ上品だし、ロシア映画らしい画面の美しさがあります。
1980年ごろから90年頃にかけて、東京の巣鴨にあった三百人劇場というホールで、何度かソビエト映画の全貌というシリーズを上映しました。そこでこの映画を一度見ているんですが、途中の印象的なシーンをいくつか除くと、ほとんど内容は忘れていましたね。
1900年のベラルーシが舞台らしいです。嵐の晩に雨宿りのためにある邸宅に宿を乞うた若き民俗学者の青年。各地に伝わる伝説の収集をしているのですが、その邸宅には若く美しい女主人ナジェージダが、召使たちと住んでいます。そしてその召使が説明するところによると、17世紀、農奴制からの解放を求めた農民たちの反乱軍の頭領スタフ王を殺したのがこの館の先祖の領主で、スタフ王は殺される間際に領主の子孫を末代までもたたり続けてやると呪ったとのこと。
その後この一族には次々に不幸が重なったということで、末裔の娘であるナジェージダも、屋敷内で聞こえる物音などにおびえて暮らしています。スタフ王が三十人の騎馬兵を連れて人びとを狩るという噂もあります。
召使の老婆に魔物が憑くのを防ぐおまじないをしてもらったりするオールヌードのサービスシーンなんかもありますが 笑)ナジェージダの成人の祝いに集まった怪しげな連中と、そうした連中の変死事件が続き、主人公の青年もスタフ王の軍勢を実際に目撃したりします。
途中旅芸人の一座がスタフ王の物語の人形劇をやったりしますが、この人形劇がなかなか秀逸です。
しかし、変死事件の被害者となった召使の日記から、主人公は館内での不審な足音の正体と、スタフ王の正体も暴くことに成功。農民たちと、犯人を追い詰めます。
最後に青年は騒乱罪で逮捕されることになりますが、ナジェージダは、ラスコーリニコフについていくソーニャのように、彼についていくのでした。ちゃんちゃん。
この映画の最後のところで、今日は1901年の元旦だというセリフがあり、20世紀になったことが告げられます。同時に子供達の顔のアップがずっと移り、また、オカルトじみた事件の真相は理性できちんと謎解きできるものであることが暗示されますが、これって19世紀のスタフ王の亡霊のような迷信に踊らされる迷妄の時代が明けて、唯物論的・マルクス主義的・科学的な20世紀の始まりが宣言されているということなんでしょうね。20世紀を担う子供達のアップで終えないと、ソ連ではきっと上映させてもらえなかったのでしょう。
こうしてストーリーを思い出しつつ書いてみて、はたと思い当たりました。「スリーピー・ホロウ」というティム・バートン監督、ジョニー・デップ主演の映画がありました。首なし騎士の亡霊が人々の首を狩るというグロテスクでスプラッターなホラー映画。この映画はロシア版のスリーピー・ホロウの伝説みたいなものなのでしょうね。制作された時代も違うし、映画技術の面でもまるで違うから比べるのもどうかと思いますが、そういえば、こちらはオカルトのまま終わりましたね。

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