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「俺たちはみんな神さまだった」

2019.04.30.21:32

IMG_8052_convert_20171213212431.jpg
今日は本の宣伝です。

ベンヨ・マソというオランダの社会学者が書いた1948年のツール・ド・フランスのドキュメンタリー「俺たちはみんな神さまだった」を翻訳しました。例によって未知谷さんにお世話になっています。

後ろはこんな(ちょっとした誤植はご愛嬌 笑)。

IMG_8327.jpg

中はこんな。

IMG_3440_convert_20171213214031.jpg

全346ページ、写真約65枚。

アマゾンなどのネットでも注文できるようですが、ここのコメント欄に連絡先を書いて送っていただければ僅かですが割引になります。もちろんコメントは公開しません。

1948年というと、終戦から3年、まだまだ物資は不足しているし、東西冷戦が始まろうとしていて、政治的社会的にも大混乱の時代。そんな中でよくもまあ自転車レースなんか開催する気になったと思います。

レースは戦前にツールで圧勝しているジノ・バルタリと、フランスの若きエース、ルイゾン・ボベの激しい争い。だけどそれ以上にフランスナショナルチームの人間模様がむちゃくちゃ面白いです。

現在のように、システマチックになってしまって、チームの指示に絶対服従(この前のブエルタではアシストしなかったバルギルが帰宅させられてましたね)、役割分担が完全に決められ、レース展開もある程度お約束になっている(序盤逃げた選手がそのまま逃げ切ることはまずない)ようなツールとはまるで違います。監督の言うことなど無視を決め込み、嫌いなエースのためになんか働かず足の引っ張り合い。しかし、それにしてもバルタリの強さが圧倒的です。そして、その勝利が戦後の動乱期、革命騒動のイタリアの政治状況にまで影響を与えることになります。

日本ではバルタリは若くして亡くなったファウスト・コッピの引き立て役のように語られることが多いですが、ものすごい選手だったのは間違いありません。興味があれば、ぜひ手にとっていただけると嬉しく思います。

これは広告なので、しばらくブログのトップに出るようにしておきます。(2017年12月13日21:50記)

いつもコメントを下さる CYPRESS さんが、詳しい紹介をしてくださいました。感謝いたします。(2017年12月30日14:55 記)
https://cypresshushizen.blog.fc2.com/blog-entry-2916.html

momoさんからもコメントでサンスポのコラムで紹介されていることを教えていただきました。感謝いたします。(2018年1月4日 21:19記)
https://cyclist.sanspo.com/377984

2月1日の日経新聞で藤島大さんが「目利きが選ぶ3冊」に、読むべき本として紹介してくださったそうです。また、こんな地味な読者を選ぶ本なのに とりっぽん さんという方が第4回日本翻訳大賞に推薦してくださいました。二次選考であっさり落ちましたが 笑)、想像もしていなかったことでした。この本を訳した者として、お二方に心より感謝いたします。ありがとうございました。(2018年2月8日記)

信濃毎日で紹介されたようです。ありがたいことです。(2018年2月16日記)
信濃毎日 180216



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2020.02.10 07:50
アンコウ
momoさん、

コメントをありがとうございます。楽しんでいただけたようで嬉しいです。

原著がオランダの本ですから、自転車レースの知識をある程度持っている人が日本に比べればずっと多いのでしょうね。

写真はもっとたくさん付けたかったけど、なかなか見つからないし、ネットなどで出回っているのは版権の問題があって面倒くさそうでしたので、あの程度になりました。
2018.12.19 17:37
momo
刊行から1年もたって、やっと読みました。
ものすごくおもしろかったです! ほぼ一気読みでした。(実際には4日かかりましたが、途中の日曜日に8割くらい消化)
動画や写真が(ほとんど)ないにもかかわらず、グランツールの中継期間のようなワクワク感がありました。
グランツールの期間中、翌日に出てくるいろいろなレースレポートを読むのが好きなのですが、それに近い感覚かな?

ひとつ感じたのは、人間ドラマとして本当におもしろいのですが、ロードレースを見たことのない人にはわからない部分が多いかなぁ・・ というところ。
知らない人にあのおもしろさを説明するのは本当に難しいと思います。
2018.12.19 07:33
-
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2018.01.23 16:13
アンコウ
CYPRESSさん、

詳しいご紹介ありがとうございます。光栄に存じます。おっしゃる通りです。どうもありがとう。
2017.12.30 10:46
CYPRESS
面倒くさいので自分のブログに載せた記事をそのまま(笑)。


1:
ロードレースの本は英語でかなり読み、イギリス人記者、フランス人記者の取材の徹底ぶりや勉強ぶりに何回も圧倒されましたが、
この本の関係者へのインタビューを含めた調査の完璧さは他に類を見たことありません(*_*)。

著者のマソの本職は社会学者だそうですが、
普段の仕事でやっている論文と同じ手間暇、精神力を掛けこの本を書いたのは間違いありません。

正確さを期する心構えは正に学者や研究者のものであり、良心の賜物です。

子母沢寛が永倉新八初め存命の新撰組組員や関係者にインタビューして書き上げた「新撰組始末記」に匹敵する力作です。


この様な良書を僅か数千円で読める喜びは人生の喜びであり、
内容は至上のものでありながらも、大して売り上げを期待出来ない本を出した未知谷には感謝の仕様がありません。
またこの良書を見つけた訳者初め関係者にもただただ感謝するだけです。


2:
この本が取り上げているのは、1948年のツール・ド・フランス。

どんなレースだったかと言うと、
○第二次大戦後、2回目のツール。
○イタリアのバルタリが10年振りに優勝。
○バルタリはピレネー2区間連勝、アルプスでは、何と、3区間連勝(*_*)。

、とこれ位は記憶に残ってました。

レキップが出した「ツール100年」の中の泥道のクロワ・ド・フェール峠を登るボベとバルタリの写真も覚えてます。

訳者はフランスチームの選手達の「自由奔放さ」を満喫した様ですが、
私CYPRESSには、バルタリ初め選手達の心の動きが興味深かった。
中でも驚いたのはツール終盤のバルタリの神経質とも言える心配振り。
全盛期のメルクスと同じ(*_*)。
神経質なのではなくあらゆる事態を考慮に入れているだけ。
「細大漏らさぬ心配性」はチャンピオンとして当然の心構えと改めて納得しました。


3:
しかし、
私CYPRESSにとって一番印象的だったのはレース自体ではなく、報道に関する事。

p.104から

それにもかかわらず、彼らがこのようなやり方で作り上げたイメージは決して完全なものではなかった。空想で補わざるを得ない隙間というものが常に残された。

(引用終わり)

色々本を読むと同じ事でも内容が少しづつ違うんです。
原因は、記事や本には字数制限があるんで筆者が取捨選択するためだけではない様です。

名著や定番と言われている物でも鵜呑みにしない冷静さが我等ファンにも必要なんですなぁ(溜め息)。

4:
この年のツール自体は大変スペクタルな展開でありながらも、
全編にわたりマソの筆が滑る事がないのも注目すべきでしょう。

一つの事象に対して報道陣は複数の解釈をしますが、真実は当事者しか分かりません。
レース後に選手達にインタビューしても色々な事情から真実を話しているとは限りません。
また締め切りなどから、選手達にインタビューし確認しているとも限りません。

この本は報道の「悪意皆無の誤報」に対する警戒心がとても強く、冷静さがあちこちから立ち上っています(^o^)。


5:
ただ、この良書がロードレース好きの万人向きかと言うと、ビミョー(笑)。

かなり「強い」本だからです。

私CYPRESSが最近好きな日本画で例えると、
伊藤若沖の「動植綵絵」や長谷川等伯の「松林図屏風」と同じ位「強い」。

私の様なビョーキ(笑)でない方は少しづつ読んだ方がいいです。
1ステージに3、4日掛けて読んだ方が心に負担が少ない。


6:
p.346 訳者のあとがきから

スポーツをただの刹那的な娯楽、その場限りの憂さ晴らしと考えるのではなく、一つの文化の流れと考えてみることは大切なことだと思う。

(引用終わり)

バルタリの母国イタリアではフェラーリデイをローマで行い、数々のレースカーが公道を走り多くのファンを楽しませています。
お台場でF1日本グランプリが開催される日は来るのでしょうか?

この良書がスポーツも文化の一つと日本人に気付かせる一助なると信じているのは、
私CYPRESSだけでしょうか?
2017.12.30 02:38
アンコウ
Arturoさん、

うん、レモンの件については別に議論したいと思ってはいません。単純にDHバーもそうだけど、オークレーのサングラス、アボセットのメーターなどアメリカ人じゃなければ絶対できないことをしたってことは確かでしょう。あんな風にターゲットレースを絞り込むことだってアメリカ人でなければできなかったでしょう。無論、それがいいことだったかどうかは別の話。ただ、アメリカ人なら誰でも同じことができたわけではないのも、言うまでもないことですよね。

ご存知の通り、僕はアメリカよりヨーロッパに愛着を感じている人間ですから、89年はレモンよりもフィニョンを応援していたけど、だからと言ってレモンが嫌いだというわけではなかったです。特に引退後のアームストロングに対する批判なんかは的確だったし、よくぞ言ったと思ったものでした。

コッピと比べちゃあ、そりゃあレモンに限らず、かわいそうってモンです 笑)それから、無論Arturoさんも分かった上で書いているとは思うけど、勝利の数は結果ですからね。

阪急の山口高志は実労5年ぐらいだったけど、ただ一つ、あの広島との日本シリーズの山口高志は球史に残る活躍だったからね。
2017.12.19 21:51
Arturo
アンコウ様
  レモンに関しては異論、どうこうというより好み、好き嫌いの問題なので、どっちかがどっちを論破する(しようとする)筋合いのものではないかもしれません。
  いつかのクリケリオンの件ではありませんが、レモンのファンは今でも日本に生き残っているでしょうし、その人たちにとやかく、、、と言うのもおかしいとは思います。
 只し、実質2シーズンを棒に振った、と言う事実と、レースに対するスタイル、姿勢が気に喰わない(僕の事。まあ僕だけではないとは思いますが、、、当時のイタリアには一杯いましたが、、、理由はここに書くまでもない!?)と言うのは二つの案件が異なるとは思います。棒に振ったと言う点では、かつ、自身に要因を持たない(ある意味モスクワオリンピックの長義和に近い、ニュアンスが、、、)、と言う点では、コッピやバルタリの比ではない訳で、ガンをやったからEPOのクロ判定をもみ消していい、とはならなかった様に二つ異なった案件だとは思います。
  ちなみにコッピはあの通り、シーズン棒に振っていますが、30何勝、、、と言う事はなかったと思います。
  とにかく僕の場合、一番の問題はイタリア人が嫌った、と書きましたが、ジロに対する姿勢ですね。当時の中継では、道路に文字が書いてあるのはレースの風物詩として、宇都宮でも見れると思いますが、あの頃のジロには、地べたに ”Greg LEMOND sei MERDO!"な~んて書かれていましたからね、、、。(当時僕が見たのは、TV画面でも1回ポッキリではない、、、)
  92年、ブーニョがツールに集中する。と公言した時に「僕にはジロを調整レースで走るなんて事はとても出来ない。」と言っていたのを思い出します。

  でも変革をもたらしたのはDHバーの件を筆頭に、事実だとは思います。この先ず~とDHバーの話題が出る度に、彼の名前は語り継がれるでしょう。8秒差と一緒に。
2017.12.19 21:09
アンコウ
Arturoさん、

僕も同感です。ただ、レモンについては気の毒な面もありますからね。ある意味一番良い時期に散弾銃事件でマルマル2年レースでてないですからね。私も当時レモンよりフィニョンを応援していたけど、別にレモンが嫌いだったわけではないです。良くも悪くも自転車レースの世界を改革した選手でしょう。
2017.12.19 19:41
Arturo
アンコウ様
  いや、ちょっと深読みのしすぎですね。出走数の件は、その直前の記述の通りです。
  早い話、現代で50勝しようとしたら、出走数はそれだけ激増する事になり、そんなのどう考えたってムリだ。現代では狙いに行くレースと言うものを皆持っていて、その為に調整割り切りレース、(出走数は当然カウントされる。)も走る訳で、だとすれば、狙いに行くレースが最低50回なければこの瞬間、不可能、と言う(この場合でも”勝率”100%でなければならない。それも考慮に入れると、、、、)事になります。
  例えば、いつも同じ相手、アンクティルはパリ・ニース、ドーフィネ、そしてツールとプリドールと対峙していた、みたいな時代とは違う、と言いたかった訳です。勿論、以前にも話題になった記憶があります。これに関しては昔、現代、と言う概念より、レモン前、後、と言う識別の方が正しいので?と思います。かつ、レモンを僕が好かない根拠の一つでもあります。(確か、、メルクスのそれとは一転して、レモンは生涯成績、30何勝だかだかしていないと思いました。メルクスの15分の1!?。
  結果、これを本気でやろうと思ったら、”二刀流”どころではない!と言いたかった訳で、、、。(マリーの件は一寸根本
ニュアンスが違う。)
  只、野球で、そんな事出来る訳ない!と多くのコメンテイターが言っていたにも関わらず、真剣に二刀流をやろうとしている選手が存在するように、突出した選手が現れるのは、必ずしも不可ではないとは思います。(科学的に色々やりまくるのは、こっちも同じ、、、)

 但し、69年にツールで3タイトル獲っちゃった、、、と言うのは、一寸色々鑑みる必要があるとは思いますが、、、(当時でも、現代でも、そんなに変わらないんじゃあ?昔だったら頻繁に獲れたの?!。難易度は?。でもこれがダブルツール位だったら、未来にも未だ現れるとは思いますが、、、。)
2017.12.19 16:16
アンコウ
Arturoさん、

出走数だけではない? 何のことを匂わせてる? ただ、やっぱり無線機が出てきて、分業化が進んで、これだけチームをあげて統一的な科学的なトレーニングをして、選手の健康状態も徹底的に調べ上げて、となるともう突出した選手というのはなかなか出てこないでしょうね。無論、ステージレーサーとしてのフルームとか、スプリンターとしてのかつてのカヴやこのところのキッテルみたいな形での突出はこれからもあるでしょうけど、ツールでスプリント賞も山岳賞も総合も取っちゃうなんてのはもうないでしょうね。

おお、野球の比喩で言い忘れた。江夏の1シーズン401三振奪取もありえんなあ 笑)
2017.12.18 19:26
アンコウ
CYPRESSさん

さすがに山かけは出てきません 笑) でも金持ちのベルギーチームに対して貧乏なオランダチームのかわいそうな話が出てきます。

レース中に協定を結んだりすると、その見返りがタイヤだったそうで、バルタリはその晩にすぐに持ってきてくれたけど、ボベはついになしのつぶてだったとか 笑)

まあ、面白いので楽しみにしててね。
2017.12.18 15:57
CYPRESS
1948年、食べ物だけでなく機材も大変だったろうなぁ。

その昔、加藤一画伯がNC誌に書いたエッセイに「山かけ」なる事が出てきました。
読んだ当時はまだ国産のチューブラはソーヨーだけで、パナレーサー発売以前(笑)。
アメリカで自転車が爆発的に売れ、クレメンとカンパの質が落ち始めた頃(爆)。
まぁ金の無い学生だったんでどちらとも縁はなかったし、チューブラなんて競技をやる人間の物で私の様なお気楽自転車乗りは27インチのWOを使う時代でした(笑)。
今と全く環境が違った(+_+)。

「山かけ」とは加藤一画伯によると、
その大昔(笑)、
チューブラのドレッドが減ると溶かしたゴムをドレッドの上に掛け再生する事。
そして大事に大事に使ったとか(*_*)。
当時は落車しても自転車壊すな、ケガはその内治ると先輩に言われていたそうな(*_*)。

さすがに「1960年代はついこの間、昔 と言えば1950年代」の私CYPRESSもこの辺の事はやった事なし、知りませぬ(笑)。

こう言う昔話を書いて思い出した。
今は亡き親父と加藤一画伯、生まれた年と出身校が同じだった(+_+)。
2017.12.18 13:42
Arturo
アンコウ様。
  そうです。06年です。あのツールは異様さと言う点でやたら、記憶に残りましたね。10分差で勝負がついたとも思いきや、。あの通りモルズィヌで10分ひっくり返し。で、なんという終わり方かと思ったら、その3日後、ヤクの騒動が始まる!。結局最終的な勝者は、一度は30分も遅れた男だった、、、と言う何とも、、、、な話。
  
  どちらも現代では不可能、と言うのはマリー、メルクス、稲尾共に共通でしょうね。但しマリーに関しては状況が変われば、可能性は留保されるでしょう(マリーの時代に戻れば、、、48年とは言いません。)。僅かに違うと考えます。
  メルクスの方はこれはもう絶対ムリですね。以前、これも話題に上った記憶がありますが、あの時代選手が、狙うレースを絞って、、、と言う時代ではありませんからねぇ、、、。パリニースで対峙する選手とツールで対峙する選手の顔ぶれがそんなに変わらず、、、、と言う時代だった訳で、現代でやろうとすれば、レースごとに相手が変わるんだから、ピッチャー、バッター二刀流どころじゃあなくなってくるしで、、、(当然50勝しようと思ったら、とにかく出走しなければならない。40回(勝つつもりで)走って、50勝、、、と言うのは物理的にも不可!?。勿論、単に出走数だけではありません。論点は、、、。

  デローザの次男が随分前に、もう20年くらい前に、「メルクスの残した記録の中で今となってはもっともハードルが高いのは、生涯勝利数だろう。かつ、もう絶対に倒す者は現れないだろう。」と言うフレーズをずいぶん前に投稿した記憶があります。(勿論全く同感。)
2017.12.17 18:21
アンコウ
Arturo さん、

いやマリの単独200キロ以上を稲尾と比べたつもりは全くないです。そこまで深く考えてませんわ 笑)どれも今じゃ無理なものという意味で書いただけです。

今年の最多勝が14勝だそうですからね。確かにメルクスの年間50勝は稲尾の42勝と重なるかもしれません。登板数と出場レース数も重なるしね。下手すりゃ中堅どころの選手でも年間の出場レース数って70〜80ぐらいじゃない?

ところで2006年の10分ってランディスのエポの話?
2017.12.17 16:41
Arturo
アンコウ様
  90年、まあ誰か解説してくれる人の登場を待ちましょう、としか言いようがない!?(絶望的?!)逃げた4人のチームが追わないのは説明がつくにせよ、残りのチームは?。特にスプリンター所属チームは?!。何故何もしなかった?!。ウラ取引!?。但しパンセックの為に追わなかった、、こればかりはちょっと有り得ないとは思いますが、、、。

  でもレモンが好かれていたかは疑問ですね、、著しく、、、。彼に手を差し伸べる、、、と言う話は聞いた記憶がないですね、、、。(勿論チームのアシストは別ですよ、、、まあ以前書いた98年のヴエルタのブーニョの件みたいに、、、48年のツールは選手が監督の言う事は必ずしも遵守していなかった、じゃあありませんが、、、)日本の当時のファンには好かれていたようですが、、(僕は言うまでなく、この場合フィニョン側でしたが、、、笑)
  キャプッチは当時、ブーニョの影で、印象が薄かった、、、と言うのはあるものの、確か、その前のジロでは山岳賞か何か獲ったような曖昧な記憶があります。(総合10位!?)まあ抜きん出てはいないものの、結果を出し始めていた、と言うのはあるかと思います。(でも当時、日本じゃあ、、、、とは思いますが、、、)

  それと、稲尾の42勝と、マリーの200km逃げ(との接点でアンコウ様は書いた?!)とは一寸接点がズレるとは思います。現代でメルクスの年間50勝(生涯勝利数も勿論。恐らくもっとも難攻不落なメルクスの記録でしょう、、、)はもはや実現不可能だとは思いますが、これは、稲尾の42勝に近い気がします、、、。でも、僕の指摘する2要因を考えれば直ぐ解る話、のつもりでいました、、、。

 でも、48年かあ、、、以前の僕なら飛びついて読んだでしょうが、今の僕にそこまでの好奇心、探究心があるかは疑問です、、、残念ながら、、、。(でも64年なら読んだ!?笑)
2017.12.17 13:34
-
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2017.12.16 10:33
アンコウ
CYPRESSさん、

ありがとうございます。ぜひ感想も書いてください。
2017.12.16 08:51
CYPRESS
この手の話は大好きであります(^o^)。
バルタリの勝利は10年振りだったはず?
この点だけでも興奮する(笑)。

当時のレースは見栄えが悪い。
それでも興味と関心が有るか、無いか?
ロードレースの「陰」と「負」にも関心が有るか、無いか?
それがロードレースを「愛している」か「好き」の差。

またオランダ人が書いた物を読む機会はほぼ皆無なので、
その点からも貴重(^o^)。

買う(^o^)。
2017.12.16 01:31
アンコウ
Arturo さん、

コメントをありがとうございます。まあ、これはね。稲尾の42勝とか、杉浦の日本シリーズ4連投4連勝とか、秋山がダブルヘッダー両方先発して両方完投勝ちとか、先発も抑えも何もかもやらかした村山の防御率が0、98とか、江夏の9連続三振とか、そういう話ですわな 笑)

結局練習縫合がみんな同じになって科学的にトレーニングを積んだら、ある程度のレベルの選手たちはみんな強くなってしまったということなんでしょうかね。

90年の逃げはわからんよね。レモンはみんなに嫌われてた? キアプッチはあれで一気に有名選手になるけど、あの時点では無名選手だったんだよね。それとも、フランス人パンセックのためにみんな追わなかった? キアプッチにしたって、ああいうのをきっかけに強くなるっていうのもよくわからない話ではあります 苦笑)

ま、90年はともかく、48年、ぜひ読んでくださいな。面白く読めると思いますよ。
2017.12.14 21:35
Arturo
アンコウ様
  もちろんです。僕も現代では100%(と言うつもりは元よりないですが、しかし、99%でも、、、)アタックは決まらない、等と言うつもりもありませんしで、、。かつ90年の件(しかし、率直なところ、この4人組、10分逃げの件は、未だによく理解していません。当時のNHKの中でも一応の説明はありますが、しかし、、、)を引き合いに出すなら、個人的には06年でしたっけ、(まあ、山岳といえば、山岳の話ではありますが、、、)10分差を付けられた選手がアタックして10分をひっくり返す、と言う方が遥かにインパクトはあります、、、。まあ、”成功”例は、もっと後世でもある!と言う事で、、、。(しかもあれは只の区間狙いじゃあなくて、完全な総合ひっくり返し狙いでもあったからなぁ、、あんな事起こりえんの?。コッピが1日で25分差をつけた、と言う話より、ある意味インパクト強し!?。
  それと単独逃げに特化したつもりはない、との事ですが、数人逃げでも、難易度の高さに余り変わりはないと想像します。

  それと現代において、ツール等の超メジャーレースで、200km単独逃げはこれはかなり難しいですね。只、単純に想像しても二つは要因としてあげられる、しかも、戦術上(時代の変化)の変化、と言う類の理由ではない(ある種外的な要因になる)ので同列に扱うのは一寸違和感がありますね、、、。(アンコウ様なら類推可能、かつ過去にも登場した記憶があるので、ここでは省略します。)

 アタックが決まると言えば、もっとカテゴリーを下げて、下のクラス、ジュニアとかだったら、現代でもバンバン決まりますね!?(笑)。
  
2017.12.14 21:06
アンコウ
Arturo さん、

バルタリの時代というより、戦後すぐの時代なので、自転車の話だけでなく、当時の社会の姿もとても面白いです。まあ、当時とその後と現在との比較はいろんな切り口でいろんなことが言えるだろうけど、ただ、20世紀の自転車レースと現在の自転車レースはずいぶん変わったことは間違い無いでしょうね。

いやもちろん、当時のアタックがバンバン決まって最後まで逃げ切ったというわけではありません。バルタリ当時だってそう簡単にアタックは決まりません。だからこそ、コッピやコーブレットの単独の長距離にげが伝説になっているのでしょうね。

ただ、僕は単独の逃げについて書いたつもりはありませんでした。90年だっけ? キアプッチとかマーセンとかバウアー、パンセックが平地の第1ステージで有力候補たちに10分の差をつけたなんて、今後絶対なさそうでしょうね。

単独が出たついでに、ティエリ・マリの200キロ以上単独逃げとかね。もう絶対無理だろうなぁ。

と、まあ、その程度の意味です。
2017.12.14 10:40
Arturo
アンコウ様
  そうですね。但し、デルガドの場合は、あくまで見物人目線の僕と違い、自身の生きた時代の方がやりやすかった、と言う選手目線ニュアンスではないかとは思います。
  レモンが自身のスタイルを崩す、、、、と言う話題は、これも以前登場した記憶がありますが、それまでの時代のスタイルとは、異なっていた、と言う(この時代の時点で既に、、、)事で、、ましてや、やはり以前野球に例えた、”管理野球”、と言う言葉をつかいましたが、この後、時代は無線が登場したりとか(やはりヤジウマとしては反対、、、と書いた記憶もありますが、、、)いよいよつまらない時代になりました、、、。(以前スペインのTVの中で、デルガドはやや電動シフトに関しても、否定的なニュアンスの発言があったような曖昧な記憶がありますが、、勿論、「絶対よくない!喝!。」みたいなものでは全くありません。(笑))
 でもアンコウ様にケチをつけるとすれば、長距離アタックがまず決まらない、と言うのは昔も変わらない、とは思います。少なくとも僕らの時代まででは、いやもっと前でも、、、、80年代、NHK衛生のゲストに出てきた、ツールは58年から見ていると言っていた、(故)加藤画伯も、番組内でそんな事言ってましたね。「あんた、逃げなんて、そう簡単に決まるもんじゃあない。そりゃ、一人で150km逃げた、200km逃げた、って言う話はあるけど、まあ見てると(今日の映像この二人も、ゴールまで)持ちそうもないですね、」みたいな、、。(でも、48年まで遡れば!?)
 只、脱線ついでに、デルガドにケチをつけるとすれば、あの時のデルガドの一連の発言は、一寸、一部後進国日本での発言、という感じがしないでもなかった、、、と言う感じはありますね。
  ついでのついでに、一例を提示しておくと、メルクスを倒し得たスペイン人が二人いた、については、(どうせ極東の果ての日本で、解る奴なぞいないだろう、、と言う極めて強い疑念。)フエンテを出す、と僕も直前に察知出来たのはアンコウ様も記憶にあるやもしれませんが、まあ、出すならこの名前だろう、と言う事で。
  しかし実際先進国内でこの名前を出せるかは大いに疑問です。(但し、オカーニャに関しては異を唱えるつもりなし!)
2017.12.14 01:09
アンコウ
Arturo さん、

それは昔のレースを知っている人なら、誰でも昔の方が面白かったということでしょうね。デルガドもそう言ってましたよね。というか、そう匂わせていたと言った方がいいのかな?
2017.12.13 22:52
Arturo
アンコウ様
 なるほど、いつぞやの本も、これの為だったのですね。了解しました。逆を言うと返却スタンバイ、と言う事でもある訳ですね。又時間を作って下さい。こっちのお渡し系もありますので、、。高田馬場でも構わないです。(勿論入店はしませんが、この場合、、、)

 でも気に喰わない奴の為には仕事しない、と言うのは僕らの時代でもありましたね。そんな極端に昔に遡らなくても、、、。
  最近偶然聞いたのですが、(但しこれはあくまで又聞きなので、100%の確約は出来ませんが、、、)僕らの時代、、、と書きましたが、92年のツール、セストリエールの勝利の翌日、カレラチームのメンバーはキャプッチの為に仕事をしなかった。(走ってはいるものの事実上のストライキ)原因は、区間の勝利の賞金を彼がメンバーに分配しなかった。(この場合、事実とすれば、人情として理由はごもっともですが、、、)。この又聞きの人物が誰から聞いたかと言うとG ボンテンピから聞いた。との事でした。
  確かにあの翌日ラルプではキャプッチは振るわなかったですね、、、。もう記憶がないくらい、、、。
  それと00年のツール、モルズィーヌのステージ、パンター二の無謀なアタックもチーム内での承諾を得られなかった、(キャプッチの話とは、ニュアンスが根本異なりますが、、、)と言うのを覚えています。

  まあ、カネの裏取引だのは、時代を遡れば、どんどんエスカレート、いつかのネンチーニの件ではありませんが、もう散々過去にも登場させてますので、ここではもう触れませんが、、

  いずれにしても、現代は賞金の分配に至るまで、かなりシステマチックになってますよね。但し僕は、プロレス観戦精神で、昔のレースの方が好きですが、、(笑)
2017.12.13 22:32

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アンコウ

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**********************
あんけ・たつや。欧州ロードレースに興味を持ってすでに30年以上。主にドイツ人選手を応援。特に青田刈りにいそしむ。歳にも関わらず、あらゆる点ですごいミーハー。そのほか好きなものは、読書、音楽はバッハと友川カズキ、北方ルネサンス絵画、映画、阪神タイガース(村山、江夏以来ですが、強すぎないこと希望、弱すぎはもっと困るが)。北欧の社会民主主義に対する憧れ強し。家族構成は連れ合いと娘三人。

* 時々コメントが迷惑コメントとしてゴミ箱に入れられることがあるようです。承認待ちが表示されない場合は、ご面倒でも書き直しをお願いします。2017年8月3日記す(22年3月2日更新)

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