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映画「みかんの丘」と「とうもろこしの島」(ネタバレ)

2017.10.25.23:39





どちらもグルジア(ジョージア)とアブハジアの争いを背景にした、非常に美しいシーンの多い映画だけど、そもそもアブハジアとグルジアの争いってなんだ? 調べるといろいろ書いてありますが、どうも要領をえない。まあ、冬のオリンピックがあったソチのすぐ南側、黒海とカスピ海の間にある地域のグルジアの一部アブハジアが1990年代初頭に独立を求めて武力闘争になったということのようです。この地域、映画の中でも出てくるけど、言葉もグルジア語とアブハジア語はだいぶ違うようだし(とうもろこしの島ではアブハジ語はわからないとグルジア人が言っています)、宗教的にも東方教会からイスラムまで入り混じっているようで、複雑怪奇な地域のようです。

「みかんの丘」はこの微妙な地域に移住してきてみかんを栽培していたエストニア人の老人(エストニアはこれまたここから3000キロぐらい北西方向のバルト三国の一番北の国です。アルヴォ・ペルトの国ですね 笑)が主人公で、アブハジアの傭兵のチェチェン人(イスラム教徒)とグルジア人の兵士(キリスト教徒)が負傷してこの主人公の家で介抱される。お互いに憎み合って、罵り合いながら、助けてくれたエストニア人の老人の手前、少しづつ和解の気配を見せながら、最後は。。。という内容です。

日本語というか中国の故事で言えば呉越同舟というやつで、主役のエストニア人の老人の顔がとてもいい顔をしています。似たような映画にボスニア・ヘルツェゴビナの映画で「ノーマンズランド」というのがありましたが、あそこでも敵同士が最前線の境界地帯、ちょうどどちらの陣地でもないところで呉越同舟になってしまうという映画で、和解と敵対の緊張関係の中、最後はやっぱり。。。でした。


一方「とうもろこしの島」はちょっと雰囲気が違います。この二つの映画は背景が同じだけに一緒に語られることが多いようですが、僕の個人的な好みから言えば、こちらの方が圧倒的に好きです。

「みかんの丘」をクサすつもりはないんですが、やっぱり最後のところが不満です。デウス・エクス・マキナという言葉があります。直訳すると「機械仕掛けの神様」。これは古代ギリシャの演劇で話がもつれにもつれ、どうにも収拾がつかなくなった時に、都合良く舞台の上から機械仕掛けで神様が降りてきて、すべてのもつれを一気に解きほぐして、はい、大団円という結末に至るための手段ですが、全く逆の意味で、この言葉を思い出しました。

つまり、チェチェン人傭兵(アブハジア側)とグルジア兵士が少しお互いを理解し合い、和解への糸口が見えた時に、アブハジアの兵士たちが現れて、仲間であるチェチェン人傭兵を敵と疑い、今まさに殺そうとした瞬間にグルジア兵士が彼を助けるためなのか、単に敵だからなのか、発砲してチェチェン人傭兵を救い、自分は殺されてしまうんですね。

ちょうど二人が和解して、この後どうするんだろう、どういう結末を迎えるんだろう、というところで、都合良く、絶対悪が機械仕掛けの神様よろしく登場して、結末をつけてしまう。なんか、安易だな、面白くないな、と思ったのでした。

それに対して「とうもろこしの島」は、もっと謎かけをたくさんしたままです。そもそもが映画としても非常に前衛的なことをしています。私はサイレント以外で、映画が始まってから20分以上セリフも音楽もない映画というのははじめてでした。「ニーチェの馬」も最初の台詞までだいぶ待たされますが、音楽は最初から鳴り続けます。しかも始まって20分でようやく二言三言喋ったと思ったら、そのあとまた30分以上登場人物たちは一言も喋りません。しかも音楽もなし。結局音楽はエンドロールが始まるところで初めて鳴るんじゃないでしょうか?

こう聞くと、きっと退屈だと思うでしょうけど、そうでもありません。物語はほぼアブハジアとグルジアの境界を流れるパラタ・エングリ川の中州だけで進行します。この川は春に濁流が流れて上流のコーカサス山脈から土砂が流され中洲ができます。周辺の農民はその中洲で、春から秋にかけてトウモロコシを栽培して冬に備えるというのが慣例になっているわけですが、川を挟んで向こう側はグルジア領、こちらはアブハジア領というわけで、いわばノーマンズランドになっている危険な最前線でもあるわけです。

映画はその中洲に老農夫がやってくるところから始まり、孫娘も加わって、そこに小屋を作りトウモロコシを栽培する様子を、音楽も会話もないまま映し続けます。この12歳ぐらい?の孫娘がいいんですね。顔立ちがとても美人なんですが、何しろ田舎の娘らしく、そばかすだらけ。で、そのトウモロコシ畑に怪我をしたグルジア兵が倒れていて、二人はそれをかくまうんですが。。。

この二人は中洲に住んでいるわけではないですが、この中洲以外のシーンはほとんどなく、また回復したグルジア兵がどうなったのかもはっきりしません。孫娘と親しくなって、それを老人が咎めるような目で見て、兵士は怯えたような目で見つめるシーンの直後、場面が変わるともう兵士はいません。おそらく中洲を去って帰って行ったのだろうとは思いますが。。。

最後は季節外れ?の濁流に中洲が流され、トウモロコシを収穫していた老農夫は濁流にのまれますが、孫娘は船に乗っていて助かるようです。「ようです」というのはこのシーンの後ボートに乗る娘の姿が映ることがないんですね。この濁流にのまれる中洲のシーンもとても素晴らしいシーンで、大雨の中、徐々に小さくなって崩れていく中洲とトウモロコシ畑と小屋が心に残ります。両親がおらず、老人に頼っていた孫娘はどうなったのかを考えると胸が痛むシーンではありますが、この間に彼女も成長していて(生理があるシーンがあります)、おそらく一人でしっかりと生きていくのだろうと思いたいところです。

最後に、翌年また中洲ができたところへ若い農夫がボートでやってきて、娘が大切にしていた手作りの人形を掘り出し、大切にボートの座席に置くシーンで映画は終わります。振り返ってみれば、老人も最初の方のシーンで中洲からパイプらしきものを掘り出し、後生大事に持っていました。

人間同士がいがみ合い、争い合い、殺し合い、老人は自然の前に命を落とし、孫娘は成長していき、時は流れていき、同じことが繰り返され。。。だけど、新たにやってきて、最後の人形を大切に扱う農民の姿は、老人たちの後継者として、彼らの生きた証をつなぐシーンのようにも思われます。老人も、だからこそ、掘り出したパイプを大切に持っていたのでしょう。



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アンコウ

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あんけ・たつや。欧州ロードレースに興味を持ってすでに30年以上。主にドイツ人選手を応援。特に青田刈りにいそしむ。歳にも関わらず、あらゆる点ですごいミーハー。そのほか好きなものは、読書、音楽はバッハと友川カズキ、北方ルネサンス絵画、映画、阪神タイガース(村山、江夏以来ですが、強すぎないこと希望、弱すぎはもっと困るが)。北欧の社会民主主義に対する憧れ強し。家族構成は連れ合いと娘三人。

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