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映画「哭声(コクソン)」を解釈する(完全ネタバレ)

2017.08.15.23:48



いやぁ、12日にツタヤディスカスで見たんですが、見終わってから、いったい今のは何だったんだ?と圧倒されました。で、14日にもう一度見ました。でも、やっぱり話がわからんわぁ、というわけで、今3度目を見終わりました。

普通そういうわけのわからん映画は途中退屈するものなんでしょうけど、この映画はテンポが良くて約2時間半もあるんだけど、三回見ても全く退屈しません。圧倒的な面白さ、これは間違いありません。

色々と解釈を誘う餌がたくさん撒かれています。伏線もあちこちにあるようで、だけど、どうもそれがよくわかりません。そもそもが國村準の怪しい日本人が釣りをして餌をハリに付けているシーンから始まり、それがこの映画のテーマにも繋がるようです。キリスト教のイメージがあちこちに出てきます。

以下、この映画を見た方だけ読んでくださいませ 笑)

お話は韓国のコクソンという田舎の村で身内による一家惨殺事件が連続して起こります。主人公はこの村の警官で、10歳ぐらいのおしゃまな娘がいます。一家惨殺事件は犯人が捕まるけど、動機も何もわからず、毒キノコのせいだとされますが、村人は、山間にいついた日本人が悪霊で、彼が何かしているのではないかと噂しています。そもそもがフンドシ一丁で山の中で死んだシカに食らいついているのを見たという者もいたりします。また、その日本人の住む家には悪魔崇拝と思しき道具が祀られ、事件で殺された人たちの写真がたくさん重なるように壁に貼られています。主人公たちがそこへ行こうとすると、その目撃証言をした男は突然の雷に打たれて瀕死で病院に担ぎ込まれます。

事件現場を始め、血まみれで汚くおどろおどろしく、ホラー映画やスプラッターが苦手なので、見始めてしばらくはどうも僕の好きなタイプの映画ではなさそうだな、と思ったんですが。。。しかも、韓国映画特有の騒々しさ(病院で患者が発作を起こしたって、看護師たちはあんなに慌てて大騒ぎで叫び回るはずはない)も、ちょっとなぁ、と思ったんですが。。。

主要登場人物は主役の警官とその家族(主に娘)、國村隼演じる悪霊と噂される日本人、悪霊払いの呪術師、それに白服の若い女で、國村、呪術師、白服女の三人が何かの象徴とか比喩のようなんですが、それがまるで一筋縄でいかない。

主人公の警官の娘が突然悪霊に取り憑かれたかのように豹変します。もう誰もが連想するのがエクソシストでしょう。どうやら噂の悪霊國村準と会ったようで、しかもノートに描かれている絵などから推測すると、國村隼に暴行されたのではないか、と思われる節もあります。

そこで、悪霊を払うために高名な呪術師が呼ばれ、悪魔払いを行い、國村隼に「殺(さつ)」を打ちます。つまり呪い殺そうとするわけです。このシーン、韓国の呪術的なものなのでしょうか、ナイフを手にいかにも韓国風の衣装を身につけて、音楽に乗って踊りながら、犠牲の鶏や羊を殺して血まみれになりながら、最後は丑の刻参りのように木造に釘を打ち付けていきます。

これに対して山奥のあばら家に住む國村隼の方は仏教のお坊さんのような風体で、こちらも鶏?を天井からぶら下げて、ろうそくを立てて、羊の頭に向かって呪文を唱えます。明らかに悪魔崇拝のイメージです。韓国対日本の呪術合戦だか超能力合戦のようで、ここまでは悪い日本人の悪霊を良い呪術師が退治するような感じですし、國村も呪術合戦に敗れて気を失ったように見えます。ところが、一番苦しんでいるのが娘本人で、見かねた主人公は呪術師の「殺」を打つのをやめさせてしまいます。あ〜、もう少しで悪霊國村隼をやっつけることができるところだったのに。

で、主人公はカトリックの神父見習いら、友人たちと一緒に國村隼を追い詰めて殺そうとしますが、ここで何故か村で起きた第三の殺人事件の、森の車の中で死んでいた犯人がゾンビのように彼らに襲いかかってきます。エクソシストからゾンビ映画と、まあホラー系が次々登場 笑) 

で、何かよくわからないまま、主人公たちはゾンビをやっつけた後、トラックに乗って帰る途中で山から?落ちてきた?國村隼に衝突、死体を崖から落として証拠隠滅します。これまたなぜかそれを山の中で見下ろしている白服の女。
(追記8/23、昨日車を運転しながら、突然國村隼が落ちてきたシーンを思い出しました 笑) あれは白い服の女に追われて逃げていたんじゃないだろうか?で、山から落ちて、下を走っていた主人公のトラックのフロントガラスに突っ込んだ。結局、國村も韓国の呪術師(祈祷師)も白服の女にはかなわない存在なのでしょう。)

主人公が病院に戻ると娘は回復していて、家族で泣きながら喜びます。ところがこれと前後して、呪術で占いをしていた呪術師が、愚か者め、餌に食らいつきやがって、と笑みを浮かべながら謎のセリフを吐きます。

何れにしても、これで事件は終わったかと思うと、主人公の同僚の警察官が第四の一家皆殺し事件を起こします。あれ? 國村隼は死んだのに?

一方、呪術師はと言うと、白服の女に会って、突然大量の鼻血を出したかと思うと、続けて赤と白の液体をとめどなく(文字通りポンプのように)嘔吐し、大慌てで村を逃げていきますが、途中突然車のフロントガラスが鳥の糞で見えなくなるほどになり、パニックを起こしながらも、主人公に電話で連絡して村に戻っていきます。その際、主人公に、自分は見誤っていた、白服の女こそ悪霊で、國村は悪霊ではなく、あの女を退治して村人を助けようとしていたのだと言います。

この辺りからいくつものシーンの切り返しがテンポ良く同時進行していきます。一つは家から再び失踪した娘を追う主人公が白服の女と会って、鶏が3度泣くまでに家に帰ると一家皆殺しされると言われます。鶏が3度泣くっていうのは、聖書の有名なペテロの否認を連想させます。バッハのマタイ受難曲の有名なアリアになっているところですね。

一方國村隼が住んでいたあばら家へ向かった神父見習いは、なぜか生き返っている國村隼と、十字架を手にしながら対決しています。ここで國村が言うセリフが聖書の中でキリストが復活した後、それを信じない弟子に言うセリフで、しかも手を出すと手のひらに聖痕(キリストが磔にされた時の傷)があります。え?國村はキリスト? と思う間も無く、突然カメラを構えると怯えている見習いの写真を撮り始めます。同時に彼の姿はいわゆる完全な悪魔の姿に変貌。

主人公の家では、明らかに悪霊に取り憑かれた様子の娘が、驚き呆然とする母と祖母と向き合っています。

祈祷師は車に乗りながら電話で主人公に、早く家に戻れと、女とは真逆のことを言います。女は國村と呪術師は悪霊でグルだと言います。

もうこうなると誰が善玉でどいつが悪魔なのかが見当もつきません。女は主人公を何とか引きとめようとしますが、結局家に戻ってしまい、そこで見たものは血まみれの室内で死んでいる妻と母と、包丁を手に血まみれで立っている娘。

最後土砂降りの雨の中、呪術師が主人公の家にやってきて、死者や瀕死の?主人公を写真に撮って帰っていきます。彼の車の中には以前國村準の家の壁に貼られていた殺された人々の写真がたくさんあります。最後、瀕死?の主人公がうわ言のように娘を気遣うシーンで映画は終わります。

え〜? 白服の女はどうなった? 神父見習いと國村隼の対決は? というわけで、この後は、一応僕なりの解釈です。

白服の女が言うことが正しいのでしょう。國村と呪術師はグルなのでしょう。最後にこの二人は写真を撮っていますから、國村に写真を撮られた神父見習いは、この後殺されるのでしょう。この二人が悪の象徴だろうと考えていいような気がします。しかし、悪魔払いの儀式で呪術師は國村を呪い殺そうとし、一方國村も対抗防衛呪文を唱えていたではないか、と思うのですが、実は國村の呪文は死者復活の呪文だったのではないかと思われるのです。その後のシーンで森の中の車の中で死んでいた第三の殺人事件の犯人の死体を確認に行き、そこにいなくなっているのを見ていますから、あれは自分の死者復活の呪文の効果を確認しに行ったのではないか。

そして、呪術師の儀式で苦しんでいたのは実は國村ではなく娘だったのではないかと思われます。確かに悪魔払いの時に取り付いた悪魔が苦しむ=娘が苦しむ、というのはエクソシストでもそうでしたが。。。では、國村はなぜあのとき苦しみ気を失うのか? ところがさすがに3度も見ると、このシーンの直後に白服の女がチラッと映るのに気がつきます。つまり、この後、呪術師もこの女と会うと大量のゲロを吐いて大慌てで逃げていきますから、國村と呪術師にとってはこの女は大敵ということなのでしょう。

では白い服の女が善を象徴するのか、というと、どうもそうでもなさそうです。彼女は何もしないし、そのサゼスチョンも結局何の役にも立ちませんでしたから。ふと思ったのが黒澤明の「乱」の最後、あまりの悲劇にピーターが泣きながら神も仏もありゃしないと神を呪うと、お付きの武将が、いや、違う、神はただ泣いているのだ、愚かな人間どもを見て泣いているのだ、とか言うシーンを思い出しました。白い服の女はそういう意味での無力な神かな?と。

あちこちにまだまだいろんなイメージがばらまかれています。國村の周りにはカラスや黒犬がいますが、ベルイマンの「処女の泉」にも出てくるように、カラスは悪の使いですし、黒犬はひょっとしたら「ファウスト」の悪魔メフィストフェーレスが黒いムク犬の姿で登場すること(ちなみに黒澤明の「生きる」でもこのシーンを思わせる伊藤雄之助のセリフがあります)を暗示しているかもしれません。まだまだ見落としがあるかもしれませんが、まあ、このくらいでおしまいにします。最後まで読んでくださった方には感謝します。また、この映画を見た方のご意見もコメントいただければ嬉しいです。

8月15日、73回目の敗戦の日に。

……追記 8/18 23:03……
先ほど町山智浩さんの「映画むだ話」にあるこの映画の解説がなかなかいいという方のブログを読んで、200円強で購入してみました 笑)僕の解釈と同じ方向性だし、白服の女は神だというのは、やっぱり、と嬉しかったですね。それはともかく、さすがに映画解説を生業としている人は細かいところの見方が違いますね。聖書の「ヨブ記」を出してくるのなんか、なるほどねぇ、と感心しました。ただ一箇所事実誤認があります。町山さん、あれは白い蛾じゃなくて大量の鳥の糞だよ 笑) まあ、それはご愛嬌としても、いろんなところで、なるほどね、と自分の解釈に付け加えるべきことを考えさせられました。有料ですが、オススメです。



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アンコウ

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あんけ・たつや。欧州ロードレースに興味を持ってすでに30年以上。主にドイツ人選手を応援。特に青田刈りにいそしむ。歳にも関わらず、あらゆる点ですごいミーハー。そのほか好きなものは、読書、クラシック音楽(特にバッハ)、友川カズキ、北方ルネサンス絵画、映画、阪神タイガース(村山、江夏以来ですが、強すぎないこと希望、弱すぎても困るが)。少し前から草食動物と化そうと努力しています。北欧の社会民主主義に対する憧れ強し。家族構成は連れ合いと娘三人。

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