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死刑制度について

2010.08.30.10:51

右のリンク先を見ればわかるように、ぼくは死刑制度には反対である。こういうことを言うと、「じゃあ、あなたの親や子が殺されても反対か」と言われる。そう言う時は、「じゃあ、あなたの親や子がえん罪で、あるいはたいした罪でもないのに死刑になっても賛成か」と言うことにしている。想像力って大切だけど、空が落ちてきたらどうしようという想像力はあまり意味がない。結局、この話題では、被害者でもないし加害者でもない、つまり当事者じゃないものがなにを言っても、やっぱりあまり意味がない。

個別なことを言えば、死刑は凶悪犯罪の抑止力になっていないことはすでに証明されている。フランスやカナダの統計では死刑廃止後に凶悪犯罪が減っているそうだ。そんなことない、これは数字のトリックだという人もいるようだが、いずれにしても、フランスでは死刑廃止前よりも廃止した後のほうが死刑反対派がかなり増えたそうである。それに廃止国で復活しろと言う声が大勢になっていないことからも(一度廃止したのに復活したのはファシズムの時代のイタリアぐらいだそうだ)、死刑に犯罪抑止力の効果はたいしてないことは確実だろう。もし仮に「悪いことをすれば死刑になる」というのを犯罪抑止力にしようというのなら、死刑は公開したほうが抑止力になるだろう。こそこそと人目に付かないように、忘れた頃に殺害するというのは、なにはともあれ、この世の中から抹殺抹消するという考え方であるし、一度決めたことはなにがなんでもやる、というお役人的な、なにか陰湿なものを感じて仕方がない(役人が陰湿だといっているわけではありませんよ)。それに言うまでもないけど、犯罪抑止力として死刑という刑罰を考えるというのは、いわゆる罪刑法定主義という奴にも合わない考え方だよね。

こういう個別の事柄は以下の本にくわしい。被害者の立場、あるいは教誨士の話、刑務官の立場、そんなこともこれらの本は教えてくれる。未成年の加害者に妻子を殺された本村氏の話も、通常のマスコミに出てくる彼とは少し違う話を読める。日本人の85%が死刑制度存続に賛成だというのだが、賛成にもいろんな賛成があるだろうし、ふつうの人は普段死刑のことなんか考えてないから、賛成ですか、反対ですかなんて聞かれたってこたえられない。だからこそ、賛成か反対かを言うのなら、せめてこれらの本ぐらいは読んだ上でのことにしましょう。ちと偉そうですいません。

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さらにはちょっと観念的だけどこんなのもお勧め。

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ようするに死刑制度というのは、悪い奴はこの世から抹消しようという排除の考えだ。あんたは悪者だからこの世にいる価値がありませんということ。だが悪い奴って誰なんだ?この世の中には99%の普通の人々がいて、1%の悪人がいるというわけではないのは、誰だって知っている。オサマ・ビンラディンとアルカイダがショッカーみたいな組織ではないことは誰だって知っている(よね?)。そこまで話を大きくしなくたって、普通の人が突発的な感情に駆られて人を殺したりしちゃうわけ。現実の世界はゲームや漫画じゃないからね。漱石の「こころ」じゃないけど、人が恐ろしいのは普通の人が悪いことをするからなんだよね。

100歩譲って仮に悪い奴がいるとして、じゃあそいつは生まれてこないほうが良かったのか?ナチス・ドイツの時代にT4計画というのがあった。ナチスというとユダヤ人を600万殺害したというのが有名だけど、このT4計画はドイツ人の障害者を安楽死させるという計画で、実際にかなり多くの障害者が組織的に殺された。(つまり、障害者は生まれてこないほうが良かったと考えたんだねー後記)これについても小説だけど、事実に基づいているこの本が参考になる(絶版だけど図書館などにあると思います-後記)。

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ぼくは読みながらその計画を発案実行した医師たちに対して、当たり前の話だけど、非常に強い怒りを覚えた。戦後そうした責任者たちが責任を問われて死刑になったことを知って、ぼくの怒りは少しだけ収まったような気がした。だが、ここで、ではこの責任者たちも生まれてこないほうがよかったのか、という疑問が頭をよぎった。

30年ほど前のロシア映画に「炎628」というすさまじい反戦映画がある。

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あらすじなどは省くけど、最後に主人公の少年がヒトラーの肖像画に向けて銃を撃つと、時代が逆転を始めるという不思議なシーンがある。ナチスの兵士たちが行進しているシーンが逆回しで後退していき、戦車や爆撃機はバックしていき、もう一度銃を撃つとどんどん時代が遡る。さらに撃ち続けると、ヒトラーがどんどん若くなり、最後に母親に抱かれた赤ん坊のヒトラーの写真になる。そこで主人公は銃を撃つのをやめる。たとえそれがヒトラーでも、生まれてこないほうが良かった命なんてないんだ(この映画を検索するとまったく違う感想を持っている人もいるようだけど、モーツァルトのレクイエムが流れるラストシーンはどう考えたって復讐の話ではないよ-後記)。

そうはいっても、凶悪事件の報道を見たり聞いたりすれば、被害者やその家族たちの身になって事件を見るのは人間たるものの心情だろう。だれが加害者の立場に身を置きたいなんて考えるもんか。だからマスコミだって加害者の凶悪性を煽る報道に血道を上げる。

しかしマスコミの垂れ流す情報がどうやらおかしいらしいこと、警察や検察の言うことだけを報道しているらしいこと、そして警察や検察がいつでも正義であるわけではないことは、ネットの発達とともに多くの人が知るところとなってきた。

むろん言うまでもないことだが、人を殺せば罰を受けるべきである。そんなのは言うまでもないことだ。しかし殺人事件に限れば去年は戦後最低の件数だそうだ。凶悪事件が増えているというのは警察公安マスコミの情報操作と言っていいと断言している人も多い。それなのに厳罰化が促され、公的な車や営業用の車には悪事を見逃さないなんていう怖い目をしたステッカーが貼られる。

数日前、初めて東京拘置所の刑場がマスコミに公開された。その形容として厳粛な場という言葉があった。ぼくは強い違和感を感じざるを得なかった。凶悪犯罪を犯したものはこの世から抹消すべきだが、一人の人間の命を奪う場は厳粛な場だという考え方に、なにかよじれたものを感じた。

人類がどうしても守るべきものがあるとしたら、人はなにがあっても人を殺すなということではないだろうか。なにを頭でっかちのノーテンキなことを言ってるんだ、って怒る人もいるだろうね。現実に毎日世界中であきれるほどたくさんの人たちが殺されているんだしね。でも、ぼくは、あまいと言われても、やっぱり言っておきたい。排除するという考え方に、人類が抱えている多くの問題がからんでくるんだってね。


この件に関しては、今後も書き足していくかも知れません。上の文はちょっと中途半端だとは感じているのですが、とりあえずここでアップしておきます。


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アンコウ

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あんけ・たつや。欧州ロードレースに興味を持ってすでに30年以上。主にドイツ人選手を応援。特に青田刈りにいそしむ。歳にも関わらず、あらゆる点ですごいミーハー。そのほか好きなものは、読書、音楽はバッハと友川カズキ、北方ルネサンス絵画、映画、阪神タイガース(村山、江夏以来ですが、強すぎないこと希望、弱すぎはもっと困るが)。北欧の社会民主主義に対する憧れ強し。家族構成は連れ合いと娘三人。

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