先日、ネトウヨ氏から複数のコメントをもらったが、そのコメントに書かれていたことが、今回の事件と実によく繋がってくる。コメントをくれたネトウヨ氏は美濃部都政に対して嫌悪感を隠さなかった。そしてそれに続けて、外国人に対する差別意識をあからさまな言葉で語っていた。同時に、彼は障害者に対する差別用語も書いていた(彼はきっと差別的な意図はないというかもしれない。だが、ああいう言葉を使ったということだけでも彼の意識のベクトルははっきりしている)。無論、彼が今回の事件について何というかはわからないし、知りたくもないけど。 (ネトウヨ氏のコメントは「宇都宮さん、あなたの俠気を忘れない!」の記事と「岡田一郎「革新自治体」を読んで思った事」の記事につけられたものです。追記)
ナチスドイツでは障害者差別と人種差別がセットだった。これまで何度も引用したマルティン・ニーメラー牧師の詩を、今こそ思い浮かべるべきなのだ。
……
ナチスが共産主義者たちを連行したとき
わたしは黙っていた
だってわたしは共産主義者ではなかったから
やつらが社会民主主義者たちを投獄したとき
わたしは黙っていた
だってわたしは社会民主主義者ではなかったから
やつらが労働組合員たちを連行したとき
わたしは黙っていた
だってわたしは労働組合員ではなかったから
やつらがわたしを連行したとき
抗議してくれる人は
もうだれもいなかった (アンコウ訳)
……
無論、今の日本では連行されたり投獄されたりしない。でも、第1節の「共産主義者」を「外国人」に、第2節の「社会民主主義者」を「生活保護受給者」に、第3節の「労働組合員」を「障害者」に読みかえれば、今の日本にぴったり当てはまってしまう恐ろしさ。ニーメラーの場合、ナチスという明確な「敵」があったが、今の日本だと、ナチスの代わりに入る言葉は「世間」かもしれない。
いずれにせよ、今回の事件は一人の異常な男がしでかした特異なものでは、決してない。以前の秋葉原事件と同様、日本社会の潮流が引き起こした事件なのだ。それは絶対に間違いない。
追記:今回の犯人が衆議院議長に宛てた手紙の中で、自分の計画を安倍晋三に伝えて欲しいと、繰り返していることは暗示的である。安倍なら、自分の計画に賛同してくれるはずだと考えたのである。もちろん、安倍本人がそれに同意するはずはない、犯人の一方的な思いに過ぎないのは、言うまでもない。僕だって、今回の事件が安倍個人に原因がある、なんて言うつもりは毛頭ない。しかし、この事実はいわゆるネトウヨが安倍に何を期待しているかをうかがわせる話ではある。
……
ニーメラーのこの詩には幾つものバリエーションがあり、共産党員の代わりに「ユダヤ人」になっていたり、「障害者」がすでに入っているバージョンもあるようだけど、ニーメラー財団が出している正式の版は上記のもののようです。

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