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デルガド講演会(1)

2016.02.18.23:50

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うーむ、友川カズキの興奮冷めやらぬうちに、今日は四ッ谷のセルバンテス協会というところで行われたデルガド講演会。コメントをよくくれる Arturo さんと一緒に行きました。デルガドが Arturo さんを見つけるや話しかけてくるんだもの。びっくりしましたわ。10年ぶりの再会だそうですが、まあ Arturo さん、日本人にしては個性的だからね。すぐ分かったんでしょう。それにしても Arturo さんのスペイン語力に驚きましたわ。
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(手前の後頭部が Arturo さんです 笑)

会場は半分弱ぐらいですかねぇ。。。結構ガラガラでした。明日の講演とは違って、あまり告知が充分ではなかったのかもしれません。明日の方はツィッターで流れて即一杯になったようですが。

いろんな面白い話も聞けました。89年のツールのプロローグ、マイヨ・ジョーヌ【前年度の総合優勝者だったから】でルクセンブルクのスタートに遅刻という大ハプニングで、結果的に3位に終わったのですが、このツールはシャンゼリゼでの最終日のTTでレモンがフィニョンを逆転、8秒差で優勝したことで知られていますが、もしデルガドの遅刻が無ければ、おそらくデルガドが優勝したのは間違いなかったのでしょう。

講演ではこの時に遅れた理由を問われて、(1)ウォームアップ中に美女にコーヒーを誘われて、ついうっかり(2)ウォームアップで戻るときに道路が封鎖され、警官に止められて、ルクセンブルクだったのでドイツ語がまるで分からず警官を説得出来ず回り道をしたら遅れた(3)UFOがやってきて連れ去られそうになって遅れた、と3つの眉唾の理由を挙げてましたが、同時通訳を通じてタイムラグのあるジョークなので、今ひとつ笑えなかったかなぁ 苦笑)

結局ウォームアップに夢中になりのんびりしてて遅れたということなんでしょうね。このあと2,3年してロッシュもプロローグに遅れる失態をしでかしましたが、たしかロッシュの方はトイレへ行ってたんだったと思いますが。。。他にも86年のツール期間中に母が脳梗塞で急死、リタイアしたときの話(同時通訳がちょっと分かりづらかったけど)も聞けました。あのときはNHKでも自転車から降りて泣きながらサドルに突っ伏すデルガドの姿が映っていました。

最後に質問した人には本とサインをくれるというので、思いっきり目立って手を挙げ、見事ゲット。一緒に写真も撮ってもらえて、またまた大興奮でありました。まあ、サインも一緒の写真もスーパークリテの時に一度経験してるんですけどね。ただし写真の方は諸事情により今はありませんけど 苦笑)なにしろこの人、そのスーパークリテの時もそうだったけど、愛想が良いし、サービス精神旺盛で、頼まれるとホイホイとサインし一緒に写真に収まっちゃうんですよね。
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(本と中表紙にサインしてもらいました。ただ、スペイン語なので何一つ分からないけど 笑い)

さてアンコウの質問は、この十年フレイレやバルベルデやコンタドールという凄い選手がスペインからずいぶん出たけど、やめたりベテランになってしまった。彼らの跡を継ぐような、あるいはあなたの期待するスペインの若手の名前を何人か挙げてくれ、というもの。

解答はスカイのミケル・ランダとモビスターのヘスス・エラーダの名前を挙げてましたが、いずれにしても、どちらももっともっと練習を積まなければ駄目だとも言ってました。ちょっとデルガドが注目しているということで、拙ブログも気にしておきましょう。

さ、明日もいくぞ! しかし一週間足らずの間にこんなに興奮して大丈夫か?おれ?? 行きの電車の中では西村賢太の小説を読んでいて、ものすごく面白いところで終わっていたんだけど、帰りはさすがに興奮状態で、続きを読むのを諦めましたわ 笑) しかし、西村賢太、ドストエフスキーの「地下生活者の手記」とかのような主人公による私小説(まあ、西村自身がああいうどうしようもない嫌なDV男なわけではないんでしょうけどね)で、読んでてなかなかに腹立つし不愉快で面白い 爆)



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comment

アンコウ
Arturo さん、

ウルリッヒは急ぎませんよ。でも、よろしくね。
2016.03.03 16:13
Arturo
アンコウ様。
  そうですね、フランス人にしてみれば、これだけ自国のツールに照準を合わせる選手が続出すればするほど、自尊心と言う点では先のイタリア人とは対照的と言っていかと思います。(実際近年になればなるほど、ジロ(そしてブエルタも、しかしジロはブエルタ以上のイメージがありますが、、、。)はイタリア人の勝者が増える、つまりはローカルレース化している、と言う事になるでしょう。
  この辺、ツールサイドの話は随分前に投稿したとおり、JMルブランの推し進めた商業主義の戦略が功を奏した部分ではあります。(デルガドの話にも少し”国際化”の話題は出てましたね、、、)勿論、その功の部分だけでなく、負の遺産(ヤクの蔓延であるとか、力関係、均衡の崩壊であるとか、、、)も作っていったのは、やはりこれも随分以前投稿した通りです、、。

  さて、これで、残った宿題は”ヤン”の件だけ?!。
2016.03.02 19:17
アンコウ
Arturo さん、

こちらも最初に訂正から。ウルリッヒの97年はまだ首相は体重が特定秘密だった 笑)ヘルムート・コールでしたわ。シュレーダーは98年からでした。ま、そんなのどうでもいいけどね 笑)

リース、イタリア語は流暢らしいけどスペイン語はさすがに長い演説できなかったんでしょう。レモンは、そうか、ジロは完全に調整レースにしてたんでしたね。復活の年のジロは後ろから数えたほうがいいぐらいの順位だったんじゃなかったっけ? そういう意味ではレモンは春のクラシックも復活後は全く出ませんでした。その結果、アメリカ人はツール以外のレースにあまり注目せず、逆にアメリカ人に注目されることで、ツールは突出したレースになっていき、同時に自転車レースのグローバル化にもつながっていった、と、そういうことかな?

何れにしても、この辺りのデルガドの話をもっと聞きたかったなぁ。終わってみれば、聞いてみたかったことがどんどん増えていく。 笑)
2016.03.02 15:16
Arturo
アンコウ様。
  これは(笑)マークからスタートですね。(政治ネタ)。まあ、あまりそっちに傾きすぎると、サグラダファミリアから遠ざかるので、ほどほどにしようと思います。  
  でも、アンクティルとドゴールのすれ違いは60年ツールじゃあないですか?後に彼は、ドゴール自身の手からレジョンドノールを受けていますよ。”Merci Champion".

   96年ツールのリースの演説は、今でも思い出せる位、演説と呼ぶには短いものでした。”Mi dispiace vostro Miguel non vince(questo Tour),Pero,(anche) per me,Miguel e grande campione."位でしたね。(要は短い!)、そう言えば先の投稿、伊語ひとつマチガイがあったのでついでに訂正しときます。投稿してから、なんかおかしいと思い、よく考えたら間違っている事に気づきました。”Merdo"ではなく"Merda"でした。

  本題!?のレモンですが、フランスではイタリアと同様の扱いはなかったと思います。ずーとフランスのチームで走っていた訳だし、、、、。
  イタリア人の感情を逆なでしたのは、キャプッチではなく、彼が(元祖)イタリア最大のステージレース、ジロを事実上冒涜したからです。(しかしこれは当然だろうな、、、)
 これにより、イタリア人の自尊心は傷つけられたと言っていいでしょう。
 この点でも、ミゲールは、前時代のメンタリティーを持った選手だったと言えるでしょう。彼のジロに対する姿勢は真面目そのもの。しかし彼が最後の世代か?。この時代以降、ジロはイタリアのローカルレースの道を歩んでいく事になった訳だし、、、。

  でもレモンの仏語はあまり感心できない!?。いつか投稿した、引退後、ツールのステージ後の調整番組にてのフィニョンとのトーク!?での彼のフランス語は僕が聞いても違和感のあるものでした。しかも英語が混じる、と言う状況でした。(勿論、そこでは訳が入る)
  
2016.03.01 20:36
アンコウ
Arturo さん、

イタリアではレモンはキァップッチとの絡みで絶対ヒールでしょう。フランスではどうなんだろう? 確かにフィニョンとの関係では悪役だろうけど、レモンはおそらく名前からしてフランス系かもしれないし、フランス語も結構流暢だったでしょう? イノーが自分の後継者と言ったわけで、その間の確執はあったとしても、フランスではそれほど悪役度が高くない?? どうなんだろう? 白鵬は多くの人が、負ければ喜ぶのかもしれないけど、茶目っ気があって白鵬のファンも結構多いんじゃない? ま、比較対象にならんか。

なるほどね。レモンはレーガンと会ったけど、レーガンは自転車のことなんかまるで知らないで、マイヨ・ジョーヌを見せてもふーん、だったと聞いたけど。アームストロングとブッシュの組み合わせはかなりおぞましいね。アンクティルとドゴールってすれ違いでしょ? キァップッチとベルルスコーニの関係は? 笑) デルガドの時はすでにファシストのフランコはいないけど、オカーニャはフランコと会ったんだろうか? 政治家と自転車選手はいろんなエピソードがありますからね。 そういえば、アームストロングはサルコジとも仲良しだったね 苦笑)

インドゥラインはセレモニーなしか。最後のツールでパンプローナでマイヨ・ジョーヌのリースがインドゥライン賞賛の演説をぶってたよね?

ウルリッヒが優勝した97年はすでにドイツは社民党政権かな? ウルリッヒはシュレーダー首相と会ったんだろうか? しつこい 笑)

そのイタリア語の意味はまあ、こういう方向だろうとは想像つくけど、そのうちきちんと教えてください。 いや、口頭でね 笑)
2016.03.01 19:18
Arturo
アンコウ様。
  レモンの日本での人気(まあ当時)及び、NHKの世界戦放送の件、これも同感です。
  僕が私的に好感を持てない、と言うのに、事故から奇跡の復活、ガンからの生還、と言ってドラマ性の前に(勿論、それ自身は賞賛の念をもって迎えられるべきですが、、、)だから何でもアリ、黙認、と言うのはおかしいと考えます。(やはり、いつかN沢さんの記事の様な論調は関心出来ない、旨投稿しましたが、、、ランスのドーピング疑惑”擁護”論調の件)
  話をレモンに戻して、端的に書くと、第三国、イタリアにおけるレモンの評価はどうだろうか?と書くと、一例として日本のジャパンカップでさえも、コース路面にペンキで字を書くのはお馴染みな風物詩ですが、かつ通常はひいき選手の応援文字かとも想像しますが、レモンの場合(この場合勿論ジロとか)これが又 "Greg Lemond Sei MERDO!"と書いてあったりします(見たのは一回ではない)。あえて訳はいれませんが、、、。しかしこれはイタリアで言う、スポルティーヴォとは言えない行為とも言えますがイタリア人の人情ではアリかな?とも考えています。こういう下りを書かせたくなる何かが彼にはある!?。いずれにしても日本の評価、人気とは相似化出来ないでしょう、、、。
  レモンがランスへと続く、自転車競技の底上げ役(国際化、UCIとの思惑とも合。そしてスポーツの格を上げる。)をやったのは事実と考えます。レモンの時は、リーガン、そしてランスの時は倅ブッシュ、と言うような、当時のUSA大統領と言うイメージアップ、(これがアンクティルのドゴールと相似化出来ないのが辛いところ、、、やっぱ、個人的には不本意だろうが、USA大統領、となると、一寸パブリックイメージが高くなってしまう、、、と言うのは逃れられないと考えます。)
 勿論ランスが最後にひっくり返してくれた訳ですが、、、。

  デルガドがどう思っていたのか?人情としての件、これは、これも本人しか答えられないと思いますが、しかし勝手な想像であれば、これはネガティブであったろう、かと想像します。90年のツールではレモンとキャプッチの”険悪”な間柄はNHKでも扱っていたような記憶がありますが、、、。
  インドゥラインの”不本意”については、あれだけの足跡を残した選手の引退としては余りに不本意なクローズではないか?(セレモニーもない)、と言いたかった訳で、一寸表現が足りませんでした。引退そのものは熟慮の結論、そして高田馬場で話をした記憶があります(98年ブエルタで本人に尋ねた)が、妻、マリーサの主張を全面的に受け入れてのものだったので、本人に不本意さはないかと想像します。

  これで一応書いた?!。他の宿題は?ヤンの話し!?。
2016.02.29 22:22
アンコウ
Arturo さん、

レモンはいかにもアメリカンな感じで人好きのする人という印象があるし、日本では人気がありましたよね。レモンという名前も人気を高めた理由かも。宇都宮の放送なんかもレモンの名前が一番たくさん語られたんじゃないかなぁ。ダーネンスとデ・ヴォルフの逃げが決まった時にも、現地で喜んでたのは僕ぐらいだったかも 笑) 僕もレモンよりはブーニョの方がいい、できればクリケリオン、まあベルギー人なら万歳だったので、ダーネンスは嬉しかったですけどね。

ハード面だけでなく、選手の年俸やレースを絞ることなどの面でも、ある意味で貢献は非常に大きなものがあったのは確かですよね。猟銃事件からの復活だって、ヨーロッパの選手だったら絶対引退したはずだという話を聞いたことがあります。同じ頃にオランダのテン・ファン・フリートというそこそこ中堅の選手がガンが見つかり、即座に引退表明してました。

レモンはアームストロングを常に批判し続けてきたけど、ある意味でアームストロング(ドーピングは別)はレモンという先例(病気からの復活やレースを絞る)を追っていたと言えるわけですよね。

デルガドはレモンとは一緒にやれないというのは、レモンが嫌いだったからなのかなぁ。一方でフィニョンのエピソードは面白おかしく話してましたよね。

ところで、インドゥラインの引退は不本意だったの? 本人はまだ引退したくなかった? それとも不本意というのは負けて終わったから?

レモン以前のレース界はよく言えば騎士道精神、悪く言えば人権無視の競争馬扱い。そこへアメリカンなビジネスライクな効率重視の生意気な、しかし実力もかなりの青年がやってきたという、まあありがちな話だったんだろうけど、おかげで年俸は上がるし、選手たちも練習時間が少なくなったし(これはデルガドも言ってましたね)、レースの出場数も少なくなった。だけど管理化が進んで、アッと驚くようなレース展開はなかなか少なくなった。デルガドは昔の選手だから、その辺りを寂しいと思っているのでしょう。口ぶりからはそんな印象を受けたけど。
2016.02.28 18:01
Arturo
アンコウ様。
  今度はこっちがコメント遅れてしまいました。(別に感動にむせていた訳ではない!?。)あれ(最終日)から一週間経ちましたが、、、。ようやくスペイン国歌鎮静してきましたが、、。
  と言う訳で、三途の川の件は、又ゆっくり考えるとして(多分時間はタップリある!?とにかく最低三人揃わないとね!?。)ここでは、頂いた私通メール(ありがとうございます)の内容も鑑み、軌道修正をしようかと存じます。
  で、僕に残っていた”宿題”は?!。
  取り敢えず気のついたまま、書いてみますと、グランミゲール、ミゲロンとレモンとの相違。これは本当の事はデルガド本人でないと正解は得られないと考えます。しかし、これで終わりだと芸がなさすぎですので、幾つかその前提で二次的に言える事を書いてみようかと存じます。
  この二人レーサー以前に、カラーが全く別人なイメージがあります。レモンに好感は持っていない旨書きましたが、一方のミゲロンはジャックの次に位置する人物なので、いきおい、ミゲロンびいきになってしまいますが、(91年当時ヴァルルーロンで、レモンんに引導を渡したのがミゲロンだったのは感動してしましました。)しかし、同様の印象を持っている人物が(日本では、Theresaさんみたいな例外を別とすれば、かなり難しいかと想像しますが、、、)プロトン内にいれば、レモンとは組めないが、彼ミゲロンとならば、、、、となる公算は低くなかろうかと?。少なくとも僕は違和感を持ちませんが、何よりデルガドもそうであれば、、。後押しにはなっても、マイナスにはならないだろうかと、、。
 でもね、これはレーサーにとっても走りにもにじみ出る事だとも思います。
 インドゥラインの場合、印象的なのは、彼が(ある意味、不本意な形での引退)彼がこの世界を去った時、彼を固めていたアシストの多くがチームを去った、と言う事実も見逃せません。
  只、あえてレモンについて申し上げるならば、”新世代”(=新大陸)から、それまでの騎士道の概念を否定するような側面も持ち込んだのも事実ですが、反面DHバーを始め、グラサン、メーター等定着させた物もあるので、其の辺は切り離して評価すべきとは思います。(ドロップインバーだっけ、定着しなかった物もあるけど、10年以上後、サエコ時代のモーリが何やら類似品のハンドルを自分の自転車につけて、「どうだオリジナルだろ?」と見せてきたのを思い出しました。勿論「なにこれ?10年前にレモンが使ったのと同じじゃんかよ。(=旧ネタも甚だしい)」と言ってやりましたが、、、。)え、!?グラサン、何言ってんだよ?!とっくにヤンセンが使ってんじゃあねえかよ?!とアンコウ様から反論が来る!?。(笑)

  デルガド記事ネタの件は、もはや”公認”してしまったので、ご自由にどうぞ、としか申し上げられませんが、その前提で、プライバシー、個人の名誉(毀損)、史実との整合性、コンプライアンス(偽証性!?ハテ。。)等に配慮が頂けますと幸いです。しかしネタなんてあんのかなぁ?。

  他にもあった気がしますが、(そうだ、女子マネ付きの高田馬場の件、又開催決まったら又お知らせ下さい、)取り敢えず一回これで投稿します。
2016.02.28 12:41
アンコウ
Arturo さん、

そうなんだよ。もう一週間経ったんだね。友川カズキに会ったのも10日以上前のこと。これじゃああっという間に22世紀になっちまうよ。

マルコ、ホセマリア、ジャック、クロード(クリケリオン)、ローランもいますなぁ。いっそここはアンリ(デグランジュ)やジャック(ゴデ)もファウストやジノやルイゾンにも加わっていただきましょうや。

デルガドネタはまあ、ちょっと時間がかかるかなぁ。
2016.02.26 14:13
Arturo
アンコウ様
 なんかこうコメントタイムラグがあるような気がしましたが、なるほど、これはこの間、大聖堂に使える石が見つかって、感動にむせていた訳ですね。この間。まあ、確かに、これはかなりレアーケース、と言うのは議論の余地がない、と言うのは動かないにしても、、、。僕も、過去に目撃した、いかなる女性ファンとは相似化出来ないのも事実です。(或いは女性レース エンスーだと思ってる人だとか、、、)まあ、ここは僕も全く心当たりがない!。その点、人情としては分からぬでもないですが、、、。

 しかし、それにしても、それにかこつけてなんかこうズルいですね。
 今回ばかりはいつものように能書きをつい延々書いてしまう、と言う展開とは違いそうです。(ヤンの顛末書こうかとも思っていたけど、今回は止めて、様子見しよう、、、)
  僕のデルガドネタ!?未だなんかありましたっけ?!。コピーの紙記事話!?。いずれにしても、これじゃあ、「これ以上、それがしのデルガドネタ、公に処する事、これまかりならぬ。」とは書けないじゃあないですか?。誘導尋問じゃあないけど、やっぱりズルい。
 それと、「~と言うより、これ大丈夫か?。」って?!。(しかも”たくさん”となっている!!)、一寸待って下さい。こっちは全て封印するつもりが、東北の農家の納屋の中には、、、等と言われ、サグラダファミリア精神でせっせと書いたのに、大丈夫?となると、一体、大丈夫?ネタってどれでしょうか?又、「これってかなりヤバくない?」と言いたくなるネタがあったら又リンク貼っといて下さい。後学にしますから、、、。(どの道、やっぱ書くんじゃあなかったか、状態は不可避!?)

  しかしあれから1週間、頭の中のスペイン国歌のメロディーは未だ収まる気配がありません、、。(大丈夫?ってこれの事?)
  それと、マルコ、ホセマリーア、ジャック、とこれらの部屋(プラス、クロード!?)これらについては好評(!?)につき、企画は、三途の川渡った後で、開催の方法、手段について、真剣に考える事にします(!?)
2016.02.25 22:47
アンコウ
Theresaさん、

うふふ、なんか男所帯の臭い部室に女子マネがやってきたような図をイメージしてしまいました 笑) アンクティルに食いついてくる人はかなりレアモノですよ。

アンクティルは Arturo さんが息子さんと知り合いなので、本物のお部屋へも行ったようですよ。拙ブログでも過去に何度か Arturo さん経由でアンクティルネタは書きました。もしすでにお読みでしたらごめんなさい。そうでなければ、おヒマな時にでもどうぞ。

アンクティル家の遺品 http://tatsuya1956.blog48.fc2.com/blog-entry-854.html
アンクティル、謎のイエロージャージ http://tatsuya1956.blog48.fc2.com/blog-entry-856.html

他にも Arturo さんのコメントにはかなりマニアックというより、大丈夫か?っていう話がたくさんありますので、よろしければ、これまたおヒマな時にでも検索かけてみてくださいませ。

ウルリッヒは大好きだったです。本物を見るチャンスはなかったんだけど、99年のブエルタはワクワクしながら毎晩スカパースペイン語チャンネルで、わかるのは選手の名前だけという状態でも熱中してみてました。あれぐらい熱く見たレースはあまりないです。おっと、Arturo さんは当時現地かな?

そうそう、 Arturo さんのデルガドネタはまだありますので、そのうちまた書いてみようと思ってます。ただ、その前に承諾を得ないとね →Arturo さん

私も89年の時はフィニョンを応援していましたが、その後レモンの本物を偶然大井埠頭で見かけ、そのあまりの気さくさ、気取らなさにびっくりしました。
2016.02.25 19:12
Theresa
アンコウさん、Arturoさん

コメント拝読いたしました。ありがとうございました。

ペリコの部屋と講演会の二日間の話をきいたら、次から次へと聞きたい事でてきて、もう仮説、推察の世界にはまり悶々としそうだったのでコメントさせていただきました。

わたくし、イノーとデルガドとインドュラインの走りにノックアウトされた、”前時代”からのファンなんです。一番好きな選手は、ミーハーにチャバなんですが(笑) そういう意味で、バネストLOVEなんです。(こういうのを物好きっていうんでしょうね)

確かに、初日にレモンについて「自分のレースのスタイルを崩すような走りをする選手、彼とは組めない」といっていました。
ただ、レモンとは組めないけど、BIG MIGとは組めるのは、どういうことなのか。競技レベルでの決定的な違いがあるはずだけど、それがどういうことなのか私自身わかっていないわけです。

クラシックの話は、言われてみると確かにチームの台所事情、運営オペレーションと選手のモチベーションのあり方と双方の側面から考えないといけないですね。

ペリコには再度、BIG MIGにも話をきいてみたいものですね。
本当にBIG MIGの部屋開催切望ですね。

そうそう、私も80年代、当時レモンよりフィニヨンの方を応援してました。
当時、86年のNHKの朝のニュースで、今年のTdFの行方が大変なことになっていますとあおってた記憶があります。

アンクティルの従妹がやっていたビストロには20数年前たびたび行ったことはありますが、ご本人の”お部屋”は伺ったことないのでぜひお邪魔させてください。(笑)

追伸 ウルリッヒって、私、サンセバスチャンであったことがあるのですが、やっぱりファンサービスいい人で気さくな気取りがない感じがしました。



2016.02.24 23:50
Arturo
アンコウ様。
 う~む、なんかこうズルいですね、、、、。
 つい日曜日には、「ほらあの人もシカトでしょう?。だから、ここ(業界)はこうなんだって。」と実感してもらったところで、ついにここで一人登場!、と言う訳で、ここで声高に、”サグラダファミリア万歳!”ではねえ、、、。う~む、、、。

 とは言え、”定説”(こばやしさんも、日本には5人しかいない世界、と称した世界)が一部覆ったのは事実ではあり、ここではこれはこれでのおめでたい席に免じて、この話題をこれ以上こっちに振るのは止めておきます、、、。とは言え、Theresaさん、僕のマイヨーヨーンを見て、「鳥肌が立つ。」と等と言うセリフを出した方でもあり、この時、この人かなり(物)好きな人だ、(=日本にこんな人居るんだ。)と思ったのも事実ではあります。とにかく祝砲の花火、と言う事fでお願いします。(さて大聖堂が完成するのはいつかな?600年後?。そう!?ホンモノのサグラダファミリアは、工期大幅短縮で後10年そこいらで完成!?。)

  で本題(どっちが!?)ですが、ペリコの部屋で確かにレモンについては語っていた記憶があります。自分のレースのスタイルを崩すような走りをする選手、彼とは組めない、旨だったような、、。僕個人も、確か随分以前投稿した様に、レモンはアスリートとして好きではないので、(その根拠は90年、NHkツールのフィ二ョンのインタビュー趣旨にも賛同。逆にフィ二ョンは僕に好感を残しました。やっぱ、これ随分前に書いたような、、、。)かつ、野球でも管理野球、と言う言葉があった気がしましたが、現代のオーガナイズされてしまったレースは好きになれない旨、(全く同感、どんなに強くても、僕の場合SKYのファンにはなれないでしょう、、、)デルガドも言っていた記憶がありますが、この風潮、起源を遡ると、レモンにたどり着く様な気がします。デルガドも前時代のメンタリティーの選手と言っていましたが前述のインタビューでもフィニョンも同様の事をいっていたような、、、。

  彼自身は時に監督の命令を無視してでも、サープライスを起こして、結果勝利する、という姿に感動する、旨の話も出ていた記憶がありますが、これも個人的には同感です。(=だから高田馬場でやった、65年のボルドーパリは余りにも”神話”なんですよ!?)

  棲み分け、と言うのはどうでしょう?これは選手個人のターゲットとしてよりまず、つい先日も書いた、一個人で動いているのではなく、組織で動いている、と言うのも念頭におく必要がある気がします。
  90年前半、(つまりはペリコの時代の終わりの頃、)当時のバネストチームはあくまでステージレースを念頭においたチームであったという事も念頭に置く必要もあるかと。
 この当時、(僕にマイヨーヨーンをくれた)フランシスに、この事(なぜクラシックをもっと狙わないのか?)を聞いた記憶があります。(フェイスブック使えば今でも聞けるけどね?さすが21世紀!?)彼は、「しかし本気でクラッシックなどもチームとして狙おうと思ったら、そっち用の選手(アシスト含む)も”購入”しないといけない。台所勘定的にも事実上ムリだ。」と言っていました。
  二人の棲み分けは、一人がブエルタ、もう一人がジロ、そしてツールで二人を揃える。と言う図式では?。(94年、つまりペリコの引退前までは、ブエルタは言うまで無く4月開催でしたね。個人的には、彼がリエージュに気合を入れるのは、その直後、自国のGTのブエルタに対する試運転的な意味合いもあったのでは?と思えてならないですが、、、。(いつだったかミゲールも”走り”ましたね、、、)勿論サンセバスチャンは話は変わりますよ?。勿論ルーベ、フランドルと違って落車、シーズンまるで棒、みたいなリスクが低い、と言うのもあったとは思いますが、、、。

  しかしペリコの部屋、、、。可能性はかなり低いと書きましたが確かにミゲールの部屋が実現したらいいですね。少なくとも、マルコの部屋、よりは可能性が高い!?。セルバンテス協会様宜しくお願いします。
 まあ言うまでないですが、仮に実現出来るなら(同じ120%有り得ないならば、、)、自身のコンプレックスの元でもあり、ジャックの部屋、なんてあったら、もう質問攻めですよ。でも、誰も来ないだろうなあ(笑)。いつもの3人でオワリ!?。Theresaさんも来てくれないでしょう、、、。(苦笑)
2016.02.24 20:08
アンコウ
Theresa さん、

こんにちは。

Arturo さん、ついにサクラダファミリアだかケルンの大聖堂だかの石がもう一つ積み上がりましたよ 爆笑)

いや、こういう話に対しての反応はめずらしく、僕とArturo さんとCYPESSさんで大聖堂の欠片クラブを作っていたんですけどね 笑)

なるほど、言われてみると確かにペリコの部屋の終盤でどなたかの質問に答えて、そういうことを言ってましたね。Arturo さんもそれにちょっと触れていたっけ。僕は単純に同じスペイン人じゃないからというような意味かと思った。ま、なんとなくレモンと一緒は嫌だなという言外のニュアンスもあるのかな、とかね。

しかし Theresa さんの棲み分けの推測、そう考えるとやっぱり最後にできなかった質問、クラシックやワンデーに対するデルガドのモチベーションは聞いてみる価値があったかなぁ。後の祭りだけど。
2016.02.24 13:08
Theresa
アンコウさん、Arturoさん

すごい盛り上がり方のところお邪魔します。
ペリコの部屋の時に、今、チームメイトを選ぶとしたら?の質問でペリコが、僕とインドゥラインとの間にはルールがあり、仮に僕とレモンの間では、そうしたルールが成立しないからチームメイトになることはないよと答えていましたが、ペリコもレモンも性格的キャラが被る部分があるし、選手として、チームメイトとしてレースに出た時に、それぞれの役割を補えあえないのだろうなと思えました。

で、このルールって?とおもったんだけど、ペリコが、選手の晩年に入り、ややクラシック寄りのレースをターゲットとしてすみわけを図ったんじゃなかろうかと推測してみたりします。
(今のバルベルデとキンタナもそんな感じですよね)
2016.02.24 01:12
Arturo
アンコウ様
  そうなんです。モールが言ってたのは、まさにこれで、コンピューター(自転車に付ける分)から帽子から、ゲージに付けた筈のボトルから、片っ端から持ってかれる。もうポルトガルには行きたくない(レース)と言ってました。それに対して、日本では「この通り、何も言ってないのに、これ全部、日本(勿論ジャパンカップ)で貰った。(中には誰が作ったのか、ハチマキまであった。まあ外国人観光客にはウケるアイテムで、現に浅草辺りでは幾らでも売っているけど、前に入っている文字が”毛利”となっていて、何これ!?とやたら驚いた。勿論意味を聞かれた。発音は知ってたけど、、、。笑)物だ。」と言う状況で、世界の中でも日本は屈指な民族だと思われているフシありです。だからああやって出口の外で待っているなんてのはなんともお行儀の良い民族だと思いますよ。ポルトガルだったら、有無を言わさず下までなだれ込んで、大混乱!?。

  デルガドのリップサービス精神は仕事(かれこれ20年やってる訳で、、、)の影響もあるかとは思いますね。でも選手時代、表彰台でもあれだけ映える選手も珍しいと言うのもあるかとは思いますが、、、。当時スペインのプレスとした話で、「彼は表彰台に立った時にパブリックが何を望んでいるのを察知する嗅覚に優れている。カリスマティコ。」と言う話になったのを覚えています。NHKの88年ツール総集編でもラストのイメージに使用された映像のとおりで、僕はパリの表彰台で、花束をパブリックに投げた選手(カッコイイ)を他に知らないです、、。もっともツールの場合、00年以降の表彰台はやる事自体事実上不可能とは思われますが、、、。(投げてもパブリックまで届かない、)
 まあ僕的には、インドゥラインがバカ正直なイメージは全くありませんが、まあ無難な発言に終始し、(いつかずいぶん前、高田馬場でも言ったような)逆に反面プレス受けはまるで悪い(記事に出来ない。つまらない。読者ウケが期待出来ない。)。逆を言うとさらりとかわしている、とも言えます。(長くなるので例はリクエストのない限り省略)

  ヤンのイメージ、これは随分前に投稿したような記憶があります。(高田馬場!?)一寸探してみてください。なにかこう人懐っこいイメージ。ご指摘の通り、彼と僕の場合、アンコウ様と違い、言葉の壁が存在したにも関わらず、、、。仕方ないので、ウインクされた時は近寄って握手していました。(そう言えば99年ブエルタの記者会見の話もしたような。大ブーイングの件)
2016.02.23 17:07
アンコウ
Arturo さん、

そういえばメルクスの記録映画では、ファンにもみくちゃにされたメルクスがファンからキャップを取られるシーンがいくつもコラージュされているところがありましたね 笑) たしかに日本ではなかなかあれはできないなぁ。

そうですね、デルガドのイメージが私は今回の三日間でずいぶん変わりましたよ。あんな冗談(それもあまり笑えない)を連発する人とは思わなかった。あの木曜の遅刻の理由の最初のやつ、美女とお茶してて遅れたというのは、冗談じゃなくてホントなのかと思いましたよ。え?え?って本気にしたあと、つぎのルクセンブルクでドイツ語が分からず云々も一瞬それが真相かと。そしたら最後はUFOですからね。たしかにインドゥラインのイメージは上に二文字付けた方が良いような真面目そうなものがありますね。

北ヨーロッパの人たちって、基本的に愛想笑いをしない人が多いでしょう? こちらから笑いながら話しかけても顔の表情が変わらない人が多い。なのにやたらと親切だったり丁寧だったり誠実だったりする。クリケリオンなんてこちらがミロワールの大きなポスターをもってサインをねだったのに、表情変えずに、目も合わせずに、さらさらとサインして、握手するときもこちらの顔すら見ようとしなかったですからね。

だけどウルリッヒは違った? あの人なんか北ドイツでしかも旧東の人だから、いよいよ暗そうだけど、そうじゃなかった? あの当時、みんな英語もフランス語もできないし、サイボーグご一行様という雰囲気がありましたね。写真なんかでもあまり笑ってなかったような印象(ホントかどうかは別)がありますわ。そういえば Arturo さんからウルリッヒの逸話を聞いたことがあまりないような気がしますが。。。。?? まあ、ウルリッヒはドイツ語以外できなかっただろうから個人的に話したりはしなかったのかもしれないけど。。。そのうち聞かせてください。
2016.02.23 14:23
Arturo
アンコウ様
  いや、ストーカーどうこうと言うより、あんなのは極めて超可愛いもんだと思いますよ。少なくとも後述のポルトガルとは比較にならない。デルガドも”世界基準”の目を持っていたと考えるべきと思われます。
  これはデルガドどうこう以前に一般に、(それこそ自転車どうこう以前に、、、と言って良いかも?いつか大震災の被災者が、援助物資、支給品を受け取るのに、皆、整然と順番に並んで受け取る姿に、海外のメディアが驚きの目を持って報道していたのを報道したのを見たのを覚えていますが、、、。)日本人は礼儀正しい民族だと思われているんじゃあないでしょうか?。
  いつか、過去に良く、僕の投稿に登場してるモーリ(兄の方)も、いつか話しした時にそんな事を言ってましたね。(ちなみにこの場合、ネガ側で登場したのがポルトガルでした、、、詳細は省略。)

  ペリコとミゲール、この二人の対比上、但し気さくな人物、と言うのは共通項だとは思います。かつミゲールにも、寡黙、内気、といいう表現は使っても、ネクラなイメージはゼロですね。只、陽気なスペイン人までは行かない、と言うのはバスクの隣、ナバーラの男で、ケルトの血が入っているんじゃないのか?と言う話は聞いた事があります。(勿論、真偽不明、まあ、そういう事を言わせたくなるカラーがあった、とはなる!?。)
 インドゥラインが徹子の部屋向きでないと言いたかったのは、もう少し突っ込んで一例で行くと、誠実な性格で、デルガドが木曜日に見せたようなパフォーマンス、UFOネタみたいなおちゃらけ(=会場盛り上げ狙いパフォーマンス)は、一寸ミゲールにはムリでしょう、と補足すべきだったかも?!。インドゥライン自身は過去の発言からしていちいち書きませんが、頭脳明晰なのは明白かと思います。

  デルガドのミゲールに対する気持ち、これはかなりのリスペクトはあったんじゃないかと思いますね。この前渡したコピーにも登場しますが(ブーニョとインドゥライン、アンクティルとインドゥライン。読み返して見てください)、当時インドゥラインは、プロトン内で畏敬の念を持って見られていた訳で、デルガドが傍らに居て、それを感じなかった筈はない、となる。
 彼だから上手く出来た。(ダブルエース)と言う趣旨の話は木曜日も少し出ていましたよね?。
 
  北の人間が無愛想、一般論としては否定しないですが、いつか投稿したようにウインクしたりとか、ヤンのイメージは個人的には一寸違うなあ。(笑)
2016.02.22 23:40
アンコウ
Arturo さん、

デルガドとインドゥラインの対照、おもしろいですね。なるほどねぇ。デルガドは気さくだし笑顔を絶やさず、あんなストーカーみたいなことをしてもニコニコしてくれましたよね。あのあたり、北ヨーロッパの選手たちの愛想笑いを全くしない怖い顔と比べると、ずいぶん違うなと思います。まあ、今はドイツ人選手たちもニコニコしていることが多いけど。。。クリケリオンやファン・デン・ブラウケなんてサイン求めてもカメラ向けてもニコリともしなかったもんなぁ。インドゥラインの暗さは、でもそういう北ヨーロッパ人の暗さとは違うんでしょうね。

デルガドはインドゥラインのことをどう思っていたんだろう?
2016.02.22 22:01
Arturo
アンコウ様。
イノーの発言は確か95年当時だったと思います。5連勝を達成した時点で、「いや、彼は89年に既に勝っていた筈だ。」(=よって5連勝で騒ぐ謂われはない、的な感じ!?。、)。まあ、歴史のIF、と言う点では彼自身、いつか投稿させてもらったように77年の自身のIFと対比したかったのかも?!。つまりは、イノー同様、もし、89年仮に勝っていたら、反面、早く”壊れた”可能性もあったかも!?と、どんどんIFは積み上げられたとは思います。

 フィ二ョンの(元)カミさん、いや、あの時点では絶対もう一緒だったと思います。いつからかと言われると困りますが、90年はNHKのインタビューでも”登場”していますね。(伊ビチスポルト誌でも写真見ました。餅90ツール特別号。)
 彼女は貰ったフェイスブックのメッセージの内容に従うと、ローランは(いかにせん)早く死に過ぎた、との事で、この時点で既に離婚後とは言え、一寸引っかかっている印象をなんとなく感じました。以前書いた気がしますが、今後は(彼の分も)人生を楽しむ事にした。と言う事で、写真を見ると、旅行写真が一杯載っている」しで、事実、日本はターゲットのようです。(それと彼女どうこう以前に、フランスでは日本へのバカンスが静かなブーム、という印象があります。妙に東京でも、その時期には仏語が耳につくしで、、、20年前はこうじゃあなかったんじゃあ、、、3週間フランス人を案内して別のフランス人に遭ったのが一回しかなかったりした、、、。)いずれにしても”可能性”は留保されていると思われます。デルガドへの伝言”依頼”の時も日本に(本当に)に来る時は本当に知らせるから、とも書いてありました。

インドゥラインの来日、一寸考えられないですね。少なくとも、今回みたいなパターンはまずないでしょう、、、。(彼は寡黙過ぎるしで、あまりトーク向きな人物ではない。徹子の部屋は一寸やりにくいでしょう、、、無口というより内気なイメージあり、、、。)
  とにかくこの二人ある意味完全に対局にあったような二人でしたからね、今思い出しても、、、。選手としての特徴(フィジカル含む)、レースに対するスタイル、自転車を降りた時(表彰台含む)に見せるイメージも、王と長嶋じゃあないですが、かたや華があり、かたや寡黙な男、、、。面白い位対照的でしたね、、。
 そう、彼はブエルタ獲れませんでしたね。自動的にグランツール3つとった男のリストには入らずに終わりました、、。一番可能性があったのは91年だったかも?(この時の2位が最高位、確か、、)或いは94年を走っておくべきだったのかも?。

  それにしても、昨日の午後、あの後から、どうもデルガド(と言うより、先に書いたとおり、自分が見てきたあの時代の残像と言うべきか!?今日も終日頭の中ではスペイン国歌のメロディーが流れていました、、、。!?)の事が終日頭から離れませんでしたね、、、。その世界を去ってから、10年余、事実上全く空白だったなかで、当時の主役級だった人物の一人を連日顔を見た、という事で、そんな事考えても始まりませんが、今頃はもうマドリッド着いてるだろうなあ、とかトルコ航空でイスタンブール乗り換えでも、等とか、、、。,事実上、考えてもなんにも意味がない!。
2016.02.22 18:23
アンコウ
まあ、今日はあれで充分でしたよ。 そういえば、去年だっけ?フィニョンの元カミさんが来日するかも、とか言ってましたね。フィニョンとはいつ頃結婚したのか分かります? 89年はすでに妻だったわけ?

うーん、89年ってツールで初めてステージ優勝したときだよね?ソロアタック決めて中級山岳コースじゃなかった? イノーがインドゥラインという名前をどういう感じで出したのか分からないけど、結果だけから見ると、どうなんだろうねぇ。。。そういえばインドゥラインってブエルタを撮れなかったんだよね? デルガドの次はインドゥライン来日、なんてことはないかな?
2016.02.21 22:40
Arturo
アンコウ様。
  確かにそうですね。生きている限り、仏語の On sait jamais,と言う事でしょうか。確かに死んでしまったらゲームセットですが、その死んでしまった一人、フィニョン本人はともかく、(今回フェイスブックにてデルガドに「よろしく」伝言を頼まれた、勿論今日伝えましたが、、、。)その元カミさんは、いつか書きましたように、近未来に日本に来る可能性を留保している訳で、役者は入れ替わるって事ですね。その時は、先に散々書いた有様の業界には勿論告知するつもりはないですが、例外的にこばやしさんには告知しようかとも思っています。例の8秒差の時は傍らにいたと考えられるしで、、、。
  とまあ、要は考えを切り替える、という話でした。かつ、個人的には、家族ぐるみの付き合い、、、、みたいに、デルガド本人と深い知己があるって訳じゃあないしで、まあ共通の知人が居る程度でしかないから、あまり知り合いヅラするのも先方に迷惑でしょうね。しかし、同時代の人物と言うのが過去の記憶と連動させられるところはありましたね。と言うかむしろそっちと、書くべきだったかも、、、。
  言い換えると、近未来に今回のように他の元選手が来たとしても、それがもし僕とは同時代性のない選手だったら、ここまではしないでしょうね。

  それと今日のアンラッキーに関しては、まあ個人的には一番価値の低かった日でしたから、同じアンラッキーに見舞われるなら、今日がベターじゃあなかったかと思います。先に申し上げたように朝にやったのは、アイドルの握手会みたいなもんで(握手会の類行った事ないですけど、、、)アンコウ様のしたかった質問は多分ムリだっただろうと想像します。サインくらいかな、実質の差は、、、。

  ちなみに僕は、木曜日セルバンテス協会の話(ここでは以下の通り、89年のブエルタ、そしてツール、ブエルタはミゲールにとって不幸なものだった。しかしならばツールはペドロにとってアンラッキーなものだった、、過失要素があるにせよ、、)から逆算して、以下の質問をしてみたかった気もしましたが、でもこの先尋ねる事はないでしょうね。

  あの状況下、自身が、リーダーの交代を考える事はなかったのか?勿論、あの時の参加選手中、フィジカル的には最強であった自分が、、、。(ここでは自身のヘマの責任を取る、と言うニュアンスもある。言うまで無く選手は一人でやっている訳ではない。組織の中で動いている。)
 勿論、現実は、当時の日本、NHKの映像にも出てくるようにホセ..ミゲールがこれを全く望まなかった、と言うのは明白(つまりは引き合いにも出されていたとなる)。かつ、僕の記憶違いでなければ、当時後に、イノーは、インドゥラインは既に89年のツールを獲れていた筈である。旨の発言をしている。(しめて七勝!!アームストロングも真っ青!!。)このイノーの発言に同調出来るか?(=だとすれば、自身がリーダー変更を申し出る可能性もあったとなる!?)ブエルタでは逆になっていたしで、、。
2016.02.21 19:43
アンコウ
Arturo さん、

この3日間はいろいろとありがとうございました。いやいやこれで充分ですよ。あまりになにもかもうまくいきすぎるとね、どこかでエネルギー保存の法則じゃないけど、プラスがあればその分マイナスがあるんじゃないかとね、まあ小心者なので、これでも充分幸せな8日間でありました。

そうですね、現役時代を知っている者であれば、最初のセルバンテス協会の話が一番面白かったし、なにしろサイン付きの本の当たる確率が異常に高かったですからね。

そうですねぇ、もうデルガドを見る(Arturo さんとしては会う/話す)チャンスはないんだろうなぁ。でも逝ってしまったクリケリオンやフィニョンと違って、地球の裏側とはいえどこかで生活していると思えば、またいつかチャンスがあるかもしれません。

わたしは業界の人間ではないし、ただのミーハー。大丈夫、別段譴責うんぬんはありえません。
2016.02.21 17:28
Arturo
アンコウ様。
 とにかく了解しました。(独語件)。アンコウ様の謙遜に付き合うのは回避しようかと思います。ここで迂闊に、「でも僕はアンコウ様のブログ記事の様に、西語の訳なんて到底出来ませんよ。」な~んて始めると、泥仕合化は必至!?。
 でも見た目個性的と言うのは、一人着物、袴を着ていた訳でなし、こっちの方がツッコミ所満載かとも思いましたが、まあ、こっちもやめておきます。

  とにかく3日間お疲れ様でした。それと新宿の付き合い、ついでに御礼申し上げます。でも最終日は、残念様でもありました。でも終わってみると、おそらくレースファン的には、テレーゼさん言うところの、徹子の部屋状態の木曜日が一番価値があったかも!?。その木曜日でラッキーを享受したので、今日は良しとしましょう!?。
  個人的には、恐らくもうデルガドにこの先会う事はないかな?!とシリアスに考えるとなんか寂しいものがありましたが、、。勿論、最後に記念と称して本、各コピー等を渡して、その後、彼にもそれは言いましたが、(もうこの世界には居ない、と、まあ10年以上見てないんだから想像つくか!?。)、彼はやっぱりスペイン人、陽気な男でしたね。「勿論、顔を見るチャンスがあったら、ホセミゲールにも、会った事話ししとく。でもな、彼はもう”引退”しちゃってるから、余りチャンスはないかもなあ?。」とは言っていました、、。(アンコウ様は、その頃、高田馬場状態!?)
  それと、案の定、いつも言ってるとおり、業界系の人物は案の定(クロカン含む)誰も僕には声をかけて来なかったので、相変わらずだな状態(勿論目新しくありません。逆に声をかけられたら驚いたでしょうが。)で、かつ、いつもの持論を立証出来たかな?!等と思う反面、アンコウ様に譴責が及ばなければ良いけどなあ等と思ってしまいました、、、。まあ、今日は貸しも作ったから!?(借りのマチガイ!?)作ったから良しとする!?。
2016.02.21 13:11
アンコウ
Arturo さん、

いや、私はドイツ語あんなにしゃべれないし聞き取れません 苦笑) 個性的は外見だよ 笑)

ロッシュはチームの中で浮いていたということなのかなぁ。ロッシュの反応も、いろいろあった末にやっとツールに出場(だよね?)だというのにね。デルガドのように勝つためにツールに出てきたんじゃなかったのかなぁ?

日曜日もよろしくね。
2016.02.20 12:45
Arturo
アンコウ様。
 持ち上げ、どうもありがとうございます。
 でもね、ちょっとやり過ぎじゃあない!?。(苦笑)
 僕の西語なんてのはヒドイもんで、知ってる単語を繋いでるだけですよ。持ち上げ過ぎも考えもんではないかと!?。先日昔の記事コピーを渡したタイミングが良くなかった!?。
 いずれにしてもアンコウ様の独語の前では、もはやひれ伏すしかない!?。
 それと、デルガド自身がその直後に言ったとおり、(今回日本に来る、と言う事で)「飛行機の中でオマエの事を思い出していた。」と言っていたので。ビジュアルの変化ギャップが少なければ、意外とアリか?等と後で思いました。天下のデルガドでも、日本人の知り合いが何十人も居るとは考えにくい!?。例えばこれがアメリカとか、日本じゃあなかったら、、、多分もっとタイムラグがあったんでしょう、、、。
 それと、”個性的”と言うのもどうかなぁ、、。一つ言えるのは、この業界ではアンコウ様の考える”個性的”は、この業界ではマイナス、と言う事でしょう。まあ、こっち系は走り出すと、又サグラダファミリア系になってしまうので、今回はこれでやめます。(苦笑その2)
  個人的には、あまりわかっていない風情の同行のスペイン人にマイヨーヨーンを誇示して、「JODER!!」(Oの部分の発音が長い。通常はDの部分の発音がより長い。)と言わしめた事の方が快感ではありましたが、、、。勿論デルガドはあのとおり、一瞬見ただけで、「ああミゲールのだな。」と冷静ではありましたが、、、。

  僕も過去の事を結構色々思い出したりしましたが、でもここではロッシュ。彼が遅刻をやらかしたのは、91年のツール、リオン(の郊外)のチームTTでしたね。良く覚えていますが。当時の自転車雑誌(勿論和物。業界による制作)はまるであべこべな事が書いてあったのも印象に残っていますが、とにかく今思い出しても、釈然としない一件でした。
 と言うのも、あの時、トントンタピーでしったけ?彼のチームがスタートする時、当然ロッシュが不足していた訳で、にも関わらず、他のメンバーは皆冷静で慌てる素振りもなく、しゅくしゅくとスタートして行きました。よって、当時スタート地点で非合法見物していた僕も、そうかあ、ロッシュなんかあったんだな、リタイアかあ、、等と本気で思った位でした。
  しかしその後しばらくするとロッシュが一人で現れ、しかもデルガドの時のような慌ててる感じなんてまるでなし、で、何これ?!状態に陥いりました。(今でもそのまま、、)
  ロッシュはそのまま、「なんだとそんな事ない!」(遅刻じゃあない)調でとおまわりさんとか主催者関係と口論を始め、やがて、「ゴチャゴチャ言ってもしょうがない、こうしている間にも時間は経っている。とにかくスタートすればタイムオーバーは逃れる可能性がある、とにかくスタートしろ!。」(ここは先のあべこべポイントでもある)と促され、当の本人は、ふてくされつつ、「全くしょうのない連中だ。後でオトシマエつけてやるからな。」と言う憮然とした風情でスタートしていきました。
 今思い出しても、あれは一体何だったんだ?状態は払拭されていません。ふてくされるロッシュにまるで平静な他のメンバー、、、。

 あれ、デルガドの筈がロッシュで紙面!?を割いてしまったのでこれで一回投稿します。どうせパート2,3のチャンスがある!?。
  さて今日のパート2は何が待っているか!?。
2016.02.19 13:11

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アンコウ

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あんけ・たつや。欧州ロードレースに興味を持ってすでに30年以上。主にドイツ人選手を応援。特に青田刈りにいそしむ。歳にも関わらず、あらゆる点ですごいミーハー。そのほか好きなものは、読書、音楽はバッハと友川カズキ、北方ルネサンス絵画、映画、阪神タイガース(村山、江夏以来ですが、強すぎないこと希望、弱すぎはもっと困るが)。北欧の社会民主主義に対する憧れ強し。家族構成は連れ合いと娘三人。

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