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映画「パンターニ 海賊と呼ばれたサイクリスト」

2015.12.03.22:21


今日の午前の部を見てきました。今日を逃すともう見に行ける時間がないな、と思っていたのですが、想像以上に人が多かったですね。席の3分の2は埋まっていたでしょうか。

関係者のインタビューと当時の映像とコースや山のイメージ映像と、ごく一部再現映像で構成されていました。

99年のジロでのヘマ値50以上での失格については、勝つなと監督から指示されたステージにまで勝ってしまって、嫌われて嵌められたというようなニュアンスが暗示されます。同時にそこにはマフィアが絡んでいたのではないかというようなことも暗示されています。そもそもがパンターニがプロになるときに、マフィアとの関連を嫌がってプロになることに躊躇いを見せたという母親のインタビューも出てきます。

死因となるコカイン中毒も、ドーパーという罵声を浴びたことから薬物依存になったというようなニュアンス。

このあたり、正直に言えばちょっとパンターニを理想化しすぎているような気もしました。最後の字幕で98年の血液検査をやり直した結果としてウルリッヒやジャラベールとならんでパンターニの血液からもEPOが検出されたというテロップが流れ、理想化してない、ということなのでしょうか。

ただ、問題は非常に深かったんだろうと思います。この映画の中でも暗示的に言われていますが、結局ドーピングはUCIもASOもRCSも各国の自転車連盟も、みんなグルになって知っていたけど知らない振りをしていた、場合によっては選手にドーピングを強要した、そういう疑いが強いわけです。もっとこの点を強調して欲しかったという気持ちもあります。

ところで、みんなやっていたから、そんな中でも強かった者は強いのだ、という論調があるけど、昔の興奮剤のレベルならともかく、EPOという人体改造薬の時代には、やはりそれはどうなんだろうと思うんです。

映画ではコッピとバルタリが二人ならんで歌う有名なシーンが出てきましたが、ああいう意味の歌を歌っていたとは知りませんでした。コッピが歌うように、バルタリがドーピングをしなかったというのは、それなりに知られているようです。彼は薬など信じなかった、彼が信じていたのは聖母マリアだけだった、と。それに対してバルタリが歌うように、コッピは薬を使っていた、そもそも彼は生活を律して、自転車を速く走らせるためなら、出来る限りのことをしたという科学的トレーニング(現代の目から見れば児戯にも等しいものでしょうけど)を最初に導入したなんて言われている選手です(科学的トレーニングからドーピングまであと一歩というのがよくわかる)。この歌からも分かるように、バルタリはコッピの薬を批判してはいないし、コッピもそれを指摘されても笑っている。つまりこの時代のドーピングはそんな程度のものだったのでしょう。

映画の中でもちょっとだけ触れられていたけど、EPOが出始めた1990年頃にはオランダで自転車選手の不審死が大量に発生したのに、イタリアでは誰も死ななかったのはコンコーニを始めとした優秀なドーピング指南医師がいたためですし、そういう医師に薬を処方してもらうためには莫大な金が必要だったわけです。

だからこそ、アームストロングは無論のことパンターニやウルリッヒ(私はウルリッヒの大ファンでした)らを手放しで偉大なアスリートだということに、僕はとても違和感があります。むろん彼らは上記の用に、ある意味で強いられていた可能性もあるけど、そして本当にそうなら被害者という面もあるのかもしれないけど。

あ、映画から話が外れてしまいました。当時の懐かしい映像や、パンターニのアマチュア時代の写真や映像など、若い頃のパンターニは二枚目だったんですねぇ。その頃の屈託のない笑顔の少年から、山岳王としてファンからさまざまな思いを仮託され、どんどん祭り上げられて、どこか哲学者じみた孤高の男になってしまった、そんなことを思いました。

しかし、インタビューに出てきた元選手たち、ウグルモフのほうはそれほどかわってないようだけど、ベルツィン、あーあ、時間は容赦ないなぁ。

映画館にはパンターニのビアンキとともにこんなブースがありました。
201512031215000.jpg

そこにはこんな本も 笑)
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comment

Arturo
アンコウ様。
  その”強く言われた”人、心当たりあります!?。でも一回きりだっけかな(笑)。
2015.12.15 08:09
アンコウ
Arturo さん、

拙ブログ、コメントの削除は基本的にしません。

過去二回だけ削除しているけど、一つはコメントを書いた人から削除してくれと強く言われたのと、最初の頃にネトウヨの余りに程度の低い罵声コメントを削除しただけですよ 苦笑)
2015.12.14 21:09
Arturo
アンコウ様。
 勿論、冒頭にも書きました通り、想定内です。削除されなかっただけマシ、と言う感じでいます。
2015.12.14 18:11
アンコウ
Arturo さん、

そうですか、さすがに1976年は卓球に夢中だったし、この名前のビルダーはまるで聞いたことがありません。というか、ビルダーとかは、以前にもばれてしまったように、あまり知らないんですよね。というわけで、本題にも書きますが、エリック・デ・フラーミンクが亡くなりました。こちらは70歳だそうです。
2015.12.13 21:49
CYPRESS
NC誌でロッシンと並んで写ってる銀色ロード、あれね、覚えてます。
2015.12.12 14:02
Arturo
アンコウ様。
  全然関係ないけど、とにかくどこかに書きたくなってしまったので無責任投稿します。「大体、趣旨が場違いだよ!。」となると思われますが、、。
  訃報を聞いてしまいました。
  昨日11日、あの時代を生きた、おそらく最後の職人と考えられる、ルチーニオ マラストーニが死去しました。享年93歳でした。
  以下関心のある方の為に(このコーナーには居ない!?)リンクを貼っておきます。
  彼は60年代から、70年代にかけて活躍していました。勿論、いつかアンコウ様も取り上げていた、カンパのロッド式りヤメカ世代のフレームも作っていますので(つまりは、ビルダーとしてあの時代を生きている、)ビルダーとしても、”長命”でした。隣町に住んでいたアドルニにもフレームを作り、69年には息子(当時アマ選手)を交通事故で失いました。彼の地元では、その名前を冠したレースが行われるようになったほど。
 、息子の死にもめげずビルダーを続け、息子マルコの名を冠した仕様を作り続けました。ニューサイの76年の春先の何月号だかの表紙にロッシンと2台ツーショットでこれが写っていて(75年世界選手権のイタリアチーム、ピット写真、当時の編集長の息子撮)、当時これを見てメチャクチャ、カッコいいと憧れをかき立てられました。同時代、やはりニューサイ記事上で、当時宮田自転車の沼さんをして、「イタリア車の中で最も好きなブランド。」と言わしめたブランド、でもありました。(日本のそっち系には、この辺が馴染み有り!?)
  しかし80年に入るとさすがに事実上引退となり、モゼールが自身のブランドを立ち上げ(70年代後半、モセールが乗っていた初期モゼールブランドマシンはマークだけで、事実上デローザ製)た際には技術顧問として指導しました。81年シーズンをモゼールが使用したマシンも彼の手による物でした。
 合掌。


http://www.ilrestodelcarlino.it/reggio-emilia/morto-marastoni-il-re-delle-biciclette-1.1565210

(カンケー無い投稿ですみません。場合によっては削除下さい)
2015.12.12 10:20
Arturo
勿論です。前述のとおりに。でも、僕が以前投稿したエピソードは、それ以外も含めて、15分位の会話だったと思うけど、天下の大先生ならば、それこそ本が一冊出来る位のエピソードが有るんだろうなぁ、と言いたかった訳。「ジャパンカップ来る?」だけじゃあね、、、、。
  それとついでに例の彼は来週、本当に5日間留守にするようです。
2015.12.08 16:49
アンコウ
Arturoさん、

いや、キアプッチとパンターニの並んでいる写真を撮ってるし、話をしたことはあるんでしょうね。
2015.12.08 00:16
Arturo
アンコウ様。
  そうですね。でも、もしアンコウ様に連絡が入る事があったら、又お知らせください。(勿論、高田馬場件)ご存知のとおり今は高田馬場行くのも、アクセスが良くなったしで、、、

  本題!?の方は、もっともパンターニの99年の一件と相似化し得るのは、69年のサヴォーナかな?と言う事になると思った、と言う感じがしてます。(ぽランティエ等は、単純に本当にやらかした、と言うニュアンスな感じがしてます。(今回のポイントはあくまで ”暗躍”と言う事で、、、) 
 で、ちょっと脱線だけど、我らが世界三大フォトジャーナリストのサイトにもこの映画に触れていて、文中、よくよく読むと、大先生はなんでも、パンターニと話をした唯一の日本人と言う事でした。だったら、エピソードを聞いてみたいものだ。等と思ってしまいましたが、、、。いや待て、以前、95年、事故(ミラノートリノ)の前に飛行機内にてジャパンカップに来るか、確認を直接取った。(しかし事故が起こってしまった。)旨、表記がどこかにあった気がしてきた。すると確かにエピソードはあったか!?。(話はしている!?)ハテ!?。
2015.12.07 17:44
アンコウ
追加です。ポランティエは他人の尿を使おうとした、という不正行為で失格かもしれません。

80年だっけ?イノーとズーテメルクがシャンゼリゼで逃げたとき、レース後ズーテメルクはドーピングにより10分のペナルティになってますね。他にもこの後85,6年かなぁ、トゥーラウが同様にツールで10分のペナルティを食らったような記憶があります。他にもマルテンスがドーピングで失格になったことがあったような気がするけど。。。

ちょっと気をつけて見ましょう。なにかルールがあったのかもしれません。
2015.12.06 16:54
アンコウ
Arturoさん、

なるほど、そりゃそうだ。メルクスも当時は泣いて抗議してましたよね。ペナルティの件は、たぶんルールがコロコロ変わったんでしょう。78年のポランティエは一発失格だし、過去の記録を見ると1位降格で優勝者なしなんていうこともあるし、なんだかよくわからんのよね。

高田馬場の件は私が担当ではありません 笑) Kさんは富士山でお会いしましたわ。赤いデ・ローザでした。
2015.12.06 16:33
Arturo
アンコウ様。
  メルクスがあまり言っていない、、、と言うのはタイムラグがある、と言う事もあると想像します。当時リアルタイムでは、新聞の1面を飾った大事件でもあり、只、当時は失格してオワリ、と現代と見比べても、そっちのトーンは軽い、と言うのはありますが、、、。失格になってもそのあとのツールは走った、(つまりは、出走拒絶されない。)或いは88年のデルガドの時点で、当時のNHKの内容でも、クロとなったら、10分のペナルティ、、、と言う事は引き続き走行出来る、、、と現代とのギャップはあった、と考えます。厳罰化している現代はある意味マシになったと言えるかも!?。
  まあ、インドゥラインはレース上でも”紳士”であった訳だし、アームストロングはUCI等の思惑と一致した、である程度パンターニ、非相似化、と言う点では説明がつくと思っています。

  ところで、今年もそう言う時勢となりましたが、今年は高田馬場企画はなし!?。もしあるなら又お知らせ下さい(!?)只、僕の知り合いのK藤さんは、14日から5日間留守になるような事を言ってましたので、意外と調整は厄介!?。
2015.12.06 16:20
アンコウ
Arturo さん、

うーん、たぶんUCIを始め統括団体はみんな知っていたのは間違いないと思っています。そして、都合が悪くなると選手を切り捨てたり、リークしたりしたのでしょう。だから、そういう意味ではパンターニは嵌められたというのも説得力がある。

ただ、そうだとすれば、アームストロングやインドゥラインだって強すぎたのに嵌められなかったのは何故なんでしょう? まあこれはもう分からないけどね。インドゥラインはともかく、アームストロングはUCIが英雄として利用しようとしたんだろうしね。パンターニだけが嵌められたのは何故なんでしょうね? マフィアの国イタリアだから??

マフィアがらみは、メルクスのジロ失格は、本人がそういってますが、あんな目に遇ったわりに、あまり大声で言ってないような気がする。

いずれにしてもUCIだけでなくサッカーもF1もIOCも、どこも統括団体って奴は。。。、と十把一絡げにするものではないかもしれないけど、やっぱりひどい。
2015.12.05 23:22
Arturo
アンコウ様。
  なるほど予定通り、ご覧になりましたか?。
   先に内容については、アンコウ様がスレッドを立ち上げてから、旨書きましたが、僕の印象は、ヤクのテーマが半分(以上)と言う印象なのも書きましたが、とにかく自分の時代とシンクロがありすぎ、なんとも複雑な思いで見る事になりました。上映時間中、3回もトイレに行ってしまいました。終わった直後に4回目。
 肝心の99年の件は、あの時僕は、現場に居なかったのですが、つまりは語る資格はない、と言う事になりますが、しかしあの後何かの機会に、この映画の暗示するニュアンス、を聞いた記憶があります。ヤツは嵌められた。しかしASOを始め、皆マフィアだと言うのは、過去の僕の投稿を再引用するまでもなく、これは当然と考えている。興業上マイナスと判断されれば、締め出す。と言うのはアリだとは思います。(確かメルクスの73年のロンバルディア、そして69ジロのサヴォーナも同様の事を本人が言っていた記憶がありますが、、、)少なくとも僕は頭ごなしに否定出来ないです。
  又、選手がある意味、”被害者”と言うのも、過去のフランス人の知人のコメントを再引用するまでもないかと思っています。(奴ら(ASO等)にしてみれば、選手などは競馬を走る馬と何ら変わり無い。の件)

  しかしトイレ3回と書きましたが、彼の死の前後にまつわる知識を得るにつけ、その前になんとか会っておきたかったと、ある種悔恨の念に又苛まれました。まあ、仮に100歩譲って、僕が仮を追いかけて捕まえる事が出来たとしても、歴史が変わろう筈もない、と言うのは先刻承知ではありますが、、、。
   過去のパンターニの思い出の再投稿、ダブりは避けようと思いますが、結局僕が最後の彼のイメージとして残っているのは、03年、コッピ バルタリと言うステージレース、出走前のサイン、小さな表彰があり、出走サイン台、こっちを振り向いた姿が最後で、これがなんとも子供のような表情だった。写真が今でもあったら、アンコウ様に投稿したいところですが、例のサグラダファミリア絡みで、記憶の糸が切れてしまいました、、、。
2015.12.04 21:50

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アンコウ

アンコウ
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あんけ・たつや。欧州ロードレースに興味を持ってすでに30年以上。主にドイツ人選手を応援。特に青田刈りにいそしむ。歳にも関わらず、あらゆる点ですごいミーハー。そのほか好きなものは、読書、音楽はバッハと友川カズキ、北方ルネサンス絵画、映画、阪神タイガース(村山、江夏以来ですが、強すぎないこと希望、弱すぎはもっと困るが)。北欧の社会民主主義に対する憧れ強し。家族構成は連れ合いと娘三人。

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