「安保法の成立は、その中身において日本の平和主義を踏みつけ、手続きにおいては、私たちの民主主義をも傷つけた。」(東京新聞喜聞広典)
前半ももちろんだけど、ただ、「平和主義」はすでに小泉の時に踏みつけられたと思っている。だけど、今回は、特に後半の「手続き」の問題は大きいと思う。こういうやり方を一回やってしまった以上、この後、このようなやり方は続くだろう。これは何も自民だけのことではない。政権が変わっても、きっと同じようなことは起きるだろう。すでに先例がある、と言われたら、それなりに説得力をもつものだろう。一度はずれてしまったタガはもどらない。開いてしまったパンドラの箱はもう戻せない。たぶん、なにかとてつもないこっぴどい目に遇わない限り、戻らない。いや、こっぴどい目に遇っても戻らないのかもしれない。同じく今日の東京新聞の夕刊に出ていたペシャワール会の中村哲さんの話。この人は火野葦平の甥なのだそうだ。火野葦平は日中戦争に従軍して「土と兵隊」や「麦と兵隊」を書いて、大ベストセラー作家になった。
「米英撃滅と叫んでいた軍人が、今度は進駐軍相手のバーを開く。敗戦を境に、多くの日本人は器用に転身した。でも葦平は十年以上悩み続けた。」(。。。)(火野葦平の)遺作『革命前後』では、自らの戦争責任を問うた。作品に登場する戦争作家は「あんたは戦地で文章書いて大もうけ」と、元兵士に批判される。「逆に言えば、戦後の日本人の多くは葦平のような徹底的な悩み方をしなかった(。。。)大震災が起きたと思ったら、オリンピックで騒いでいる。帰国するたび、違う惑星に来たような気がする。日本人はみんなで動いて、その動きに乗れない人間をはじく」
こうした敗戦時の日本人のみっともなさは話としてよく聞く。同じく東京新聞の「大波小波」というコラムでも、敗戦から一ヶ月後の高見順の日記にある終戦時の首相の鈴木貫太郎大将と米人記者の懇談を批判する文を引用している。
「政治というものは面白い。国民を欺いても平気なのである。(。。。)『正しい認識』を持ちえなかった国民をまるで何か無知扱い、馬鹿扱いだ。」
僕が今回の安保法案に反対する理由は簡単だ。誰かを犠牲にして、自分が豊かで快適な生活を続けることが、僕らの社会にとって良いこと(あえて「正義」という言葉を使いたい)だとは思わないからだ。だから、僕らは誰かの犠牲を前提にした快適な生き方を変えなければならない。その覚悟が必要だと思う。

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