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加藤直樹「九月、東京の路上で」覚書き

2014.11.01.16:16


九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響
(2014/03/07)
加藤 直樹

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この本は関東大震災(1923年)のときに東京を中心に各所で起きた、主に朝鮮人・中国人の虐殺をさまざまな証言や目撃談をもとに、公的な文書や報告なども交えながら検証している。虐殺が起きた現在の場所の写真もあり、僕が通勤ロードでいつも通る小平の喜平橋も写真が載っていて驚いた。

もう日本人であることが嫌になる、と言いたいところだが、実は今、一週間ほど前からジョナサン・リテルの「慈しみの女神たち」というすさまじい小説を読んでいて(この本については必ず書く!)、日本人とか言うはるか以前に、人間であることが嫌になるような気分なんだけど。

慈しみの女神たち 上慈しみの女神たち 上
(2011/05/26)
ジョナサン リテル

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さて、加藤直樹のこの本を読むと、ごく少数だが、朝鮮人たちを守った人たちの話も出てくる。こうした人たちの多くに共通しているのは、人間関係、人としてのつきあいを持っている人たちだったということだ。つまり、今日のヘイトスピーチにしても、胸くそ悪くなるような差別意識丸出しのネット上の書き込みにしても、そうした連中には在日外国人の知り合いはいないだろうし、人と人とのつながりなど信じてはいない。これはなにも外国人との関係だけではなく、そもそもがそうした人として普通のつながりなど信じていないのではないか。彼らは差別意識というおぞましい感情で同調して盛り上がるだけで、そうした他人の気持ちをおもんばかるという想像力を働かせることすらできないのではないか。そうだとすると、この現代社会は本当に修復可能なのだろうか、と不安になる。そして、それは、格差社会を放置し、弱肉強食の金儲け第一主義に陥った現代の風景なのだろう。

そうした他人の気持ちを考えることができない状態、この本では「非人間」化という言葉で言われているが、結局人にレッテルを貼って分かったような気持ちになってしまうことが恐ろしいのだ。しかし、「朝鮮人」というレッテルを貼って虐殺に加わった日本人たちにも同じようにレッテルを貼って済ませてしまってはいけない。彼らも一人一人、顔があり、親兄弟があり、場合によっては妻や子どももいたのだ。レッテルを貼ることで自分とは無関係の人たちがやったこと、と言って済ましてはならない。人間というのは、普通の人がそういうひどいことをする生き物なのだ。あなたや僕も、その点では変わりはない。

この虐殺事件を比較のために、世界史上でも有名な事件とちょっとだけ比べてみたい。

1938年、ナチスの時代に、ドイツで水晶の夜と呼ばれる反ユダヤ主義の暴動が起きた。これはナチス政権が煽り、突撃隊員やナチス党員たちを動員して、組織的にユダヤ人商店などを焼き討ちし、ユダヤ教の教会に火を付け、多くのユダヤ人に暴行し、殺害した事件として世界史上でも有名だし、ナチスドイツが行ったその後のユダヤ人大虐殺の幕開けの意味を持つ事件である。

先日ここに覚書を書いたローラン・ビネの「HHhH」にも、水晶の夜についてはこんなふうに描かれている。

「良心的な人は家に閉じこもり、物見高い人はその光景に立ち会った。ただし、あくまでも手を出さず、物静かな幽霊のように傍らに立っている。その沈黙は名状しがたく、共犯者的でもあり、批判的でもあり、不信心でもあり、満足げでもあった。」(97)

このとき、ユダヤ人は三万人が逮捕され、強制収容所に送られた。だけど、この世界史上でも悪名高いこの事件で殺されたユダヤ人の数は96人だった。殺された人間の「数」を重視するつもりはない。しかし、関東大震災時に殺された朝鮮人の数は、司法省のまとめによれば233人だ。しかも、この数字は、言うまでもなく、大嘘である。なにしろ「国」はこの虐殺の事実を隠蔽しようとして、文書で通達を出しているぐらいなのだから、実数はこの10倍以上だっただろうということは間違いない。「数」をあげつらうつもりはないが、世界的にも悪名高い水晶の夜で殺されたユダヤ人の数と比べれば、戦争時ではない時期としては、驚くべき数字だということがわかる。

水晶の夜のほうはたくさんの写真や燃えるシナゴーグの映像が残っているし、この後ナチスドイツが行ったユダヤ人600万人の大虐殺の端緒とされるから、ということもあるのだろうけど、水晶の夜について知らないドイツ人はほとんどいないだろう。だけど、関東大震災時の大虐殺について、果たしてどのぐらいの日本人が知っているのだろう?

関東大震災虐殺に戻るけど、事件後の処置もひどいものだった。まるで落ち度のない人々をみんなでよってたかって撲殺するという陰惨な事件なのに起訴されたのはほんの数えるほど、しかも千歳村では起訴された12人のために12本の椎の木が植えられたという。ここでは1人〜3人の人間が殺された。そして事件後12人が起訴された。それに対して地元の有力者は1987年にこう書いた。

「千歳村連合議会では(。。。)千歳連合村全体の不幸だ、として12人にあたたかい援助の手をさしのべている。千歳村地域とはこのように郷土愛が強く美しく優しい人々の集合体なのである。(。。。)そして12人は晴れて郷土にもどり関係者一同で烏山神社の境内に椎の木12本を記念として植樹した」(50)

これが1987年になって書かれているということに、ぼくはなにかものすごい無惨なものを感じる。

しかし、このとき12人もの人間が起訴されたというのはまだかなりマシな方なのだ。ほとんどのケースでは殺人者は起訴すらされなかった。中には軍隊が率先して虐殺した例もあったが、完全に不問に付されたのである。

さらに、問題は、それを直視しない日本という「国」にもある。いまだに、このときに殺された人間の数すらはっきりしないのである。いや、はっきりさせるつもりはさらさらないのである。そして、この本にもあるように、このような虐殺が行われる下地をマスコミ整えたのである。

この本を、例によって反日的だとか言うネトウヨもいることだろう。だけど、上にも書いたように、こういうことはどこの国でも起こることなのだ。いい意味でも悪い意味でも、日本だけが特殊な国であるはずはない。そんなの、当たり前だ。

日韓問題のこじれは、日本(人)が過去に朝鮮(人)に対して行ったことにきちんと謝罪していないことに最大の原因があるのだと思う。すくなくとも、この100年で、日本人が殺した朝鮮人の数と、その逆の数を想像してみるだけで、それは納得できると思う。さらに、こうしたひどいことをしたのに、罰せられなかった人間の数をお互いに数えてみればいい。さらには、そうしたことをきちんと知らない僕らにも非はある。

日本と韓国の間では1965年に日韓基本条約で、それ以前の韓国の日本に対する請求権は解決したとされる。そして、これをもって日本は公式に謝罪したと言う人もいる。だけど、政治的な決着でその前のことはなかったことにしてね、なんて言われて、人間として納得できるか? こうした過去の負い目をしっかり知ったうえで、さまざまな議論がようやく始まるのだと思う。だから、「国」ならぬ個人としての僕らにできるのは、こうした事実を直視し、知ることである。



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アンコウ

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あんけ・たつや。欧州ロードレースに興味を持ってすでに30年以上。主にドイツ人選手を応援。特に青田刈りにいそしむ。歳にも関わらず、あらゆる点ですごいミーハー。そのほか好きなものは、読書、音楽はバッハと友川カズキ、北方ルネサンス絵画、映画、阪神タイガース(村山、江夏以来ですが、強すぎないこと希望、弱すぎはもっと困るが)。北欧の社会民主主義に対する憧れ強し。家族構成は連れ合いと娘三人。

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