スカパーで「ジェネレーション・ウォー」という第二次大戦時のドイツ国防軍の軍人を主人公にしたドラマを見た。幼なじみの5人の若者(男3人/1人はユダヤ人、女2人)が戦争によって青春時代を滅茶苦茶にされてしまう話で、四時間半の長尺だけど飽きることはない。東部戦線に送られた主人公たちは捕虜は撃ち殺すし、パルチザンとみなした農民たちも銃殺したり絞首刑にする。とくに優しい顔をしたトム・シリング(この人は「ルートヴィヒ」で発狂する弟のオットーをやった俳優で、ナポラでも可哀想な役をやっていた。基本的にこの手の顔は悲劇向きなのかね?)の柔弱な文学青年(戦場でヘッセの「デミアン」を読んでるシーンがある)が、顔色も変えずに少女を真正面から撃ち殺すような虐殺者になっていくのは衝撃的。ドイツの戦争映画というと、たとえば日本でも大ヒットした「Uボート」もそうだけど、主人公たちはナチスではなく、ドイツ国防軍の兵士で、虐殺とは無縁というのが大前提なだけに、ドイツ人にとってはかなりショッキングだろう。だから、観る前に危惧したようなみっともない言い訳じみた歴史修正主義や、自国擁護の変な愛国主義(
以前書いた「うぬぼれ鏡」と言い換えても良いかもしれない)とは無縁の映画といえると思う。
あたりまえだけど、映画はある時点で始まり、ある時点で終わる。この映画では始まりはすでに戦争が始まっている。主人公たちはこの後全員ひどい目に遭うのだが、この始まりの時点までどうしていたのかは描かれない。だけど、本当は1933年にヒトラーが政権を取ってから1939年に戦争が始まるまで、実際にはヒトラーに喝采を送った人ばかりではなく、ヒトラーをうさんくさく思っていた人たちもたくさんいたわけで、主人公たちはこうした政治の激動の時代に、どういう気持ちでいたのだろう? 無論主人公の1人はユダヤ人だからヒトラーに喝采を送っていたはずはないが、そうした政治の動きに関心がなかったのかもしれない。彼の両親たちとの話からも、何となくそれが伺える。
「茶色の朝」という寓話がある。
あるとき、茶色のペット以外飼ってはならないという法律ができる。他の色の犬や猫を飼っている人たちは、仕方なく自分のペットを安楽死させて茶色い犬や猫を飼い始める。ペットを飼うことが禁じられているわけではない、茶色なら問題ないわけだ。だから「その時は胸が痛んだが、人間ってやつは『のどもと過ぎれば熱さを忘れる』ものだ」と納得しながら、「茶色に守られた安心、それも悪くない」とうそぶく。
ところが、ある日「時期はいつであれ、法律に合わない犬あるいは猫を飼った事実がある場合」は「国家反逆罪」になるということになる。ファシズムがどうやって始まり、徐々になし崩し的に既成事実化されて、気が付いたときにはもう遅い、ということだ。何度か引用したドイツの牧師ニーメラーの詩を思い出させる。
ナチスが共産主義者たちを連行したとき
わたしは黙っていた
だってわたしは共産主義者ではなかったから
やつらが社会民主主義者たちを投獄したとき
わたしは黙っていた
だってわたしは社会民主主義者ではなかったから
やつらが労働組合員たちを連行したとき
わたしは黙っていた
だってわたしは労働組合員ではなかったから
奴らがわたしを連行したとき
抗議してくれる人は
もうだれもいなかった
もう僕が何を言いたいかは分かると思うけど、今、読んでいる「ヒトラー演説」という本にも、なんか現代の日本の状況にそのまま当てはまるような過去が描かれている。ヒトラーが大衆に向けて語るとき、それは見事なまでの「反知性」的なやり方が徹底され、間違っても、多面性を示すことはせず、「肯定か否定か、愛か憎か、正か不正か、真か偽かであり、決して半分はそうで半分は違う」(p.70) などということはない。「感情に訴えるのであって、決して理性に訴えはしない」(p.73)。
さらに「独裁」を「より高次の民主主義」、「戦争準備」を「平和の確保」などと呼び変え(p.75)、非武装地帯への進駐を「将来の平和のための駐屯」などと言いつくろう、などという手法は、安倍の言う「積極的平和主義」という言葉を連想させないだろうか?
こういうのを読むと、まさに小泉がやった「郵政民営化に賛成か、反対か」と、○か×かの二択問題にし、細かい説明を省き、反対するものを「抵抗勢力」と言って国民の賛同を得たやり方が始まりだったんだと思う。何十年も後に歴史を振り返ったときに、あれが転換点だったということにならなければよいけど。
しかし、これらはどれも見事なまでに大衆を馬鹿にしているのである。「いかなるプロパガンダも大衆的であるべきであり、その知的水準は、プロパガンダが向かう対象とする人々のなかで最も頭の悪い者の理解力に合わせるべきである」(p.67) ヒトラーの言葉だ。
ツィッターに代表されるように、何事にも短文でレッテルを貼って分かったような気になり、安倍の、母子がアメリカの艦船で避難するケースなんていう、ありえない想定で情緒に訴えるやり方にうなずく現代の大衆も、この意味で権力者たちに完全に馬鹿にされているのである。
ヒトラーが首相になり、国民はみんなヒトラー万歳になったと思うかもしれないけど、先に書いたように、反対する人はたくさんいた。ヒトラーが首相になって最初の選挙では、自作自演の国会議事堂放火事件やものすごいプロパガンダにもかかわらず、ナチスの得票率は44%弱。投票率がどのぐらいだったのかは知らないが、投票した人の半分以上はナチスを支持しなかったのだ。当然、ナチスは議会の過半数を獲得できなかった。そこで選挙から4日後に共産党を非合法化して全体の議席数を減らして、ナチスを過半数にするという無茶苦茶なやり方。それから二週間経たないうちに全権委任法(いわばナチスによる独裁を許す法律)を通し、3カ月半後には政党新設を禁止する法律ができて、ナチスが唯一の合法政党になる。
最初に挙げた「ジェネレーション・ウォー」の幼なじみの5人、こうしてヒトラーによるなし崩しの既成事実化が進行している時には、まだ子どもだったんだろうけど、戦争が始まる前、こういう社会をどう感じていたのだろう? 彼らの親たちはどうしていたのだろう? 転じて、今の日本は? 考えすぎ、杞憂っていうやつだ、と笑うなら、笑えばいい。でも1930年代のドイツでも上記のニーメラーと同じように、「だってわたしは●●ではないもの」、あるいは「わたしの飼っている犬は茶色だもの」と高をくくっていた人たちがたくさんいたんだ。

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