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TV映画「ジェネレーション・ウォー」と現代

2014.07.21.14:07


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(2014/06/04)
フォルカー・ブルッフ、トム・シリング 他

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スカパーで「ジェネレーション・ウォー」という第二次大戦時のドイツ国防軍の軍人を主人公にしたドラマを見た。幼なじみの5人の若者(男3人/1人はユダヤ人、女2人)が戦争によって青春時代を滅茶苦茶にされてしまう話で、四時間半の長尺だけど飽きることはない。東部戦線に送られた主人公たちは捕虜は撃ち殺すし、パルチザンとみなした農民たちも銃殺したり絞首刑にする。とくに優しい顔をしたトム・シリング(この人は「ルートヴィヒ」で発狂する弟のオットーをやった俳優で、ナポラでも可哀想な役をやっていた。基本的にこの手の顔は悲劇向きなのかね?)の柔弱な文学青年(戦場でヘッセの「デミアン」を読んでるシーンがある)が、顔色も変えずに少女を真正面から撃ち殺すような虐殺者になっていくのは衝撃的。ドイツの戦争映画というと、たとえば日本でも大ヒットした「Uボート」もそうだけど、主人公たちはナチスではなく、ドイツ国防軍の兵士で、虐殺とは無縁というのが大前提なだけに、ドイツ人にとってはかなりショッキングだろう。だから、観る前に危惧したようなみっともない言い訳じみた歴史修正主義や、自国擁護の変な愛国主義(以前書いた「うぬぼれ鏡」と言い換えても良いかもしれない)とは無縁の映画といえると思う。

あたりまえだけど、映画はある時点で始まり、ある時点で終わる。この映画では始まりはすでに戦争が始まっている。主人公たちはこの後全員ひどい目に遭うのだが、この始まりの時点までどうしていたのかは描かれない。だけど、本当は1933年にヒトラーが政権を取ってから1939年に戦争が始まるまで、実際にはヒトラーに喝采を送った人ばかりではなく、ヒトラーをうさんくさく思っていた人たちもたくさんいたわけで、主人公たちはこうした政治の激動の時代に、どういう気持ちでいたのだろう? 無論主人公の1人はユダヤ人だからヒトラーに喝采を送っていたはずはないが、そうした政治の動きに関心がなかったのかもしれない。彼の両親たちとの話からも、何となくそれが伺える。

「茶色の朝」という寓話がある。

茶色の朝茶色の朝
(2003/12)
フランク パヴロフ、ヴィンセント ギャロ 他

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あるとき、茶色のペット以外飼ってはならないという法律ができる。他の色の犬や猫を飼っている人たちは、仕方なく自分のペットを安楽死させて茶色い犬や猫を飼い始める。ペットを飼うことが禁じられているわけではない、茶色なら問題ないわけだ。だから「その時は胸が痛んだが、人間ってやつは『のどもと過ぎれば熱さを忘れる』ものだ」と納得しながら、「茶色に守られた安心、それも悪くない」とうそぶく。

ところが、ある日「時期はいつであれ、法律に合わない犬あるいは猫を飼った事実がある場合」は「国家反逆罪」になるということになる。ファシズムがどうやって始まり、徐々になし崩し的に既成事実化されて、気が付いたときにはもう遅い、ということだ。何度か引用したドイツの牧師ニーメラーの詩を思い出させる。

ナチスが共産主義者たちを連行したとき
わたしは黙っていた
だってわたしは共産主義者ではなかったから

やつらが社会民主主義者たちを投獄したとき
わたしは黙っていた
だってわたしは社会民主主義者ではなかったから

やつらが労働組合員たちを連行したとき
わたしは黙っていた
だってわたしは労働組合員ではなかったから

奴らがわたしを連行したとき
抗議してくれる人は
もうだれもいなかった

もう僕が何を言いたいかは分かると思うけど、今、読んでいる「ヒトラー演説」という本にも、なんか現代の日本の状況にそのまま当てはまるような過去が描かれている。ヒトラーが大衆に向けて語るとき、それは見事なまでの「反知性」的なやり方が徹底され、間違っても、多面性を示すことはせず、「肯定か否定か、愛か憎か、正か不正か、真か偽かであり、決して半分はそうで半分は違う」(p.70) などということはない。「感情に訴えるのであって、決して理性に訴えはしない」(p.73)。

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さらに「独裁」を「より高次の民主主義」、「戦争準備」を「平和の確保」などと呼び変え(p.75)、非武装地帯への進駐を「将来の平和のための駐屯」などと言いつくろう、などという手法は、安倍の言う「積極的平和主義」という言葉を連想させないだろうか?

こういうのを読むと、まさに小泉がやった「郵政民営化に賛成か、反対か」と、○か×かの二択問題にし、細かい説明を省き、反対するものを「抵抗勢力」と言って国民の賛同を得たやり方が始まりだったんだと思う。何十年も後に歴史を振り返ったときに、あれが転換点だったということにならなければよいけど。

しかし、これらはどれも見事なまでに大衆を馬鹿にしているのである。「いかなるプロパガンダも大衆的であるべきであり、その知的水準は、プロパガンダが向かう対象とする人々のなかで最も頭の悪い者の理解力に合わせるべきである」(p.67) ヒトラーの言葉だ。

ツィッターに代表されるように、何事にも短文でレッテルを貼って分かったような気になり、安倍の、母子がアメリカの艦船で避難するケースなんていう、ありえない想定で情緒に訴えるやり方にうなずく現代の大衆も、この意味で権力者たちに完全に馬鹿にされているのである。

ヒトラーが首相になり、国民はみんなヒトラー万歳になったと思うかもしれないけど、先に書いたように、反対する人はたくさんいた。ヒトラーが首相になって最初の選挙では、自作自演の国会議事堂放火事件やものすごいプロパガンダにもかかわらず、ナチスの得票率は44%弱。投票率がどのぐらいだったのかは知らないが、投票した人の半分以上はナチスを支持しなかったのだ。当然、ナチスは議会の過半数を獲得できなかった。そこで選挙から4日後に共産党を非合法化して全体の議席数を減らして、ナチスを過半数にするという無茶苦茶なやり方。それから二週間経たないうちに全権委任法(いわばナチスによる独裁を許す法律)を通し、3カ月半後には政党新設を禁止する法律ができて、ナチスが唯一の合法政党になる。

最初に挙げた「ジェネレーション・ウォー」の幼なじみの5人、こうしてヒトラーによるなし崩しの既成事実化が進行している時には、まだ子どもだったんだろうけど、戦争が始まる前、こういう社会をどう感じていたのだろう? 彼らの親たちはどうしていたのだろう? 転じて、今の日本は? 考えすぎ、杞憂っていうやつだ、と笑うなら、笑えばいい。でも1930年代のドイツでも上記のニーメラーと同じように、「だってわたしは●●ではないもの」、あるいは「わたしの飼っている犬は茶色だもの」と高をくくっていた人たちがたくさんいたんだ。



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comment

アンコウ
やまだんさん、

こんにちは。いつもコメントをありがとうございます。おっしゃる通りで、歴史は生き残った者しか語れませんからね。

ジェネレーション・ウォーは3回のTVシリーズらしいです。4時間半の長尺ですが、最近のドイツを代表する若手俳優たちが出ていて楽しいです。

大きなものに対する反抗心を失って、自分より小さなものに罵声を浴びせて溜飲を下げる社会になってしまったのは何故なんでしょうね? 戦後の日本はこんな社会になるために努力してきたはずはないんですけどね。
2018.11.26 10:04
やまだん
「どんな戦争でも『自衛のため』といって始まる」と、森達也氏が話していた事を思い出しました。
「橋」「西部戦線異常なし」「灰とダイヤモンド」くらいは見ていましたが、「ジェネレーション・ウォー」はタイトルも初耳でした。これは見なきゃ!
〜アップにもならないままバタバタと死んでいったエキストラが、ほとんどの現実の兵士の末路〜全くもって同感です。私の父方の祖父もガダルカナルで亡くなったようです(詳しい話は聞けていません)が、おそらく飢えとマラリアに倒れ、遺骨もろくに戻ってきていない何万人もの中の一人でしょう。
戦前は高をくくって、戦後は生活に追われてという方便で、自らも加担した茶色い歴史に蓋をし(これは世界大戦のみならず、朝鮮・ベトナムも含み)、目を背け続けてきた人たち大多数によって、今の日本の地盤が出来上がり、その習わしをなぞり続けて今があるような気もします。
脱線しますがちょうど今日たまたま、医療ケアについてのイベントに参加してきたのですが、この国は「耳の痛い言葉」を本当に拾わないんだ、と改めて思いました。
また日頃のネトウヨツイートなどを見ていると、弱い人すらも、さらに弱い人からは眼を反らし、自らを(実際にはいずれ自身も切り捨てられるだろうに)どこかの強い人間と同一視しようとするのはなぜなんだろうと思います。
以前、少し年上の同僚が「うちの祖父は戦地でも楽しかった話を色々してくれた」的な言葉を発した事があり、その際「一番酷い目に会った人は、すでに語る身体を失っているでしょうからね」という言葉を呑み込んだまま今に至ってしまった事を、ずっと悔やんでいます。
散漫で申し訳ありません。
2018.11.25 22:14
アンコウ
ミニさん、

これはもう完全に脱帽です。前回の私のコメントは釈迦に説法みたいなもんでした 笑) 肉弾は見ている(大谷直子のヌードにドキッとしました 笑)けど、遊撃戦というのは全く知りません。三船の血と砂というのも知りません。53年の大和も知らないなぁ。。。吉田の原作の方は、だいぶ昔図書館で手にはとったけど、カタカナで読みづらくて、短いものなのに、読み通せませんでした。

これはいろいろと勉強させてもらいました。少し体系立てて見ることができるといいんだけど。
2016.10.27 22:13
ミニ
はい、「西部戦線異状なし」は中学生の終わり頃見て、レマルクの原作もすぐ読みました。深作の「軍旗はためく下に」も丹波哲郎がカッコよく面白かったですが、原の「ゆきゆきて神軍」の方がドキュメンタリーの分、衝撃的でした。
自分が小学生の頃、岡本喜八監修の連続テレビドラマで「遊撃戦」という中国戦線ものをやっていて、それがすごく面白く惹かれました。
よその国を侵略している加害者の立場ですから、せめて旗色が悪く攻め立てられている場面でないと、日本人として居心地が悪いです。ですから、三船敏郎が出ている「血と砂」なんかは邦画としてとても面白い戦争映画だと思います。
1953年の「戦艦大和」も、吉田満の「戦艦大和ノ最後」を原作として作られていて、戦後8年目ですから作りはチャチですが、戦争の中での死の無意味さをよく表現していて名作です。
2016.10.27 18:36
アンコウ
ミニさん、

コメントはどんなものであれ、どのエントリーに対してであれ、すべてウエルカムです 笑)ましてや、こういうコメントは嬉しいです。

けっこう拙ブログでも過去に触れた映画がたくさん出てます。橋や炎628については、http://tatsuya1956.blog48.fc2.com/blog-entry-1448.html ここのコメント欄などで話したことがありました。

お上げになった映画のうち、見てないのは「パシフィッック」と「1944」、中国映画の「鬼が来た」は見てないです。実は「男たちの大和」も見てませんが、それ以外はどれも、私も素晴らしい映画だったという印象を持っています。

ワイダの「地下水道」も名前を呼んで久しぶりに思い出しました。明るい外が見えるが、急いで行くと鉄格子がはまっていて出られないシーンとか、ラストシーン、みんな死んでしまった後、せっかく明るい外へ出られたのに、再びマンホールから決然と暗闇へ降りていくシーン(記憶ちがいかなぁ?)。

塚本の「野火」も、http://tatsuya1956.blog48.fc2.com/blog-entry-2295.html で書いているので、おヒマでしたら読んで頂けると嬉しいです。

ジェネレーションウォーもすごいドラマだったと思うんですが、最近「ブラッドランド」という、ドイツとソ連に挟まれたポーランドやウクライナ、ベラルーシの、めまいがするようなものすごい話を読んでいるところで、あのドラマでもまだ甘いな、という気がしてきました。

ミニさん、だいぶお詳しいようですので、ひょっとしたら、ご覧になっているかもしれませんが、古い映画だけど「西部戦線異常なし」(1930年版)や「軍旗はためく下に」も素晴らしい反戦映画です。それとパシフィックと被るかもしれないんですが、「シン・レッドライン」も印象的な映画でした。ただ、日本兵がありえないだろう、っていうところもあって、なかなか辛いところもあるんですけどね。
2016.10.22 10:43
ミニ
今頃コメントしてもよいのだろうか、ともちょっと思いますが、他にも最近の意見があるので、まあいいかと意見を書かせてもらいます。

「ジェネレーション・ウォー」はテレビ映画とは思えない作りだし、描き方も文句ない公平さでリアリティがあり、大変面白かったです。
テレビ映画と言えば、米国製の「パシフィック」も良かったですが、日本兵が敵として出てきて殺されるのにはどうしても同情心や抵抗感が生じて、見ていてつらいものがあります。その点、欧州の東部戦線を描いたものは、よその国なので気楽な気持ちで見ていられます。西部戦線を描いたものでは米国製の作品にこれはというものはなく、ずいぶん昔のものですが、ドイツ製の「橋」やワイダの「地下水道」が好きです。1981年のドイツ製「ユーボート」もラストがいいです。敗戦国民の日本人なので、負け戦の方がだんぜん性に合うのでしょう。
東部戦線を描いた映画では、2015年のエストニア製「1944」、1993年のドイツ製「スターリングラード」やロシア製の「炎628」が好きです。1980年代後半、この「炎628」がテレビで普通に放映されており、自分はビデオに採って繰り返し見ました。初めて見た時は衝撃を受けましたが、森の中での雨のシーンがすごく美しく、黒澤の「羅生門」の木漏れ日を思い出しました。

邦画の戦争映画もかつては結構よかったのですが、最近はダメですね。
中国戦線ものでは「独立愚連隊」シリーズや「人間の条件」、太平洋戦線では市川崑の「野火」、内地では岡本喜八の「肉弾」など、多分戦争経験者が脚本や監督をしていたので、昭和時代のものは戦場の描写も兵隊の姿もリアリティがあったのでしょう。中国映画ですが、「鬼が来た」は香川照之も出ていて日本軍の描き方が大変それらしかったです。
「男たちの大和」以降は、バカバカしくて見なくなりました。戦争のせの字も描かれておらず、他愛のない恋愛ごっこや家族ごっこしかなく、出てくるのは軟弱な平成イキメンばかりで、帝国軍人らしさが皆無ですから。犠牲となった日本人300万人とそれに数倍するアジアの人々に申し訳が立たないと情けないです。最近の塚本の「野火」は見ましたけど。
例えば、古くの「聞けわだつみの声」や竹内浩三の詩「骨のうたう」などの戦死者の声に応えられる映画をこそ見たいのですが、商業的には無理ですね。
2016.10.21 23:58
アンコウ
北朝鮮の独裁者はもう既に独裁者として世界中で認知されているから、わざわざヒトラーに重なる必要なんかないんじゃない? 中国にせよ、北朝鮮にせよ、どうにも困った国なのは確かだ。

よしさんは安倍をヒトラーに重ねるのはおかしいと言うが、少なくとも、拙ブログで繰り返してきたように、北朝鮮や中国に対抗するためには、日本も北朝鮮や中国のような強権的な、戦争も辞さない国にならねばならない、と安倍が思っているのは間違いないと思う。少なくともこれまでのところ、安倍が話し合いで解決しようという姿勢を見せていないのは確かだよね。

自衛のためと簡単に言うけど、北朝鮮だって核開発しているのは自衛のためだと言っているわけ。こんなの、ちょっと考えればわかると思うけどなぁ。過去100年の戦争で、始めた時に自衛のためと称していない戦争なんてない。ヒトラーの始めたポーランド侵攻だって、「ゲルマン民族の生存圏を確保するため」というお題目だ。侵略戦争を始めると言って宣戦布告した戦争なんか、多分存在しないよ。

最後に、戦争を仕方がないなんてどうかしている。ジェネレーションウォーはうまくできた戦争ドラマだと思うけど、君が戦争に行った時にあの主人公のようになれると思っているのなら、大きな勘違い。あのドラマの中で、アップにもならないままバタバタと死んでいったエキストラが、ほとんどの現実の兵士の末路だ。
2016.09.21 18:45
よし
安倍をヒトラーに重ねるのは
おかしいと思う。重なるのは
中国、北朝鮮側では?日本が
戦争につき進んでいるのは確か
だろうが、自衛のためには仕方ない
のでは。話し合いで解決すれば
一番だが。
2016.09.21 02:24
アンコウ
なにかにつけて? ちがうよ、郵便ポストが赤いのや電信柱が高いのは安倍のせいじゃないよ 笑)

もっともキミにこのジョークは通じないかもしれないな。

つまらんコメントを書くなよ。気に入らないなら、きちんと反論しろよ。
2015.09.19 08:32
コメンテータ
何かにつけて
アベガーwアベガーw
と騒ぎ立てる輩がこんなところにも
2015.09.19 00:13

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アンコウ

アンコウ
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あんけ・たつや。欧州ロードレースに興味を持ってすでに30年以上。主にドイツ人選手を応援。特に青田刈りにいそしむ。歳にも関わらず、あらゆる点ですごいミーハー。そのほか好きなものは、読書、クラシック音楽(特にバッハ)、友川カズキ、北方ルネサンス絵画、映画、阪神タイガース(村山、江夏以来ですが、強すぎないこと希望、弱すぎても困るが)。少し前から草食動物と化そうと「努力」しています。北欧の社会民主主義に対する憧れ強し。家族構成は連れ合いと娘三人。

* 時々コメントが迷惑コメントとして、こちらにも通知されないまま、ゴミ箱に入れられてしまいます。これは管理ページで迷惑メールをチェックすれば見られるのですが、そんなところは滅多にチェックしないので、承認待ちの印が表示されない場合は、ご面倒でも書き直しをお願いします。2017年8月3日記す

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