たったいま、スカパーのイマジカで撮っておいた「ノー・マンズ・ランド」というボスニア紛争の映画を見た。なんとも気分が落ち込む。
ボスニア軍とセルビア軍が向かい合う最前線の中間の無人地帯(ノー・マンズ・ランド)にある塹壕に取り残されたボスニア兵とセルビア兵が、お互いにお前らが戦争を始めたと言い合い、お前らが村を焼き払ったと言い合う。憎しみに駆られ、自分の命を捨ててまで相手を殺そうとする。ここではたまたまセルビア兵が非人道的なこと(死体に地雷を仕掛ける)をするけど、戦争になれば、どちらか一方だけが非人道的なことをするわけではない。そんなはずはないのである。相手がいかに悪辣非道で、自分たちはいかに人道的かなんて、戦争中に言い合ったって無意味なのは分かりきった話だ。
そこに介入してくる国連軍も、虐殺を前にして沈黙するのは荷担することだ、と考えて命令に逆らって救出に向かおうとする善意のフランス人軍曹もいる。だけど上層部は面倒に巻き込まれまいという事なかれ主義。
さらに騒動にアメリカのテレビ局が加わる。最後にセルビア兵士が叫ぶ「おれたちの悲劇はそんなに儲かるか?」というセリフがマスコミ始め世界中に対して向けられる。
ところどころで変なユーモアがありながら、結局どうにもやりきれない気持ち。無人地帯の塹壕はこの旧ユーゴスラヴィアの地域の比喩だろうし、だれにも手出しできず最後に取り残された男は、文字通り世界中から取り残されたこの地域の人々の代表。憎しみに駆られた人間っていうのは本当に馬鹿なんだっていうことだ。

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