またまた radsport-news.com (rsn) の記事のご紹介。フランドルに続いてリエージュ・バストーニュ・リエージュも、過去の歴史が載っています。そのなかで第一回の優勝者レオン・ウーアの話です。
1892年5月29日に行われた第一回のLBLは距離250キロですから、当時のレースとしては短いですね。前年のボルドー・パリは600キロだし、パリ〜ブレスト〜パリなんか1200キロですからね。ただ、このLBLも、当初の計画ではいずれはリエージュ・パリ・リエージュの総距離845キロにする予定で、試験的にパストーニュまでの往復として行われたそうです。
当時は街道はむろん未舗装路、町に入ると必ず石畳という過酷なレースだったようで、そんななかで初代チャンピオンになったのはレオン・ウアという選手でした。
日本のヴィキにも乗ってますね。当時の写真もついてますが、レース中のものかどうかはわかりません。平均時速は24キロ弱ぐらいですかね。最初からリードを奪い、他の選手たちがメカトラに見舞われてどんどん差が開いていく中、運も良くて、ついに一度もメカトラにあわずに2位に22分の差をつけて優勝しました。
翌年、さらにはその次の年も、2位は変われど、優勝はこのウア。結局3連覇ですが、これはメルクスとアルジェンティン
(これについては以前書きました)だけですね。
LBLだけでなく、93年にはアマチュアのベルギーチャンピオン、94年にはプロのベルギーチャンピオンにもなっています。その後自動車レースに転向して50歳で自動車ラリー中の事故でこの世を去っています。
まあ、これだけなら、なるほど、自転車レースの黎明期の強い選手というだけなんですが、この選手、なんと、1892年1月になるまで自転車に乗ったことがなかったというのですね。4カ月の練習で勝っちゃうっていうのもすごい時代です 笑) rsnのこの記事を書いているヘルベルト・ヴァッテロットというジャーナリストは御年73歳、1965年から自転車ロードレースを追いかけている人だそうで、ドイツのヴィキにも出てますから、根拠となる資料があるのでしょう。
そういえば、英国の大御所ジャーナリストのウッドランドの本には、第一回のツール・ド・フランス出場者のなかには、ツールが始まる2カ月前に初めて自転車を手に入れたなんていう選手もいたと書かれていましたっけ。こんな時代だったら、おれだって栄えあるLBLの初代チャンプになれたかも、なんて夢想する人も多いことでしょう 笑)
さてさて、今年のLBLは誰が勝つでしょうねぇ。バルベルデは勘弁して欲しいけど。。。

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