だいぶまえに録画しておいたのを昨夜見ました。大昔に見ているけど、あまり覚えていなかったし、当時は退屈したと思う。今回見直しても、覚えていたのは最後のシーンぐらい。しかも昔見たときは自転車に興味を持つ前だったから、冒頭から続く自転車で長い下り坂を下るシーンも、途中に出てくる元自転車チャンピオンの話も、まるで記憶にありませんでした。
話はフランスがドイツに占領され、いわゆるヴィシー政権時代、それもヴィシー政権が崩壊する直前の話です。ヴィシー政権って言うのは、第二次大戦が始まり、フランスはあっさりドイツに敗北して占領されます。
昔拙ブログで書いた「海の沈黙」もその時代の話です。ドイツに占領されたフランスは第一次大戦の英雄ペタン元帥を首相に立てて、南フランスに親ドイツ政権を打ち立て、一方、徹底抗戦を訴えたドゴールはロンドンで亡命政権を作るわけです。映画の冒頭でもペタン元帥の写真がアップで出てきて、また男たちがかぶる帽子で南フランスのヴィシー政権の地域が舞台だということがすぐに分かるようになっています。
主人公のルシアン・ラコンブ(これが原題)は町の病院で住み込みで清掃作業などに従事する17歳の若者で、父はドイツ軍の捕虜になっていて、母は地主(?)の愛人になっています。自転車で長い下り坂を下って実家の農家へ戻っても居場所がない。当初、レジスタンス活動に加わろうと窓口役の教師に接触するけど、若さを理由に断られてしまいます。町へ戻る途中に自転車がパンクして、町に着いた頃には外出禁止の10時を過ぎていて、対独協力派の警察にしょっ引かれ、そして、連れて行かれたホテルのバーで元自転車チャンピオンのアンリに会うわけです。
さて、拙ブログとしてはここを見逃してはなりませぬ 笑) だいたい監督のルイ・マルは自転車レースが絶対好きなんですよ。「鬼火」っていう、幸せな友人たちを不安にさせてやりたくて自殺する男っていう、むちゃくちゃ暗い映画でも、レース中の自転車の集団が拡声器のアナウンスのもとで、町のメイン通りを走っていくシーンがありました。
さて、このアンリには少し後で、イタリア人たちは手強い相手だが、俺はバルタリ(字幕ではなぜかパルタリとハに○でした 笑)が出てきても怖くなかった。怖いのはむしろフラマン人だ。マエスを知っているか、なんていうセリフもあります。マエスはツールで二勝しているシルフェーレ・マースですね。
ところで、このアンリ、字幕では「自転車競争のアンリ」と出てくるのですが、どう聞いてもアンリなんて言ってない、キャストから類推すると、おそらくオーベールと言ってると思うんですが。。。
さて、そこでルシアンは酒を飲まされてあっさりと悪びれるところもなくレジスタンスの窓口役の教師のことをしゃべってしまいます。これがきっかけで彼はその警察で働き始め、仲間に連れて行かれたユダヤ人の仕立屋で、そこの娘に惚れてしまう。で、警察となると人々に一目置かれているわけで、虚栄心を満足させてくれます。まあ、権力を手に入れて勘違いしてしまうというよくあるパターン。シャンパンを大量に送ったりしてなんとか娘の心をつかもうとし(このあたりの不器用さは見ているほうがかなり恥ずかしくなります)、うまい具合に娘を手に入れた後はもう夫婦(めおと)気取り。なんか成り上がり者の嫌な感じで、こうしたルシアンに共感できる人はあまりいないでしょう。
ユダヤ人の仕立屋がつかまり、ドイツ警察がレジスタンスに襲われて壊滅、ユダヤ人狩りが始まり、娘も連行されそうになると、ルシアンは娘と彼女の祖母を連れて逃げます。南フランスの山の中の廃屋で三人の田舎生活が始まり、水浴びをする娘の姿を美しい草原で寝転びながら、満ちたりた表情で見ているルシアンのアップ。そこにそれから数ヶ月後にルシアンは逮捕され、レジスタンス法廷で死刑判決を受けて刑死するという字幕がついて幕。
レジスタンスになろうとして果たせず、正反対のドイツ占領軍の手先になるというわけで、まあ、何も考えていないわけです。家では居場所が亡く、仕事はつまらない、無論恋人もいない、友人もいない、そして社会はなんとも不安定で、この先どうなるかは分からない。そんな鬱屈した青年が、占領軍の手先の警察で働き始めると、世間からは一目置かれるし、服だって良い物を着ることができる。果てはきれいな娘すらモノにできた。ルシアンの気持ちはわからんでもないです。いつの時代にも、どこの国にも、こういう青年はいたでしょうし、今だっているでしょう。
ふと連想したのが、ロバート・デニーロの「タクシードライバー」。ベトナム帰りで鬱屈していて、惚れた女に注目されたいので、なにかしでかしたい。で、当初は大統領候補を暗殺しようとする。それがまかり間違ってジュディ・フォスターの少女売春婦を救って一躍ヒーローになる。まあ、人間、なにがどう転んで、どちらへ向かうか分かったもんじゃありません。
いずれにしても、こうしてドイツ協力派の青年を主人公にするっていう度量の広さ。これってフランスの暗部ですからね。こういう映画って、やっぱりいわゆる「教養」がない国では作れないんだろうと思いました。
最後に俳優について。娘役のオーロール・クレマン以外は有名な俳優は出てませんが、僕はユダヤ人の仕立屋の老人が印象に残りました。スウェーデンの俳優らしいんですが、なんだろう、顔がものすごく印象的というか、存在感があるというか、わざわざ警察へ出て行って自ら捕まるシーンも、すべて覚悟の上という感じで、この俳優の映画をもっと見たい、と思ってIMDbで調べたけど、どうもなかなか難しそうです。

にほんブログ村
- 関連記事
-
スポンサーサイト
trackbackURL:http://tatsuya1956.blog48.fc2.com/tb.php/1663-1a7912ab