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1989年ツール、ルディ・ダーネンス

2013.12.01.01:08

ルディ・ダーネンスと聞いても、知らない人のほうが多いのかもしれませんね。選手としては飛び抜けた活躍をしたわけではないですから。でも日本で開かれた世界選手権宇都宮大会のプロ個人ロードでの優勝者ですから、ある一定の年齢以上の自転車ファンには懐かしい名前だと思います。
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我が家に残っていたバイシクル・クラブの宇都宮世界戦特集号。このころのバイシクル・クラブは結構日本の自転車界に対して辛口でした。主義主張のある硬派の自転車雑誌という印象でしたね。創刊号からずっと持っていたんですけど、置き場所に困って、何冊か除いてすべて処分してしまいました。今考えると、ずいぶんもったいないことをしたものです。

さて、ダーネンスにもどりますが、日本で世界チャンピオンになってから少し後で心臓に問題があるということで引退し、たしかツール・ド・フランドルのTV解説で現地へ向かう途中、交通事故で亡くなったんだと記憶しています。

この選手、レーシングキャップのかぶり方が格好良かったんですよ。当時のレースはノーヘルだし、サングラスなんてしている選手はほとんどいなかったし、すぐに選手の見分けがついたものでした。ヘルメットはどうしたって必要でしょうけど、サングラスは陽が差さないようなときには禁止にして欲しいところですが、まあ、メーカーの大反対だろうなぁ。
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これはヒタチ時代の1986年にツールでステージ優勝したとき。この年の前後には結構優勝していて、パリ〜ルーベでもケリーにはスプリント負けするけど、3位以内になっていたんじゃなかったかと思います。

というわけで、今日ご紹介するのは1989年のツール・ド・フランス。この年、NHKは衛星放送で毎日、夕方1時間ダイジェスト、といってもほとんどのケースは最後の30分ぐらいをそのまま放送していました。

この年はシャンゼリゼでグレッグ・レモンがローラン・フィニョンに8秒差の逆転勝利を収めるという、むちゃくちゃ劇的な終わり方をしたので、一般にもずいぶんと知られた年だったと思います。NHKはすでに85年にサンデー・スポーツのなかでツールをかなり詳しく放送し、総集編まで放映したので、このときにツールの存在を知った人も多かったはずですが、この年は衛星放送とはいえ、毎日放映でしたからね。わたしもこのとき衛星放送のアンテナとチューナーを買ってきたのでした。

さて、このときの第11ステージです。僕にとっては非常に記憶に残るレースでした。

ラスト4キロぐらいで逃げグループが大集団に捕まりますが、その直前にダーネンスが単独でアタック。
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どんどん差を広げて、ラスト1キロを切ったところでは20秒ぐらい?リードをしています。残りはすでに200メートルで、最後のコーナーへ。
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と、そこでなんとダーネンス落車。
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慌てて自転車へ駆け寄りますが、後輪のタイヤが外れてますね。
DSCF9953.jpg
当時は自転車レースのTV映像なんて珍しかったし、こんな風に劇的なシーンなんて見られませんでしたから、このレースは何度も繰り返し見たものでした。今日久しぶりに見てみると、放送のテンポも解説もなんとものどかな時代です。

ただ、このくやしがるダーネンスの姿から、この選手の印象は強く心に残って、90年の世界戦、プロロードの最終周を峠の一番上で見ていたんですが、ダーネンスとデ・ヴォルフが逃げてきたとき、ダーネンスはすぐにわかりましたね。と同時に、思いっきり応援しました。まあ、このときの世界戦のお話はまた、きっと、いつか 笑)



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comment

アンコウ
捲り屋さん、

こんにちは。加藤ピンさんなんて呼ばれてました 笑)そうですね、もと競輪選手。でも画家になってフランスへ渡ったのか、フランスへ渡って画家になったのかは、わたしもよく知りません 笑) 宇都宮の世界戦のときの公式マークはこの人の描いたものだったと思います。しかし、あれからもう四半世紀たってしまったんですねぇ。。。
2014.04.29 23:25
捲り屋
 編集長は中村一夫さんだったかな?よくわからないなあ。
 加藤一さんでしたか、もうお亡くなりになられたんですね。故人の悪口を言うようで多少気が引けますし、それが本当にそのお人の事なのかどうか記憶もあいまいなのですが・・・。
 彼はかつて競輪選手(自転車選手?)で絵描きにもなりたかった。ヨーロッパの国で絵の勉強をしたかったが行くお金がない。そこでヨーロッパの大会に派遣選手として行き、とうとう帰らなかったそうです。
 あれ、こんなところ(番組)で彼を見るなんてと思ったものです。絵描きとしても大成されたようですし、国際的な自転車組織のえらいさんもされていたようですね。
 ヨーロッパ事情に詳しく、結構専門的な立場からお話しされていたように思います。ヘレラの乗車姿勢に全盛期の輝きがないとか。ネーダムは地脚のタイプでルーチェスプリンティエといいます。などと言っておられました。あれだけの脚を持っていれば本人はさぞや幸せでしょうねとも・・・。
2014.04.29 22:32
アンコウ
捲り屋さま、

初めまして。89年を懐かしいとは、同年代でしょうか? ぜひ右のカテゴリーの「自転車」をクリックしていただくと、サブカテゴリーがでてきますので、そのなかの「昔のレース」をクリックして下さいませ。ネイダムもマリーもフィニョンも出てきます 笑)

脇田さんも懐かしいですね。編集長氏は中村なんとかさん? わたしは画家の故加藤一氏の解説がインパクト強かったなぁ。

今後ともよしなに。
2014.04.26 19:12
捲り屋
 非常になつかしですね。
 NHKの脇田泰子?女史とベースボールマガジンの確か編集長某氏の解説もなつかしく思い出します。編集長氏フィニョンについて「彼氏は、非常に理知的でウィットに富んでいて・・・。」などと首を横に振りながら言葉をよく選ぶような癖のあるしゃべり方が非常に印象的でした。
 市川雅敏は非常にぶっきら棒。
 三浦恭資は「人間とは思えない(登りのスピード)」とフィニョンを評していました。
 またこの年では、イエール・ネーダム(ナイダム)のスプリンター泣かせのロングスパートでの勝っぷりにも非常にわくわくしたものです。
 
 
2014.04.26 02:07
アンコウ
山賊総業さま、

どうも初めまして。バルタリを読んでいただけたのはとてもうれしいです。日本ではどうもコッピの敵役で、どちらかというと悪役のイメージがありそうなので 笑)

はい、ダーネンスの自転車はPDMカラーのConcorde でした。黒と白で、シャープな感じで格好良いですよね。今もお乗りですか。

今後ともよろしくお願いします。
2013.12.03 22:35
山賊総業
はじめまして。バルタリ(長編)に何回も繰り返しお邪魔しては興味ぶかく拝読しております(笑)
最後の落車の画像を拝見すると、ダーネンスはPDMカラーのCONCORDEに乗っていますね。ロゴに特徴があるのでボケていてもわかります。自分も乗っていますが、中身はCIOCCだそうです。
2013.12.02 08:27
CYPRESS
ロンドンのオリンピックでもカンチェラーラが同じように実況中継TVバイクの後ろでコケた。
これでカンチェの優勝の望みが消えたからなぁ。

この時はNHKのライブストリーミング。
時代は変わったなぁ~(笑)。
でも、生中継の落車は、唸り声は出るし、立ち上がっちゃうし、衝撃度満点。
現地へ見に行ってもPC忘れたり、日本製の巨大モニターが無かったり、その場にいなけりゃ目撃も出来ないから、無精者が得して何か、申し訳ない(笑)。
2013.12.01 12:19

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アンコウ

アンコウ
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あんけ・たつや。欧州ロードレースに興味を持ってすでに30年以上。主にドイツ人選手を応援。特に青田刈りにいそしむ。歳にも関わらず、あらゆる点ですごいミーハー。そのほか好きなものは、読書、音楽はバッハと友川カズキ、北方ルネサンス絵画、映画、阪神タイガース(村山、江夏以来ですが、強すぎないこと希望、弱すぎはもっと困るが)。北欧の社会民主主義に対する憧れ強し。家族構成は連れ合いと娘三人。

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