生島淳の「スポーツルールはなぜ不公平か」という本をパラパラ見ていたら、こんな文章に出会った。
「小学生がサッカーをプレーすると、ボールの周りにばかり人が集まる(。。。)ボールに近寄らず、自分の持ち場を守るには、教養が必要なのだ。」
むろん生島淳はそういうつもりで書いているわけではないだろうけど、これって今の日本社会の比喩になる言葉だ。みんながみんな一カ所に集まって、よってたかってなんとかボールに蹴りを入れようと必死の様子。そんな輪に加わらずに、外から冷静に、客観的に見ることができるためには教養が必要だ。こんな書き方をすると、おれは教養があるって威張っているみたいな感じで嫌だけどさ。だから、この文書は自分を棚に上げて書くけどね、でもね、ネトウヨ諸君のネット上の書き込みを見たりすると、あまりの無教養さに怒りを通り越して、泣きたくなる。
差別に反対って当たり前の事で、よもやこんなことを主張するために3000人もの人が集まってデモをしたり、リベラルな人達が「のりこえねっと」なんていう団体を作ったりしなければならなくなるなんて、想像もしていなかった(「
のりこえねっと」は在日コリアンのシン・スゴ(辛淑玉)さんが立ち上げた「ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク」のこと)。
ぼくはこのブログを始めたばかりの頃、ネトウヨなんて少数派で、その主張の非常識さなんか、まっとうな教養を持ち合わせている人なら相手にしないだろうと思っていた。ところがだよ、どうやら無教養な連中が想像以上に多いらしい(無教養って頭が悪いって言う意味とはちょっと違うよ)。たとえば、それはネトウヨばかりじゃない。
最近自分のブログで呆れるようなことを書き込んで懲戒処分を食らう官僚が続けざまに出ているけど、こういう人たちってキャリア官僚だからね、頭は良かったんだろうけど、やっぱり、教養のかけらもない人達なんだろうな。

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