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ドーピングはなぜ駄目なのか? (その2)

2013.08.14.00:21

エネコ・ツアー、キッテルもデーゲンコルプも出てるのに、1,2ステージともに沈んでます。いま LiveStreamで見てたんだけど、ゴール前2キロぐらいではデーゲンコルプが引っ張ってフェーレルスやもう一人ぐらいいて列車もできていたのに、最後はまったく駄目。ちょっと登っていたのかな?それともツール疲れ?

というわけで、どうもぼくは話が長くなりがちで、それでしょっちゅう文句を言われているんですよね。連れ合いなんか、ぼくが蘊蓄しゃべり始めると、結論になったら呼んでね、とか言ってTVに集中しちゃうしね。前回もちょっと長すぎて話が拡散してしまったですかね?

ドーピングの話です。何度でも繰り返しますが、ぼくはドーピングに絶対反対ですよ。だから、前回も今回もドーピングを容認しろと言うつもりで書いているわけではありません。これはまず踏まえておいてね。

さて、繰り返しになるかもしれないけど、どうしても気になっている点が二つあります。

ひとつは、薬が禁じられた時点では確かに選手の健康を守るためで、そこから禁じられているものを使うのは駄目だということになったのでしょう。だけど、それなら医者の厳格な管理の下で薬を使えば健康は守られるのではないのか? 

これを論破する論理が競技スポーツそのものにあるのか? ということなんですね。ここで競技スポーツそのものという言い方をしているのは、前回書いたように、競技スポーツには一般社会の道徳観をそのまま持ち込めないということです。競技スポーツは勝つことが最大にして(誤解を恐れずいえば)唯一の目的です。

しかし薬はすでにルールで禁止されているんだ、というのはもっともな意見ですが、スポーツのルールは頻繁に変化します。バレーボールや卓球なんて点数の取り方や玉の大きさだって変わってます。サッカーだって戦前のヴィデオなんか見るとゴールキーパーがバスケットボールのようにドリブルしてボールを前線に運んでいます。ルール改正によって、医者がきちんと管理することを条件に薬を解禁する、というのを否定できるアンチドーピングの理論(ちょっと大げさだけど)があるのかどうか。

いや、医者が管理したって危険は危険なんだ、というのもフエンテスの裁判では何人かの元選手の証言で出ています。たとえばここにも書いたハミルトンの証言ではフエンテスが処方した薬のおかげで尿が真っ黒になったとか、そもそもハミルトンが陽性になったのも、他人の血液を輸血されたせいらしいですし、イェルク・ヤクシェの証言ではフエンテスは選手の健康など全く考慮しなかった、というのもあります。ただ、それは今の製薬会社や医学界ですからね。ドーピングが解禁されれば、もっと良質のもっと優れた、そしてもっと「良心的な」ドーピング専門医が競い合うことでしょう。禁止されているから、フエンテスみたいなヤクザな医者が跳梁跋扈するのだということも言えるかもしれません。

もうひとつは、1998年のフェスティナ事件でアレックス・ツュッレがインタビューに答えて言っていたことなんですが、コーヒーの含まれているカフェインはむろん禁止薬物ですが、コーヒー一杯や二杯では陽性には絶対になりません。しかし50杯飲めば陽性になるんだそうです。ツュッレはこんなようなことを言ったんですね。

自分は毎朝コーヒーを飲む。だけど陽性になったことはない。今回も、検査で陽性にはなっていない。たしかにEPOを注射したけど、これも検査で陽性にはならなかった。

つまり検査で陽性にならない程度の量のEPOを打ったということでは、検査に陽性にならない程度の量のコーヒーを飲んだのと変わらないではないか、という論理でしょうか?

むろん、コーヒーとEPOを同列にあつかうのはムチャですが、では、コーヒーは何杯までなら飲んでもいいのか?

この伏線として、昔聞いた話で、レース1週間前からコーヒーを飲まず、レース直前に濃いのを一杯ぐっと飲むと、あきらかに違う、という話がありました。これって確かにただのコーヒー一杯ですからドーピングになんかなりませんが、コーヒーを飲む理由が美味しいからではなく、あきらかにレースでの能力向上を目的としているわけでしょう? このメンタリティはドーピングですよね?

美味しいから飲むコーヒーと、能力向上を目指すために飲むコーヒー。これを選手個人の持つ倫理意識に任せるのはちょっと酷ではないかと。。。

前回書いたように、選手が勝ちたいと思う気持ちは純粋なものです。これを非難なんかできない。ルールさえ犯さなければ、メンタリティはドーピングでも、一杯のコーヒーに目くじら立てるものでもないだろう、とは思うけどね。僕らのころのホビーレースではレース前に「救心」を何粒だか飲むなんていうのがあったそうですし、咳止め薬は効く、という話も聞いたことがあります。

ホビーレースやドーピングチェックのないようなクラスなら児戯のレベルだから良い、要は程度問題だ、と言ってしまうわけにはいかないと思うんですよね。

この項、さらに続く。

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ドーピングはなぜ駄目なのか? (その3) へ


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アンコウ
mokoさん、

初めまして。コメントありがとうございました。まさにそういうことなんです、僕の言いたいのは。絶対反対だけど、その論拠をはっきりさせることが今ひとつできないっていう感じ。

むろん僕らは、mokoさんがおっしゃる通り、薬オッケーになったらスポーツじゃなくなると漠然とでも感じていることが大切なのでしょう。

まあ、今回の記事なんか、選手の方が読んだら、何馬鹿なこと言ってるんだ!って一括されちゃうかもしれませんが。。。
2013.08.17 19:42
moko
いつも興味深く拝見させて頂いてます。突然のコメント失礼します。
メンタリティはドーピング、という言葉で音楽にもドーピング効果があるという話をなんだか思い出しました。
「ルールさえ犯さなければ、メンタリティはドーピングでも、一杯のコーヒーに目くじら立てるものでもないだろう」というような感覚は私もあって、当たり前ですけどアスリートが音楽で気持ちを高めることに否定的な思いは感じません。
アンコウ様の話を読んでいるうちに、究極的にはドーピングを批判する完全な理屈というのは無いんじゃないかと思えてきました。

>彼らのような「優秀な」医者の管理のもとで、健康に悪影響を及ぼさないように
>緻密に薬を使っていけば、選手の健康被害は防げるではないか。

もし本当にカンペキにできるとするなら、これに対抗する理屈はないような気がしてなりません。
ただしかしこれは色んな面で現実的ではない、というだけで。
ドーピングを批判する明確な理論を求めていらっしゃるのにこんな意見ですみません…

誤解されそうな書き方をしてしまったかもしれませんが、一スポーツファンとしてやはり選手の健康を害する恐れの大きいドーピングというのはどうしても嫌悪感を感じてしまうので私も絶対反対派です。
クスリ等が何でもアリになりましたらスポーツではなくなるような感じがします。

なんだか反射的にコメントしてしまい的外れなことを言ってましたら申し訳ありません。
これからも更新楽しみにしています。
2013.08.17 18:11

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アンコウ

アンコウ
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あんけ・たつや。欧州ロードレースに興味を持ってすでに30年以上。主にドイツ人選手を応援。特に青田刈りにいそしむ。歳にも関わらず、あらゆる点ですごいミーハー。そのほか好きなものは、読書、音楽はバッハと友川カズキ、北方ルネサンス絵画、映画、阪神タイガース(村山、江夏以来ですが、強すぎないこと希望、弱すぎはもっと困るが)。北欧の社会民主主義に対する憧れ強し。家族構成は連れ合いと娘三人。

* 時々コメントが迷惑コメントとしてゴミ箱に入れられることがあるようです。承認待ちが表示されない場合は、ご面倒でも書き直しをお願いします。2017年8月3日記す(22年3月2日更新)

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