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グライペルのブログから、教科書通りのリードアウト

2013.07.05.09:42

一昨日はオメガファーマのトレインが完璧なリードアウトでしたが、昨日はオメガファーマがトレインを作れず、ロットが教科書通り。アルゴスは3キロ前からトレインができたけど、ちょっと早すぎで、1キロ手前でフェーレルスだけになってしまいました。うーん、素人考えですが、やっぱり去年までのように、フレーリンガーがトレインをまとめたほうが良いような気がしますがねぇ。

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昨日はすべてが少し混乱気味だったけど、今日はチームは特徴を出し、何ができるかを見せてくれたね。ユルヘン【ファン・デン・ブルック】が今日スタートできないことになったから、僕らは新たな目標を設定して、このステージに100%フォーカスしたんだ。ゴール2キロ前で安全ベルトの用意を告げるランプがついて、列車はつっぱしりだした。これは凄かったね。みんなに感謝だ!
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一方rsnのペテル・ヴェリッツのレース日記ではカヴェンディッシュは落車とその後の集団復帰のための追走のせいで、今ひとつ乗り切れなかったと言ってますね。だけど、カヴ自身はインタビューで落車は言い訳にはならないと言ってます。

それはともかく、ヘンなステージでした。スタートアタックで一人逃げたようですが、その後吸収されたらあとは130キロ以上逃げがなし。昔のイノーが全盛時代には、イノーがひと言、きょうはアタックなしのステージだ、と言うと、そのまま誰もアタックしないで終わったそうですけどね。


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comment

arturo
なるほど了解しました。
 んじゃ、その時を待つ事にします。
 でもルーヴェ、マペイ3人組ゴールの件は奇遇!?にも以前投稿ネタにした記憶がありますが、、、。
  スポンサーの件の時じゃないかなぁ?。確か、86年、イノーとレモンの絡みの時の関連ネタだったような。
  まあ、スポンサーの力は絶対、と言う趣旨の話だったような、、、、。なぜスプリントをやらなかったのか?かつ、それが結果ヒンシュクを買った話、、、。
2013.08.10 18:37
アンコウ
見てない。

415キロ走るのは勘弁だなあ。よくよく考えてみれば、学生時代の卓球同好会の合宿で10キロぐらい走らされたのが最長の距離だわ。
2013.08.09 20:59
アンコウ
うん、調べると1996年のことみたい。ミュセウ、ボルトラミ、タフィだね。3人一緒にルーベのベロドロームに戻ってきたんじゃなかったっけ?


ドーピングについては前からずっと思うところがあると思わせぶりなことを言っていながら、いまひとつきちんと記事にできないんだけど、近々書いてみるからね 笑)
2013.08.09 20:55
CYPRESS
2012年10月13日(土)、NHK総合で放送した『激走!日本アルプス大縦断』をご覧になりましたかな?
全長415㎞を走る驚異のマラソン。
富山から静岡まで二本足で走るステージレース。
北、中央、南の日本アルプスを越える!
標高3,000m越えでツールやジロ、ヴエルタの峠より高い!
創世記のツールやジロを思い出させるエピソードばかり。

NHKのHP→ http://www.nhk.or.jp/special/detail/2012/1013/
主催者TJAR(Trans JapanAlps Race)のHP→ http://www.tjar.jp/

DVD売ってます。
2013.08.09 12:30
arturo
戻ってこられましたか?!。
 でも本題!?からすると、マペイのルーヴェ表彰台独占、と言うのは実際にあったような気はします。(かなり重箱な話題!?)
2013.08.08 18:42
アンコウ
Arturo さん、

ごめんごめん、90年代はマペイじゃないわ。ゲヴィスだ。なんかこのあたりの時代の記憶が最近やや白濁しつつあります 笑)

91年のPDMはその少し前にPDMの選手が、今になってみれば明らかにEPOのドーピングで死んでいるんですよね。寝てる間に心臓が止まってしまったというやつ。それでもチームぐるみでやったというわけでしょう? 今になってみれば、恐ろしい話です。

僕もこれから家族旅行ゆえ、1週間ほど音信不通になります 笑)
2013.07.30 12:40
arturo
勿論です。
 人間性とプロ意識は別物、と言う事て。
 以前にも書きましたが、僕がアンクティルに憧れる要因が逆説的にそこにあります。(あえて内容の重複は省略しようと思います。)
 核兵器発明した人物が悪い、と言うのは簡単だけど、これも需要がなかったら、そもそも開発しなかった!?。(これもイタチごっこ路線!?)
 悪いのは選手ではなく、早い話、”業界”ですよね。(こっちに話のコマをすすめるといつかの”サグラダファミリア”路線に転嫁のリスク高しで、この辺で省略。)でも、これもやっぱ、いつか書いた記憶がありますけど、デローザで聞いた話。「残念ながら、この業界は、清掃の行き届いたキレイな業界とは言い難い、、、、、。」の話、、、
 マペイ概要に強かった、と言うのは、2000年頃の話で、「うちのチームが(あれだけ大資本の大チームでありながら、、、)今一歩勝てないのはヤクに手を出していないからだ。」と言うコメントが以前あったような、かつ逆にそれが印象に残っています。
 異様に強かった、という点では、94年のゲーウィスが印象に残っています。シーズン初めから、かっとばしていたイメージ、ベルズィンが竿の頂点に来ますが、、(ツールでもウグルモフがいたしで、、)で、当時監督だったボンビーニは資格停止、永久追放!?状態みたいですが、、(最新の知識がありません。)その後、皆(に近い)、”短命”なんですよね。
 それと91年ツールのPDMの集団リタイア事件が印象に残っていますね。(新しいヤクを投入しようとしたら、取説を読み間違った!?収拾つかないからやめて帰ろうぜ状態!?)

そう言えば、この後しばらくリアクション投稿、ペースが落ちるかも知れません、、、。(密かに100回投稿、久しぶりに狙っていたんだけどなぁ、、、笑)
2013.07.30 02:50
アンコウ
Arturo さん、

なんとなくなんだけど、1990年代にマペイが不自然に強かったことがあったじゃない? パリ〜ルーベの表彰台独占とか、他にも独占したのあったよね? フレッシュ・ヴァロンヌだっけ? あれでもうほとんどの選手がドーピングに走ったんじゃないのかな?それまでもたくさんいたんだろうけどね。

ちょうど冷戦時代の軍拡競争みたいなもので、相手が核ミサイル10機配備するなら、こっちは15機だ。ならこっちは20機だ、って。もうこうなると後戻りできないよね。

当時の選手たちに罪悪感がなさそうに見えるのも、相手もやってたし、そうしなければプロ選手として生き残れなかったという厳然たる事実があったんだろうね。それでも薬に手を出さなかった選手もいたとは思うけど。

だからここで軍縮がはじまったわけで、みんなで核ミサイルはすべて解体しよう、核ミサイルを持っている国は国際的に孤立するぞ、ってはっきりさせて、同時にあの時代の愚かさを知らしめる必要はあると思う。

ただ、薬をしていた選手が人格的に問題があったわけではないだろうし、スポーツ選手と人間性は別物だからね。このあたりははっきりと意識しておかなくちゃ、ただのリンチになっちゃうんじゃないのかな。
2013.07.29 22:37
arturo
そうですね。
  いけない事だからやめよう、と言っても誰かが抜けがけ的にやってしまえば、結局は皆がやる、という展開になって行く事に変わりないですしね。(それで皆がやる、がもはや慢性化していた、、、!?) 結局誰が一番喜ぶかと言うと、まあ、ドーピングの指南屋が一番儲かる、カネが流れる、という図式、そんな感じですかね!?。まあそっち側の言い分は「需要があったからやっただけだ。」となる!?。(こっちに押し付けるな!?状態!?。
 やれやれ、イタチごっこだな!?。
2013.07.29 03:02
アンコウ
Arturo さん、

ぼくが期待しているのは、こういう風に話題になることで、薬に頼って能力を向上させたり、疲労を回復させることは不正なのだ、という意見をみんなが共有することですね。

オーストリアではアンチ・ドーピングに基づいたスクールモデルがあって、小学校(?)からこれは駄目なんだと徹底して教え始めているそうです。

泥棒はいけないことだってのは誰だって知ってるし、ほとんどの人は泥棒しない。でもする人もいる。たいていはバレて捕まるけど、まんまと逃げ切る人もいるでしょう。ごくまれには、してないのに逮捕されて有罪になっちゃう人もいるかもしれません。しょうがないね、なんていうつもりはないですけどね。
2013.07.26 08:56
arturo
確かに、”良く解らない”と言うのは同感ですね。
 まあ、15年も(いつの間にか)経っていると、流石に現代の選手とダブりがない、と言う事になるので、まあ、“時効”が成立する、と言う事でしょうか?。
 ここに来て、ヤンが告知したのは、或いはランスの”援護”が目的か!?みたいに書いた記憶がありますが、その背景に、「取り消しにするなら、全部取り消せ。」と言うメッセージを送ったのか!?等とも思ったのも書いた記憶がありますが、仮にそうだとしたら、”時効”の設定は、それに対する回答!?。う~む、良く解らない。

 いずれにしても、テレビにて、(於、ニュース)偉い肩書きのある、先生(ドクター)のコメントなんかでも、「体内に一切痕跡を残さない方法がある。」「よって、完全なドーピングの撲滅は事実上、限りなく不可能に近い。」と言う事なので、今用いられている(であろう)方法も、いつか未来において、想像を絶する方法で検出されれば、クロを暴く事も出来る!?。しかし、その頃は又違った方法が開発され、、、やれやれ、これはイタチごっこだなぁ、、、。
2013.07.26 01:33
アンコウ
Arturo さん、

うん、よくわかりませんね。1998年の再検査でEPOが検出されても、それによってタイトルを剥奪することはないと言われているようですしね。

個人的にはスチュワート・オグレディまで。。。というのはちょっとショックですわ。
2013.07.25 22:29
arturo
ヤンも自白しているしで、自白だけでは、”有罪”に出来ない、という事なのか?!。しかしリースの場合は一回締め出しもやっているしで、どうも、腑に落ちないと言うかスッキリしないですね。
 ランスの大ウソの時は、逆に本人が自白していないので、逆に、これも有罪にしなかった経緯があり、どちらもランプが全て点灯しないとゴーサインが出せない、と言う事でしょうか、、。
 でも、総点検したら、それこそ、、、なのは全く同感です。前にも書きましたが、パルマレーの名前、歯が抜け落ちた状態になる。
 反面、パンターニの再検査については、これは個人的には反対ですね。なんか日頃の言い分と矛盾するみたいですが、、、。まあ、そこを強行したとすれば、まあ言うなれば、武士の情けを知らぬ奴だ、状態になる!?。
 でも、最後に、シャンゼリーぜ、ドイツ人の区間4勝目良かったですね。
  それと当たり前ですが、シャンゼリーぜ表彰式、過去のツール5勝選手3人が顔を揃えましたが、当然ながらランスは居なかったですね。ここでも過去の人物だなあと、ビジュアル実感した次第。
2013.07.22 05:41
アンコウ
リースは今のところそのままですね。本人が自白しているにもかかわらず。まあ、自白だけでは取り消しにならないんでしょう。アームストロングの場合は先にUSADAの決定があったからなのかな? ただね、どこまでさかのぼるかでしょう。98年のパンターニは尿が残っているそうで、検査できるらしいですが、遺族がそれに反対しているという記事を、少し前に、見出しだけ読んだ記憶がありますね。でも、そうなると97年のウルリッヒも、あるいはもっとさかのぼってインドゥラインも取り消しの可能性はどうなんでしょう。もっと前のレモンになると、EPO以前の時代なので一緒にできないような気がするけど。。。ただ、ツールだけでなく、世界戦やその他のレースも含めて、EPO時代を総点検しなおしたら、ほとんど消えちゃうかもね。
2013.07.21 21:19
arturo
なるほど、現代では、そうかもしれないですね。(でもイタリア系のチーム、大小ありますが、全部全てそうかなあ、、、?と言う気はします。特に小の方。まあ、こっちは未だウラが取れる機会があるかとも思いますが、、、。まあ、”殆どのチーム”(100%じゃあない)と言う話なので、あってもなくても、、、な話ではあります。)
  でも、インドゥラインは優勝賞金を皆、メンバーに配ってしまって、自分は殆ど何も取らないような話を聞いた記憶がありますから、(勿論、ウラが取れる訳じゃあないですが、、、。)彼の時代でもそうかも知れない位に思ってしまいました。でも、もう僕が足を洗ってから、10年レベルですので、僕の知識も流石に時代遅れになって来た、その可能性はあるかも知れません。でも、公平分配式の方が時代に合致している感じはしますね。
  昨日もFRNCEーTVでは、”スカイの強さの秘密”、みたいなコーナーで、各種ミニドキュメントを流していた。で、ここまでやるかー!と思ったりして、流石に時代は違うなあ~(先の電車トレーニングの件じゃあないですが、、、)等と思ったところでした。1例で行くと、コースの下見がハンパじゃなあく、一回クルマで走る、程度じゃなあなく、(ここでは選手ではなく、スタッフの話)コースを徹底的に調べて、かつビジュアル(ビデオ)化、そして、危険ポイントなど全て、データファイル化して、走っている選手にその手前で、全て無線で教える。(選手は超的確な情報を得る事が出来る。)
 パンターニがテレビの司会者に聞かれ(今日のTTのコースは下見してましたか?)に「午前、早い段階で、クルマで一回走ってみた。」と答えていたのは、昔の話か!?。
 そう言えば先に書いたジャラベールの件、代打で、ヴァッスーが出ていました。でも、フィニョンと見比べると、代打と言うのもあるにせよ、全く比較にならないですね。と言うより、居るのか居ないか解らない、と言った方が良い。
 それともう一点気が付いたのは、昨日やはり、別のコーナーで、過去優勝者100人と言うモーリスガランから紹介していました。(流石に速攻でやっても、数が多いので、10分位掛かる?!)で、案の定、ア-ムストロングは削除(この間、扱いはなく、事実上空位と言う扱いと言う事になる)、2010年は取り消しを受けて、勝者はシュレックと言う扱いでした。解せないのは、96年のリースは勝者で登場していました。どうなってんの?。
  
2013.07.21 19:49
アンコウ
賞金ですが、以前スカパーの栗村氏の解説のなかで、現在ではほとんどのチームが、賞金は誰が獲得しようと、すべて一旦チームでプールして、シーズン後にみんなで均等に(?と言ったような気がするけど、記憶はあやふや)分けると言っていました。さすがにもう21世紀の時代ですから、たぶんヒタチのクリケリオンがやっていたような個別に与えるっていうようなやり方はしてないでしょう。ただ、そういうシステムができてきたのは、やっぱりアシストの役割が異常に(あえてこの言葉を使いますが)システマチックになった90年代以降じゃないのかなぁ? 象徴としてレモンがアメリカンなやり方を導入したとか。。。 ただ、これも国によって差はあるんでしょうけど。
2013.07.21 12:44
arturo
契約の件は、先にも書きましたが、いささかウラを取りづらい状況にあるので、いい加減な事を知った顔をして言う訳にはいかないと思われます。
 ただ、コッピの時代よりは契約に関しても、ブラマンクの時代はもっとシステマティックになっている気はします。(但し想像に過ぎない)かつ、モーリの時代は、先に書いたケースに従うと、例によってあくまで、契約はランプレとの交渉(の相手はサロンニ)になり、ペタッキではない。
 賞金に関しては、全くその通りだと思い、これは金銭にまつわる事であっても、契約とは、別問題と思われます。(そもそも、優勝賞金なりは、スポンサー、チームに支給されるものではなく、当該選手対象に支給されるものと思わます。)以前、フィ二ョンのヘリコプター事件の時にも書いた記憶がありますが、あの場合は、意外にも、フィ二ョン本人より、アシスト(この例にではバルトー)の方がショックが大きい、と言う話。(手取りが一気に半分状態!?。それも勝負に敗れたまらわかるが、89年の8秒みたいに。しかしあの時は殆どイカサマ状態!?だったので。)エースが配る。という点では、恐らく、現代でも殆ど変わらないと想像します。、
2013.07.20 18:20
アンコウ
うん、5両編成とか6両編成の列車は前回で多様にチポッリーニあたりが最初なんでしょう。20世紀末かな。これだと調べることができるかもしれませんね。

契約の話は、コッピの時代だと世界戦に連れて行くアシストは完璧に個人契約だったと聞いています。よく知られているのはボベのベジエの契約だっけ? 俺が勝ったら賞金は山分けするっていう約束がアシスト契約の転機になったという説ですけど、これもひょっとしたら有名選手のエピソードとして典型例として伝わっているので、実際はどうなのかは ?? でしょうけど。

それから、市川選手から直接聞いた話では、当時のベルギーヒタチでは、クリケリオンが優勝すると、出場した選手にそれぞれ、おまえはあのときあんなアシストしたからこれだけ、おまえはあのときこんなアシストしたからこれだけ、と、文字通りエースがかってにアシストに金銭を配っていたそうです。1980年代後半でも、この程度のアバウトさだったんでしょうね。
2013.07.19 14:38
arturo
いやいや、一寸ニュアンスが極端に伝わりすぎた感があります。
 ボンテンピの件は先に書いたとおり、たった一人でやっていた訳じゃあない訳で、まあ、補足した言い方をするなら、両方の時代にまたがっていた位に解釈すべきかと思われます。
 チッポリーニと時代が僅かにかぶっているわけだし、未だ6人列車の時代には重なっていない、位に解釈した方が適当かと、、、。
  ドブラミンクについても同様で、スプリント列車専属のみ要員が居たと考えるのも早計かと、、、。又、彼の言う二人居た、と言うのも、二人専属でいた、というニュアンスに解釈するより、二人は記憶している、(実は3人居たかもしれない)と言う程度に解釈すべきと思われます。少なくとも「二人しか居ない」、と言う限定した物言いはしていない。
 いつか巨人の重量打線の話に例えた事を投稿した記憶がありますが、この時代は器用に各種アシストをこなせる選手がより有用だったのでは?とも思えます。先に書いた兄貴モーリみたいに、(電車が俺の仕事だ。」みたいな専業家したニュアンスではなく。後述のチームメンバー数の件と絡めても、、、。
 でも質問されるなら、キチンと名前を記憶しておくべきでした。確かに名前があれば、この御時世、ネットクリック、と言う手がある訳で、反面、うろ覚えのいい加減な名前を言うと、逆にネットクリックしても見つかりませんでした。というリスクもあった計算ですが、、、。いずれにしても、アンコウ様は逆に、僕が当該場所を今離れている、と言うのがウラを取れる計算ですが、と言う訳で、実際にウラを取れたして、実際の投稿は忘れた頃の投稿になるおそれはありますが、又機会があったら、キチンと名前を聞いてみようかとも思います。
 いずれにしても、電車台数の件に関しては、ドブラマンクのアシストは個人契約か?みたいな話もありましたが、(多分ないと思うけど、そこまで行くとキチンとウラを取るのは困難!?。例の彼は当時、マニフレックスに居た訳でチームメイトでもなんでもないしで!?。)電車台数増加に関連して、着目しないといけないと思うのは、あの時代は当時のチームのプロマイド、ポスターを見ると実感しますが、後世の1チーム、メンバー、選手総数25人とかいうのと違って、1チームはまあ、多くても、15人程度。すると仮にこの時代に、9人列車のチームを作ったら、レースによっては選手が揃わない!?奇形児チーム!?が出来てしまう!?。列車要員、多くて2、3人、と言うのは時代背景としてある意味当然かと、、、。
 85年位のBC誌に、当時来日したメルクスのインタビュー記事がありましたが、その中で、ツールなどレース参加チームを組む時に、スプリント系の選手ヒルクライマー系、そして高速巡航型の選手をそれぞれ配分してチームを編成します。」調の説明記事があった記憶があります。

 いつか、スイスのテレビの質問に答えて、サロンニが、彼の時代に、なぜツール参加(イタリア系チーム)が少なかったのか?の説明に、この人数の違いを要因の一つ(あくまで一つ)に上げていました。イタリア系のチームはスポンサーの意向から、ジロには手を抜けない、するとツールにまで回せる選手が居ない(やりくりが大変)、するとツールはパスせざるを得ない、、、。的な。
2013.07.19 05:08
アンコウ
Arturo さん、

どうもありがとうございます。例によって貴重な話です。

デ・フラミンクのアシストって誰だったの? そのスプリント限定アシストって、どういう契約だったんだろう?まさかデ・フラミンクと個人契約? それともチームからの指示だったんだろうか?

ぼくが初めてスプリントの列車を見たのはNHKの衛星放送の89年だったと思う。ボンテンピのカレラだった。メヒラーともう一人が前で引いてて、スプリントのアシストってこうやるんだと、びっくりした覚えがある。だからボンテンピがひとりでやってたというのはもう少し前の話なのかな? たぶんチームの構成とか監督の指示とかいろいろあったんだろうけどね。
2013.07.18 19:25
arturo
電車の件、(もう終わっている!?)余談追加があったので追加します。
先日、偶然(バッタリに近い)いつかI川先生の件とかで過去登場した、例のTという人物に又会いました。
 久しぶりのついでに、電車の話題を出してみると、さすが良くしたもんで、ドブラミンクと現役時代に同時代性があるだけあって、先のメカニックと違い、彼の場合は即座に「ブラーミンクには、スプリント要因のアシストが二人居た。」と名前まで上げていました。(僕が即座に名前は忘れましたが、少なくとも一人はイタリア人。)かつ、”本題”の電車については、やはり、どういう定義づけをするかによる、と言うのは同じようです。
 「言うまでないが、あの頃と現代とでは、全然スプリントが違うだろう、だいたい今はあんなに大量の車両で引っ張って、ゴール200m前まではアシストが持っていくだろ。しかしあの頃はアシストが持っていくのは、良いとこ、ゴール前1kmまでだ。後はてんでにスプリントしていた。」(いつかのネイダムの話じゃあないですが、、、。)この彼の話に従った場合、古い映像を見た歳に、それが1kmを切った物であれば、あたかもアシストなしで、1人でスプリントをやっているように見える!?。
 それから「そうだな、ボンテンピは未だひとりで(スプリント)やっていたな。(勿論全くたった一人と言う意味ではない、という前提)。やっぱ現代のそれのベースはチッポリーニ(の時代)からかな。、(いつかの競輪選手の友人じゃあないですが、、、)かな!?」勿論、「サロンニも使っていたな。勿論数人レベルだがな、、、。」(サロンニの時代は、彼より少し後になる、、。)
  とまあ、そんな感じでした。
2013.07.18 18:22
アンコウ
映像で見る限り、ベハイトはファン・ローイの真後ろについていますからね。アシストするつもりなんかなかったんじゃないの?あるいはアシストするつもりだったけど、ついスプリンターの血が騒いで、後先のことを考えずにまくっちゃった?? でもやっぱり後ろでファン・ローイマークで、スプリントが始まるや、くっついていって追い抜いたわけだから、これは意図的でしょうね。ゴール後に手を挙げて勝利をアピールしているし。

1988年のフォンドリエスとが優勝する、というか、クリケリオンがこけるやつもYouTubeにあるはずですよ。
2013.07.16 12:34
CYPRESS
どうも遅くなりました。
イーストウッドの『ミスティック・リバー』を観てたもんで…

観ましたYou tube.
ん~、どうなんでしょうね。
やはり大将が落車したらいかんと思って押したのかなぁ。
それよりもなんであんなにスピード上げたんでしょう?
他の国の奴に勝たれるより、恐れながら自分が勝った方がまだいいと思ったのか?

このYou tubeでも"Beheyt"を「べハイト」と発音してますね。

この1963年の世界選の開催地が、例のバウワーがクリケリヨンを落車させた時と同じくレネクス(Renaix)なんですね。
2013.07.15 23:30
アンコウ
映像で見る限り、これはファン・ローイが斜行してきたので手で押したんでしょうね。引っ張ったわけではなさそうです。いつかのヘント・ヴェフェルヘムのアブドゥヤパロフがチポッリーニを引っ張ったようなケースなら失格だろうけど。

一応ドイツの世界選手権の歴史という本で見ると、インタビューではベハイトは「寄せられて落車しそうになったので、仕方なく手が出た」と言ってますね。いずれにしても、地元選手が優勝したにもかかわらず、表彰式ではブーイングの嵐だったようです。

それから、このベハイトと、ビデオではファン・ローイが発射する直前に先頭にいるデスメット(デメ)の二人は、レース中に逃げた選手を追走する役割を、足が痛いというそぶりによって拒否したようです。だから、デスメットも結果的にはファン・ローイのカタパルトみたいだけど、この話が本当なら、アシストではなかったのかもしれません。

Arturoさんのおっしゃる通り、ベハイトは3年後(26歳)には引退してますが、でもパリ〜ルーベやロンデ・ファン・フラーンデレンで2位になっているので、やっぱり強かったんでしょう。先に書いたロッティアスの本では現在(1980年頃)自転車屋をやっている写真が載っていました。
2013.07.15 22:32
arturo
又しても、横槍乱入ですが、腕を押した件は、大昔のニューサイの沼さんの記載によれば(”あ、メルックス”だっけ!?記憶がもはや曖昧、、、)、腕を掴んで優勝した、となっていて、それが災いしてヒンシュクを買い、結果、選手としてはその後大成せず、2X歳(数字忘れました。)で引退した。となっていました。
2013.07.15 16:27
アンコウ
CYPRESSさん、

ベノニ・ベハイト(Forvoによるとこんな読み方)は、あれは押そうとしたんだ? ゴールシーンの写真ではゴール前から並んだ二人のうちベハイトは右手を離しているんですよね。

ロッティアスという人が戦後の世界チャンピオンにインタビューした古い本があって、そのなかにベハイトも出てくるんだけど、そこまではっきり書いてなかった。

ただ、表彰台の写真は有名ですね。優勝のベハイトも2位のデ・ローイも、後ろに移っている観客たちも、だれも笑っていないっていう奴。なにしろリック二世ことデ・ローイが地元で三回目の世界チャンピオンになるはずだったわけだからねぇ。

と思ったらほら、YouTubeにありますよ。イタリア語だわ。最後、こりゃあアシストなんかしてませんよ。後ろからデ・ローイをまくっちゃってるもん。ただ、ゴール直前でデ・ローイを押そうとしたのかなぁ??右手をハンドルから離して、よくわからない動きをしてますが、そのままゴール後は右手を挙げてますね。

http://www.youtube.com/watch?v=JMvm1Y0-W6Y
2013.07.15 12:40
CYPRESS
まぁ、こんな具合に調べて書いて頂けるとありがたい(笑)。

またしても確認出来ないんですが、ラースかケリーのインタビューだったと思いますが、スプリント賞を狙うのはチームとしてはかなりしんどいらしい。
全区間で中間スプリント地点が有るんで、テキトーに流せる区間が無く、
ある意味、総合優勝より疲れると言ってました。

集団の中のパトロンと言えば、1960年代のファン・ローイ。
1963年の世界戦。
集団スプリントになり大将のファン・ローイを勝たせようとして、
ベイト(Beheyt→発音何だ?)がファン・ローイをゴール前で押したら自分が先にゴールラインを切っちゃったなんて事もありましたなぁ。
2013.07.14 23:02
arturo
勿論、これは同感です。
 いつかの無線禁止の是否の件じゃないですが、まあ”そういう観点”で見れば面白いのでしょうが、電車対電車と昔のメルテンスのスプリント、と言われば、それは後者の方が面白いです。少なくとも、僕は。
 随分前、(やはりかつて書いたような記憶がありますが、、、。)まあ、20年くらい前、競輪選手だった友人が「今回初めてチッポリーニのスプリント(の映像)見たけど、あんなのスプリントじゃねえ。なんだよ、最後までアシストに引いてもらってよ。本当のうスプリントとはマルテンスのようなものでなければならない。」と言っていた話を。
  自転車レースの見所も各種あると思いますが、確かに、仮に順位を付けたら、個人的には、(現代の)スプリントは、相対的に関心が低い方になります。(以前投稿しましたよね!?個人的に一番好きなのは個人TT。)
 勿論、全面否定じゃないですよ。いつか書いたキオッチョりーに対するチッポリーニのコメントとか、ああいうのを聞くとなるほどなぁ、と感動しますから。或いは電車とは言えないけどベニドルムの世界選で、ブーニョを最後に勝たせるために、最後の最後で引いた男の話なんかも好きですね。そう言えば、この男、どこかで見かけた時に、「どこかで見た事のある男だな。ひょっとして、元プロ選手しかも、ひょっとして、ベニドルムの影の世界チャンピオンじゃないのか?。」と声を掛けたら、あまり話などしたことないのに、妙にニヤニヤしていました。(この時点でとっくに引退している。)
2013.07.14 21:16
アンコウ
ただねぇ。僕はやっぱり先の88年のボルドーゴールのステージみたいに、ゴール前になると逃げる奴が出てくるほうが楽しかったという印象があるけどねぇ。。。89年のNHKの衛星で見たイェル・ネイダムの無茶苦茶な長距離アタック。あれって500メートル以上だったよねぇ。あのときの放送を見た人には、ネイダムの名前は忘れられないんじゃないかなぁ。でも今のトレインじゃあ逃げ出せないよね。
2013.07.14 20:46
arturo
まあ、そういう事なんですよね。
  先のメカニックの話ではありませんが、何を以て、電車と言うのか?という定義付けの話になるのでは?と思います。
 ひとつ言えるのは、ある日ポッと出現したものではない?!と言えるのでは?。起源を遡れば、それなりにちゃんと必然はある、となる!?。

 或いは、8X年にOYチームが、それまでの概念を覆す、ついに4両目の車両を用いた”電車”を出現させた(それまでは最高3両!)!。この出現を持って、”電車”の起源、及び定義とする。としたとしても、それは果たして、意味をなすのか?!という議論になると、まあ、そんな論点を書いたつもりでいましたから、、、。
2013.07.14 15:52
アンコウ
昔のスプリントゴールの写真で、後ろでアシストをしたと思われる選手が万歳しているのを見たことがあります。70年代ごろだと思うんだけど。だからスプリントの発射台代わりのアシストは昔からいたんだろうと思います。デ・フラミンクの時代にもあったというのは、なんとなく納得できる話です。ただ、列車となると、一人のアシストでは列車とは言えないでしょうね。以前紹介した1980年の世界戦でもバロンケリがサロンニのアシストをしてましたけどねぇ。
2013.07.13 22:47
arturo
おっと、又出ました。今回は「不正な投稿と判断されました。」です。
 しかし、先の経験から用心深くなっていたので、予めウラを取ったら、案の定既に掲載されていました。二度やりを未然に回避!?。
 しかしかなり嫌われていますね。(笑)
2013.07.13 21:51
arturo
イヤイヤ、69年、結果はズッコケのようです。話を最初に聞いたときはてっきり73年かと思った位で、、。後にRCSでジロのオーガナイザーのメンバーになる男のアシストでもしたのか?と思ったくらいですが、結局、もうその後、もう僕にはウラを取る機会は訪れなかったです。でも、あの日顛末は、全く結果はない。(入賞は無し、)と言うのはアクセルの時点で聞いた覚えがあります。天下のメルクスがアシストに回ったんだから、勝って当然だろ、と行きたいところですが、、、。でもとにかく、この件は、(笑)マークネタと言う事でお願いします。
  前にも書いたか!?当該本の存在は、S田ジャーナリストのサイトで知りましたが、このとおり、実物は読んでいません。
  でも、ヤク使用は、あの通り、シロだ、シロだ。と言い張っていた訳だから、やっぱリーダー!?(吐いた後は、態度が一転する、と言うのは、これもリーダー!?)

  それと、団抜きは6人じゃなく9人フルスペックだったような曖昧な記憶があります。(勿論、7人かもしれないし8人かもしれない、となるわけですが、、、)チームTTと言うより、チームスプリント!?
  後、アブドゥの件は、多少は言葉のあやで、「今年の私のチームはサエコやテレコムと見比べると、コマ不足の感は否めない。」と言うのが真意だろうと想像します。(つまりは概念はある。)実際移籍したは良いが、コマを揃えないとスプリントはこのとおり出来ないですからね。
  よく話に出す、ここでは兄貴モーリですが、彼の場合も、現役後半続行した要因の一つが、例えばペタッキとかに”指名”されたとか言うそんなケースがあったりしました。(例えばペタッキなりを移籍で獲得する場合、スプリント電車の上手い奴も同様に獲得するのが移籍にあたっての事実上の条件、みたいな。)モーリなんかも「それが(スプリントで電車をやる)オレの仕事だ。」みたいな物言いしてましたが、、、。
2013.07.13 21:46
アンコウ
Arturo さん、

お疲れです。アームストロングの件は、まあ、当時の薬だらけのプロトンの意志を代弁するという意味ではやっぱりパトロンだったかも 笑) ハミルトンのシークレット・レースは読みました? いろんな意味でむちゃくちゃおもしろいよ。

そのミニドキュメンタリーはアルゴスのやつ? そう、団抜きそのものですよ。しかも人数が4人じゃなく6人ぐらいいるんだからね。それが残り2キロぐらいから全力で引くんだもん。もう誰もアタックなんかできません。先に書いた1988年ごろは、ゴール前でアタックする奴いたもんね。まあ、少し暇になったらYouTubeでいろいろ探してみましょう。ただ、96年時点でアブドヤパロフが自分のチームの列車不足を言っていたとなると、その当たりなのかなぁ。アブドゥが出てきたときのスプリントは列車があったような印象はないけどね。なにしろあの斜行スプリントは度肝を抜かれましたけどね。

メルクスの69年のパリ・ツールは誰をアシストしたんだろう? ファエマの時代だよね? ファエマの選手ベスト10に入ってないよ。スプリントトレインのアシストじゃないんじゃない?
2013.07.13 20:01
arturo
電車追加蛇足としまして、(かなり脱線)メルクスはクラッシックの中で、パリツールのみを逃したのは、アンコウ様なら、ご存知でしょうが、いつか、この件を息子アクセルとした時に、「何年だっかは知らないが、オヤジは一回、その時勝つ気があれば獲れるチャンスがあった事はあった。しかし、その時はアシストに回って、逃している。」と言う事で、後日親父メルクスに「息子がそう言ってたぞ。」と訪ねたら、「それは69年だ。」と帰ってきました。
  まあ、パリツールと言う事で、それがゴールスプリント(最後まで残っていて、アシストに回ったなら、、、)なら、既に電車もどき!?。
  又ユーチューブなりで映像を探して下さい。お願いします。(笑)
2013.07.13 19:14
arturo
アンコウ様。
  気を取り直しての、投稿し直しですが、今回は先の反省から!?先にワードパットで書いてみます。(笑。これなら仮に嫌われても、原稿は”温存”されている!?)
  ”言葉の意味でのパトロン”、これはもう全く同感です。
  FR-Tvの言うパトロンと言うのは単に支配者的なニュアンスでなく、プロトンの声を代弁出来るような資質も併せ持った人物と言う事でしょう。
  78年のストライキ事件の時もてんでに騒ぐのではなく、「オマエが代弁しろ。」が出来たのがイノーだった訳で、その点では”資質”があったのかとも、思います。そう言えば98年の騒動の時も、ストライキのスポークスマンはあの時はリースでしたね、、、。JMルブランとの交渉。
 その点でもランスはちと目に余る、と言うのが僕のイメージです。(あたかも良いとこ取り!?)
 以前書いた気がしますが、シメオーニは見ていて可愛そうでしたね。(どこにチームにも所属出来ない状態を味わったしで、、、)
 いつかのレキップの”ランスの大ウソ”の時だったか、ロンバルディアのスタート地点だったのか、もう記憶が曖昧ですが、彼を見かけたので、「良かったな。せめてこの上は(名誉毀損も含めて)逆にふんだくってやれよな。だといいんだけどな。(周囲も喜ぶ)」と言ってやったところが、「だと良いんだけど、、、。」(Magari,,,,といつかのキオッチョりーと同じセリフ、、、)と言っていたのが印象に残っています。
 当時はイタリアRAIの中継を見ていても、具体的な展開は忘れましたが(些細な系)あるアタックで反応しないランスをみて、解説のカッサーニとのやり取りの中で、進行役のブルバレッリが「いや、これはランスにちゃんと”許可”を取っての事かもしれないんじゃないのか?。」(=だからランスは黙認する、、)と、そんなやり取りを耳にした、そういうイメージもあります。
 
  それと電車乱入の続きですが、昨日偶然ある自転車屋で話をしていて(但し、只の自転車屋ではなくプロチームメカニックもやっている。95年には、当時の混成チーム(ドイツテレコムとの)でツールのメカニックもやっている。)電車の話題を出したところが、考案者がいつの話かと言われれば、そりゃあわからない(かなり古いと言いたい。)何を以て考案者とするかにもよる。」と言われてしまいました。
  「ゴール前、スプリンター援護の為に隊列を組むのが定義だと言うなら(2人以上)もっとも古い記憶は、もうドブラマンクはやっていた。勿論、後のチッポリー二等がやった(あれ以降)ような、あんなソフィスティケイトされたものじゃあないけどな、、、。」とも。
  そう言えばつい数日前、、RAIの中継の中で、(番組中の空白を埋めるドキュメンタリー。レース展開単調時用、、。)スプリント物語、と言うミニドキュメンタリー番組を流していました。(但し、残念ながら歴史ではない、)これには例のドイツ人選手も登場していましたが、どこかの(非自転車)サーキットを使って、スプリントの電車トレーニングの映像も流していました。なんかこう、心拍をこれ以上上げずに、そのままスピードを維持、それ行け。みたいな。「うーむ、これだと、1X00mまでしか維持出来ない。未だイマイチだな。」みたいな。(これでは他のチームにやられる。)しかし見ていて、ゴールスプリントはもう、団体追い抜きの延長みたいな、本当に団体競技だなあ、と今更ながらに思ってしまいました。
  と同時に96年のアブドゥのセリフを思い出してしまいました。(今回の英国人の役どころ!?)あのツール、スプリント連戦連敗だった彼がコメントしていたのが、「今年の私のチーム、(REFIN)は、チッポリーニやザベルのチームのように、スプリント用の豪華なアシストを持っていない。つまりゴールスプリント時、私は全て一人でやらないといけない。このハンディは余りに大きい。」と。

 しかし、昨日のステージ凄い意外な展開でしたね。平地でこんな事が起こるの!。という点では、96年のヴエルタ、ラ クエンカのステージを思い出してしまいました。必ずしも完全には相似化出来ないですが、”風”がキーワードなのは同じかと!?。
  
2013.07.13 17:25
アンコウ
1988年のボルドーゴールの映像が YouTubeにありますね。

http://www.youtube.com/watch?v=dKxSS_KCBxQ&feature=player_detailpage

これで見る限り、今で言うようなトレインはできてないですね。特にファン・ポッペルのスーパーコンフェックスチームは先頭で集団コントロールはしているけど、スプリントトレインはまったくできてません。

あえてそれらしいのはゴール前500メートルぐらいでボンテンピの前に一人(あの頭はギロットじゃないかな)がいるぐらいですね。少なくともファン・ポッペルは発射台無しですね。

そもそもラスト10キロを切った映像だと思うけど、ペリエやマディオやダーネンスがぼんぼん集団から逃げるし、今のスプリントステージのラスト10キロとは全然違います。
2013.07.12 20:31
arturo
削除ありがとうございます。
  かなりパソコンに嫌われている、それともプロバイダーに!?。
   今、20分位かけて返事投稿を書いたのですが、(ランス、シメオーニ等、、、)投稿、数字入力直前に消されてしまいました。
  かなり嫌われていると確信しました。(笑)
  書き直しが億劫なので、これで一回お礼の投稿します。
  気を取り直す事が出来たら、又投稿しなおします。
2013.07.07 20:57
アンコウ
Arturoさん、

禁止用語が入っているから、文句を言われたのでしょう 笑)

うーん、でも最近出たハミルトンのシークレット・レースなんか読むと、アームストロングは言葉の正確な意味で「パトロン」だったと思われますけどね。ここには肯定的な意味も否定的な意味も含むよ。だからシメオニだっけ?アームストロングに逆らったイタリア人は、集団内での他の選手たちの扱いはどうだったんだろう?あるいはNacoさんのところで何度も話題になったバッソンなんかも、結局やめるしかなかったんでしょう。
2013.07.07 19:03
arturo
返事遅れました。
  アームストロングをカウントしてないのは、彼をそう扱いたくない、と言う事なんだろうとそうぞうしましたが、しかし、この時点で、結構前だったので、未だ、7勝取り消し動向とか言う話がどうなる、とっくの前だった、06年だったような記憶があります。レポーターが聞いて回った時に、「パトロンは誰?」マイヨジョウヌの選手にも訪ねていたので、それがこれも後に取り消しになる、ランディスだった。しかも、彼のセリフが、「パトロン?!J,Mルブラン!?」と答えていました。
  しかし、ヤクが消滅したと見るのは、未だいささか楽観的かも!?。
  笑っちゃうのは、何かの新聞系で、よりによってアームストロングが、「ヤクを使わないで、ツールを獲るのは、キビしいだろうな。」とコメントあしていた、という記事を読んだ、という話を聞きました。
  しかし80年の世界戦の延長!?イノーが獲った、あのサランシュの世界戦。最後の集会で、追いすがるバロンケッリをあしらって独創でゴールした奴!?。以前に登場した!?したようなしなかったような、、。
  電車の件で、乱入すると、以前にも書いた気がしますが、サロン二にいつか訪ねた時、(もうランプレのマネージャーだった時代に)82年の世界選手権の勝利(例のバイクみたいなキチガイアタック)は、前年の反省からあれをやった。と言う事で、つまり、前年は、どっちかが、どっちかのために働けば勝てた、(言うまで泣くスプリントでしたね。あの時は、いつか話題になったように。)でも現実問題、もゼールとサロンにが共闘するのは、極めて困難だった?!。ゴールスプリントで、どっちかが風よけやってくれれば助かるのは見えた話で、電車の台数が増えていったのは、まあ、電車対電者でエスカレートすれば、対抗策として台数が増えていくのは、まあ当然と言えば、当然な気もします!?。
  
2013.07.07 17:05
アンコウ
89年、NHKの衛星で放送されたときだったと思うけど、カレラがボンテンピのために2,3人で列車を作っているのを見たとき、スプリントのアシストってこうやるんだ、と初めて見たものに興奮したものでした。そのとき映ったのは、後に日本の実業団でも走ったエーリヒ・メヒラーでしたけど、他には誰だったのかなぁ。

ただ、それでもその後のスプリントトレインみたいな大人数ではなかったと思うけどねぇ。

87年のティエリー・マリーが逃げたときは後ろでファン・ポッペルをエディ・プランカールトが引っ張っているのが遠くに映りましたけど、それ以外にどのぐらいの人数で引いたかはわからないですね。
2013.07.06 23:29
CYPRESS
1987年のツールの時に作戦としてやったと言う話だけで、
詳しい事が分からないんです。
ラース自身がラボバンクからお払い箱になってから英語圏の雑誌から消えてしまったんで、
ドイツ語圏から調べられませんかね?
2013.07.06 03:48
アンコウ
CYPRESS さん、

いや、ラースの話は知りません。いつだかの、1980年の世界戦の時の話の延長戦? 

ただ、当時のスプリント列車はどのぐらいのものだったんでしょうね?何人ぐらいが列車を作ったんだろう?昨日のロットベリソルなんか、のこり2キロを切ってもまだグライペルの前に4人いたからね。あれじゃあ誰も前に出られないよね。

87年だとまだまだゴール直前にティエリー・マリーやイェル・ネイダムがアタックして逃げ切ったりした時代ですね。いまのように、ゴール前には誰も逃げられないような列車の作り方ではなかったんだろうと思うけど、どうだったんでしょうね。
2013.07.05 20:43
CYPRESS
>昔のイノーが全盛時代には、イノーがひと言、きょうはアタックなしのステージだ、と言うと、そのまま誰もアタックしないで終わったそうですけどね。

→イタリアじゃ今でもそうみたいですが。
チッポリーニなんて選手が世界戦に勝ったりツールやジロで区間優勝をしていた頃は、
「今日はのんびり行こうゼ」
と集団に睨みを利かせていてとか。
(その前はモゼールだったとか…)

ところで前からお待ちしてるんですが、
ラースに記事がでませんなぁ。
この間記事になったファン・ポッペルが1987年にツールでポイント賞を取った時、
スプリントの列車作戦を実用化したのが、監督のラースだったはず。
戦術として確立したのがその時だったはず。

自分で調べるのが面倒くさいので、記事をお待ちしてます(笑)。
2013.07.05 19:28
アンコウ
arturoさん、

アームストロングはいなかったことにしたいのかもしれませんね。

それはともかく、昨日のまったりステージって、やっぱりドーピングがなくなりつつある(なくなった?)ことの証左では?なんて、ちょっと考えてました。選手だってやっぱり3週間ずっと100%なんて無理なんじゃないの? 見ている方はつまらないかもしれないけど、でもこれは自転車レースには良いことなのかな?なんて思ったりもしたんだけどね。
2013.07.05 19:09
arturo
ちょっと久しぶりに少しイノー(昔系)のネタが、出ましたね。
 何年か前、そのネタがFrTVで出ていました。ステージ終了後の時間調整番組内にて。
 (大別してインドぅライン以前、以降、となるのでしょうが?、、、)プロトン内にパトロンが居ない?!と言う物で、昔は選手の成績とは別にプロトン内にパトロンが居た。と言う物で、それを彷彿させるエピソードですね、番組のもうひとつの特徴は、ここでアームストロングをパトロンでカウントしていなかったのも、ポイントと言えるかも!?。
  そのイノーは、昨日、マイクを向けられて、ここまでのステージについて、「動くべき選手が動いていて(anime`)、まあ、良いんじゃないかな。」みたいな事を言っていました。
2013.07.05 16:12

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あんけ・たつや。欧州ロードレースに興味を持ってすでに30年以上。主にドイツ人選手を応援。特に青田刈りにいそしむ。歳にも関わらず、あらゆる点ですごいミーハー。そのほか好きなものは、読書、クラシック音楽(特にバッハ)、友川カズキ、北方ルネサンス絵画、映画、阪神タイガース(村山、江夏以来ですが、強すぎないこと希望、弱すぎても困るが)。少し前から草食動物と化そうと「努力」しています。北欧の社会民主主義に対する憧れ強し。家族構成は連れ合いと娘三人。

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