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うちなる差別意識を憎め!

2013.01.30.23:29

欧州ではオペラシオン・プエルトの中心人物フエンテスの裁判が始まっているようですが、そのニュースはまた明日にでも。

というわけで、またしても仰々しい題名を付けてますが、今日のエントリーは昔の旅行です。

1991年の冬、わたしは旧東ドイツはドレスデンに行ったんですね。人生初めての海外旅行。しかも一人旅。そもそも泊まりがけの旅行って自転車で一週間程度いがいは家族旅行しかしたこと無かったからねぇ。オランダからドイツ、そしてチェコへ。ホテルの事前予約もせず、インターネットなんてなかったから情報もあまりわからず、しかも命綱の「地球の歩き方」を初日の空港からアムステルダムまでの電車の中に置いてきてしまって、どうなるんだ、おれ?って思ったのでした。そもそも湾岸戦争が始まったばかりで、海外旅行なんてしていいのか、と非難囂々の時期でもありましたね 笑)

1991年と言えば、その前々年の秋にベルリンの壁が崩れ、前年には東西独再統一となったわけで、統一直後です。オランダから西ドイツ側を旅行し、ドイツ人の親切さに感動して入った東ドイツ。あちこち道ばたでソ連軍の帽子とかワッペンとか売ってましたっけ。いま思うと買っておけば良かった。。。

ドレスデンは駅を下りたら延々2キロぐらいあったかなぁ。何もない殺風景な広い直線路が町の中心部まで続いていて、そこのところどころで同じ社会主義国のベトナムから来た出稼ぎの人達がたばこや日用品やなにかを売っていました。そこで買い物をする人達で、結構ごった返していて、たしか人をかき分けミニチュア瓶の酒を買った記憶があります。あまりに寒かったので、内側から温めようと思ったわけ。道ばたには所在なげにそのベトナム人たちを見ている若者のグループもいました。なんとなく怖そうな雰囲気でしたね。いま考えると、ネオナチ??いやそこまで怖そうではなかったけど。
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駅から町の中心部まではこんな感じ。いまはきっと随分様変わりしていることでしょう。

ドレスデンの町はいまは随分きれいになったようですけど、僕が行ったときには聖母教会はがれきの山。近くを通るおばあちゃんに、たどたどしいドイツ語でこれは何だ?と聞いたら、「戦前は世界一きれいな教会だったけど、1945年○月○日にアメリカ軍の爆弾で壊れた」というようなことを教えてくれた(んだと思う 笑)。爆撃の日にちまで正確に教えてくれたのに驚いたけど、ドレスデンの人にとっては、広島の原爆投下や東京大空襲の日付みたいなものだったんだろうね。直さないの?と聞いたら、肩をすくめてとてもかわいい笑い顔で、さて、いくらかかるでしょうね、と言った(んだと思う 笑)
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いまの聖母教会の写真はこちら

その後行ったツヴィンガー宮殿もまだ焼け焦げが残った像がたくさんあって、雪が積もり、人は少なくなんとも雰囲気があった。それから美術館では有名なラファエロのシスティナのマドンナや東山魁夷に影響を与えたドイツロマン派のフリードリヒやリヒターの絵なんかがたくさんあって、とても良い気持ちだった。ただ、西側にはいくらでもあった公衆トイレが全くなく、カフェも見あたらず、エルベ川沿いの橋のたもとで立ちションベンしたのを覚えている 笑)

そんなこんなで気分良く、帰りはガラガラの電車の一等車のコンパートメントに一人で乗って(ユーレイルパスだったから)、発車前の数分、窓から駅を見ていたら、ホームから10歳から15歳ぐらいの男の子の数人グループが、ぼくのほうを見ながら何か大声で言っている。そちらを見ると、力こぶをつくって叩く、いわゆる威嚇のポーズをしている。それまでなにひとつ嫌な思いをしてこなかっただけに、最初は何のことだろうと戸惑い、次に腹が立った。てめえ、東ドイツなんて日本と比べたらお粗末な貧乏国だぜ、って言ってやりたかったが、むろん言えなかった。うーん、いまも言えないのは変わりないな。進歩なし orz

電車が走り出すと、そのガキどもはさらにホームを走りながら、なにかはやし立てている。咄嗟にどういう対応をすればいいか分からず呆然と見送り、ふと気がついた。あいつらはおれのことをベトナム人だと思ったんだ、出稼ぎのベトナム人のくせに1等車に乗っていやがる、って思ったんだ。

同時に、くそっ、おれはベトナム人じゃないぞ、いっしょにするな! と思うとともに、自分の中にある無意識の差別意識に気がついて、なんか無茶苦茶な自己嫌悪に陥った。子供たちにバカにされたことよりも、自分の中に隠れているこういう差別意識、とくに前の記事でも書いたように、キム・ソクポムやイ・フェソン、キム・ダルス(金達寿)なんていう作家も一応は読んでいただけに、人一倍差別的なことに対して神経質だったはずなんだけど、それでも、そんな気持ちになったことに、なんかむちゃくちゃ落ち込んだ。もう25年近く前の記憶で細かいことは大分忘れているのに、このときのいやぁ〜な気持ちは、これはもう生涯忘れないだろうなぁ。


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アンコウ

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あんけ・たつや。欧州ロードレースに興味を持ってすでに30年以上。主にドイツ人選手を応援。特に青田刈りにいそしむ。歳にも関わらず、あらゆる点ですごいミーハー。そのほか好きなものは、読書、音楽はバッハと友川カズキ、北方ルネサンス絵画、映画、阪神タイガース(村山、江夏以来ですが、強すぎないこと希望、弱すぎはもっと困るが)。北欧の社会民主主義に対する憧れ強し。家族構成は連れ合いと娘三人。

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