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西川吉光「特攻と日本人の戦争」

2010.05.06.08:41

特攻と日本人の戦争―許されざる作戦の実相と遺訓特攻と日本人の戦争―許されざる作戦の実相と遺訓
(2009/09)
西川 吉光

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太平洋戦争の戦況の変化とともに、徐々に特攻作戦へと向かう日本軍を時系列に追い、特攻隊の若者たちの、自身の死の意義付けのいくつかの考え方を紹介しながら、このような太平洋戦争へ向かわざるを得なかった日本の軍隊組織と政治との関わりを明治の最初から解説し、特攻隊の若者たちの死を、現在の我々がどう考えるべきかを語る。

特攻作戦の源流を考えることから始まるが、いくつかの帰還の望みがなくなった者が自爆体当たり攻撃に出たケース、船を守らんとして我が身を犠牲に、迫り来る敵魚雷に体当たりしたケースなど、自己犠牲は、確かに本書に言われるように、鉄腕アトムや宇宙戦艦ヤマトもそうだ。よく考えてみれば、宮沢賢治のグスコーブドリだってそうだった。ただし後の特攻作戦の命令による、あるいは拒否できない空気による自己犠牲とは全く違うことは言うまでもない。

いつだかTVで西洋人にアトムの最終回を見てもらって感想を聞くという番組があった。西洋人は一様に納得できない表情で、終わり方としては変だし、感動できないと感想を述べていた。その時はへぇっと驚いた。その意味ではぼくも日本人なのだろう。

海軍の特攻作戦が、陸軍の玉砕戦のプレッシャーによるというのは虚を突かれた。それ以外にもこの本に書かれているのは知らないことばかりだった。

人間魚雷やその他の特攻兵器を発案し、開発するとか、あるいは陸軍の特攻作戦を協議しあう秘密会議は、ナチス・ドイツが絶滅収容所でどうやれば一番確実に大量の人間を殺せるかを考えたり、ヴァンゼー会議と呼ばれるユダヤ人抹殺計画を協議した会議の話を思い出させた。なんという人間の最低最悪にしてグロテスクな想像力か。

しかし、知れば知るほど、ほとほとあきれかえる話ばかりだった。

それは、特攻隊員たちを送り出した者たちの無責任さに、である。次々に現れる特攻作戦を推進した責任者たちが、戦後に語ったまるで他人事のような文言には、怒りを通り越して、あきれるしかない。特攻出撃のたびに、「オレも最後の一機であとに続く」と叫びながら、敗戦時に実際にそれを実行した海軍の特攻関係幹部は二人だけ(しかもそのうち一人は若い部下たち20人以上を道連れ)。そして戦後になって特攻は志願した者たちが(いうなれば、勝手に)行ったのだと主張し、自分の責任をほっかぶり。こうした幹部連中は自らは志願せず、後に続くこともせず、そして戦後天寿を全うしていく。

たとえば、特攻隊を送り出す作戦主任参謀の中島正が戦後20年もたってから書いた本の中で、彼はこう書く。

特攻隊員は「一部には自ら荒神を以て任じ、如何にも英雄めいた不遜な態度を取ったり、蛮勇を奮ったりする者が現れたのは遺憾である。」

まるで他人事である。自分の責任はつゆほども感じていない。自分は送り出すだけ送り出し、無駄死にとわかりきっていながら死なねばならぬ若者が捨て鉢になったからと言ってそれを「遺憾である」と言う。これは、責任者が言う台詞なのか!!ここまで自己を省みることのない、自分の責任を感じることのない物言いをできるものなのか?あきれかえる。しかもこんな話が山のように出てくる。

<戦争中、軍高官、幕僚の多くは幾多の将兵に武士道と大和魂を説き、玉砕と特攻を強いながら、自らは戦後、瓦全の途を選んだのである。>(p.214)


以前にも書いたことがある源田実
は、戦争末期に特攻機を出さねばならぬことに心を痛める参謀に対してこう言い捨てる。

「貴様、そんな気の弱いことでどうするか。囲碁にも捨て石、将棋にも捨て駒という手がある。そんなことで貴様あ、一人前の戦争屋になれるか」

そして彼は戦後戦争屋を廃業して議員になった。特攻との関わりを尋ねられると、嘘を並べて無関係を強調し続けた。

ぼくはこうした連中が終戦時にみな腹を切って自決すべきだったとは思っていない。しかし、ここまで自覚のない無責任さにはあきれるしかない。

読みながら、なんども今の日本の姿を連想した。

つまり、「自己責任」と言いつのった権力者たちが責任を取らぬ現代社会のことである。21世紀に入って、例のイラク人質事件以来、しばしば耳にした「自己責任」という言葉のうさんくささ、同時にその頃から頻繁に人々が口にするようになった国益という言葉のうさんくささ(国益とは誰にとっての「益」なのか?)。同質のことが、この65年以上前に繰り返されていたのである。

ぼくはこの著者の主張する、日本は能動的な平和国家をめざすべきだ、各地の紛争解決のためには自衛隊も派遣すべきだ、そうやって積極的に平和を求める国家になるべきだという提言に賛成しない。また、日本人の民族精神を構築することが倫理意識の穴をふさぐというような考え方にも疑問を感じる。だが、ここに描かれた責任者たちに対する怒りと、散華した(あえてこの言葉を僕も使う)特攻隊員たちへの敬意には深く同意する。

この敬意は、戦後になって自分の責任を曖昧にするために、特攻隊で死んだ若者たちを美化し、英雄化した連中の狙う方向とはまったく違う方向を向いていることは、しっかり意識していなければならない。

特攻隊員たちを美化する人がどのような立ち位置にいるのか、「自己責任」を言いつのる人々がどのような立ち位置にいるのか、僕らはまずそれをよく考えてみるべきである。もし、自分が他人に対して「自己責任」という言葉をなんの躊躇もなく主張できるときには、自分の立ち位置をよく考えてみるべきである。単なる憂さ晴らし、いじめ、排除の思想、感情的な不快、優越意識、差別感情、自分が強者になったという錯覚、そんなもので僕らは他人に対して「自己責任」という言葉を使っているのではないか、そう自分自身に問うてみるべきである。


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comment

ヴァルデマール
> CYPRESSさん、
>
> こんにちは、源田に限らず、「昭和の名将と愚将」を読むと、まぁ、よくもこんだけ酷いのが上にいたもんだ、と思います。戦争犯罪人だったにもかかわらず僧侶の姿で逃げ回ったあげく、その逃避行を本にしてベストセラー、その後議員になった辻政信、自分の葬式に自分には責任はなかったというパンフレットを息子に配らせた牟田口廉也、敵前逃亡した陸軍特攻隊の責任者、富永恭次、まあ、次々とあきれる話ばかり。ただね、ぼくはこうした連中が敗戦の時に死ぬべきだったとは思わない、思いたくない。ただ、せめて自分の責任で死なねばならなかった若者たちの魂を慰霊し続けるぐらいの誠実さは持っていて欲しかった、そう思うのです。
>
> 「自己責任」だっておなじことですよ。小泉純一郎も竹中平蔵も、こんな日本にした責任を少しは感じろよ、とぼくは言いたい。この記事の本意はこちらにあるのです。65年も前の特攻隊の話以上に、「自己責任」と言う殺伐とした言葉が社会にどういうものを生み出したか、こちらをぼくは言いたい。
2010.05.07 22:32
CYPRESS
銃ヲタクなんでちょっと補遺。
ゼロ戦に250kg爆弾を付け燃料は不足してるんで目的地までの分。消耗品や飛行時間に応じて交換する部品も無し。
故障して目的地まで行けなくて帰って来たって話をよく聞きます。
当然です。

もっと困った問題はゼロ戦には装甲板が付いてない事。パイロットを守るだけでなく、操縦するための油圧系も守れないので弾が当たると目的物まで飛んでいけません。
あの御巣鷹山に墜落したジャンボ機を思い出しくれれば分かると思います。
相手は強靭な鋼鉄を貫通するためのタングステンカーバイト鋼を芯にした徹鋼弾と発火させるための曳光弾を文字通り雨あられと撃ってきます。
分かりやすく言えば、民間航空機に爆弾積んで特攻に行くって事。
成功するはずありません。
単なる無駄死にです。
まぁWTCみたいに対空防衛兵器が無い物だったら成功するんでしょうが…

ゼロ戦のエンジン出力を上げず、装甲板を付けないで軽量化して運動性能を向上させた張本人が、
源田実
です。
「皇軍の将兵が死を恐れるとは何事か!」
と装甲板案を一喝したとか。
ゼロ戦に装甲板が無いのは有名な話なんで子供の頃から知ってましたが、特攻に使った他の航空機も装甲板が付いてなかったのでは?

つまり特攻は計画を立案した時点で失敗するのが決まってました。

ん~、一番困るのは戦争のイロハを知らん人々が一番上にいて戦争をした事。
戦争の目的は相手に勝つ事。敗北は絶対避けなきゃならん。勝てない戦いは絶対やらん。
この一番重要な事を無視したんだから困ったもんです。

源田実はもう一つ困った事をやっちゃったんだな。

> 東京大空襲に代表される無差別爆撃戦術の考案者、カーチス?ルメイの叙勲を推薦(ルメイは「航空自衛隊創設に際する功績」により勲一等旭日大綬章を受章)。
(→Wikiから)

ルメイは焼夷弾を開発させ、原爆を広島と長崎に落とさせ、ベトナムに絨毯爆撃をさせた男。東京大空襲だけでなくの自分がやった事に対して謝罪、後悔の表明無し。
ところで勲一等旭日大綬章って松下幸之助や本田宗一郎がもらった勲章。

政治家になった時も中々の得票

> 1962年(昭和37年)7月、参院選に自由民主党公認で全国区から出馬し第5位で当選
(→Wikiから)

源田実、凄い人でしょう?
2010.05.06 21:09

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アンコウ

アンコウ
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あんけ・たつや。欧州ロードレースに興味を持ってすでに30年以上。主にドイツ人選手を応援。特に青田刈りにいそしむ。歳にも関わらず、あらゆる点ですごいミーハー。そのほか好きなものは、読書、音楽はバッハと友川カズキ、北方ルネサンス絵画、映画、阪神タイガース(村山、江夏以来ですが、強すぎないこと希望、弱すぎはもっと困るが)。北欧の社会民主主義に対する憧れ強し。家族構成は連れ合いと娘三人。

* 時々コメントが迷惑コメントとしてゴミ箱に入れられることがあるようです。承認待ちが表示されない場合は、ご面倒でも書き直しをお願いします。2017年8月3日記す(22年3月2日更新)

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