去年はオーストリアチャンピオンマイヨで、ツールでステージ優勝したり、他にもトップテンの成績が結構あったんですが、今年は勝利はなし。トップテンも大きなレースではツールの14ステージとハンブルクのサイクラシックで5位というのぐらいですねぇ。ただ、コンラート自身は自分の成績ではなくチームの勝利や上位入賞に貢献できたことで、悪くないシーズンだったと総括しています。
この選手も春先に調子があまり上がりませんでした。3月初めのストラーデ・ビアンケで落車して脳震盪により、この時期のカタロニアやバスクのステージレースをすべてキャンセル、ひと月半レースから遠ざかることになりました。
その後のハンガリーツールで総合8位、クリテリウム・ドゥ・ドゥフィネで12位と調子を整えて、ツールではヴラソフの総合5位に貢献、さらにハンブルクのサイクラシックではマルコ・ハラーとヴァウト・ファン・アールトが混じった5人の逃げに乗って、ハラーの発射台でファン・アールトに勝つお膳立てをするとともに、自分も5位に入りました。あのハラーの逆サイドからのスプリントにファン・アールトはダッシュのタイミングが遅れて、その意味でもコンラートの発射台が功を奏した典型的な例でした。下のYouTubeでは3分過ぎぐらいからをご覧ください。
コンラートの話。
「悪い年ではなかったよ。とても良い時もあった。まあ、その好調さが自分の結果には現れなかったけどね。3月の脳震盪はあったけど、ツールに向けて徐々に調子が上がっていったし、ツールの後はとても調子がよくなった。でもトップリザルトは上げられなかったけどね。
クリテリウム・ドゥ・ドゥフィネでの総合12位は、19年にツール・ド・スイスで3位になってるんだから、満足はできないよ。去年のドゥフィネも同じ順位だったけど、ステージ3位が2回あったからね。今年はそれがなかった。
ツールは何度も逃げグループに入ろうとしたけどうまくいかず、逃げに乗れた時は早々に潰された。だからアレックス【ヴラソフ】のアシストに徹することが多くなった。【ツール総合15位だけど】最後の山までアレックスについて行ってアシストしろと言われたら、この順位は当たり前だよ。だから総合15位も25位もあんまり変わらないよ。
それぞれのステージで自由に走ることができて、自分のチャンスもあって、それ以外はキャプテンのアシストをするっていう今の役割は、僕にはとても快適なんだ。去年のツールでのステージ優勝は僕のキャリアの中で一際目立つものだろうね。【過去、ジロで2回総合トップテンになっているが】今の僕にとっては、グランツールで3度目のトップテンを目指すより、むしろステージ優勝のほうが目標だよ。」
というわけで、ボーラにたくさんいたオーストリア人のうち、ミュールベルガー、ペストルベルガー、グロースシャルトナーと長い名前の3人が移籍して、残るオーストリア人はガンパー、ハラー、コンラートと短い名前ばかりになりました 笑)
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