
少し前にNHKで川端康成と三島由紀夫のノーベル賞をめぐる確執についての番組をやっていて、それと、東京新聞の読書欄で紹介されていたので、この本、図書館で借りて読んでみました。正直、川端康成って過去に読んだの文庫本二冊だけ 苦笑)しかも定番 爆)

少し前に新聞のコラムだったか? 川端研究で来日したイタリアからの留学生が、本屋に行っても川端の本がないと嘆いていたという話を読んだけど、まあ、そうだよねぇ 笑)
で、この本、感動しました。1945年4月から5月まで、川端康成は山岡荘八らと海軍の報道班員として沖縄へ向かう特攻基地の鹿屋に滞在した。数百人の20歳前後の若者が特攻機に乗って飛び立つのを見送り、その後は地下壕で彼らからの無線を最後まで(=死まで)追うという、ちょっと僕らには想像もつかないタフな体験を経た川端が、戦後「『特攻』体験から逃げ続けながら、文豪ともてはやされ、ノーベル賞まで受賞した」(p.43)と言われてしまう。
特攻隊員として生き残った人々の書いたものと、散華した隊員たちの手紙や日記などを資料に、川端康成がこの一ヶ月で何を見たのか、何を考えたのか、そして戦後の川端の作品に、その体験がどのような影響を及ぼしたのか、また三島由紀夫の「英霊の声」との対比で、そうした経験について戦後の川端が直接的にはほとんど書かなかったのはなぜかを、時には大胆な想像を交えて丹念に追いかけ、解釈していて、非常に感動的です。
山岡荘八のように、特攻隊員たちについて自分なりの解釈を交えつつも、人々に直接的に伝えなければならないと考えるのは普通の感覚です。誤解を恐れず言えば、作家としては、現代の作家が体験できないような体験をしたわけです。
しかし、川端の場合口を摘むんだ。川端が感じた悲しみや怒りをもっと直接的に語ってほしかったというのもアリだけど、「見てしまった者」として、何か直接的に語ることが嘘っぽくなると思ったのかもしれません。つまり特攻作戦というものは、川端をしても描ききれなかったようなものだったということなのでしょう。川端が残した特攻が出てくる小説は二篇。どちらも主人公は特攻隊員ではなく、残された女性の方が主人公になっています。
というわけで、しばらく川端康成の小説をいろいろ読んでみようかという気分になっています。
特攻についてはかなり以前に書いたことがありました。
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