拙ブログを始めてはや11年。なので2011年3月11日はどうしていたかと遡ってみたら、この日は午前中からパリ〜ニース に出場していたドミニク・ネルツのレース日記を3つも立て続けにアップしています。
3つ目は13時12分にアップしているので、この1時間半後に東日本大震災が起きたのですね。
当時我が家はマンションの8階で、たまたまウチにいたのですが、ものすごく揺れました。食器ダンスからグラスや皿が飛び出して割れ、本箱が倒れて私の部屋のドアが開かなくなりました。怖かったです。台所中に散らばったガラスの破片を掃除したあと、テレビをつけたら川を逆流し、田畑を水浸しにする津波がヘリコプターからの映像で映し出され言葉がでなかった。。。
その後すぐに当時の都知事の
石原慎太郎が「天罰」発言をして腹が立ったものだった。原発が爆発しても大丈夫大丈夫と言い続ける東京大学の御用学者に呆れたし、なにより東京から避難しなくて本当に大丈夫なのかとものすごく不安だった。
当時の民主党政権の対応には不満と不安だらけだった。特に枝野が直ちに健康に影響はないと、なんとかの一つ覚えのように発表するのには、いい加減にしろと思った。だけど、今こうして思い出してみると、あのときの政権が安倍やスガの政権だったらと思うと、民主党政権でまだよかったのだと思える。
当時の菅直人首相はものすごく叩かれたが、それでも東電が撤退すると言った時にそれを阻止した。あれがなければ東京に住み続けていられたのだろうか? さらに自分も含めて老人が決死隊を組織する覚悟すら見せた。安倍やスガがそんなことを言い出す姿を想像できるだろうか? そしてなにより原発廃止と言ったのだ。
あの頃マスコミが一番叩いたのは鉢呂大臣が言った「死の街」発言だった。今のコロナ下の呆れるような不祥事に比べたらなんとのどかな不祥事だろう。そう思わないだろうか? この10年で、明らかに政権は劣化した。それもとてつもなく。
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