永山則夫で十分暗くなったところへ、なんでこんな映画を見たかなぁ 苦笑) いやあ、いろんなナチものを見てきたけど、この映画、これまで見てきた中で一番救いがない。
ハイドリヒはナチでナンバー3だった男で、彼の元でユダヤ人抹殺が決定された。そのハイドリヒを、イギリスに亡命していたチェコ人とスロバキア人がパラシュート降下して暗殺するよう命じられる。
これは史実だし、他にも「暁の七人」やフリッツ・ラング監督の「死刑執行人もまた死す」という、ハイドリヒ暗殺の映画があるし、文学作品でも
ローラン・ビネの「HHhH」という小説を紹介したこともある。だから結末はわかっているし、ハイドリヒ暗殺が成功したことによって、その後リディツェという村がナチスによって消滅させられたこと、プラハのレジスタンス組織が完全に壊滅したこと、関係者たちがむごたらしく殺害されたこともわかっている。映画によればハイドリヒ一人が暗殺されたことで、ナチスは五千人以上のチェコ人を報復のために殺害(そのほとんどはただの市民だ)したそうである。
主人公の暗殺者の一人が、プラハのレジスタンス組織から、殺害の具体的な計画や、逃亡のこと、それによって予想されるナチスによる報復などを問いただされると、彼はこういう、「命令なのだ。」
これってアイヒマンと同じじゃないのか? ユダヤ人をアウシュヴィッツへ送るGoサインを出したアイヒマン、戦後15年経って南米に逃げていたところをつかまり、イスラエルで裁判にかけられて絞首刑になったナチスの中佐だ。これについても拙ブログでは
「アイヒマンを追え」という映画を紹介したことがある。彼は裁判で「自分は上からの命令に従い、なすべきことを『誠実に』なしたのだ」と胸を張って言った、自分はユダヤ人を直接この手で殺したことは一度もない、と。
裁判を傍聴した哲学者のハンナ・アーレントは「凡庸な悪」という言葉で、自分の行いによってどんな結果が生じるかを考えず、命令されたことを諄々と行う組織の歯車の一員であったアイヒマンを語り、ユダヤ人社会から激しいバッシングを受けることになる。
それはともかく、ハイドリヒを暗殺すればどうなるかはわかりきっていたはずだ。そもそも暗殺せよとチャーチルが命じたのだろうけど、この命令そのものがあまりにずさんだ。どうやって暗殺するかは決まっていない。プラハのレジスタンスと相談せよというわけである。暗殺後の逃走経路だって決まってない。場当たり的な暗殺計画なのである。レジスタンス側はこの計画に反対したし、実際、暗殺計画は失敗した。一週間後にハイドリヒが死んだのはこの時の傷が、たまたま敗血症を発症したからである。
同じように救いがないナチものの映画はたくさんある。例えば
「白バラの祈り」なんてのもなんの救いもないし、軍人たちによるヒトラー暗殺失敗を描いた
「ワルキューレ」なんかも救いがない。最近の
「ヒトラー暗殺、13分の誤算」や
「ヒトラーへの285枚の葉書」なんかもそうだ。
だけど、このハイドリヒを撃ては、イギリスで現地の状況なんか全く省みることのない最高責任者や参謀達が、ハイドリヒを殺してこい、と命令し、命令された方も、現地のレジスタンスや匿ってくれた人たちの危険など顧みず、結局みんな死んでしまうし、無関係の人たちもたくさん死ぬ。
「白バラの祈り」や「ワルキューレ」、あるいは「ヒトラー暗殺」や「285枚の葉書」は抵抗運動をした「英雄」たちの話で、自分たちは死んでしまうが、他の無実の人間たちを巻き込むことはない(
285枚の原作「ベルリンに一人死す」は無実の親類も巻き込まれてしまうが)。だけど、ここでの暗殺者たちは単純に「英雄」と言ってしまっていいのかどうか。例えばこれも
前に紹介したデンマーク映画「誰がため」では、反ナチスの暗殺者二人は、直接ドイツ人を殺せば報復として無関係なデンマーク人が何人も殺されることがわかっているから、彼らが狙うのはナチに迎合しているデンマーク人だった。
映画の作りとしては、徹底して暗殺者の側だけを描き、ドイツ側の事情などは全く描かない。例えば同じハイドリヒ暗殺を描いた「暁の七人」では、ハイドリヒ(
アントン・ディフリングという俳優がやっていた)がいかに凶々しいかが描かれるシーンがある。また、戦時中に作られた、まさにアップ・トゥ・デイトな「死刑執行人もまた死す」でのハイドリヒも憎々しげな悪党ぶりを見せる。だけどこの映画では劇中ハイドリヒが出てくるのは襲撃シーンだけ。ドイツ側にズームアップされる人物はなく、ナチスの側の冷酷無比度はハンパがない。最近はナチス側の事情にやや甘めの映画が多かったから、この点についてはすがすがしさすら感じる。
と書きながら、もう一度見たいとは、全く思わない。最初に書いたように、なんでこの時期にこんな惨憺たる映画を見ちまったんだろうなぁ、と多少の後悔すら感じている 苦笑)

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