
今年は映画の話から。「ヒトラーのオリンピック」で金メダル4つを獲得したアフリカ系アメリカ人、ジェシー・オウエンスの映画。いやあ、面白かった。ちょうど去年の末から
フィリップ・カーのミステリー、ベルニー・グンターシリーズを読みふけっていて、最後の「死者は語らずとも」がベルリンオリンピック直前を舞台にしていて、ブランデージのことが出てきたりしたのと、以前読んだ
ナゴルスキーの「ヒトラーランド」で書かれていたオウエンスの話なども思い浮かべて、とても面白く見ることができた。
こういう実在の過去のアスリートの映画というと、「炎のランナー」を連想するのだけど、どうも僕は苦手(だって、市川崑の「東京オリンピック」なんかを思い出せば、感動させようという作為が気持ち悪くて見てられないでしょ?)だけど、この映画ではオウエンスの走るシーンを感動的に盛り上げるようなことをしていない点も好感を持った。
ただ、主な登場人物のうちの三人については、ちょっと言いたいこともある。
まず、リーフェンシュタールが、単に映画を撮ることだけに夢中で、人種的偏見もないし、ナチの思想にも無関心な人で、しかもゲッベルスが撮影に横槍を入れてきたかのように描かれていたけど、完全に彼女の自伝で述べている話をそのまま使っているような気がした。彼女の自伝が信ぴょう性に疑問符が付いているのは有名な話である。
それからジェレミー・アイアンズが演じたアベリー・ブランデージ。この人はナチスの人種差別政策に対して、この映画で見られるような反感など感じていなかっただろう。冒頭に書いたカーのミステリーでもブランデージはむしろ悪役。そして、実際、ナチスに親近感を抱いていたと思われるような発言を繰り返しているし、この映画のように、ゲッベルスに脅されて、ユダヤ系の選手をリレーから外すという「苦渋の決断」はなかっただろうと思われる。ブランデージがレイシストであったことは、多分間違いない。
そして、オウエンスの好敵手として有名なルッツ・ロング。ダフィト・クロースという、個人的には最近よく見る若い俳優がやっていて(「愛を読む人」、「戦火の馬」、「フリッツ・バウアー」、「ミヒャエル・コールハース」)、好感が持てるんだけど、歴史上、あそこまで反ナチ的な気持ちがあったのかどうか。確かにこの後弁護士になり、インテリだったことは間違いないようだけど、ちょっとあまりに良い人にしすぎじゃないだろうか。ただし、リーフェンシュタールやブランデージと違って、こちらは本当のところはどうなのかわからないけど。
主人公のオウエンスの愛嬌のある顔や、典型的な美人顔のレニ・リーフェンシュタール(これは「ブラックブック」のオランダ人美人女優カリス・ファン・ハウテン)は雰囲気がよく出ていたし、ある程度似ていて違和感なく見られた。
それに対して、違和感という点で決定的なのはゲッベルスだ。小柄なのはいいとしても、ゲッベルスは小児麻痺の後遺症で歩き方に特徴があったはずだし、何より吸血鬼のような、唇が薄く酷薄な、そしてちょっと狂気を帯びたようなアジテーターの雰囲気がまるでない。むしろ結構端正な二枚目で、髪型も違うし、絶対ゲッベルスに見えない。
肝心のヒトラーはアップや正面がほとんど無いことで、うまくかわしているだけに、あのゲッベルスだけは許せん! 笑)
それから、オウエンスは母国アメリカで黒人として差別され続け、ベルリンオリンピックで優勝した後も差別され続け、馬と競争させられたりしたわけで、その点についてはほとんど触れられていなかったのも不満。
それに対して、ベルリンでは、この映画でもほんの少しだけ出てくるけど、当初不安を感じていたような差別を受けることはなく、それどころかすごい人気者になった。帰国後、彼はこう言っている。「わたしはドイツではつねに、礼儀正しさと思いやりを持った対応を受けた。アメリカ国内のどの土地であっても、ドイツで過ごしたのと同じくらいの年月を、頻繁とはいわずとも、個人的な侮辱や差別を少しも受けずに過ごすことは不可能だっただろう。ドイツでは、そんな思いをしたことは一度もない」(ナゴルスキ「ヒトラーランド」p.293)
オリンピックから5年後には強制収容所やポーランドやソ連で、多くの人たちを大量生産マシーンのように殺していったドイツ人たちは、このオリンピックの時期だけ、羊の皮をかぶっていたのだろうか?そんなはずはない。
連想するのは
辺見庸の「1937」に出てきた話だ。1937年、ヘレン・ケラーが来日して大歓迎された。人々はヘレン・ケラーに感動し、講演中に彼女の財布が盗まれるという事件が起きた時、数多くの人たちが日本人として詫びる手紙を彼女に送った。そしてそのような日本人が、その同じ年の12月、南京で「人間の想像力の限界が試されるような」大虐殺をし、国内ではそれを祝って提灯行列が大々的に行われた。
結局正月早々、またまた拙ブログのモットーが出てくる。世の中には99.99%の普通の人と0.01%の悪人がいるわけではなく、普通の人が良いことも悪いこともする。最初に書いたベルニー・グンターシリーズの中で探偵グンターがシニカルに語る言葉はこんなだ。
「この前の戦争で何か一つ証明されたことがあったとしたら、それは、誰でも誰かを殺せるということだ。必要なのは口実だけ。そして、銃だけさ。」

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