アンクティルの時代からメルクス時代にかけて、いかにもドイツ人というゴツいスプリンターでした。下の写真でもわかるように、顔もいかにもドイツ人。
世界チャンピオンにもなり、クラシックもミラノ〜サンレモやフランドルで優勝、ツールでのステージ勝利も8勝、ブエルタでも総合優勝しています。ある意味でツァーベルを始め、デーゲンコルプやキッテル・グライペルらにとっては、アルティヒと並んで(キッテルのツールステージ勝利)とか、アルティヒに次いで(ツァーベルのミラノ〜サンレモ優勝)とか、アルティヒを抜いて(ツァーベルやグライペルのツールステージ勝利)、あるいはアルティヒにもできなかった(デーゲンコルプのパリ〜ルーベ)、という枕詞がついて回ったのではないでしょうか?
その意味ではまだアルティヒの名前は、ドイツ人最後のロードの世界チャンピオンとして燦然と輝いています。

62年の雑誌ミロワール・ド・スポールです。右がアルティヒ、左はやはり当時の名スプリンター、アンドレ・ダリガードです。
合掌

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