モルティローロ、まあ初登場は1990年ですから、歴史的には、伝説と言うほどの峠ではないんですが、94年にはまだ髪の毛のあったパンターニが派手にインデュラインをぶっちぎった峠ですからね。当時のギア比は前が39で後ろが24だったそうですが、ディレイラーが不調でローギアに入らず、パンターニは22で登ったと言われています。昨日もちょっとだけパンターニのモニュメントが映っていました。
ただ、パンターニがモルティローロを登ったのはこの一度だけ。96年は自動車事故のリハビリで不参加、97年も黒猫とぶつかってリタイア、優勝した98年はモルティローロがコースには行っておらず、99年はモルティローロは最後から二つ目のステージに出ていたのに、ご存知のようにパンターニはヘマトクリット値が50%を超えてしまって、前日に出走禁止になってしまって、ここを登ることがなかったのでした。そして次に登場した2004年には、すでにパンターニはこの世にいませんでした。
さて、2003年の落車したアームストロングが大爆発したのはルザルディダンでしたかね? コンタドールはまるでそのときのような怒りの(?)大爆発でした。しかし、ランダなんて選手、まるで知らなかったけど、強いですねぇ。。。
というわけで拙ブログひいきのゲシュケ、昨日の難関ステージは最下位ゴールでした。ツィッターで Cyclingmagazin.de とやりとりしているのでご紹介します。
C: 今日はどんな一日だった?
ゲ: 僕のキャリアの中でも滅多にないぐらい悪い日で、ゴールには最下位で到着だった。でも今日はそういう日だったんだよ。
C: それは大変だったね。なにがあったの?
ゲ: 数日前からちょっと風邪気味なんだよ。昨日は咳も出ていた。呼吸もきちんと正常にできなかったぐらいだった。
C: それなのにスタート直後にきみは逃げようとしたよね。後から考えると、これって良くなかったんじゃない?
ゲ: 最初はまだ良かったんだよ。だからやってみようと思ったんだ。だけどどんどん体調が悪くなっていった。
C: それじゃあ今日は本当にひどい目に合ったね。足切りの時間が気になったんじゃないの?
ゲ: サポートカーの監督が計算して無線で教えてくれた。幸い、それほど慌てることはなかったよ。
C: 風邪を引いてモルティローロか。自動車やバイクにつかまったり、ファンに押してもらったりしたかったんじゃない?
ゲ: ファンは押してくれたよ。この場を借りて御礼を言いたい。でも車にはつかまらなかった。それどころじゃあなかったね。
C: 今日の休息プログラムはお風呂とベッド?気分はどうなの?明日はスタートできるの?
ゲ: スタートするつもりだよ。明日になっても良くなってなかったら、抗生物質を飲むしかないね。
まだ大逃げを繰り返して山岳ポイントを稼ぎまくれば、って淡い期待をしていたんですが、これで完全に山岳賞はあり得なくなりましたね。

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