9条のおかげで日本人が戦場に行かなくてすんだのだということに否定的な人がいるが、しかし、9条がなければ日本人は朝鮮戦争とベトナム戦争で殺し殺されただろう。実際、安倍らはすでに言葉の端々から日本人が殺したり殺されたりする可能性を否定していない。一週間ほど前に安倍が自衛隊員は1800人も殉職しているんだと言ったのも、戦死者が出る可能性を念頭に言った言葉であるのは間違いない。
もしどこかの国が攻めてきたら、9条など意味がないという人もいるけど、攻めてきたらという前提がおかしいのだ。攻められないようにするために外交があるのだろう。「どこかの国」は天変地異ではない。火山の噴火や地震は避けようがないが、「どこかの国」は人間だ。危機を煽る人たちは「どこかの国」が言葉の通じない宇宙人だと思っているのではないだろうか?
9条を広めたところで戦争はなくならないだろう。だけど、だから無意味か? 人間は何かしらの理想なり究極の目標なりを立てて、そこに向かって少しでも近づいていこうとするのではないのか?
9条で日本だけが平和で良いのか、日本人も血を流すべきだ、と勇ましい人もいる。しかし、そういっている人たちは、自分もその家族も血を流すつもりなどない。
それよりも、まず日本が9条に基づいて平和国家であるという理想像を示したうえで、世界中に9条の精神を広めていくべきなんだ。理想論だ、平和ぼけだ、お花畑だ、と言われようと、地球上の全ての国に9条を広めていくのが日本のやるべきことであり、究極の安全保障なんだと思う。

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