もうかなり昔、NHKの放映をVHSに撮っておいたまま放置してあったのを、やっと見ました。こういうヴィデオはまだずいぶんあるんですが、なかなか見るとなると、それなりの覚悟が必要です。でも、見てみると、今回もそうでしたが、かなり感動しました。好みもあるでしょうけど、わたしはこういう雰囲気の映画はとても好きです。目下、ひと月近く、
以前ちょっとだけ触れたリテルの「慈しみの女神たち」という惨憺たる小説を読み続けているので、こういう穏やかな映画にちょっとだけ癒されました 笑)
17世紀フランス。ヴィオールというチェロの前身のような楽器の名手であるサント・コロンブは小貴族で、妻を亡くした後は娘二人と屋敷に隠遁し、離れに小屋を造ってそこで音楽三昧の生活を送っています。娘たちと屋敷でコンサートを開き、その名手ぶりに宮廷お抱えの音楽家にならないかと誘われますが、そうした世俗的な栄光など欲しくない、と怒り狂って断ってしまいます。コロンブがひとり離れの小屋で、妻の死を悼んで作曲した「悲しみの墓」を演奏すると、亡き妻が姿を現すのですが、この曲をだれにも聴かせることはありません。コロンブは作曲した楽譜を出版するつもりはなく、自分の死とともにすべて消え去る定めだと考えているのです。
ある日、靴職人の出の若いマラン・マレが弟子にして欲しいとやってきます。ヴィオールの演奏は上手だが「音楽家」ではないと一度は断られますが、娘の取りなしで弟子になったマレは、娘と良い仲になります。しかし、マレは宮廷で王の前で演奏したことを鼻にかけ、師匠の要求を無視したことで破門されてしまいます。ところが娘の手引きで師匠の技を小屋の軒下で盗み聞きして我がものにします。娘は妊娠・死産ののち、宮廷の音楽家の地位を得たマレに捨てられて病気になり、マレが見舞いに来て、かつて彼女のために作った曲を演奏して帰って行った後で、首を吊って自殺してしまいます。コロンブは悲しみの余り半年楽器を演奏しなくなってしまいます。罪の意識を感じたマレは夜陰に紛れて離れの小屋の外でコロンブの様子をうかがいに行き、彼と話しながら、音楽は死んだ者たちのためのものだと悟ります。和解した二人は「悲しみの墓」を合奏し、こうしてコロンブの曲が後世に伝えられることになったのでした。
二人が「悲しみの墓」を合奏するシーンが YouTube にありました。
映画はこれらを今は功成り名を遂げた老いたマレが弟子たちに語るという枠組みになっています。冒頭の5分にわたる悲しみに満ちたマレの長いアップで始まり、自分は師匠のコロンブの足元にも及ばない俗物だという嘆きと後悔が語られて、上記の物語が描かれ、最後に今は亡きコロンブが姿を現して、君を教えたことを誇りに思うと言って、娘のための曲を演奏するように頼むシーンで映画は終わります。
音楽が死者たちのためのものだというのがキーになりますね。若きマレが演奏は立派だが音楽家ではないとコロンブに言われてしまうのも、コロンブが演奏すると繰り返し亡き妻が現れるのも、音楽が死者たちのためのものだからなのでしょう。そして最後にマレの前にコロンブが姿を現すのも、マレがこのコロンブの教えを理解したからこそなのでしょう。
映画としては、室内のロウソクの明かりのもとでの映像が、映画の時代と同じ17世紀のジョルジュ・ド・ラ・トゥールの絵のようだし、昼間の室内の風景も同じように17世紀頃の世俗絵画や静物画のような雰囲気があります。コロンブの黒い服と白いエリ飾りにオレンジの光が当たった顔のバランスが、これまたこの時代の肖像画のようです。
一方で、マレが師匠の指示を無視するシーンは、はっきり言って余りに唐突だし、分かりづらい。コロンブという人がかんしゃく持ちだとしても、マレのヴィオールを木っ葉微塵に壊してしまうのも、やりすぎじゃない? それから、マレと娘の愛情を育むシーンがあまりなく、突然二人はデキちゃってる、って感じで、このあたり、もう少し丁寧な方が良いような気もしますが。。。
ところで、コロンブもマレもどちらも実在の人物らしいです。ウィキペディアによると、マレのほうはルイ14世の宮廷ヴィオール奏者として名を成したが、師匠のコロンブのほうは、ほぼ同時代の
シャルパンティエ同様、宮廷と接触がほとんどなく、その名声にもかかわらず、生涯など細かいことについてはなにも分かっていないらしいです。ただ、マレはもちろん、コロンブも曲は残っていて、とくにマレには「コロンブのための墓」という曲もあります。こんな 曲です。
シャルパンティエの典雅で優美な宗教的な感じとは違って、もっとなにか実人生の悲しみみたいなものを 無骨に重く暗く表現したような感じで、同じ時代の曲とは思えないほどですね。 映画のなかの言葉を借りれば、シャルパンティエは神のための音楽、コロンブやマレは死者のための音楽という感じでしょうか。

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