拙ブログは、
2010年のジャパンカップ後にフレーリンガーに承諾を取って(実際は承諾前からでしたが)彼のブログを紹介し始め、これまで(たぶん?)彼の書いた記事は全部紹介してきたと思うので、ここで一回抜けるのもシャクだしね。タイミングはかなり逸してます。3月10日付けの記事ですが。
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ストラーダ・ビアンケとローマ・マキシマの二つのレースは長い歴史があるわけではないけど、とてもプレステージの高いレースで、自転車レースのカレンダーでもハラハラどきどきのレースの一つだ。
ストラーダ・ビアンケは50キロ以上にわたって、トスカナの未舗装路を走るんだ。そういう未舗装路がだいたい10回ぐらい出てくるかな。しかもときどき険しい登りや下りが混じってる。翌日のレースは舞台がすごい。スタートとゴールがローマのコロッセオの前だよ。僕らはこの二日間目立つ働きをしたけど、トップリザルトは残せなかった。
ストラーダ・ビアンケでは最初の振り落としでウチのチームから4人が前に残った。7番目の未舗装路のあと20人のグループができた。そこまでは僕も良いレースができた。チームメイトのアシストでポジション争いをしていた。
僕らは落車もなく、常に前にいた。ワレン・バルギルとジーモン・ゲシュケが8位9と10位になった。翌日も改めて目標はできるだけたくさん選手を最後まで残すことだった。レースのもっともきつい登りの直前、考えられる限りで最悪の瞬間に、僕はパンクでホイール交換しなければならなかった。集団がバラバラになった瞬間で、僕はもう50人のメイン集団に復帰することはできなかった。結局このメイン集団が勝負を争うことになった。ジーモン・ゲシュケがスプリントで9位になった。
前日のように、ゴールまでの最後の何キロかをわたしは大集団でゆっくり走った。ウチのチームの半分はティレノ〜アドリアティコのためにイタリアに残り、あとの半分は、僕もそうだけど、カタロニア一周の準備のために帰ることになる。
じゃあまたその時に
ヨハネス
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フレーリンガー、今年もフランドルのクラシックではなくアルデンヌクラシックのほうを走りますね。

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