樹村みのりという漫画家がいる。寡作だけど結構知る人ぞ知るっていう人で、中学生のときにデビューしていて、その時に書いた漫画に、ユダヤ人狩りをするドイツ兵の立場から書いたものがあった。ほかにも「病気の日」なんていう掌編にも当時はいたく感動した。さらには「悪い子」なんて、最後のパラシュートの比喩に大傑作だと思った。
その樹村みのりの作品に、「贈り物」という短い作品があって、子供の頃のエピソードを語った後、その後の子供たちの運命を挙げる中で、ひとりは72年の2月に暗い山で道を誤ったという言葉が出てくる。(手元にないので正確ではないけど)
その72年2月のあさま山荘事件が起きたとき、ぼくは高校一年。政治の話など全く関心はなかった。だからあまりハッキリした記憶はない。たしか朝からずっと現場の実況放送をしていたんだったと思うけど、これもちょっとぐらいは見たはずだけど、ほとんど記憶にない。当時この事件も、その後に続くリンチ殺人事件もかなり大騒ぎになったから、ある程度は知っていたけど、それほど興味を持っていたわけではなかった。
この映画を見て、40年前の集団ヒステリーだとか、カルトの世界で自分とは無関係だと考えてはいけないんだろう。これは場合によっては自分かもしれないんだ。後になってから、なんであんなことをしたんだと糾弾したり、自らなぜあんなことができたんだろうと自問したり、そういうシーンを、ぼくらはたくさん見てきたはずだ。これは連合赤軍という組織に固有のものなのではなく、こういうことはどんな組織にも、誰にでもおこることなんだろう。特に一生懸命で、誠実で、自分のやっていることが良いことなのだ、正義なのだ、と思うとともに、圧倒的な「敵」に追い詰められ、そしてそこにロマンティシズムを一滴垂らされてみれば、誰にだって起こりうることなんだろう。
(誠実という言葉は、一時期ぼくにとって人生で一番大切なものだと思っていた。何事であれ、誰に対してであれ、誠実でありたいと思っていた。言うまでもなく、そう思うのと実際に実行するのは別だけどね。だけど、ナチスのホロコーストの責任者アイヒマンが裁判で、自分は「誠実に」職務を実行したのだと胸を張るのを見たとき、誠実という言葉に限らず、言葉が内包する価値はひとつではないんだなと思った。)
映画は陰々滅々、もうこれ以上ないってぐらい辛く暗い。見ていて楽しくない。気持ちが悪くなるだけ。みんなが真剣で誠実で、「戦争や不平等をこの世の中からなくす革命のために」と信じ、どんどん全体が見えなくなっていく。物事を客観的に見ることができなくなっていく。化粧をしているとか、風呂に勝手に入ったとか、誰と関係を持ったとか、そんな目の前のことで、共産主義化できていないと言って、同志を次々にリンチして殺していく。呪文のように「総括」という言葉が一人歩きして、この言葉が出ると、みんな思考停止してしまう。自己批判しろ、と言われて、みんなの前で反省の弁を大声で述べ、同志をリンチしながら、頑張れ、しっかり総括しろ、と励ます。客観的に見ればグロテスクで偽善だし欺瞞だし無意味だ。だけど誰も気が付かない。
いろんな歴史上の逸話を思い出させる。彼らが革命と叫ぶだけに、フランス革命後のロベスピエールやスターリンによる1930年台後半の大粛正やカンボジアのポルポトを連想するのは当然だが、ナチスの強制収容所だって、日中戦争での日本軍だって、いやいや、ありとあらゆる国々の軍隊の残虐行為も、いや、軍隊に限らず、ルワンダだってダルフールだって、オウム事件だって連想させる。
これまでにも書いてきたように、この世の中には99.9%の善良な普通の人と0.1%の悪人がいるわけではない。みんな普通の善良な人なのだ。特定の性格の人間だから、こういうことができるのだというのは、物事を単純化して、自分はそうではないと安心できるかもしれない。でも、きっと、そうじゃないんだよね。世の中は水戸黄門の時代劇やハリウッド映画ではない。誰でもこうなる。内なるヒトラーという言葉があるけど、誰でも森恒夫や永田洋子みたいになる可能性はあるんだ。そして、後になって、悪い夢からさめたように、なんであんなことができたんだろう、と思うのだろう。
今年の初めにTVで、連合赤軍事件の生き残りで、20年の刑ののち出所して、いまはスナックをやっている人のドキュメンタリーを見た。この人も自分の恋人のリンチ殺人などに加わった人だが、結局、なぜあんなことをしたのか、明確に説明はできない。言葉にすればするほど伝わらないというようなもどかしさがあるんだろうと思った。
それから、映画にも出てくるが、森恒夫は一度運動から脱落している。転びバテレンが残酷なキリシタン追求者になるような、あるいは以前書いたナチスの裁判官ローラント・フライスラーが共産主義者からの転向者だったような、そういうところも過激化していく要員の一つなのかな、などと思った。
ともかく、特に坂井真紀がやった遠山の最後など、見るのが辛くて途中でやめようとか思ったんだけど、全部を見終わって、特典映像を見て、やっとぼくが見たものは作り物なんだと思ってホッとした。とくに映画では冷酷無比な永田洋子役の女優さんが、カットの声の後、涙を流すのがチラッと写って、なんだかとても気持ちが楽になった。でもこれらは40年前に本当に起こったことなんだよね。

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