まあ、あまり若い方たちには興味がないかもしれませんが、過去のレースと今のレースの違いを知れば、レースの見方も深まるのでは、と思いまして。。。。ブツブツ
というわけで、前回は1981年のマールテンス

、サロンニ

、イノー

の御三家による集団スプリントについて書いたので、今回は、おそらく空前絶後のアタックを見せたサロンニの優勝を見てみたいと思います。例によって YouTube だよりですが 苦笑)
1982年はイギリスのグッドウッドで行われました。 YouTube では残り1周になってからの抜粋ですね。
ラスト1週でコイペルス

をちぎってレハレッタ

が集団をリード。30人ぐらいの集団はケリー

が引っ張ってレハレッタはいったん吸収されますが、ラスト3キロ弱ぐらいでしょうか、再びレハレッタがアタック。敢闘賞があれば、まちがいなくレハレッタでしょう。
ところで、このレハレッタ、ぼくはどうも「カムイ伝」に出てくる追忍のカラミのてぶりを思いだしてしょうがないんですよねぇ。。。

©白土三平「カムイ伝」
え?どこが似てるか、って? 確かに比べるとまったく似てませんが、何となく雰囲気ってもんでござんすよ。
レハレッタのアタックに、ジョナサン・ボイヤー

だけがついて行き、カウンターアタック。単独で30メートルぐらいリードします。後ろで集団を牽いているオレンジのオランダの長身アシストはヴァン・デル・ヴェルデ

ですね。その横を突然グレッグ・レモン

がアタック。サロンニがピッタリマークしてます。
右コーナーを曲がって登りがきつくなり、画面がボイヤーのアップになり、ちょっと引いて後ろからレモンが追いつこうかという瞬間に、モーターバイクのような青いものが横をすり抜けていきます。ちょっと桁違いの速さ。モーターついてないかい?っていう全盛期のサロンニの最高のアタック。
その後ゴールしてくる選手たちの様子を見ると、このゴール前は結構登っていたようで、みんなよろよろとゴールしてますね。このサロンニ以外でも、ゴール1キロを切ってからアタックして逃げ切り優勝という例は、85年のズーテメルク

や87年のロッシュ

がありますが(追記・99年のフレイレ

もそうでした)、これはどちらも後ろで牽制して一瞬の躊躇をついた鮮やかな作戦勝ち、タイミング勝ちという奴でしたが、このサロンニのケースはレモンもケリーもズーテメルクも、みんな力勝負に出て、そんななかでサロンニが飛び抜けたアタックを見せたという希有な例だと思います。
さて、このYouTubeへの書き込みはもちろん、それ以外でも、せっかく最後に逃げたボイヤーをレモンが追いかけたことに対する批判が多いようです。確かに、ボイヤーをサロンニが追ってたら違った結果になったかも知れないという気もします。でも、サロンニは自分で追うことはしなかっただろうし(ガヴァッツィ

が9位になっているので彼が追ったでしょう)、ボイヤーもゴールまで逃げ切れたはずはありませんから、私見ではレモンが追いかけなくても、サロンニより強かったとは思えない気がします。このレースは、もう、サロンニ以外のだれにも勝つチャンスはなかった、って感じですね。
たしか89年の世界戦でもフィニョン

がチームメイトのクラベローラ

の逃げをつぶした、みたいな批判が出ましたが、しかし、あのときも、いやぁ、クラベローラじゃあ逃げ切れなかったでしょう。。。
ところで、このときのアマチュアのレースもすごかったらしいです。昔読んだ三浦恭資のニューサイのインタビューで、三浦はそのレースを見て、トラックをやめロード一本に絞る気持ちを固めたと言ってました。ラスト1周でベルント・ドローガン

という小柄な選手が一人で集団から200メートルほどリードして、そのまま1周逃げ切ったそうです。どこかにその時のゴール後、倒れ込んでいる苦しそうなドローガンの写真(雑誌)があるんだけど、例によってぐちゃぐちゃ状態で行方不明 涙)
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