1980年頃だろうか、まだ東西冷戦時代。西ドイツの、フランスとスイスの国境に近い地域に黒い森という大森林地帯がある。そこの木々が原因不明で枯れ始めた。いろいろ調べた結果、酸性雨のせいだということがわかった。主に工場の煤煙や車の排ガスが原因。これによって環境意識の高まりとともに、西ドイツ緑の党という市民政党が出来た。この政党の面白いのは、最初に集まった発起人たちのメンツが極左の学生運動をしていたような若者から、元陸軍将校の政治家なども加わって、左右のイデオロギーを乗り越えて、ただエコロジーという一点だけで一緒になったということだった。現在のエネルギー政策を考え、オータナティヴ(これがキーワードだったっけ。つまり第三の道っていうこと)な生活様式を模索するという運動につながっていって、社会に大きな影響を与えた。
当時はまだ東西冷戦の時代である。そんな時代に左右の垣根を越えて、多くの人々がエコロジーを旗印に集まってひとつの政党を作ったということに、ぼくは今の日本の見習うべき点があるような気がする。むろん西ドイツ緑の党はこのあと左右それぞれの陣営の綱引きにより迷走を続けることになるのだが。。。
ネットなどで見ると、反原発は左翼の言うことだから愛国的ではないという論理にもならないような言い方が堂々とまかり通っている。ぼくとしては右翼の人たちこそエコロジーを協調するものだと思うのだが。。。美しい日本のふるさとが放射能によって汚染されているんだよ?ここで左翼とか右翼とか言っている場合なのかい?と思っていたら、少し前に西尾幹二(わたしははっきり言ってこの人が大嫌いです)が反原発を明言したらしいし、
マガジン9条の鈴木邦男の愛国問答でも、右から考える反原発デモというのが行われたそうだ。まあ、ネトウヨ的な右の人たちは鈴木邦男は右翼じゃないって言うんだろうけど。
で、西ドイツ緑の党に話はもどるわけ。どうしてこんな目に遭っている日本でこそ、反原発の一点で一致して、左右のイデオロギーから解放された政党が出来ないものなのかなぁ、と思うわけ。まあ、政治の世界は原発だけを扱っていればいいって言うわけにはいかないだろうから、なかなか難しいんだろうけど、そういう政党が元になって、今の日本の社会全体、ぼくたちの生活様式全体を見直すような大きな運動にならないものか、そんな風に夢想しているわけです。
今日の緑の党のことは、きちんと調べていません、当時、ペトラ・ケリーという代表の女性が書いた本なんかを読んだりしましたが、そのころの記憶だよりなので、もし事実関係が違っていたら、穏便にご指摘くださいませ 笑)
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