ニーアマンのブエルタ日記、スイスのときのトニ・マルティン

は最終日の日記をアップしないまま(しかも優勝したのに)終わってしまったので、どうなるかなと思っていましたが、こちらは律儀に最終日の日記もアップされました。
「パリのシャンゼリゼに到着するのはちょっと特別なことなんだ。辛い3週間のあと、ようやく家族に会って、チームのみんなと一緒に凱旋周回をする、これは毎年の頂点のひとつなんだよ。
マドリッドでもブエルタの終了に向けて、ものすごい数の観客の前で、華やかな大通りを周回するんだけど、でも雰囲気は完全に違うね。レース後もてきぱきといかない。シャワーをあびて手を振ってバイバイして空港へ直行。ハノーファーに住んでいる奴らだけ(ハノーファーなんかに誰が住んでるんだ?)もう一晩だけマドリッドに泊まり、月曜日に故郷へむけて帰っても良いことになっている。やれやれ、ぼくは今、サンドラ【奥さん?】と子供たちのところへ帰ろうとする前に、まず一人でラップトップの前に座ってブエルタのことを思い出している。
われわれのチームにとってはこのブエルタは非常によくなかった。デニス・メンショフ

は、ツールでの好成績【総合3位】の後ではもう調子はよくなく、総合を争うことはできなかった。オスカル・フレイレ

も普通ならステージ優勝請負人だったんだけど、今年はだめだったね。ぼく自身は調子もよく、ある程度満足している。むろん総合争いをする選手がいれば、ぼくはチームのために役立つタイプなんだ。デニスがすでに総合で40位になってしまったら、風よけになっても大した意味がないからね。
今はようやく家に帰れるので嬉しいし、少し休むつもりだよ。10月になればロベルト・ヘーシンク

をサポートしてジロ・デ・エミリア、GPベゲッリ、それにジロ・デ・ロンバルディアを走る。
じゃあね。」
しかし、レールス

、5回逃げたんですね。惜しむらくはワンステージぐらい逃げ切れたら良かったんだけどね。
ファラー

って、無精ひげのせいもあるのかな、なんか顎の下が肉が余っている感じがしてしょうがないです。
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