ドイツツールも始まってますね。初日は最近グランツールで見なくなった2.6 キロのプロローグ
で始まり、ガンナが優勝でした。ディフェンディングチャンプのポリットが3位になってます。ボーラとしてはなんとしてでも総合優勝したいところでしょう。ブエルタをパスしたブーフマンがこちらに回ったので、期待がかかっているようですが、初日は17秒遅れ。
一方、ドイツナショナルチームで参加したゲシュケは練習中にコケて、その影響か21秒遅れ。Jスポでもダイジェストだけど放映とあるのでいつかと探したら、なんと1ヶ月も後の9月後半ですねぇ。忘れっちゃうよ 苦笑)
*
Cyclingmagazine : 今日はどんな日だった?
ジョン・デーゲンコルプ: まあ昨日に比べれば足も気持ちもずっとよかったね。
C: 今日はスタートから速かったけど、逃げグループができるまでには時間がかかったね。今日は逃げが決まるというのは、みんな織り込み済みだったのかな?
デ: そう、スタートから全開だったね。逃げが良いメンバーならゴールまで逃げ切るチャンスは高かった。だからそれだけ大変だったよ。
C: 君のチームではニキ【アルント】が逃げに乗るのは最初から計画されていたの?
デ: うん、ニキは今日は逃げに乗ろうとしていた。マルコ【ブレンナー】とマーク【ドノバン】も山岳に強いから、何度も逃げに乗ろうとしていたけどね。でも、こういう日にはちょっとした運も必要だね。
C: 最後にファンについての質問だ。バスクの人たちとその自転車競技に対する熱狂ぶりは有名だけど、ときには行き過ぎだと感じるかい? それともそれは普通のレベルかい?
デ: バスクのファンはすごいと言わざるを得ないね。この地方では山でいつでもウルトラ・パーティーが催され、毎年改めて感動させられるよ。このファンを見るだけのために、僕もいつかバスク一周に参加してみようかな 笑)
C: ありがとう、ジョン。うまく回復してね。また明日。
*
ああなっちゃうと、やっぱり後ろで自分は潰れて構わないから追いつくぞ! というアシストがいないと無理ですね。ボーラはイギータ、ヒンドレイ、ケルデルマンの3人が5分強遅れで20位あたりにいますが、今日の山頂ゴールで総合も優勝候補が上位にまとまってくるのでしょうね。
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ああいうコースになると、ログリッチが強いですねぇ。最後の方でDSMの黒いマイヨも二つ見えていたので、デーゲいるかな、と思っていたのですが、どうやらあれはアレンスマンとアレントだったようです。
*
Cyclingmagazine : 今日はどんな日だった?
ジョン・デーゲンコルプ: 今日から本当のブエルタのスタートだった。残念ながら調子はよくなかったね。
C: ステージ中最初からずっとスピードが高かったのにびっくりしなかった? それともTVで見てたからそう感じたのかな?
デ: 正直なところ、ゾッとするほどびっくりしたよ。補給地点前でおしっこしようと立ち止まったんだ。ぷろとんの最後尾に戻ったり、突然短いテクニカルなくだりの後で中切れが起きて、その瞬間に飛びつけた選手は少数だった。
C: それでもアレンスマンは集団に残れて、大集団の中でほとんどタイムロスしなかったね。きょうはそれが一番の目標だったのかな?
デ: 絶対的にそうだった。それが一番の優先事項だったんだ。彼はタイムロスがなかったから喜んでいたよ。ニキアス【アルント】が最後の上りでトラブったのが残念だった。最後のところは彼向きでもあったんだけどね。
C: 明日もまたまた山が続くね。うまく休養してね、どうもありがとう、また明日。
*
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というわけでデーゲのお休みはどうだったでしょう 笑)
*
Cyclingmagazine : 今日はどんな(休)日だった?
ジョン・デーゲンコルプ: とってもリラックスできた。。。昨日は真夜中前にバスク地方のホテルに到着したんだ。。。今朝はみんな寝過ごして、それから1時間ほど自転車に乗ったよ。
C: オープニングのことを聞くよ? オランダでの日々はどう感じた? 2015年のツールのスタートとよく似てたわけだけど。
デ: 沿道の数えきれないほどのファンで、まさしく国家的なお祭りの雰囲気だったね。2015年と同じだよ。ユトレヒトではきっとグラン・デパールの練習をしてたんだね。ジロでも、ツールでも、ブエルタでもグラン・デパールがあった町って他にあるのかな?
C: うーん、ないと思う、少なくとも私は思い浮かばない。さて、これからはスペイン北部へ向かうね。国家的なお祭りに山も加わり、さらに緊張感が引き起こされているのかな? それとも、すでにどのぐらいのペースで走れるかはわかっているのかな?
デ: 今日は明日の50キロ地点以降の山のコースを走ってきたんだ。本物の山だったね! ところで、みんなあそこではオレンジ色の応援団がオランダ人じゃないことがわかるだろうね 笑)
C: じゃあ、この後の休息日を楽しんで、明日は頑張ってね。どうもありがとう、また明日。
*
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うーむ、突然のサム・ベネット。というか、このブエルタはあまりピュアスプリンターがいないようなので、ベネットが突出している感じですかね。ブエルタは昔から結構こういうことがありました。と書きながら、以前にも同じこと書いたような。。。笑) 昔のブエルタは、ツールやその他のレースでは上位に入るものの、なかなか優勝できないスプリンターがまとめ勝ちするケースって、探せば結構見つかります。今回のベネットも、と言いたいけど、この後スプリントステージになりそうなのは2つか3つぐらいですかね。
*3ステージ
Cyclingmagazine : 今日はどんな日だった?
ジョン・デーゲンコルプ: うん、なんと言うべきか。。。今日の最後は残念ながら本当にク●だった。
C: 何がまずかったんだろう? 最後のコーナーがポイントだったのかな?
デ: いや、その前の右コーナーがポイントだったんだ。。。その後にシケインがあって、そこで最初の10人はノーブレーキで行けたんだけど、それより後の選手はみんなスピードを落とさなきゃならなかったんだ。
C: ああ、OK だ。そのおかげで最後のコーナーの前では前に出られなかったんだね。そこで密になって、ブレーキをかけざるをえず、スピードが落ちたってことだね?
デ: うん、その通りだよ。。。おかげで余分なエネルギーを使ってしまって、最後に燃料切れになってしまった。。。そこからメリエが一気に行ったので、あいつが勝つかなと思ったんだけどね。
C: 金曜日は単独走行、昨日はトップテン、今日は失敗ゴール。明日は休息日が待ってるね。それともむしろすぐに次のステージに移りたい気分かな?
デ: いや、休息日(移動日)はちょっと早すぎだよね。でもジロもツールもそうだった。どっちがいいかは明日のコーヒーライドでわかるよ。ふぅー、でもまだほとんど3週間あるんだよ。
C: どうもありがとう、良い旅行を。また明日。
*
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今日の夕方は鈴木雅明のレクチャーコンサート。主にパイプオルガンでの演奏で「来たれ、異邦人の救い主」という、宗教改革のマルティン・ルターが作曲した讃美歌をモチーフとしたバッハの曲を、解説付きで聞いてきました。いろいろ勉強になりました。ただ、ちょっとレベルが高かったかなぁ。楽譜がいろいろ出てくるんですが、楽譜は追いかけることはできるけど、楽譜を見てもどんな曲かは、さすがにわからないのでねぇ 苦笑)
さて rsn の今年の総括シリーズ、ジョン・デーゲンコルプの番です。プロ入り11年目にして初めて勝利なしの一年でした。でも満足いく一年だったようです。2月のエトワール・ド・ベッセージュに始まり、プロヴァンスやル・サマン、パリ〜ニースとトップ10が4回。
その後のミラノ〜サンレモとフランドル・クラシックは常に30位前後で終えたものの、その後4月後半のバレンシア一周と5月のトロ・ブロ・レオンとリンブルフ一周でトップ10。ツール・ド・スイス、ドイツ選手権とパッとしないレースが続いたものの、7月終わりのツール・ド・ワロンニ、8月のポーランド一周、ドイツ・ツールでトップ10に何度も入り、9月のエッシュボルン〜フランクフルトでは2位。
デーゲンコルプの話。「堅実なレースができたし成績も安定していた。シーズンとしてはそんなに悪くない一年だったよ。確かに優勝はできなかったけどね。落車しなければもっと良かったんだけどね。
ドイツ・ツールで【ロット・スーダルのチームではなく】ナショナルチームのジャージを着て走れたのは今年のハイライトだった。それとエシュボルン〜フランクフルトで表彰台に立てたのもうれしかったよ。
世界戦は落車でリタイアした。最高の状態で望んだのに落車したのは残念だった。その次の週の一番好きなレース、パリ〜ルーベにまた出場できたうえ、完走できたのは、あのすごいコンディションのレースだったからね、とっても嬉しかったよ。なにしろ世界戦でのクラッシュした後だったからね。今回は順位はどうでもいいよ【53位】。
【来年はかつてのアルペツィンの後継チームDSMに戻ることになるけど】ベルギーでの2年は、チームにとっても僕にとっても「スーパー」とは言えなかった。でも円満に別れられたし、新しい一歩を踏み出すのは良いことだ。今は原点に戻るという気持ちだね。DSMのオーナー、イワン・スペケンブリンクは良い話し合いができた。お互いによく知り合っているし、はっきり言って尊敬し合っている。一緒に仕事をするためには完璧なことだよ。みんな何をすべきかわかっているし、これから3年間、このチームでの新しい仕事をとても楽しみにしているよ。」
DSMとは3年契約ですね。プロ入り前から追いかけてきた選手ですがすでに32歳。何度も言いますが、あの2016年1月の事故
http://tatsuya1956.blog48.fc2.com/blog-entry-2427.htmlから、それ以前の爆発力がなくなったような気がするんですよねぇ。ミラノ〜サンレモ
http://tatsuya1956.blog48.fc2.com/blog-entry-2064.htmlとパリ〜ルーベ
http://tatsuya1956.blog48.fc2.com/blog-entry-2093.htmlに勝って、今度はツール・デ・フランドルだ、と思っていたんだけどねぇ。。。
でもDSMならツールに出場する可能性は高そう。もう一旗あげたいですよねぇ。
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デーゲンコルプはプロ入り前から注目していた選手でした。
ミラノ〜サンレモとパリ〜ルーベに勝って、しかし好事魔多し。
16年初めの事故以来、それ以前の爆発力がなくなった感じでしたが、拙ブログでも久しぶりの登場でしょうか。
エシュボルン〜フランクフルト、昔はヘニンガー・トゥルムと言われ、ずっとメーデーの日、5月1日に、曜日に関係なく行われていたレースだったんですけどね。たぶん、コロナが治れば、また例年通りの開催日になるのでしょう。
ネレ・ノイハウスというドイツの女流ミステリー作家がいます。日本でも翻訳されてますが、フランクフルトの男女の警察官を主役にしたシリーズがあって、その中に5月1日なので自転車レースで市内はいろいろ通行止めがあるなんていう話がでてきます。
しかし、タイミングとしては完璧と言っていいんでしょうね。ただ、フィリプセンの爆発力がダントツでしたね。デーゲとしてはパリ〜ルーベに向けて、調子は悪くないということで、拙ブログとしても期待しましょう。
デーゲンコルプの話。「いろいろ言われてきたからね。このプレッシャーに耐えて再び勝利を争えたことは誇りに思うよ。TVではもしかしたらコントロールされたレースのように見えたかもしれないけど、最初からすごいペースだった。ペースが緩んだのは、最初の逃げが決まった時だけだった。うちのチームから16人の逃げに誰も加われなかったのは失敗だった。おかげで他のチームと一緒に追いかけなければならなかったんだ。
ゴール300メートル手前でイチかバチかって覚悟を決めたんだ。足がツリかかってたけど、それしかないと思った。ゴール前の小さなシケインをトップで入って一番良いラインを走りたかったんだ。
フィリプセンは強かった。すごいスピードで、自分が止まってるみたいな感じだったよ。でも2位になったんだからね。今後が楽しみだよ。まだまだレースはあるからね。10月3日(パリ〜ルーベ)まではまだ2週間あるしね。今は110%の状態でスタートラインに立てるように最善を尽くすよ。」
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昨日アップしたクールネ・ブリュッセル・クールネの
残り70キロからのバージョンを見ると、途中デーゲンコルプが結構目立っているんですよね。まあ、ほとんどの人がマティウ・ファン・デル・プールに目を奪われていたとは思いますが、追走集団を分断したのはデーゲのアタックでした。その後も積極的に追走集団の前のほうにいるのが繰り返し写ってました。結局最後はまた一つになっちゃうんだけど、最後残り1.6キロでマティウたちが捕まった後、どうしたのかなと思って結果を見たら17位でした。
rsn にレース後の話が載っていました。
デーゲの話。「うーん、ちょっとがっかりしてる。今日の結果は僕がやったことが反映されてないよね。調子はすごくいいと思った。スプリントするだけの力も残していた。だけど最後のカーブで位置どりが後ろすぎたよ。チームとしては良いレースをしたけど、最後はそれが報われなかったね。僕らは前に追いつこうと全力を振り絞った。逃げた連中は本当に強かったね。火曜日のル・サマンでまたチャンスがあるよ。僕らはもっと良い成績を収められると確信している。」
というわけで、
GPサマンについては10年前に書いたけど、1968年から続くレースです。初代優勝者のジョゼ・サマンが別のレース中の事故で亡くなったため、第2回目から名称がGPサマンになったレースです。
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しばらくバタバタしているうちに rsn の総括シリーズ、かなり進んでいて拙ブログで追いかけている選手たちを何人も見逃していました。しばらくはこれを追いかけましょう。昨日のゲシュケに続いて、今日はデーゲンコルプです。
この選手もU23時代から注目していた選手で、当時日本でこの選手の名前を知ってたのは浅田監督と拙ブログぐらいだろうと 笑)
プロ入りして
ブエルタでステージ5勝したり、
ミラノ〜サンレモと
パリ〜ルーベを勝ったりして、順調に大選手の仲間入りかと思ったら、好事魔多し。
オフシーズン中の事故にあって、その後はどうもパッとしません。
さて、今シーズンはトレックからロット・スーダルに移籍したのにコロナで寸断されたシーズンになってしまいました。結果を見ると優勝はツール・ド・ルクセンブルクでステージ1勝のみ。かつてのスプリント力は落ちてきたんですかね。フランドルの9位とかヘント〜ヴェフェルヘムの6位とかあるんだけど、一番注目される
ツールは初日でタイムオーバー。地元で毎年楽しみにしているエシュボルン〜フランクフルトは中止だったし、何よりも、
自分の名前を冠した石畳区間ができたというのにパリ〜ルーベは中止になってしまいましたからね。
デーゲの話「今シーズンはノーマルなシーズンじゃなかったから総括なんて言われても難しいよ。【ロットに移籍して最初のバレンシア一周で2回トップテンになり】全てはスーパーな始まりだった。ロット・スーダルへの移籍もすぐにチームに溶け込めたしトレーニングキャンプも素晴らしかったし、シーズンインも素晴らしいスタートを切れた。すぐにこのチームに居心地の良さを感じたし。なのにパリ〜ニース の後突然のストップだ。いつまで続くのか誰にもわからなかった。全てが新たに考え直され、再計画された。再スタートに万全の形でのぞめるためにはどうすればいいか、とても難しい問題だった。こうしたことがどれもチームやレースの存在にも影響した。【ツールで落車で膝を痛めてタイムオーバーになったけど】すぐに自転車に乗れたし、チームとともに残りのシーズンをうまく乗り越えられたと思う。
「春の」クラシックではトップテンに入れたし、ルクセンブルク一周ではワンステージ勝てたしね。絶好調だったと思うよ。リズムにも乗れていた。【コロナにも関わらずたくさんのレースが主宰されたことを】とても重要なことだったと思う。再スタート後のレースはどれも素晴らしいものだった。ただ、パリ〜ルーベがあれば、最高の状態で出場できたはずなんだけどね。それだけに中止は2倍痛かった。来シーズンに向けては、何より冬を健康でいられることが大切だ。シーズンへの適切な準備はその後だね。願わくば「春の」クラシックが春に行われてくれるといいけど。そしてチームにとっても僕にとっても良いレースを行えるといいけど。2020年は自分の柔軟性を示せたと思う。それはやりがいのあることだよ。だから来シーズンもあらゆる準備をするよ。」
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なんだかコロナのもとでのツールらしく、今一つ華やかさが欠けてました。観客が少ないせいもあるんだろうけど、あんな滑りやすい路面で選手たちがあれだけ慎重に降ったにもかから割らず、ツルツル滑ってたし、個人的にはなんとなく盛り上がりきらなかった感じでした。しかも勝ったのが、出場してたの? のクリストフという地味さ 笑) いや、クリストフはすごい選手ですが、一体いくつよ! 笑)
で、デーゲンコルプ、拙ブログでは久しぶりに話題になった感じですが、ロクでもない話題 苦笑) 初日でタイムオーバーで失格になりました。落車で膝を打ったみたいで、結局痛くて集団に追いつけず、一人で走って制限タイムを3分以上オーバーの18分強遅れでゴールしたようです。
ゴール後病院で検査の結果、骨折はなかったようですが、初日でおしまい。カレブ・ユアンの最終発射台の予定だったんだろうけど、ユアンにとっても痛いでしょうね。
「一つの落車でカレブ・ユアンと僕とその他多くの選手が転んで、僕の夢は終わった。初日に僕のツールが終わってしまった。膝が切れてて痛くて痛くて、一人でなんとかゴールはしたけど、制限時間をオーバーしてしまった。フラストレーションが無茶苦茶たまってるけど、自転車レースってこういうものだ。悲しいけど。右膝が心配だけど、折れてはいない。ツールを去らなくてはならないのは、特に初日だからね、とっても残念だよ。でもどうしようもない。勝つこともあれば負けることもあるのが勝負事だよ。自分の体のことを考えれば家に帰るのは悪いことじゃない。今シーズンが終わったわけじゃないしね。」
他の選手たちは大丈夫だったかなぁ。今のところrsnなどには情報は出てないですけど。。。
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ドイツのメルケル首相が、異例の「第二次大戦以来の危機」と称してTVで演説を行い、日本でも称賛の声が上がってます。ざっと読むと、ウィルスの拡散を遅らせ、ワクチン開発まで時間稼ぎをしよう、というのがポイントでしょうか。そのためには入国制限令を発効するとともに公的生活を可能な限り制限し、一般人の生活として買い占めをせず、思いやりのある行動をとり、スキンシップを控えるとか、具体的な例もいくつも上げています。でも、何より政府としてもまだ何が必要なのか、修正できる点があるのかをこれからも審議し続けるとともに、国民に知らせると言っている点が羨ましいですね。
「噂を信じないでください。公的機関による通達のみを信じてください。通達は多くの言語にも翻訳されます」というところなど、厚労省のツィートがデマの垂れ流しで、その後訂正したり削除したりしている我が国とは信用度がまるで違います。
しかもこの演説の後、一般の人々へのインタビューでも、買い占めはしない、人と思いやりを持って距離を取るなどと言っているそうですし大きな影響力を持った演説だったようです。入国制限も、メルケルはもともとが東ドイツという旅行や移動の自由がなかった国で育った人でしたから、なんとも苦渋の決断ということを強調しています。
というわけで公的接触を避けるデーゲはインスタで写真を公開。
「学校は休みだし社会的な接触も避けたほうがいいのに、調子は整えておかなければならないプロ自転車競技の場合、自宅待機がどんなもんか知りたいだろう?僕と妻は一緒にトレーニングすることにしたよ。子供達もトレーニングが大好きだ。うちのそばの狭い人通りのない小道を使うことにしたんだ。皆さんもぜひ社会的責任を果たして、社会的な接触をできるだけ避けるようにしてね。今は帰宅して、子供に本を読んだり、音楽聴いたりして楽にしているよ。みんなもそうしてね。健康に気をつけてまたね。」
うーむ、昔(30年以上前、日曜の朝大井埠頭へ行くと、よくタイヤを後ろに引きずりながら走っている競輪選手??がいましたが。。。 しかしコーナー、ちょっとスピード出しすぎじゃない?? 後ろで子供達転がってるよ 笑)
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パリ〜ルーベ、今年も全部で50キロ以上の石畳区間を走るようですが、そうした石畳区間の17セクターが、2015年に優勝したデーゲンコルプの名前で呼ばれることになったそうです。
ん? ツールのラルプ・デュエズのように、過去の優勝者の名前が各コーナーに看板になって掲げられているのを連想しますが、パリ〜ルーベでそんな慣習があるんだ?と思ったら、ちょっと事情が違いますね。
常々パリ〜ルーベへの愛を表明しているデーゲンコルプは18年の10月から「パリ〜ルーベ友の会(レ・ザミ・ドゥ・パリ〜ルーベ)」の大使役を務めているんですが、去年の春、このレースのジュニア版が財政難でできない可能性が出てきた時に、自発的にクラウドファウンディングを実行してジュニア版が開催できるようになったということなんかがあったようで、それに対する感謝の意味があるようです。
「僕の気持ちを表せる言葉が見つからない。最初にこの話を聞いた時には本当に冗談だと思ったんだ。「クラシックの女王」、「北の地獄」、僕の大好きなレース、パリ〜ルーベのコース上の石畳区間に僕の名前をつけてもらえるなんて、そんな名誉なことを想像もできなかったんだ。プレステージの高い、レースの中でも最も長くハードなものの一つだよ? 畏れ多くて、そんなこと空想だってできなかった。こうして顕彰してもらえるなんて本当に名誉なことだよ。僕がどれほどびっくりして感動し、どれほど幸福か、誰にもわからないだろう。
確かに僕はこのレースに勝ったことがあるけど、同じことをしたのは他にも100人もいるんだ。ツールでこのコースが入ったステージでも勝ったけど、同じことをした選手は他にもいる。信じられない。僕はこんな奇跡を可能にしてくれた人たちみんなに感謝しなければならない。これはただ嬉しいだけでなく、責任も伴う。」
さて、今年のパリ〜ルーベ、モチベーションは頂点まで上がってるでしょうけど、ちょっと力が落ちたよねぇ、と感じているのは僕だけか?
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この人も今年はパッとしませんでしたねぇ。。。2月半ばにツール・ド・ラ・プロヴァンスでステージ優勝して幸先良いスタートだったんですが、その後結局勝てませんでした。ただ、もう少しというのはいくつもありましたね。
ヘント・ヴェフェルヘムでは2位、一番狙っていたフランドルとルーベでは28、9位でしたが、
地元のエシュボルン〜フランクフルトでも2位でした。ツール・ド・スイスではステージ3位があったし、GPイスベルグでも2位、きつい世界選でも15位に残りました。
でも結局ツールに出られず、不満を溜め込んだ形になりましたね。そして勢い込んでスタートしたブエルタもデーゲのタイプにとってはきついだけのコースでしたから、トップテンには全く入れませんでした。
「最高のシーズンじゃなかったことは確かだけど、最悪でもなかった。身を隠す必要のない成績だよ。
ツールに出られなかったことは全くの予想外だった。でも良い休養になったよ。ブエルタに集中できたからね。でもあれは僕がこれまで経験した中で一番ハードなグランツールだった。毎日必死だったよ。世界選はまあまあの結果だった。あんな雨と寒さと風の気象条件を考えればOKだよ。」
来年は3年間在籍したトレック・セガフレドからロット・スーダルへ移籍です。
「決断は僕とチーム双方で合意した上でのことだ。【カレブ・ユアン、フィリップ・ジルベール、ティム・ヴェレンスとともにエースが4人になるけど】コンビネーションがうまく合うと思うし、協調し合えるはずだ。春のクラシックではジルベールとともに、より高いレベルへとチームを押し上げ、去年よりも良い成績を目指せるだろう。今回のハードな世界選は、【ハードなコースでも】僕も最後まで勝負できることを示せた。ハードなレースでは経験がモノを言うだろう。」
最後の経験がモノを言うと言うのは、明らかにマチュー・ファン・デル・プールやレムコ・エフェネプール、あるいはヴァウト・ファン・アールトら若手の台頭を意識した言葉ですね。
本人は今年のツールに出られなかったのが相当辛かったようで、来年はツールに絶対出たいと思っているでしょうけど、僕としては春のクラシックで、できればパリ〜ルーベでもう一度優勝して欲しいと思っているんですがね。
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というわけで、このところ仕事の後に友川カズキライブへ直行し、しかも打ち上げに参加して午前様で帰宅、寝不足状態で、すっかりこの記事を出しそびれてしまいました。19日付のものです。
来年度から2年契約でロット・スゥダルに移籍が決まっているデーゲンコルプに rsn がインタビューしました。
トレックでは去年のツールで初のステージ優勝を遂げたのに、今年はツールのメンバーになれませんでした。これについてはこのように言ってます。
「ツールに出場できなかったから、別のチームを探したわけではないよ。トレックから移ることを決めた理由は、決してそれではない。」
ただ、この理由については明確には言わなかったようです。で、現時点では、ツールのことよりも、むしろ
ハードなヨークシャーの世界選で最後まで走れたことで再びクラシック狙いに照準を定めているとのこと。
「すでに最初のチームミーティングで大雑把な方向性を話し合った。まずはクラシックだ。僕らはチームをより高いレベルへ持って行きたいんだ。そしてこれまでよりももっと多くの成功を目指したい。」
ロット・スゥダルはティーシ・ベノートがいなくなって代わりにデーゲとジルベールが入ってきたということで、どういう序列にするか、迷うところじゃないかと思うんですがね。他にもスプリンターのカレブ・ユアンがいるし、クラシック狙いのティム・ヴェレンスもいるし。。。
「ジルベールと僕がロット・スゥダルへ移籍することはブエルタの時点ですでにわかっていた。だからレース中に彼とはいろんなことを話す時間があった。そしてお互いにとても分かり合えたと思うよ。春にはもっと多くの選手たちと会うことになるけど、チームの体制を固めるためには冬のうちにすでにやることがあるだろうね。」
ということで、来春、どのレースに出るかはまだ未定とのことです。
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ジーン・バッキー、今朝の新聞では結構大きな扱いになってました。残念ながら僕は実はほぼ記憶にありません。プロ野球を見始めたのは1960年代末からで、それまでは野球は自分でやるもので(しかも三角ベースでした)見るというのはあり得なかったですね。草野球をしながら、王の一本足打法の真似はしてましたが、本物の王を知ってたかどうかは疑問です。
だからバッキーの乱闘事件も後からの知識でしかありません。ただ、昔のプロ野球って乱闘事件は結構ありましたよね。パリーグなんかしょっちゅう観客がグラウンドになだれ込んでもみ合ってたりしてた印象があります 笑)
*
さて、最終日は終了後には忙しくて、すぐにアップされない事が多かったんですが、今回はすぐに出てます。しかしデーゲ、今回もトェンスのカタパルトでしたね。一回ぐらいどこかで勝たないかなぁ、と思ってたんだけど、コース的に無理でしたね。
*
第21ステージ、106km、12位、+00:00
C: どんな日だった?
デーゲ: マドリッドのこの周回コースは大好きだよ。
C: 何か特別な事があったかい?
デ: この市内の雰囲気はスーパーだね。ここでのポジション争いは無茶苦茶楽しいよ。
C: 君は最後のポジションはエディの前だったね。君たちは早めに前にいようとしてたの? それともあの「ワイルドな」スプリントの中でタイミングなんか考えてられなかったの?
デ: タイミングとしてはそう悪くなかったと思うよ。【エディ・トェンスは】リケーゼのチェックでちょっと邪魔されたけど。
C: 最後に簡単に:
1 一番素晴らしかった瞬間は?
2 ず〜っと記憶に残りそうなことは?
3 今回のブエルタは、君の個人的なグランツール・ランキングでは何番め?
デ: 1 今日。。。集団に残るために、いつもより20分も早い新記録を打ち立てる必要がないって知った瞬間だね 笑)
2 横風ステージ
3 僕が走った13のグランツールの中ではハードさでは絶対一番。
C: ありがとう、ジョン、3週間の素晴らしい話に感謝するよ。第22ステージにはもう山がないことを祈ってるよ 笑) ありがとう、またね。
デ: 楽しかったよ。またよろしく。グッドナイト!

*
まあ、山岳だらけで、毎ステージ20分以上遅れ続けてましたからね。というわけで、デーゲ、
来年はロット・スーダルで、グランツールなどではカレブ・ユアンのカタパルトを務め、クラシック狙いに絞るのでしょう。まだまだ老け込む歳ではないからねぇ。。。もう一度パリ〜ルーベか、できればフランドルでの勝利を見たいけどなぁ。
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前回のデーゲで書いたバーモンテス、YouTube にありました。
この映像で見ると、すでに書いたように、状態が突っ立って肘を外に張り出し、体を揺するフォームはお世辞にも格好良いとは言えません 笑)特に肘を外に張り出すフォームは現代ではあり得ないです。それにサドルにドッカと腰掛けてるような上体の立ち方は、これ真似すると多分お尻がかなり痛くなるような気がしますが。。。
*
第20ステージ、190km、137位、+38:44
C: どんな日だった?
デーゲ: 今日の最初の山へ向かう前のプロトンの雰囲気はこんなだった。畜殺台に連れていかれる子羊(ドクロマーク) 少なくとも半数の選手の気分はそんなだったね。
C: それは随分深刻だったね。君たちがそんなプレッシャーを感じたのはタイムリミットのせいかい?
デ: うーん、最初の2つの山でもうかなり吐き気がした。そのあともそんなで、もう長かったし。。。この3週間は僕にも、きっと他の選手にも、記憶に残るものになったね。。。タイムリミットに関してはいつでもアンダーコントロールだったよ!
C: 明日は(とうとう)マドリッドだね。君にはきっと良い思い出がいくつもあるだろうね。すでにそこで勝ったことがあるんだから、モチベーションも上がってるだろ?
デ: まあもちろんね。夕暮れ時のマドリッドの市内で最終ステージに勝てたら、これほど素晴らしいブエルタの閉幕はないからね。
C: ありがとう、ジョン、うまく回復してね。明日のために調子も運も良いことを願ってるよ。
*
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表彰式にはきっと出てくると思っていたフェデリコ・バーモンテス、やっぱり出てきました。なんてったって、現役時代のあだ名は「トレドの鷹」ですからね。本人曰く、自分が登りに強くなったのは子どもの時にトレドの町で、ジャガイモを積んだ自転車に乗っていたからだ、とか。
この人については色々な面白いエピソードがたくさんあります。1959年にツールで優勝しているんですが、当時は登り頂上ゴールというステージは存在してなかったので、下りの苦手なバーモンテスは若い頃は山岳賞にしか関心がなく、頂上にトップで到着すると、そこに出ていたアイスクリーム屋の屋台でアイスをもらって、それを舐めながら後続が追いついてくるのを待っていたそうです。
他にもフランス語で話を始めると、フランス語の1人称の人称変化ができなくて、インタビューを受けると自分のことを「彼は〜」と他人事のように語って、おかげでフランスで人気者になったとか。
YouTube には当時の映像がありますが、それで見るとまるで買い物自転車に乗っているかのような突っ立ったフォームで、上半身を振って、まあ、正直格好悪いです 笑) ただ、このフォームって、ジロで5回山岳賞を取っているマニエル・フエンテとか、ツールで2位になったことのあるフリオ・ヒメネスなんていうこの時代のスペイン人クライマーたちに共通した特徴です。
*
第19ステージ、165km、30位、+00:05
C: どんな日だった?
デーゲ: 13日の金曜日だった
C: この日のテーマは落車と、モビスターが待たずに走り続けたってことだね。君はこの状況はわかっていた?
デ: 雨で濡れた下りでの惨事だった。幸いにもエディとアレックスとともに前にいて被害に遭わずに済んだ。5人か10人ぐらい後ろだったら、巻き込まれていたね。
C: で、君はモビスターのアクションをどんな風に感じた? 何人かの選手たちは、すぐにペースを落とすべきだったと批判しているけど、君はどう思う?
デ: うん、僕の考えだけど、あれは無茶苦茶反スポーツ的だったね。ああいう状況ではスピードをあげちゃダメだよ!
C: 最後はとても速かったね。でもカバーニャが逃げ切った。後ろの集団での落車がなければ、追いつけたと思うかい?
デ: カバーニャは馬車馬みたいだからね。どっちにしても微妙なラストにはなっていただろうけど。でも「たられば」は自転車競技では存在しないからね。
C: ありがとう、ジョン、明日がまだあるね。そのあとはマドリッドだよ。
*
昔のレースの話などを読むと、コッピやバルタリの時代には相手のパンクやメカトラを利用してアタックっていうのは普通にやられてたようですけどね。特に、当時は選手たちが予備タイヤをタスキ掛けしていた時代ですから、そばにチームカーがいればともかく、いなければ自分でタイヤを張り替えなければならなかったわけなので、時間もかかったからねぇ。
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今年は行けなかった、我が家恒例の千葉最南端の友人の別宅(友人は普段は東京に住んでいます)。毎年夏になると必ず3日〜2週間借りて釣や海水浴などしていたんですが(
その様子は何度かここでも書きました)今年は残念ながら行けませんでした。
昨日その友人と連絡を取ったら、高速道路を降りてからは、ほとんど信号が点灯してなくて怖かったし、ガソリンスタンドの周囲はものすごい渋滞になっていたそうです。
そして家の方はやっぱり屋根の一部が破損したり、シャッターに穴が空いたりしていたそうです。修理をお願いしようにも、どこの工務店もてんてこ舞いで、まだしばらくは放っておくしかないと。。。多少の雨なら大丈夫らしいんですが、豪雨になれば雨漏りは必至とのこと。オリンピック工事の前にこっちだろうと怒ってましたが、まあ、それはオリンピック用の選手村と、福島の人たちの仮住まいプレハブとを比べれば、みんなどうかしてるだろ! と思わざるを得ません。
ようやくマスコミも報道するようになってきましたが、昨日の報道ステーションでは「いまだに官邸に対策本部すらできてない」と言ってました。マスコミも安倍忖度で、韓国のバッシングニュースと小泉のバカ息子を追いかけるニュースばかりやってましたからね。おかげで今朝の新聞では安倍内閣支持率がさらにアップしたそうです。ただ、私の周囲で安倍を支持している人なんて誰もいないけど??
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第18ステージ、177km、135位、+27:20
C: どんな日だった?
デーゲ: こんなの想像もできないだろう? (涙マーク)

C: 最初の20キロはイージーに見えたけど。。。(この後アメリカンアニメで草むらに沈んでいく人物の動画)
デ: 29キロからは体重70キロの団体ができて、良いリズムで走ったよ。登りは適度なスピードで、下りと平地は全力でね。それでもゴールでは27分も遅れてたけど。
C: 少なくとも君たちブエルタに出ている選手は世界線のために山での調子をきちんと整えられるね。そういうことって少しは考えるの? それとも毎日目前のレースのことばかりしか考えられない?
デ: 来週は休息できるし、どうしたって調子は整えていく必要はあるよ。。。ただ、そういうことって毎日のモチベーションになるよ。でもね、あちこち痛いよ (泣きマーク)
C: あと2日すればマドリッドだよ。うまく休んでね。ありがとう、また明日。
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昨日の下りの映像、やっぱり峠を下ってきた感覚がそのまま残っていた状態で見たので、いつになく楽しかったですね。しかしあっという間に70キロ、80キロになっちゃうんだもん、こればっかりは絶対真似できませんわ。それと、何しろ私の自転車はクラシカルなホリゾンタルフレームなので、下りでの格好はせいぜいお尻を後ろに引いて下るパンターニスタイルまでですね。でもこんなにお尻を後ろに引けないし、かがみこむのも無理 笑)

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今日は一日自転車。ま、それは別のお話ですが、昨日のレース、平均時速50キロって何だよ! デーゲはどうも調子を合わせてないような感じですねぇ。最後、流石に550メートルのスプリントではサム・ベネットには長すぎでした。
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第17ステージ、219.6km、61位、+18:56
C: どんな休息日だった?
デーゲ: ヴォア〜〜〜、なんちゅうレースだ!!!
C: ウルトラハイスピードで始まって、ゴールまでそのままだったね。最初の状況を少し教えてよ、何しろ映像がないからね。君たちはすぐにテンポアップしたの?
デ: 最初の1メートルから始まったね。一気にだよ。風があってエシュロンができて、実際には大した問題ではなかったんだけど、激しかった。平坦ステージだったと言っておくよ。
C: 君は最初は前に居たんだよね。だけど、どんどん選手達が落ちていって、君も遅れてしまった。それは逃げ集団が非常に大きく、横風でうまく回れなかったことに原因があるのかな?
デ: 何れにしても大きすぎだったね。いつの間にか道が狭くて風除けを利用できなくなって、順番に前に出られる状況じゃなくなり、そのうちに千切れてしまった。
C: 僕らも、今回のジロはちょっと普通じゃないって思うんだけど、どう?
デ: 僕がこれまで走った13回のグランツールの中でも、一番ハードだ!!
C: それじゃあ、僕らも明日は途中まで普通のレースになり、君が山でもうまく登れることを祈るよ。ありがとう、ジョン、うまく休んでね。また明日。
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エシュロンは Jスポーツなんかでよく説明されてますが、斜めに一列に並ぶ隊形ですね。まあ、これをお読みの方はみなさんご存知でしょうけど 笑)
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どうなってるんでしょうね、日本のTVは? 台風の翌日に朝テレビをつけたらいの一番で韓国の話題。え? なんで? 今朝は今朝で朝から小泉の顔がアップで出てきてうんざり。 千葉の南部なんか台風で大変なことになっているっていうのに、どうなってるんだ?
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第16ステージ、144km、130位、+28:04
C: どんな休息日だった?
デーゲ: キャリアの中で一番寒い休息日だった。11度で霧雨だよ、ブエルタでねぇ。。。
C: ブルルル、それじゃあ小一時間ローラーをやったのかな? それともそれをするにも寒すぎたかな?
デ: いや、僕らは雨は気にならないさ。1時間ほど僕らは外を走ってきた。で、そのご褒美にブルゴスの旧市街(本当に見所いっぱいだ)でカフェ・コン・レチェが一杯。
C: 最後の週だね。これまでのところブエルタは非常にハードだった。16のステージが何の形跡も残さずすぎたわけではないよね? 脚はさらに疲れ、脈はさらに下がり、メンタルでもフレッシュさは落ちてるよね? その影響はある? それとも明日は初日のようにフレッシュにスプリントかい?
デ: 何れにしてもスタートの時からすればもうフレッシュじゃないよ。それは間違いない。最大心拍数はいくらか下がっているし。。。でもこれってノーマルなことだからね。 だから足だけでなく心臓の循環システムにとっても、この休息日はいいことだよ。お尻もハッピーさ。
C: 明日のステージはまた典型的な「ブエルタ平地ステージ」みたいだね。スプリントのチャンスがあると思うかい? それとも休息日の後だからみんなまたフレッシュになってるので大きな逃げができそうかい?
デ: 風よ、風よ、空の子よ。。。うん、風が明日は結構な役割を演じるかもしれないね。他にも最後はまた一癖あるね。3キロ登ってゴールなんだよ。
C: 何れにしても面白そうだね。頑張ってね。ありがとう、また明日。
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カフェ・コン・レチェってのは、カフェオレのスペイン版らしいです。それから、風よ、風よ、空の子よ、ってのはグリム童話のヘンゼルとグレーテルの中に出てくる童謡のようです。ところで今日のステージ、ゴール前は3キロで100メートル弱登るという感じですね。でもその前にデーゲがいう風も重要です。
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昨日は残り20キロぐらいのところでTVの前でコテっと寝てしまって、気がついたらフルサンのゴールシーンのVTRをやってました 苦笑)
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第16ステージ、144km、130位、+28:04
C: どんな日だった?
デーゲ: うーん、どう言ったらいいかなぁ。ブエルタ・エスパーニャは本当に楽なもんじゃないね 笑)
C: 最初の山でいきなり全力になったけど、それからいくらか落ち着いたよね。でも、ユンボ・ヴィスマはいつものように、ゆっくり走りたがらなかったんじゃないの? それとも今日はそんなことなかった?
デ: 最初の山の前では素敵なしっかりした集団だったよ! みんな平和で、楽しくて、おやつタイムだった。ログリッチもトイレタイムで止まったりしてたもん。それが2分も経たないうちに、EFが一気にペースアップして、その後はもうOKさ。
C: 明日の休息日は10段階でどのぐらい嬉しい?
デ: プレゼントの絵図と笑顔マーク
C: また明日。(スタートレックのドクター・マッコイとカーク船長のテニスボール?をヘディングパスし合う動画が付いてます)
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今回のツィート日記、これまでいろんな選手がやってきましたが、なんか知らんが動画添付が多いです。動画を見たいという方はこちらを覗いてみてください。
http://www.cyclingmagazine.de/2019/09/07/la-vuelta-2019-twitter-tagebuch-mit-john-degenkolb/よければ、下の各ボタンをポチッとお願いします(まあ、大した意味ないですので、ポチッとしなくても構いません。おまじないみたいなもんです 笑)

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