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GP・ル・サマン

2024.02.28.11:02

このレースの由来については10年以上前の記事で書いたことがありますので、興味があればクリックしてみてください。



YouTubeには残り10キロからのが載っていました。登りになると誰かがアタックするのが面白いです。平地になって残り4キロを切ったあたりで集団が完全に牽制状態。しかし狭い路地みたいな石畳道を、よくまあコースにしますねぇ。普段トラクターしか走ってないだろう、この道、って感じです。

ゴールは結果がなかなか出ませんでした。アンテルマルシェのローレンツ・レックスという選手が抜け出てバンザイしようとして、両手を離したところで、横からアントニオ・モルガードが投げて微妙になりました。結果が出るまでだいぶ待たされましたね。結局モルガードの投げがわずかに届かず。レックスは肝を冷やしたことでしょう。この24歳の選手としてはキャリア最高の勝利になりました。

モルガードは一昨年のジュニアの世界選でヘルツォークとスプリントになって2位になった選手ですね。ジュニア時代の成績を見ると1位か2位ばっかりずら〜っと並んでます。まだ20歳。これから強くなっていくんでしょう。ポルトガル人ということで、私が自転車に興味を持った頃にはアカーシオ・ダ・シルバという結構強い選手がいましたが、そんな感じになっていくんでしょうかね。


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クールネ・ブリュッセル・クールネは WVA

2024.02.26.00:52

昨日のヘト・ニウスブラットと、人は変われど同じチームがワンツーでした。今回は大本命の優勝でしたね。

YouTubeのライブでラスト20キロぐらいから見てたんですが、その時点でヴィスマのヴァウト・ファン・アールトとUAE のティム・ヴィレンス、モビスターのスペインチャンピオンマイヨのラスカノの3人が第二グループに3分ぐらい差をつけて逃げてましたからね。こりゃあ、ファン・アールトで決まりだなと思いましたわ。

しかも追走の3人のグループにはしっかりヴィスマのジョルゲンソンが紛れ込んでいたしね。どうしようもないですね。


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ヘト・ニウスブラット、ああ、ポリット〜

2024.02.25.09:49

以前はヘット・フォルクと呼ばれたフランドルの小クラシックレース。昔はこのレースでレースシーズンが始まると言う印象でした。ロンデ・ファン・フラーンデレン(ツール・ド・フランドル)とコースと有名な激坂が重なり、気分はすでにフランドルクラシック、というレースです。



上のYouTubeはラスト6キロ弱からゴールまで。他にもダイジェストがアップされています。やっぱり今年もヴィスマがチーム力が高いですね。スロヴェニアのトラトニクとポリットがゴール前7キロほどのところで先頭集団から逃げて、結果的には逃げ切りでした。

トラトニクは後ろにヴァウト・ファン・アールトとクリストフ・ラポルトがいたから、仮に追いつかれてもスプリントは任せられると思ったのに対して、ポリットとしては何があっても自分が行くしかなかった。ゴール前は前に出させられていたし、もともとスプリントはあまりないしね、どうしようもなかったんだろうなぁ。


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昔の雑誌、1962年ツール(後半)

2024.02.19.00:00

前半はこちら

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ピレネーに入って13ステージは上りの個人TTでした。ここで勝ったのはトレドの鷹ことフェデリコ・バーモンテス。1959年のツールの覇者です。この人の残っているビデオをみると、上りのシッティングフォームが買い物自転車に乗ってない?って感じの上半身が突っ立ったフォームで両肘を外側に張って体を左右上下に振って、まあ、はっきりいって格好悪いんですよね。でも、いろいろ変なエピソードがてんこ盛りの選手です。

たとえば、自転車に乗り始めたばかりの頃に下りでオーバーランしてサボテンに突っ込んでえらい目にあって以来、下りは無茶苦茶遅くなったとか、どうせ下りで追いつかれるとわかっているから、山頂の山岳賞だけ取ったら、そこで自転車を降りてソフトクリームをもらって座って食べてたとか。人称変化無視、主語も無視のフランス語でフランス中の人気者になったそうです。「彼は下りで頑張る」と言うから、リポーターが彼とは?と聞くと「彼、彼 (il, il) 」と繰り返しながら自分を指したとか。惜しくも去年の夏に亡くなってますね。追悼記事書き忘れてる RIP.

というわけで、この13ステージが終わって総合トップに出たのがヨーゼフ・プランカールト。このプランカールとという名前の選手は無茶苦茶たくさんいます。例えば、FirstCycling で検索すると16人ヒットしますね。現役だけでも3人。アルペツィン・デケーニンクにエトワルト・プランカールトってのがいます。一番有名なのはこのヨーゼフと80年代に活躍したスプリンターのエディですかね。まあ、この中の何人かは血縁があるみたいですが。。。

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上のページでは右上で座っている選手がプランカールト。リタイアしたリック・ファン・ローイのチームメイトですね。なので、彼に伝えたとキャプションにはあります。

ちなみにアンクティルは総合4位、ただし1分8秒差です。この後、プランカールトとアンクティルのこの差は保たれたまま、アルプスの18ステージはツール史上一番高いボネット峠(1860年開通のヨーロッパで一番標高の高い峠だそうです)が初登場です。標高2802メートル。ただし過去5回しかコースになってませんね。しかし、24年のツールでコースに決まっているらしいですが、プロフィールマップを見ても25キロぐらいを延々と10%に満たない同じような勾配で登っていくようで、あまり面白味がないようです。だからコースに入れられないんでしょうけど。

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で、この頂上をトップ通過したのはやはりバーモンテスでした。2位の選手に1分45秒の差をつけて通過だそうです。ちなみに、2年後にもう一度この峠がコースに組み込まれますが、ふたたびバーモンテスが山岳賞獲得しています。でも、結局ステージ優勝は別の選手でした。プランカールトとアンクティルは仲良く3位グループでゴール。この3位グループに、ツール初出場のレイモン・プリドールも入っています。

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そして、このプリドールが次の19ステージで、アルプスのポルト峠、クーシェロン峠、グラニエ峠を単独でトップ通過して、アクス・レ・バンのゴールで2位に2分半の差をつけて独走、ステージ初勝利を挙げています。これでこの時点で総合順位は1位プランカールト、2位1分8秒差でアンクティル、3位5分43秒差でプリドールとなります。このプリドール、プロ入りが遅かったんですよね。今とシステムが違うし、比べようもないけど、このときすでに26歳。プロ入り4年目でした。結局、プリドールは41歳まで現役だったんですね。今をときめく MVDP のおじいちゃんです。

そして20ステージの68キロの個人TTになりますが、これが写真がない。まあ、いうまでもなくアンクティルが圧勝です。2位のバルディーニに2分59秒差、3位のプリドールに5分1秒差、4位のプランカールトに5分19秒差と、ボコボコですね。これにより総合トップはアンクティル。2位のプランカールトに5分11秒差、3位のプリドールは10分36秒差。

なぜか、その後の二つのステージも結果のみ掲載で表彰台の写真です。下は左がステージ3勝を挙げてスプリント賞のアルティヒ。右はチーム賞をとったACCB・サン・ラファエル・エリエの監督ジェミニアニです。総合順位は1位がアンクティル、2位はプランカールト、3位はプリドールということになりました。ちなみに写真がないけど、山岳賞はバーモンテスでした。というわけで、山岳賞以外はすべてサン・ラファエルチームで独占ということになりました。
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というわけで、このサン・ラファエル・エリエ・ユッチンソンの復刻マイヨ、持ってます。フルジップでウールじゃないし、当時のものと同じ作りじゃないですけどね 笑)
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さて、すでにシーズンは始まってるってのに、今から60年以上昔のツールにタイムトラベルしてみました。お疲れ様でした。


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昔の雑誌、1962年ツール(前)

2024.02.17.13:09

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古いミロワール誌からの紹介シリーズです。勝手にシリーズ化です 笑)1962年のツール・ド・フランス特集の号。表紙は総合優勝のジャック・アンクティルとスプリント賞のルディ・アルティヒ。チームメイトですね。この年のツールはそれまでの国別対抗が廃止になって、チーム対抗になりました。

第一ステージはスプリント合戦でアルティヒが勝ちます。この年の目玉はこれまでツールに参戦しなかった皇帝リック・ファン・ローイが初参戦したことでしょう。この年は2回目のアルカンシェルで、ここまでにモニュメントを全制覇したただ一人の選手。ただ、年齢はすでに29歳。山岳とTTでは前年の覇者アンクティルにかなわないのはわかっていたから、序盤のスプリントでボーナスタイムを荒稼ぎする目算だったんですが。。。

というわけでチーム対抗という制度になったおかげで、アルティヒがファン・ローイにボーナスタイムをやらずに済んだと言うわけです。次の第2ステージAはファン・ローイが参加したために彼の生まれ故郷のヘレンタールスがゴールだったのに、ゴール前にコースを間違えそうになってブレーキをかけてしまい、4位。まあ、皇帝ですから、この程度で動じるわけもなく、レース後のコメントは先を越されたぜ、おめでとうと言っておくぜ!と余裕だったんですが。。。
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そして第8ステージBは43キロの個人TT。あ、AとかBってのは午前と午後で1日に2ステージやったんですね。今じゃあ考えられないけど、私がツールに興味を持ち始めた頃にもまだありました。午前中に150キロぐらいのレースをやった後にチームTTとか個人TTが組み込まれていることが普通でした。
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で、このTTステージは43キロもあって、やはりアンクティルが優勝します。2位のバルディーニが22秒差、ファン・ローイは3分の差をつけられてしまいます。キャプションには、バルディーニ、ショック。ファン・ローイ壊滅。とあります。

そして第10ステージで先導バイクの転倒に巻き込まれて落車。
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それでも15キロを走って集団に追いついてゴールしていますが、痛みが激しく、ゴール後にヘリコプターで病院へ。このまま次の11ステージには出走しませんでした。
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というわけで、今回はここまで。後半はまた明日にでも。

後半はこちら。

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F. フェルメールス大腿骨骨折

2024.02.12.11:44

名前が名前なので、強く印象に残っている選手です。コロナで秋に行われた黙示録的雰囲気の21年パリ〜ルーベでコルブレリとMVDPを相手に2位に入った選手ですね。そういえばコルブレリは不整脈で引退してしまったんでしたねぇ。。。

というわけでフローリアン・フェルメールスが今シーズン最初のレース、ブエルタ・ア・ムルシアで大腿骨骨折という大怪我だそうです。下りで落車してガードレールを飛び越えて落下したとのこと。復帰まで数ヶ月かかりそうだと。

フェルメールスという名前の選手はもう一人いて、ジャンニ・フェルメールスという、31歳のアルペツィンの選手ですね。こちらはお父さんもプロ選手だったようです。私はかなり長いこと同一人物かと思ってました 笑)そして二人いることに気がついてからもずっと兄弟だと思ってました。先ほど調べたら出身地が違うから他人ですね。身長もジャンニは173に対して、フローリアンのほうはパリ〜ルーベで2位になっただけあって、193センチ。

この名前で検索かけるとベルギーの哲学者の名前もヒットするし、それほど珍しくないのかも。


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昔の雑誌、1955年ツール(後半)

2024.02.05.14:19

七人の侍の話が割り込んでしまいました 笑) 前半はこちら

昔の雑誌、1955年ツール(前半)へ

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これは世界遺産のポン・デュ・ガール。ローマ時代の水道橋です。第13ステージ。

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これは第15ステージでのネッロ・ラウレディの落車転落事故。下りのコーナーで他の選手と接触して自転車ごと宙返りで10メートル下へ転落したとあります。ただ、幸いにも肋骨骨折だけですんだとのこと。写真で見ると自転車は前輪のタイヤが外れているけど、フレームは無傷に見えますね。

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第17ステージはトゥールーズからサン・ゴーダンへのピレネーステージ。ここがこのツールの勝負を決するステージになりました。まずガォルがアタックして独走で逃げます(左上の写真)。それに対して、ずっと他のライバルたちと一緒の追走集団ないにいたボベが、ペイレスールド峠の頂上6キロ前で単独アタック(右上)して、47キロを一人でガォルを追いかけ、追いつきます(左下)。しかし、ゴール手前12キロ地点でボベの後輪がパンク(右下)して、ゴールではほぼ1分半遅れの2位でしたが、これでマイヨ・ジョーヌを獲得となりました。

最後から二つ目の個人TTは69キロ。今では個人TTで50キロを超えることはほぼないんじゃないでしょうか。

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このステージはブランカールトが3位のボベに4分の差をつけて優勝し、総合でも2位に上がりますが、タイム差は5分近く。総合3位はガォルですが、右下の写真のように疲労困憊。ブランカールトは途中パンクもあったのにこの差でした。

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最終ステージは現在ならシャンゼリゼですが、当時はパルク・ド・プランスという自転車競技場。47年のロビックに続くような戦いが見られるか、とマスコミは煽ったようですが、途中誰も逃げず、お祭りの雰囲気。競技場近くなってスプリンターたちが動き出し、この年のポイント賞を取るスペインのスプリンター、ミゲル・ポブレットが第1ステージに次いで優勝しました。

これにより、ボベは3連覇を達成。これはのちにアンクティルの4連覇、インドゥラインの5連覇の前にくすんでしまいますが、当時としては大騒ぎの大記録だったんでしょうね。

というわけで、すでに自転車レースは各所で始まっているので、この時期に70年前のレースかよ、という人もいるかもしれんけど、拙ブログの持ち味ですので 笑)

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昔の雑誌、1955年ツール(前半)

2024.02.03.11:55



いわゆるミロワールという雑誌の前の自転車雑誌「ビュッテ・クルブ、ミロワール・ドゥ・スポール」については、1952年のコッピが優勝するツールについて何度か書いた時にも出てきました。

今回はその雑誌の1955年ツール総集編。なんと、表紙がカラーです。ルイゾン・ボベとシャルリー・ガォルですね。

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表紙を開くと優勝したボベの肖像。フィリップ・ティス以来の3勝目ということで、この1955年時点ではツールの記録は3勝だったわけです。そしてボベはこの年3連覇。まあ、「俺たちはみんな神さまだった」で出てくる若き日のボベはすぐ泣くヘタレでしたが 笑)左ページの広告もヴィッテロワーズってミネラルウォーターのヴィッテルのようです。それとルコックとダンロップ。なんか古色蒼然。

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次ページでは総合2位になったベルギーチームのジャン・ブランカールトと3位のルクセンブルクのシャルリー・ガォルが下に出てます。ガォルは山岳の天使なんて言われて、まあこの時はまだ23歳でむちゃくちゃ2枚目です。この人の2枚目ぶりについては、拙ブログを始めた頃に書いたことがあります

この雑誌はほぼ全ステージについて写真と解説がついていますが、印象的なページだけ載せておきましょう。

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これはベルギーのナミュールがゴールの第3ステージ。有名なナミュールの要塞を駆け上ってゴールだったようです。このステージを取ったのはボベで、この年はアルカンシェルを着てますね。

この年は本格的なアルプスのステージは第8ステージと第9ステージ。特に第8ステージはガリビエ、アラヴィス、ヴァールという古典的な峠を通過するステージで、ガォルの独壇場です。2位のフェルディナント・キューブラーにほぼ14分の大差をつけてステージ優勝でした。それでも総合ではトップから10分以上遅れてますが。

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ガォルは上りがめちゃくちゃ強かったんですが、当時は山頂ゴールのステージってほとんどなかったんですね。で、軽量級クライマーのサガか、同時期のスペインのバーモンテスなんかにも共通しますが、下りが遅かった。路面が今ほど良くないですから軽いとスピードは出ないし転倒しやすいので、慎重にならざるを得なかったようです。次の第9ステージもいくつか峠を越えたようですが、最後が40キロ平地だったんですね。ガォルは山岳賞ポイントの峠はすべてトップ通過するんですが、平地で追いつかれて結局戦闘集団からも遅れてゴールでした。

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第11ステージは、これはツール史に残る有名なステージです。むちゃくちゃ暑い日でしかもヴァントゥー山を越えるステージ。山でアタックしたキューブラーは途中で昏倒し、錯乱状態になって道端に20分以上座っていたし、フランスチームのマレジャックは意識不明になって救急車で病院へ運ばれます。写真にあるように、目の焦点が合わず歯を食いしばっていて、有名なツールのドクター・デュマ(この人の名前は当時のツールの歴史本にはよく登場します)が強心剤を打って酸素吸入で一命を取り留めたと言われてます。

もう明らかなドーピング。薬物過剰摂取のせいで、のちに血液サンプルからも薬物が検出されたそうですが、ここからがこの時代の面白いところ。デュマ医師は被疑者不詳でマレジャックに毒物(ドーピング薬)をもった者がいると刑事告発します 笑) 誰かが沿道でマレジャックに薬物入りのドリンクを渡したという論法です 爆)まあ、はっきり言うと、「盗人猛々しい」なんて言葉が思い浮かんだりします 苦笑) どっかの国の政治家か?? 

まあ、仮に本人の意思でドーピングしたことがバレても、当時はまだ罰則規定がなかったでしょうから、たいして問題にならなかったとは思うんですけどね。選手たちもみんな、薬を使っていることは認めていた時代です。

ただ、ドーピングといっても、当時の薬ですからね。自転車の場合筋肉増強剤は使えないし、興奮剤と疲労回復薬ぐらいしかなかったのではないでしょうか。現在のような自己血液輸血とかエポみたいな心肺能力を向上させるようなことはできなかったと思いますけど。

ドーピングが本当に話題になり、禁止すべきだという世論が高まるのは66年のツールでドーピング検査が導入され、翌67年に、なんの因縁か、このヴァントゥー山でイギリスのトム・シンプソンが興奮剤の過剰摂取でレース中に死亡してからのお話でしょう。

というわけで、長くなったので後半はまた明日、ひょっとしたら明後日かその後 笑)

追記> 続きはこちら。


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古いミロワール誌から、ジャン・ロビック

2024.01.26.11:38

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以前、ヤフオクで古いミロワール誌を大量に手に入れた話を書いたことがありました。その時紹介したのは1961年5月号。表紙はリック・ファン・ローイ、うわゆるリック2世でした。その後それについて触れなかったんですが、久しぶりに本箱の奥から引っ張り出してみました。

本日紹介はこの時手に入れたうちで2番目に古い1961年11月号。表紙はジャン・ロビックです。この年で引退したんですね。表題も「ロビック・自転車とお別れ」しかし、ロビックって目の色青だったのね。

ジャン・ロビックというと第二次大戦後最初のツール1947で最終日に逆転総合優勝を飾ったことで有名です。その後最終日の逆転は2回ありますがどちらも TT ですね。現在は最終日はパレード走行のお祭りみたいになってますから、最終日が TT でなければ、おそらく今後ロビックに続く例は出てこないでしょうね。むしろ、今最終日に変に動いて逆転優勝したりしたらバッシングされそう 笑)

1947年は最終日前まではブランビラっていうイタリア人が総合トップだったんですね。ついでながら2位もロンコーニというイタリア人で、ロビックは三分近く遅れて3位につけていました。

戦争直後でフランスの敵国だったイタリアから選手がよく出られたな、と思うかもしれないけど、もちろんイタリアの代表チームを出せるはずもなく、フランス在住のイタリア国籍の選手を集めて作ったチームだったんですね。

最終ステージでアタックがあり、集団はバラバラに。ついていかなかったイタリア人二人はこのステージで8位になったロビックに13分以上遅れてしまったのでした。まあ、当時はチームによるコントロールなんていうシステムがあったのか、なかったのか、よくわかりませんが、イタリアチームとして追走することはできなかったんでしょう。

このロビックという選手、とんでもないビッグマウスで、しかもかなりの偏屈だったようで、50年代の人気選手ルイゾン・ボベなんかも子供扱いして馬鹿にしたり、コッピやバルタリを公然と罵倒したり、世界中で俺より強い奴はいないとばかりの大言壮語の連発。まあ、いまじゃあみんなお行儀良くなっちゃったから、こういう選手なかなかいないですね 笑)もちろん嫌われ者であると共にファンの期待値も高い選手だったようです。

上の写真でもわかるように、当時としては珍しくカスクを必ずかぶっていましたが、これはプロになってすぐに頭蓋骨骨折を2回やったためです。なにしろこの人やたらと怪我する人で、ミロワールの名物風刺漫画でもボロボロになったゾンビのようなロビックが描かれています。
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上から1944年、頭蓋骨骨折、1946年頭蓋骨骨折、1948年右手骨折、右肩甲骨骨折、1950年右眉毛の部分、1952年右鎖骨骨折(追記。1/27, 21:25 「左」でした。ご指摘ありがとうございました)、1953年椎骨4つのズレ、1956年鼻骨骨折、手首骨折、大腿骨解放骨折、左手骨折。

というわけで、下には「それでもまだ残ってる」とあります 笑)


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ケムナのプレスインタビュー

2024.01.14.14:03

去年は総合上位を狙ってジロを走ったケムナですが、本来今年はツールで総合上位狙いだったようです。ログリッチが加入したことで、ジロ狙いに変更になったわけです。去年のジロはヴラソフが第一エースで、立場としては第二エースだったんでしょうけど、去年は10ステージでヴラソフが落車リタイアしちゃったので繰り上げになったわけですが。。。

ケムナの話。「方向変更して、すぐにフォーカスをジロに絞った。でもツール出場が完全になくなったわけじゃない。でるとすれば、そこではもちろん完全なアシストとして出ることになるだろう。当然のことだし、理解している。

計画は去年と同じになる。でも去年より上位を狙いたい。僕は第二エースにナル。ダニ・マルティネスが第一エースだ。どうなるかな。もしかしたら、去年より早い段階で攻撃的な役割を演じることになるかもしれない。ジロが始まってからチーム内での微調整が行われると思う。

攻撃的に走っってステージを狙うのは僕のスタイルだし楽しい。ブエルタでたくさんのことを学んだよ。以前は考えたこともなかったポテンシャルを引き出せた。それに対してジロは最終週で酷い風邪を引いてしまって、レースに完全に力を出せなかった。完走が目的になったようだった。だからまるで充実感がなかった。

でも一回挑戦しただけで、うまく行かなかったからもういいやというのは嫌だ。この前のジロはすべてが特別だったからね。いまならもう少し上手くやれると確信している。最高の準備をして、ジロがどうなるかやってみたい。そのあとで結論はでるだろう。

むろんトップ3を目指せるかと言えば、あまり現実的ではない。結局はもっと速くのぼれて、TTももっと速くならないとダメだ。あの時のジロは風邪を引いたこともあったけど、でももし健康だったとしてもトップ3は無理だっただろう。たぶん5位か6位にはなれたと思うけど。要するに3%〜5%の力が僕にはまだ足りないんだ。

いずれにしても、健康な状態でジロを走り切りたい。ただついていくのではなく、自分のレースをしたい。それでもし5位に終わっても、それはそれでハッピーだよ。いや、7位、8位、9位でもハッピーだろうね。」

おそらくダニ・マルとブーフマンもジロに出る可能性が高いようだし、ケムナがどういう役割になるかは、まだまだ流動的なんでしょう。僕としてはジロで総合トップ10を狙うのなら、むしろステージハンターとして走った方が魅力的な気がするんだけどなぁ。


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ボーラ加入のヘルツォークのこと

2024.01.13.14:10

エミール・ヘルツォーク、一昨年のジュニアの世界チャンプですね。21年22年とジュニアのレースではかなりの勝利数を上げていたんですが、去年アメリカのコンチチームに加入してU23のクラスになったらパタッと勝てなくなりました。ジュニア時代はボーラの下部チームで良い成績を上げていたので、ボーラに戻ってくるのは自然とは言えます。というか、去年のアメリカのチームへの移籍はレンタル移籍だったようです。

去年のシーズンは、なにしろレース自体に出るのが少なく、要するに体調不良だったようです。

ヘルツォークの話。「健康問題との戦いだった。だから去年の後半はレースにほとんど出られなかった。体調が万全じゃないのに幾つかのレースに出てしまった。おかげでまた調子が落ちた。心臓の筋肉に小さな炎症を起こしていたんだ。それが分かったのは九月中ごろになってのことだった。

ボーラとは最初から話は決まっていたんだ。1年後には戻ることになっていた。健康は回復した。トレーニングは順調だし、体調も良い。チームのみんなは僕を助けてくれるし、いろいろ教えてくれる。

僕は軽量級の選手じゃないから、総合狙いのステージレーサーにはなれないだろう。クラシックの方が僕にあっていると思う。でも絶対にクラシックライダーになりたいわけではない。いろいろ試してみたいし、うまくいけば数年後にはその方向で集中してみたいけど、もし芳しくなければ、それはそれで別の方向へ進むよ。」

183センチ、75キロだそうです。総合狙いのステージレーサーになるにはちょっと重過ぎですかね。でもまだ19歳。数年後にどうなっているか、拙ブログとしては、ぜひ大成してほしい選手ですが。。。


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ボーラ、早くもツールの候補を発表

2024.01.11.11:18

マヨルカでトレーニングキャンプを行っているボーラは、プレスデーでツールに向けた布陣について、早くも語ってます。

ログリッチの優勝のために、山岳ではヴラソフ、ヒンドレイ、ダニエル・マルチネス、ケムナが候補で、中級ステージではボブ・ユンゲルス、マッテオ・ソブレロが候補。平地や悪路用アシストとしてはファン・ポッペルやニコ・デンツ、マルコ・ハラーやヨナス・コッホが候補というわけで、これで11人。

以上がツールの第一次候補メンバーということで、あとのメンバーはツールには行かないということなんでしょう。しかし、ログリッチがツールでヒンドレイはジロ、ヴラソフはブエルタかな、なんて思っていたんですが、3人ともにツールに行かせ、さらにログリッチのワントップというのは予想外でした。

チーム監督の一人ロルフ・アルダークは「目標は一つだし、リーダーも一人だ。スプリンターは連れて行かない。目標は一つしかない」と言ってます。

ということで、ブーフマンは完全にジロに特化ということになりますね。ただダニ・マルとケムナのツールの可能性が言われたようですが、この二人ジロにも出るので、この辺りはジロを見てという流動的なものなのかもしれません。

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去年の総括シリーズ、フェリックス・ガル

2024.01.08.11:24

名称未設定

名前すら知らない選手だったのに、今年一気にいわゆるブレイクした一人ですね。2015年にオーストリア初のジュニアの世界チャンピオンになったんですが、その後サンウェブやDSMで走るも目立つことのない選手だったと思うんだけどねぇ。今年突然スイスとツールでステージ優勝しました。ドイツ語圏で24シーズン最も注目の選手でしょうか。

特にツールは17ステージのクイーンステージでしたからね。さらに20ステージでもポガチャルのスプリントには負けたけど、ヴィンゲゴール、イエーツ兄弟と逃げて2位。最終的には総合8位。他にもこのツールは3位と7位がありました。25歳にして覚醒!!って感じですかね。今年のオーストリアのスポーツマン・オブ・ザ・イアーだそうです。

ガルの話。「あの時はものすごいストレスで、まだすぐに捕まるんじゃないかと不安だった。落車したり下りのカーブでミスしたりしてタイムを失うんじゃないかと考えていた。最後の50メートルになるまで自分が勝てるという実感を持てなかったんだ。でもこの1日で、僕にとってこの第三週目に何ができるかがわかったんだ。」

すでにAG2Rのチームプレゼンテーションで2024年のチームのエースが自分であるという自覚があると公言、レーススケジュールも発表しています。それによると、ルータ・デル・ソル(アンダルシア一周)、パリ〜ニース、バスク一周、LBL、クリテリウム・ドゥ・ドウフィネと走ってツールだそうです。

ガルの話。「今日の基準からすれば、僕は遅咲きってことになるね。でも僕には少し時間が必要だったんだ。成長曲線は人それぞれだよ。それと、この何年かは健康面で万全ではなかったし、トレーニングも望み通りできなかった。

24年シーズンはプレッシャーは大きくなるだろうけど、自分の実力はわかってる。ポテンシャルで言えばきっと総合8位以上が可能だと思う。でも優勝は無理だよ。ユンボやUAEみたいなビッグチームが強すぎるからね。」

デビュー直後にビッグレースに勝って有名になったけど、その後ぱっとせず、忘れられたように消えていく選手ってのもあるし、インドゥラインのように下積みを続けながら力をつけて不動のチャンピオンになるというのもあるし、まあ、色々ですからね。拙ブログとしても今年のガルに注目しましょう。

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去年の総括シリーズ、グロースシャルトナー

2024.01.06.10:52

名称未設定

今シーズンボーラからUAEに移籍したオーストリア人の八重歯がかわいい 笑)フェリックス君です。いやあ、しかしこの八重歯はなかなかすごいインパクトです。これこの人が話題になるたびに言ってますね 苦笑)

今シーズンは個人的な勝利はランクの低いヨーロッパクライマーカップしかなかったけど、シーズン前半、パリ〜ニース、クリテリウム・ドゥ・ドウフィネ、ツールとアシストに徹して、特にツールでポガチャルのための山岳でのアシストは印象的でした。

最初のレースは1月末から2月にかけてのサウジでのアルウラ・ツアーで、そこでまず総合4位になり、パリ〜ニースでは最終ステージのエズ峠でのポガチャルのアタックの準備をして、その総合優勝に大きく貢献しました。その後LBLでポガチャルが大怪我してレースを欠場している間、グロースシャルトナーはクリテリウム・ドゥ・ドウフィネと高地トレーニングでツールに備えたようです。

シーズンの後半は自由に走れたようで、ドイツ・ツールでは総合2位、ワンデーのブルターニュ・クラシックとジロ・デッラ・トスカナでどちらも3位、ルクセンブルク・ツールで総合7位と上位に入っています。

グロースシャルトナーの話。「僕自身今年は本当に調子が良かったし、パフォーマンスも格段に上がった。移籍は僕にとってとても良いことだったね。新たに吸収したこともあったし、新しいコーチや新しいモチベーションでやっていけた。

パリ~ニースはタデイが総合優勝を決めた時は本当に最高の気分だった。ただバスク一周で落車して肋骨を骨折して、おかげでアルデンヌクラシックはパッとしなかったね。

ツールは自分がそこでの最高のクライマーの一人だということを示せたと思う。本当はものすごいプレッシャーがあったんだ。マイヨ・ジョーヌ争いに関わるのは初めてだったからね。僕らの目的はかなったと言える。残念ながらタデイは勝てなかったけど。でも敗北は受け入れなくちゃね。ヨーナスの方が強かったんだ。でも僕らは総合2位と3位を獲得できた。

ミスで負けたのではないからね、落車やメカトラやハンガーノックで負けたよりは受け入れやすいよ。キャプテンのポガチャルは本当にすごい選手だ。人間的な面でもすばらしいよ。成功を誇らないし、上から目線というのがまるでない。レースを本当に楽しんでいる。まるで簡単で遊んでいるみたいに見えるかもしれないけど、でもレースに勝つのは簡単にも、遊びでもできないよ。

後半は自分のために走れて、ドイツ・ツールは、まあ、あれは第1ステージで決まっちゃったし、そもそもスタート前はあまり期待してなかったんだけど、2位になれてとても嬉しかったよ。

ブルターニュ・クラシックは好きなタイプのレースだったけど、ツールの疲れが取りきれてなかった。それに二百六十キロで4000メートル登るレースだったからね。自分としても調子はそんなに良くなかったし、チームとしてはヒルシをエースに据えていたんだけどね。僕らは序盤でアタックしようと決めてたし、それを実行したけど、最後はフランス人ふたり(マデュアとブルゴドー)の方がスプリント力があった。

今シーズンは自分も30歳になったというのに、これほどモチベーションが上がったシーズンは過去になかった。僕のキャリアでベストのシーズンだったね。」

来シーズンはポガチャルがジロとツール両方に出ると言ったようなので、グロースシャルトナーはそのどちらかでアシストを務めることになるんでしょうね。


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去年の総括シリーズ、ケムナ

2024.01.02.18:00

最初に、今回の北陸地震で被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。


今シーズンは総合狙いとステージ狙いをうまく分けて、切り替えて走ることが、そこそこうまくいきましたね。シーズンの前半、ティレノ・アドリアティコで総合4位、ツアー・オブ・ジ・アルプスでは6位に入り、前者では最初のTTでガンナに次いで2位、第5ステージでは山頂ゴールでログリッチの集団に付いていき5位。アルプスの方では同じく山頂ゴールの第3ステージで逃げて逃げ切り優勝を上げました。

ジロでは最初から総合狙いをターゲットにし、ステージでのトップ10はなかったものの、総合では9位。初めてグランツールで総合上位狙いを宣言してトップ10入りは満足いくものでしょう。

シーズン二つ目のグランツールのブエルタでは、ジロとは違って今度はヴラソフとアイデブルックスのアシストとして走りながら、ステージ狙いの本領も発揮、第9ステージでは得意の逃げ切りで、ツール、ジロについで3つ目のグランツールのステージ優勝を挙げ、15ステージもルイ・コスタには届かなかったものの、2位に入りました。

ケムナの話。「シーズンの総括としてはとても良かった。常にいいレベルにあったし、いくつか成果もあった。

ジロは最終週がもうまったくダメだったね。天候の悪さのおかげだったんだけど、体調がもう全然病気状態だったんだよ。総合9位になったけど、この成績がマックスだとは思ってない。もっと可能性は高いはずだよ。ただ、ここで体調を崩したおかげで、その後なかなか回復しきれずに、ドイツ選手権も世界選手権も、どっちもうまくいかなかった。もっといい結果を残せたはずなんだけどね。

その後調子が回復して、ブエルタの頃は体調も調子も最高の状態だった。ジロとブエルタの組み合わせはジロとツールの場合より楽だね。回復の時間が十分あるし、新しく調子を作り上げることもできる。ジロで体調を悪くすると、ツールをうまく走れる可能性はほぼない。

来シーズンはいくつか勝ちたいね。コンスタントに調子を維持し、シーズン通してうまくやりたいよ。総合上位を狙うのかステージ狙いに徹するのかはまだ決まってない。どっちも魅力的だ。将来的には一年に二つのグランツールに出て、総合上位とステージの両方を狙えるようになりたい。

ジロとツールの組み合わせも、その間の期間をうまくこなして良いトレーニングができれば可能だと思う。大切なのはジロを元気に乗り越えられることだね、今シーズンのツールに参加できなかったけど、これは当初からジロとブエルタに決まっていたからね。来シーズンはどうなるかな。」

うーん、中途半端に5〜10位の総合成績を狙うより、ステージをとりにいく方がいいように思うけどねぇ。


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去年の総括シリーズ、ポリット

2024.01.01.14:14

このシリーズは radsportnews.de の記事からそれぞれの発言を借りてきて、First Cycling で成績について調べたりしながら紹介しているんですが年を越してしまいました。

前から書いているように、 radsportnews ではレース結果でポイントを与えて、12月に入ると100位から初めて、大晦日に1位を発表という形を取っていたんだけど、どうも去年ぐらいから年を越して順位上位の選手の紹介をするようになってて、おかげで昨日までは「今年の総括シリーズ」だったんですが、今日からは「去年の総括シリーズ」になってしまいました 笑)

ちなみにポイントは、レースの格によって同じ優勝でも点数が違うんですが、上位に入らないと取れないシステムになっているので、アシスト選手は圧倒的に不利。スプリンターがどうしても上位になりがちなので、拙ブログとしては順位は無視しています。

ということで、今回は来シーズンからボーラを離れUAE でポガチャルのアシストになるニールス・ポリットです。この選手190を超える体格で、手足が長くて自転車に乗っている姿は実にきれいなんですが、結果があまりでないですねぇ。21年のツールでステージ優勝したときはこの後ブレイクかとも思ったんですが。。。

今シーズンのツールはチームメイトのヒンドレイがマイヨ・ジョーヌを1日だけだけど着れたから嬉しかっただろうけど、基本、この選手内弁慶なんですよね。今シーズンの2つの勝利も、ドイツ選手権の個人TTと出身地ヒュルトのアフターツール・クリテリウムだし、プロ入り後にUCIレースで9勝しているんだけど、上記のツールのステージ優勝以外はすべてドイツのレース。ドイツツールとかナショナル選手権とかケルン一周とか。。。

ポリットの話。「TTのタイトルが取れてとても嬉しかった。僕はずっとこのタイトルが欲しいと思って戦ってきたんだ。

ツールはヒンドレイがマイヨを着れたし僕にとってもハイライトだった。チームとして特別なものだったね。僕自身はトライしたけど、でもアシストがメインの仕事だったからね。僕が逃げに入ると、ライバルチームが目の色変えたからしようがないよ。

ドイツのレースは僕に合っているんだ。モチベーションも上がるしね。でも、もちろん他の国のレースにも勝ちたいよ。勝ってるのがドイツのレースばかりなのはたまたまだよ。

クラシックシーズンも良いスタートを切ることができた。ただ、上位にはいる最後の一踏みがなかったね。(ヘット・ニウスブラット 7 位、ドワース・ドーア10位、ミラノ〜サンレモ21位、E3サクソ13位、ヘント〜ヴェフェルヘムとロンデはどちらも20位)

UAE では勝利のために走りたい。UAEはレースを攻撃的に走るし、アタックすることが好まれる。自分の調子はいいと思ってるし、このチームで走るのが楽しみだ。ポガチャルのアシストも考えているよ。このチームはクライマーがたくさんいるけど、平地で風除けになれるのは僕ぐらいだ。ツールに出られれば、僕に取っては忙しい3週間になるだろうね。」

19年のパリ〜ルーベで2位になった時は期待のクラシック選手が出てきたと思ったもんでした。僕としては、もう一度春のクラシックで活躍する姿が見たいのですがね。


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今年の総括シリーズ、ツヴィーホフ

2023.12.31.11:44

拙ブログでは22年のジロと今年のブエルタのツィートレース日記でお馴染みになったツヴィーホフ。26歳までは主にマウンテンの選手でした。21年、27歳でボーラに入ってロード選手として走り始めたわけで、人によっては引退廃業の年齢からロードに転向したっていう変わり種。今年はツアー・オブ・ターキーでの2位を筆頭に、トップテン入りが10回を越え、徐々に目立ち始めましたね。ただ勝利がないのが残念なところです。

ただ、本人も言うようにステージレースでの総合順位が概ね良かったですね。今シーズン出場したステージレースはツアー・オブ・オマーン(総合15位)、UAE (8位)、コッピ・エ・バルタリ(7位)、ツール・ド・ロマンディ(56位)、ノルウェイ(12位)、スロヴェニア(7位)、チェコ(2位)、ブエルタ(35位)、トルコ(2位)。ロマンディとブエルタ以外は、なにかちょっと大逃げ決めてれば優勝も可能性が十分ある位置でした。

ツヴィーホフの話。「今シーズンはずっと良かった。1月から10月までコンスタントに良い成績をあげられた。4月に娘が生まれたこともあって、びっくりと同時にすてきなシーズンだった。いずれにしても今シーズンは誇らしさと感謝の気持ちでいっぱいだ。

2月末のUAEツアーで総合8位になって、ワールドツアーレベルで総合トップ10に入れたんだ。自信になったよ。今シーズンの印象に残っているのはステージレースでの総合順位がずっと良かったことだよ。経験値が上がったことがその原因だろうね。まだまだ学ぶことがたくさんある。だから29歳になったけど、まだ伸びると思ってるよ。これから何年か、何が起きるか楽しみだし、自分の限界がどこにあるのか知りたいよ。

僕のいちばんの強みは登りと回復力だと思っている。チームにとって役立つアシストであるとともに、総合でも良い成績を残せる選手になれると信じているんだ。マウンテンからロードへの転向がうまくいったと言ってくれる人は多いし、誇らしく思うよ。」

同じようにツィート日記常連のデンツがジロで2勝しましたからね。この選手も来シーズンはプロ初勝利が欲しいよねぇ。ただ、デンツとは違ってスプリントはなさそうだからなかなか容易じゃないだろうけど。


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今年の総括シリーズ、コンラート

2023.12.29.18:16

この選手もボーラでプロ入りして、ボーラ一筋だったんですがね。来年はリドル・トレックに移籍です。ボーラ時代はアシストでありながら、エースより良い成績を残すことがある、という地味なのに、なんとなく上位にいるという感じの選手でしたが、一昨年ツールのステージで優勝したので、このあとは結構自由に走れるんじゃないかと思ったんですが、やっぱりアシストのままでしたね。

今シーズンも勝利はなかったもののエシュボルン〜フランクフルトで2位、リエージュ・バストーニュ・リエージュで8位、他にもトップテンは全部で7回ありました。単純なアシストというにはちょっと勿体無いなぁ、という感じですが、一方でジロやツールでは山の勝負所になる前にすでに仕事は終了というケースも多かったような印象です。

すでに32歳。リドル・トレックでの役割についてはまだ未定とのことですが、私なんかはリドル・トレックと言われても、印象が薄いチームで、誰いたっけ? という感じ。ただ、コンラートは移籍を決めた時にこんなことを言ってます。「新しいスタートはいつだって新たなモチベーションをもたらすからね。自分の新しい章が楽しみだよ。目標はずばり、またグラン・ツールのステージで勝ちたい。」


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今年の総括シリーズ、デンツ

2023.12.27.14:37

拙ブログではジロのレース日記で今年も含めて過去3回登場してましたが、今年はボーラに移籍してきてジロでステージ2勝は大きかったですね。

デンツのジロツィート日記(12)
デンツのジロツィート日記(14)

デンツの話。「満足以上だよ。間違いなく過去最高のシーズンだった。去年ツール・ド・スイスでステージ勝利を挙げられたことで自信になり、今年はチームを変えたことで、せっかく信頼してくれたんだから、それに報いたいとモチベーションも上がった。

でも僕にとって一番大きかったのは、最初からジロを目標にした準備ができたことだ。ジロとクラシックを両方目標にするのではなく、ジロをメインに準備したことだよ。

2勝したジロはどちらのステージも信じられなかった。僕にとってはとても重要なことだ。2018年にジロに初出場して以来、この瞬間をずっと願っていたからね。それだけに最初の勝利ではちょっとエモーショナルになった。2日後にまた勝てた時は、最初の勝利をまだ味わい尽くしてなかったから、感情が飽和状態になったね。」

シーズン後半のブエルタでは最終日で強力な逃げに乗って、最後は3位に入りました。ブエルタといえば、チームからのけものにされたと訴えたアイデブルックスについて、デンツはこんなことを言ってます。

デンツの話。「全く気にしてないよ。もう直ぐ始まる来シーズンの準備のためにも、今はとても重要な段階にいるからね。来シーズンについては決まってないけど、まだ出たことのないツールに出られたらいいね。僕の夢だよ。それはともかく、来シーズンもアシスト役として信頼できる選手になりたい。同時に、何度かはフリーパスをもらって、自分のチャンスを得られたら嬉しい。」

今シーズンはジロ2勝とシーズン最後のツール・ド・トルコで1勝した以外にも、ドイツナショナル選手権で2位に入ったし、ロマンディのプロローグのTTでは4位になったし、29歳にして最高のシーズンになりました。


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今年の総括シリーズ、デーゲンコルプ

2023.12.26.09:53

今シーズンも勝利はありませんでした。一番良かったのが7位の順位。ただ、この7位になったのがパリ〜ルーべでしたhttp://tatsuya1956.blog48.fc2.com/blog-entry-4615.html。ただ、今年は久しぶりに他の春のワンデーでも結構上位でゴールしています。ヘント〜ヴェフェルヘムでも12位、ロンデ・ファン・フラーンデレンでも19位、世界戦では16位。

デーゲンコルプの話。「パリ〜ルーベは落車までは調子も良かったし、あそこをクリアしていれば表彰台に上がる確率は高かっただろう。むろん優勝できたかと言われれば答えられないけど、表彰台はかなりの可能性があったと思う。ポジションを上げるタイミングも、多少下がってもエネルギーを温存するタイミングもよくわかっていた。パリ〜ルーべではそれが大切なんだ。

レース後のファンの応援に改めて感謝したい。あの後何週間もいく先々であの時のことがどのように受け止められたかを聞かせてもらった。本当に嬉しかった。

他のワンデーもまあ上手く走れた。まだまだ走れると思うし、自信とモチベーションをもらえたよ。ワンデーレースでならまだ自分にできることもあるのがわかったよ。ロンデ・ファン・フラーンデレンで勝てる選手は限られている。だから、有力選手に混じれるレースに集中するのが大切だ。

今年は比較的良かったと言えるね。よくなかったのはツールがね。チームも僕もよくなかった。

来シーズンは35歳だし、契約も来年いっぱいだけど、引退は考えてないよ。はっきりしているのは一つだ。僕は自転車のプロとして妥協はしたくないし、家族と別れてトレーニングキャンプやレースにいくことも嫌ではない。きちんと準備ができれば、まだまだ本当に楽しいんだ。まだ肉体的には大丈夫だってわかっているし、もっと続けたいよ。

12月のスペインでのトレーニングも、非常にハードだったよ。この何年かであれほど強度のあるトレーニングをしたことなかったな。来シーズンはオリンピックがある。ドイツの出場枠は2つしかないけど、出場したい。夢だし、大目標だよ。今年音世界戦とヨーロッパ選手権(8位)で、コースも距離も僕に向いていることを証明できたと思う。だから春に目立っておきたいね。」

ゲシュケとともに、拙ブログではプロデビュー当時から、いやU23で2位になった時から注目していた選手ですが、いつのまにやら35歳。。。こっちも歳とるわけだ。


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プロフィール

アンコウ

アンコウ
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あんけ・たつや。欧州ロードレースに興味を持ってすでに30年以上。主にドイツ人選手を応援。特に青田刈りにいそしむ。歳にも関わらず、あらゆる点ですごいミーハー。そのほか好きなものは、読書、音楽はバッハと友川カズキ、北方ルネサンス絵画、映画、阪神タイガース(村山、江夏以来ですが、強すぎないこと希望、弱すぎはもっと困るが)。北欧の社会民主主義に対する憧れ強し。家族構成は連れ合いと娘三人。

* 時々コメントが迷惑コメントとしてゴミ箱に入れられることがあるようです。承認待ちが表示されない場合は、ご面倒でも書き直しをお願いします。2017年8月3日記す(22年3月2日更新)

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