2018 01 << 12345678910111213141516171819202122232425262728>> 2018 03

マルティンのブログから二つ

2018.02.17.22:57

バタバタしてて、チェックしてなかったら、マルティンのブログが2回も更新されてました。

まず2月9日の日付です。

……
トレーニングの時間は終了だ。明日、ついにまた始まる。ムルシア一周と日曜のクラシカ・デ・アルメリアで、水曜から始まるアルガルベ一周できちんと走れるように、レースのリズムを見つけることが大切だ。

ここまでの準備には大変満足している。素晴らしい冬を過ごし、最高のトレーニングを積んで、体調を悪くすることもなかった。調子はとてもいいと感じている。しかしそれはレースを走ってみて初めて、本当にそうだったかがわかるのだ。何れにしてもスタートが待ち遠しい。
……

というわけで準備レース2つはどちらも完走というところでした。続いて、アルガルベが始まってます。

……
本当にハードな始まりだった。ゴールするまで全力を出した。40人がリタイアだ。トイレタイムもなかった。5時間ハンドルの下を持っていた。ムルシア一周では最終的にタイムリミットで走れたのはわずかだった。私は26位だったが、本当にハードだった。日曜のアルメリアではいくらか穏やかなレースだった。私としてはむしろ逆であって欲しかった。つまり、平地のレースで始まって、それからアップダウンのあるレースが良かった。しかし、うまく走れてとても満足しているし、スペインを超えて【ポルトガルの】アルガルベへ向かうコースをとるのを後悔していない。

というわけで、今私はポルトガルにいる。車で7時間走って、ここにも慣れるだろう。それから水曜日には今シーズン最初の本気のテストが始まる。つまり、何よりもTTがセッティングされているのだ。このステージレースではかつて勝ったことがある。だから私としてjはこのレースとこの素晴らしい地域に親近感がある。
……

と気合十分だったマルティンですが、アルガルベの第3ステージの個人TT、ダメでしたね。20キロほどのコースでゲラント・トーマスに遅れること27秒の6位。去年もTTではほとんど勝てなかったし、このところTTの力に陰りが見えてますね。その分、逃げに力を入れて、ソロアタックで逃げ切るようなレースを見せてくれれがいいという気もするんですけどね。



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村

スポンサーサイト

rsn のシリーズ「あなたの初めて」ゲシュケ編

2018.02.13.21:33

このところ拙ブログでは名前がなかなかでてこないゲシュケ。rsn の新シリーズで、「あなたの初めては?」という連載記事に出てきました。内容はこんな感じ。

……
 最初のレースは?
1998年のベルリン・ブランデンブルク・カップというマウンテンバイクのレースだ。でもどこでやったかはもう覚えてないなぁ。

 最初の落車は?
それから少し後、2001年のロードレースで、だったと思う。自分がすぐにまた自転車に乗ったのに、自分でびっくりしたね。

 最初の賞金は?
これも2001年で、ベルリンの周回コースのレースだった。10ユーロの賞金だったね。

 最初の勝利は?
最初に話した1998年の最初のマウンテンのレースだよ。ロードでの初勝利は2001年のベルリンであったクリテリウムだった。その時は単独で逃げて勝ったんだよ。

 最初のスポンサーは?
親父だ。彼は自転車屋をやってて子供だったからもちろんありがたかったよ。自転車競技って金がかかるからね。

 最初のチームは?
ベルリンTSCだ。ぼくのとってはチームの一員だという気持ちを始めてもてた。

 最初のプロレースは?
レジオ・ツールにミルラムの見習い(スタジエール)として出たんだ。ミルラムからは翌年の契約は取れなかったけど、思い出深いね。レジオ・ツールではルームメイトのビェルン・シュレーダーが総合優勝したんだ。彼とは今でも仲良しで、ベルリンでは一緒にトレーニングしているよ。何れにしても、このレースは今住んでいる南バーデン地方のとても素敵なレースだよ。
……

というわけで、ビェルン・シュレーダーは2006年から5年ほどミルラムに所属していた選手です。今も現役だけどコンチネンタルチームみたいですね、

父親のユルゲン・ゲシュケは、拙ブログではすでに書いたことがありますが、1970年代のトラックで大活躍した旧東ドイツの名選手です。1970年前後にタンデムで世界チャンピオンに二回なり、モントリオールオリンピックのスプリントでは銅メダル、1977年の世界戦ではスプリントで世界チャンピオンになっています。
juergen_geschke_simon_geschke_20151207_1428847376.jpg

まあ、若い頃の写真を見ても似てないけど、何しろ髭面だから、比較に無理があるかなぁ。ところで、この1977年って中野浩一がプロスプリントで初優勝した年で、その時のアマチュアスプリントのチャンピオンがゲシュケだったわけです。

それはともかく、ゲシュケの今シーズンの最初のレースは水曜から始まるアルガルベ一周からですね。



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村

ドバイ・ツール終了後のキッテル

2018.02.12.11:20

まだ新たなカチューシャのマイヨでの初勝利をあげられないキッテルです。カチューシャのスプリントトレインはニルス・ポリット、リック・ツァベル、マルコ・ハラーとみんなドイツ語で、意思の疎通は完璧と思われそうですがねぇ。

ドバイの最終日、なんでキッテルのカタパルト役だったマルコ・ハラーやリック・ツァーベルがキッテルより上位に入ったんだろうと思ってたら、キッテルに気づかなかったようです。すべての原因はその前のコーナーでのブーアンニの落車だったようで、この落車でカヴもフルーネヴェーヘンもデーゲンコルプも止まっちゃったようですね。なので、カタパルト役の二人もキッテルも止まったと思って、自分たちだけでスプリントに参加したということのようです。 rsn に署名記事でキッテルのインタビュー混じりの記事が載っていましたので、軽くご紹介します。

キッテルの話。「もちろん俺たちはがっかりしてるよ。マルコ【ハラー】の2位はすごいことだけど、俺たちは優勝したかったんだからな。【ブーアンニの】落車のあと大混乱になった。マルコとリック【ツァベル】は、俺もストップしたと思ったんだ。そこでチームのために少しでもいい結果を残そうとした。

俺たちはやらかしたミスから学んで、チームとしてさらに成長しなくちゃならねえ。話し合うことはいくつもある。でもな、この何日かでチームは一層強くなったと思うぜ。」

というわけで、第1ステージはメカトラで、絶好のポジションだったのをフイにし、第2ステージは最後の何キロかでカタパルトのハラーから離れてしまい、第3ステージもいいところにいながら、ちょっとスプリントに入るタイミングが遅れて届かず、第4ステージは最後のハッタダムへの登りの前に遅れ、最終ステージも結局カタパルト役を利用できず、結構良い位置にいたと思うんですが失速。

特に最終ステージの、スプリントに入った瞬間に足を止めて腰を下ろしてしまったシーンはまたトラブルかと思ったんですが、そこまでの前段階でハラーとツァベルを追いかけて足を使いすぎ、力が尽きてしまったということなんでしょうかね?

次は21日からのアブダビ・ツールだそうですが、そこでも勝利をあげられなかったりすると、結構大変なことになりそう。



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村

ドバイ・ツール(5)ヴィヴィアーニ!

2018.02.11.00:00



キッテルはどうしちゃったんでしょうね。最後向かって右側へ進路を変えて、行ったぁ!!と思ったら足止めちゃいましたね。なんだろう、トップに入れたギアが勝手にセカンドになっちゃったみたいな。。。そのあとは腰上げることなくなだれ込みゴールでした。

カチューシャはアシストというかカタパルト役のマルコ・ハラーが2位、リック・ツァベルが5位になってますが、肝心のキッテルが6位。うーん、多分メカトラではないかと思うんですが、アシストがここまで頑張っちゃうというのも、キッテルの調子がイマイチだからというのでもなければ、どうもゲせない話です。

というわけで、ヴィヴィアーニが2勝目で総合も決めました。今年もクイックステップの荒稼ぎが早くも始まっています。



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村

ドバイ・ツール(4) コルブレッリ!

2018.02.10.21:33

いや、去年はデーゲンコルプがこのステージで優勝しているので今シーズンも、と思ったんですが、まるで姿を見せませんでした。


しかし、一人逃げ続けたブランドン・マクナルティ、まだ19歳だそうで、惜しかったなぁ。あと50メートルぐらいだったですね。

マクナルティの話。「自分の強さを示すことができた。幸せだ。ゴール前50メートルで捕まっちゃったけど、僕の年齢なら恥じることはないよね。今は最終ステージと、次のツアー・オブ・オマーンが楽しみだ。

実際は捕まるだろうと思っていたけど、登りの勾配がこんなだとは思ってなかった。登りを見た瞬間は、Oh Shit ! だった。」

キッテルはこのコースで勝てるはずないと思っていたけど、登りよりだいぶ前にちぎれてましたねぇ。



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村

唐突に1991年ツール・ド・スイス

2018.02.09.16:02

昨日ホーイドンクの写真を探していたらこんなものが出てきました。右端が市川選手ですね。
IMG_1452_convert_20180209155640.jpg



この年、市川選手が所属していたブライカーチームは、他の色んなチームの選手を加えてツール・ド・スイスに出場したんですね。だからマイヨの胸の文字がバラバラだし、パンツの横の文字も違ってますね。左から四人目なんてカレラのマークでカレラチームの青いジーンズ仕立てのレーパンです 笑)

こんなことができたんですね。そういえば、1995年のツールではテレコムとZGチームが混合チームという形で出ていました。この時は当初テレコムはツールに呼ばれてなかったんですが、抗議したらイタリアのZGと一つにすることになり、テレコムから6人、ZGから3人出場となりました。ただしマイヨは別々だし、連携もあまりなかったようですけどね。

そんな中でツァベルが2勝して、翌年はエースにビャルネ・リース(95年総合3位)を招聘して総合優勝、プロ2年目のヤン・ウルリヒも2位になり、強豪チームになったのでした。

ところで、ブライカーの写真、その後また別の機会に市川さんにもらった絵葉書ではみんなお揃いのマイヨになってますが、実はよく見ると一人だけ違います。写真が小さくて、ちょっとわからないかもしれませんが、この中では一番有名な選手ベアト・ブロイ(左から4番目)だけ、ホィーラーの黄色い帯が入ってます。
IMG_1453_convert_20180209155731.jpg

これはベアト・ブロイの個人スポンサーみたいです。このブロイという選手は82年にツールの山岳で大活躍したんですね。ラルプ・デュエズでの優勝を含み、山岳でステージ2勝、総合6位になっています。この時のハンドルに覆いかぶさるようなダンシングはここで見ることができますね。


1時間以上付き合えないというのであれば、41分ぐらいからどうぞ。

しかしほとんどずっとダンシングです。ブロイが映る場面では8割がたダンシングじゃないでしょうか。信じられんなぁ。それと、この時代のポジション。ハンドルとサドルの高さがそれほど差がないです。80年代前半から中頃にかけてはハンドルステムを目一杯上げて、ハンドルとサドルの高さがあまり変わらないスタイルが流行りました。だからですかね、ブロイのダンシング、腕が長すぎるみたいに肘を大きく曲げて左右に張り出すような走り方ですね。

というわけで、ブライカーに所属していながら、自分を個人的に応援してくれるスポンサーの名前を入れてしまう。今では考えられないことですが、のどかな時代だったんですね。



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村

ドバイ・ツール(3) カヴェンディッシュ

2018.02.08.22:35

というわけで第二ステージの結果をアップしたら、すでに第三ステージも終わってました。また見逃したぁ。


カヴェンディッシュがスプリントでブーアンニとキッテルに勝ちました。キッテルが3位。乗り切れないですねぇ。ただ、ビデオで見る限り、埋まっちゃってスプリントに入るのが遅すぎ。まあ、あれでカヴをあそこまで追い込めたんだから、まあ良しとするしかないですかね。

総合ではフルーネヴェーヘンがメカトラで遅れた後、チームカーに引っ張ってもらったのでペナルティ20秒でトップから落ちて、ヴィヴィアーニが4秒差でカヴをリード。でも、僕としては3位につけているナータン・ファン・ホーイドンクという名前に反応します。1990年前後に天才と言われ、ツール・ド・フランドルに2勝したエドヴィヒ・ファン・ホーイドンクの息子らしいです。エドヴィヒは89年に昭和記念公園で行われた二度目のスーパークリテリウムで優勝した選手です。
IMG_1450.jpg
ちょっと暗くなってしまいましたが、競技マガジンから。

IMG_1451.jpg
こちらも競技マガジンから。スーパークリテで優勝したところです。

当時はあまり大柄の選手っていなかったんですよね。ひときわ目立つ巨漢選手でした。当時のベルギーではプロ入りに年齢の制限があったんですが、彼の場合特例でその制限より年少だったのにプロになったんだったと思います。天才と呼ばれ、メルクスの再来と言われながら、何しろ練習が嫌い。当時の監督のヤン・ラースなんか、あいつは日曜日にしか練習しない、と言ってたぐらい。それに精神的なタフさもあまりなかったんでしょう。練習しなくてもそこそこ走れちゃうわけで(「そこそこ」どころかフランドルで2勝ですからね)、案の定というべきか、30歳になる前にさっさと引退してしまいました。一説にはドーピングに嫌気がさしたという話も聞いたことがありますが、それはなんとも言えませんね。

このエドヴィヒの方については、後日また書くことにして、ナータンの方の写真を探したら、あまり親父に似てないかなぁ。親父ほど騒がれてないみたいだけど、しっかり練習して親父を追い抜いてほしいものです。
Grotenberge_(Zottegem)_-_Omloop_Het_Nieuwsblad_Beloften,_4_juli_2015_(B009)



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村

ドバイ・ツール(2) 江戸から長崎

2018.02.08.21:54



ヴィヴィアーニがフルーネヴェーヘンにリベンジしましたね。9レース目で7回目のトップテン入り。しかも29回目の誕生日でした。

ヴィヴィアーニの話。「今年はこれまでで最高のシーズンスタートだ。これで終わりにならないように願っているよ。総合でも2位になったけど、まだ総合争いのことは考えてない。これからどうなるかだね。2010年にプロになってから、僕は、勝つことでよりも負けることでモチヴェーションを高めてきたことは、みんなも知る通りだ。今日もまったくその通りだったね。

ゴール500メートル前で、サバ(ファビオ・サバティーニ)が先頭との隙間を埋めてくれた。それでクリストフの番手が取れ、昨日より早めにスプリントを開始しようと決めたんだ。最後の1キロはカオスだったけど、世界最高峰のスプリンターが勝負しているわけだからね。いつだってカオスだよ。チームは信じられないぐらいだよ。このチームの一員であることは特別な気分だ。このチームで勝てたことが本当に嬉しい。僕の誕生日もことさらに素敵なものになったね。」

というわけで、拙ブログとしては、どうしたキッテル?! と言いたいところですが、昨日はメカトラ、今日はラスト2キロでトレインがばらけてしまいました。

キッテルの話。「フィナーレで幾つかミスをしたぜ。ちょっとナーバスになりすぎたせいだ。俺たちは左側から前へ上がっていくことを決めていた。だけどそれがうまく機能しなかった。コミュニケーションがうまくなかったな。だけどそれもまたいいことだ。ここではテストなんだからミスが生じることもあるって言ってたんだからな。それより、逃げ潰しの追走作業に手を貸してくれたのは1チームだけだった。他のチームは知らんぷりだ。なぜなんだ。スプリントになるのがわかってるんだ、他のチームもやるべきことをやれよ。

まあ、俺たちは全力を出したけど、どうやら十分じゃなかったってことだ。でも明日はまた次のチャンスが来る。その後も、それからその後も、次のチャンスがあるってことだぜ。」

というわけで、自分が出て行ったクイック・ステップ、南米ではガビリアが、そして目の前ではキッテルの後釜に入ってきたヴィヴィアーニが優勝。ちょっと穏やかではないかもしれません。


にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村

ドバイ・ツール(1) フルーネヴェーヘン!

2018.02.07.11:06

いやはや、安倍の答弁のデタラメさを編集すれば、十分お笑い番組で使えるだろう。都合が悪くなると、聞かれていることとまるで関係ないことをとうとうと述べたてて、質問者からそんなことを聞いてない、と言われても知らん顔で丁寧にご説明させていただいたと胸張ってたもんね。それが一度や二度ではないからね。歴代首相中でこんなデタラメな答弁するのはいなかったし、今後もこれを超えるデタラメな首相は現れないだろう。

というわけで、ドバイ・ツール最初のステージはフルーネヴェーヘンがぐちゃぐちゃのスプリントを見せて優勝でした。狭いところからヴィヴィアーニが抜け出ようとして、微妙な間隔を開けたまま、うまくブロック、同時に前を行くマグヌス・コルト・ニールセンをさしました。チームとしてはヴィヴィアーニのクイックステップとキッテルのカチューシャがうまかったですけどねぇ。キッテルか、と思える展開でしたが。。。



キッテルの話。「これまでのドバイで一番テクニカルなフィナーレだった。チームは本当にうまくやっていたし、常に正しいポジションで、最後にマルコ・ハラーが俺を前へ押し上げてくれた。さあ、スプリントだと思った瞬間にテクニカルプロブレムが起きたんだ。勝つチャンスが十分にあった。いいポジションにいたからな。調子も良かった。だからそれだけがっかりしている。チームとしては上手く機能したぜ。マルコ・マティスが先頭で頑張ってくれた。奴はとっても良いぜ。この調子で次はやれると思うぜ。」

というわけで、技術的な問題と言ってますが、具体的にはなんだったのでしょうね? パンク? ディレイラーが故障? カチューシャの選手がコルト・ニールセンがアタックした直後にハンドルを叩いているシーンがちょこっと映りますが、あれがキッテルだったんですね。

優勝したフルーネヴェーヘンとしては会心のスプリントでしょうか。上手くヴィヴィアーニを止めました。

フルーネヴェーヘンの話。「ここで勝てるなんて素晴らしいよ。何しろ優秀なスプリンターがたくさんいるんだから。最後はとても際どかった。ラスト100メートルで全力を出したよ。今シーズンの最初のステージで、しかもレベルの高いスプリンターぞろいのレースで勝つのは気持ちがいいよ。」

一方のヴィヴィアーニとしては、もう少し早い段階でフルーネヴェーヘンの横に入れれば、あそこまで寄せられなかっただろうけどねぇ。

ヴィヴィアーニの話。「90%俺のミスだ。台無しにしてしまった。横風があったので右側をキープしようとしたんだ。計画通りだったし、俺の調子も良かった。なのに、フルーネヴェーヘンが最初に行った時、ミスを犯した。後ろから行くなら左側へ行けたのに。一瞬の判断だったからしょうがない。がっかりだよ。でも明日もあるからまた頑張るよ。」

毛色の違うコメントはカヴのものでしょうか。

カヴェンディッシュの話。「スプリントを上手く出来なかった。リードアウトはいたし、十分な力を出せたのに、上手くいかなかった。調子は良かったんだ。レンショウもアイゼルも上手くやってくれた。最後はかなりカオス状態だった、いや、大虐殺だった。本気で命の心配をしたよ。誰かの後ろにつこうとするんじゃなくて、集団の中を左へ走っていくやつを避けるのに一生懸命だった。UCIはこの冬に、集団の中を左右にポジションを変えてもいいと発表したから、こうなるだろうと思ってたんだ。集団内であれより後ろにいたらもうだめだね。今日はミスをした。最後の何キロかで後ろにいすぎた。だからスプリントに加われなかったんだ。」

ビデオで見ても、いまひとつグチャグチャ感がわかりませんが、カヴとしてはUCIの決定をちょっと批判気味なんでしょうか?



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村

ドバイ・ツール、スプリンター勢ぞろい

2018.02.06.16:32

今日から始まるドバイ・ツール、シーズン開始したばかりというところで、ここまでの調整具合がどんなものか、程度に見るべきでしょうけど、それにしても、そうそうたるスプリンターオンパレードです。しかもフラットなステージばかりだし。

ブーアンニ、カヴェンディッシュ、デーゲンコルプ、キッテル、クリストフ、ヴィヴィアーニ、フルーネヴェーヘンと勢ぞろい。

去年、一昨年とキッテルが総合優勝し、通算のステージ勝利数も8と記録を持っていますが、デーゲンコルプはマヨルカで2勝、ヴィヴィアーニも一つ勝っているし、15年はカヴが総合優勝しているし、というわけで、シーズン早々こんなにみんな集まっちゃっていいんでしょうかね 笑) あえて言えば、サガンがいないのが残念かな。



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村

マルティンのブログから、オーバーグルクルより

2018.02.02.12:36

180129_berge.jpg

マルティンはマジョルカでのトレーニングを終えて、オーストリア南部のアルプス山地で休養中のようです。

……
マヨルカ島の穏やかな気候の後、今、冬のパラダイス、オーバーグルクルで休養を取っている。休んでいる時も高地効果を生かそうというわけだ。リラックスしながら、身体の方には刺激を与えている。もちろんローラー台も持ってきてはいるが、まずは選手間でよく言う言い方を使えば、何よりいくらかここで空気を送り込みたい。それからシーズンスタートのムルシアヘ乗り込むつもりだ。

これまでのところ、ここは完璧な天候だ。陽が出ているが、温度は0度から5度の間。散歩には理想的だ。もう随分長い間冬山には来てなかったが、素晴らしい。パノラマ風景は最高だ。3000メートル級のたくさんの山に囲まれた地域で、ここでは毎年エッツタールサイクルマラソンが行われる。参加するなら2月1日から申し込める。いつか、引退した後で、私もこの催し物に参加することを夢見ている。きっと楽しいだろう。もっとも、この高度を登れるならば、だが。
……

エッツタールサイクルマラソンは240キロ弱で2000メートル以上の峠を3つ越え、標高差は5500メートル以上という無茶苦茶なサイクルマラソン。去年からは日にちを変えてプロの部も開催されるようになったみたいですが、基本ホビーサイクリストのためのもので、毎年1万人がスタートし、3〜4000人が完走しているようです。YouTube で Ötztaler Radmarathon で検索するといっぱいアップされてますが、8時間以上、定点カメラという映像もあったりして、誰が見るんだ、こんなの?



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村

マヨルカ・チャレンジ、デーゲ2戦2勝

2018.01.30.17:50

先日のインタビューでも好調をアピールしていたデーゲンコルプ、マヨルカチャレンジで出場した2レースに両方とも優勝しました。2018年シーズン最高のスタートですね。

「これ以上良いスタートはないよ。びっくりするぐらい上手くいった。チームメイトが素晴らしい働きをしてくれた。去年は想像したように上手くいかなかったからね。この冬は思いっきりトレーニングして、安定した良いシーズンのまたの土台作りをしてきた。今のところ上手くいってる。」

このマヨルカ・チャレンジって以前にも書きましたが、4日間で4戦あるんですが、別にステージレースではないし、それぞれレースを選んで出るレースで、今年のデーゲンコルプの場合だと第1戦と第4戦に出たようです。





デーゲンコルプの次のレースはドバイ。まあ、すべては春のクラシックのための調整レースなんでしょうけど、勝ち続けられるといいけど。



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村

ロバート・ミラーからフィリッパ・ヨークへ

2018.01.28.15:20

先日の「1985年のブエルタ」のエントリーにコメントを下さった かばきち さんから、ロバート・ミラーの性転換は事実であるというCyclingnews.の記事を教えていただきました。


1984年の秋だったと思うのですが、池袋のデパートのスポーツ用品売り場で、初めてヨーロッパのロードレースの存在を知りました。そこに設置されていた小さなブラウン管に、5分か10分ぐらいのビデオがエンドレスで繰り返し放映されていて、これは前にも書いたことがありますが、ただただ呆然とその前に30分ほど突っ立って動けなくなったのでした。

今でも覚えているシーンは、真っ青な晴天の山岳で一列棒状に走る選手たちの中から一人がアタックすると、後ろから次々にそれを追う選手がスピードを上げ、その美しい風景とスピード感、選手の一人になったかのようなカメラ位置、そして何よりカラフルなマイヨをまとった選手たちの姿に完全に魅了されてしまったのでした。

自転車選手と言われたら、競輪選手のゴツイ体でぶっとい太ももという印象しかなかったから、そこで見た選手たちの華奢な体と細い足にびっくりしました。そんな中に一人の選手が両手を上げてゴールするシーンがあって、その後思い出すと、それがロバート・ミラーだったんじゃないかと思うんです。

ゴール前に横顔がアップになり、長髪をなびかせてて、なんて美しい!と思ったのでした。あの時みたビデオがいつのものだったかは、もう調べようもありませんが、おそらくその直前の84年ツールか、あるいはその前の年のツールの可能性もあったのかもしれません。そして、今調べてみると、83年の10ステージ、ポーからバニエール・ド・ルションでミラーが逃げていたコロンビアの選手(このときはアマチュアで出てたはずです)を千切り、追ってくるデルガドを振り切って優勝してますね。

84年にも、11ステージ、ポーからグゼ・ネージュでミラーがルイス・エレラとデルガドを振り切って優勝しています。僕が見たエンドレスのビデオはそのどちらかのワンシーンだったのでしょう。そうやって考えると、この2年で優勝したローラン・フィニョンが絶対映っていたはずなんですが、それはもう思い出せません。

その後、30年以上ヨーロッパのロードレースに魅了され続けてきたわけですが、ひょっとしたら、きっかけは、ロバート・ミラーの姿だったかも。

というわけで、自転車って普通はメカから入ったり、サイクリングから始まる人が圧倒的多数なのでしょうけど、僕の場合はかなり倒錯していて、ヨーロッパの自転車レースのビデオを見て、それに魅了されて、あんな自転車に乗りたいと、何も知らないまま、このビデオから一月ぐらいで、当時一番安かったビアンキを購入、それから半年も経たないうちに、サンツアーカラーのヴォーグに乗り換え、さらにホビーレースチームに強引に入れてもらい、ホビーレースに参戦し。。。。という具合に、もう後戻りできない状態になったのでした 笑)

というわけで、当時のロバート・ミラーの写真をミロワールなどから拝借。
IMG_1381.jpg

IMG_1379.jpg

IMG_1378.jpg

そして現在のロバート・ミラーの姿をCyclingnews.comから拝借しましょう。
philippa_york_670.jpg

10代ぐらいから性的に違和感を感じていたそうで、それをきちんと自覚していれば自転車選手になどならなかったと言ってますね。今は幸せだと。これは実感することは不可能だけど、自分自身の性に対する違和感を抱えながら、男ばかりの社会で勝負にこだわり、それから解放されて、やっと自分自身に対する違和感からも解放されたということでよろしゅうございました。

というわけで、情報コメントを下さった かばきち さんに改めて感謝いたします。どうもありがとうございました。



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村

再び、デーゲンコルプのインタビュー

2018.01.26.21:50

この冬、インスタグラムで定期的にトレーニングの状態をアップしていたデーゲンコルプ、ミラノ〜サンレモとパリ〜ルーベに優勝してから2年、事故もあってパッとしない2年を過ごしましたが、調子が戻ってきたという自覚があるようです。VeloNews でのインタビューです。

「やっと再び完全いリズムに乗れるようになった。プレッシャーもない。去年よりずっといいと思う。2年前の事故から連鎖的に悪循環になってしまった。事故があって、それを克服することに一生懸命になりすぎ、できるだけ早く元に戻ろうと頑張りすぎてしまった。後ろから急き立てられているみたいな焦りがあった。僕は自分にプレッシャーをかけたがるタイプだけど、それは良いこともあるけど悪いこともある。」

今シーズンの目標は例年通り、春のクラシックに全力を挙げる、特にミラノ〜サンレモ、ツール・ド・フランドル、パリ〜ルーベを狙うということですが、ひょっとしたら故郷のレースエシュボルン〜フランクフルトまでの間にアムステルゴールドにも出場するかもしれないとのこと。

しかし、まずはマジョルカ・チャレンジに参加して、それからドバイツールに出場し、3月初めにパリ〜ニースを走るというプログラムのようです。

前の Cycling Magazin のインタビューでも言ってましたが、今年はフランドルのクラシックではヤスペル・スタウフェンとのダブルエース体制ですが、これがうまく作用すればいいんですけどね。



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村

マルティンのブログから、マヨルカ島にて

2018.01.25.00:39

うーん、アルペツィンのマイヨ、ビミョーに青みがかった肩の下、真っ赤なラインが入って、あとは早稲田カラーみたいな暗い赤の腹から下、という変な色合いです 笑) プロトンの中で見分けやすいかもしれませんが。。。。苦笑)

180122_malle_lb.jpg
……
この写真を見たら、羨ましいと思われるかもしれない。その通りだ。マヨルカ島の天気はこの3週間、私が以前から知っている天気そのものだった。穏やかな気温と太陽。この何年かはマヨルカへ来るのはちょっとリスクがあった。しばしば雨が降ったし、温度もあまり快適ではなかったのだ。しかし、今は改めてこの地に対する愛情が燃え上がっている。

理想的なトレーニングができた。チームと一緒にかなり集中してやった。チームTTのシミュレーションをし、みんなでパルマのバンクでポジションの練習をした。私は僅かな修正を試みたが、これはほとんど説明する必要もない程度のものだ。また、オークレーの新しいヘルメットもテストしてみたが、これにはとても良い印象を持った。

こうして、私の新年のスタートは大いに期待できるものになった。
……



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村

1985年のブエルタ

2018.01.22.15:42



本箱からこんなのが出てきました。自転車競技マガジンは1978年末から1990年までベースボール・マガジン社から出ていた月刊誌です。

この写真の3人がわかるとかなりなもんです 笑) 前の二人は割と簡単ですが、マイヨオロの選手はかなりコアかな。

この頃のブエルタは4月終わりから5月初めにかけて行われていたんですね。レース展開を見てみましょう。

最初の方では若いミゲル・インドゥラインが総合トップになりますが、第6ステージのコバドンガの頂上ゴールでペドロ・デルガドが優勝して総合トップになります。しかし次のステージでロバート・ミラーがアタック、デルガドは4分近く遅れて、ペロ・ルイス=カベスタニが総合トップ。2位にミラーが6秒遅れで追う展開。

第10ステージのミラーのアタックで総合トップはミラー。ルイス=カベスタニに30秒近くのリードを取ります。このまま最後から二つ目の第18ステージ。ここまでの総合順位は

1. ロバート・ミラー(プジョー、英)
2. フランシスコ・ロドリゲス(ゾル、コロンビア) 10秒
3. ペロ・ルイス=カベスタニ(MG・オルベア、スペイン)  1分15秒

で、デルガドは6分13秒遅れ。

そして最後から二つ目の第18ステージ。ロバート・ミラーが10秒差を守れるかというところだったんですが、3つある山の2つ目の下りでデルガドがケルメのホセ・レシオと二人でアタックして逃げます。このステージYouTube にありますね。さすがに画像はひどいものですが 笑)



ここからが、この時代のジロやブエルタでよくあったナショナリズムむき出しのレース展開になります 笑) 

トップのミラーは、2位と3位をマークして、6分以上遅れているデルガドを追うことはしません。差はどんどん開いて、残り40キロで3分差。そろそろ追いかけないとやばいというのに、2位のロドリゲスは監督の指示で追走せず、ルイス=カベスタニはデルガドと同じオルベアチームなので追うはずはなく、総合5位のライムント・ディーツェンを要するテカも追走を拒否。

見事なチームを超えたスペイン人連合 笑)の前に、フランスのチームプジョーに属す英国人のミラーはなすすべなく、ここに大逆転がなったのでした。ちなみにロドリゲスのチームゾルも、テカもスペイン国籍のチームです。ミラーとしてはプジョーのアシストが序盤で遅れてしまったのが致命傷になりました。

というわけで、最初の競マガの表紙の3人はデルガドとミラーとルイス=カベスタニでした。デルガドは一昨年来日して、サイン本をゲットしたことは書きました。 ミラーは一時期性転換して女性になったという噂が流れ、ネットには現在のミラーというおばちゃんの写真までアップされたことがありましたが、どうやらガセだったようですね。ただ、現役時代からかなりの変人だったと言われていました。

ルイス=カベスタニはこの時22歳、長身細身の、自転車に乗っている姿が格好いい選手でした。

IMG_1367_convert_20180122153153.jpg

この写真は86年のブエルタ(競技マガジンから)のTTです。この写真の感じは、下りのコーナーを走っている時には、よく思い浮かべたものでした 笑) 将来必ずブエルタに勝つと言われたのですが、結局勝てませんでした。



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村

UCI会長、スカイに提言

2018.01.20.18:06

フルームのサルブタモル事件、去年発覚した時にはマルティンが猛烈に批判し、反ドーピング団体も出場停止を求めていましたが、その後の情報があまり入ってこないし、どうなってるんだろうと思っていたところ、UCI会長のラパルティアンがチームスカイに、きちんとした説明ができるまでフルームを出場停止にすべきだと言っています。

「自分はこの事件に干渉する立場にないが、もしチームがこの処置を講じれば、みんなが納得するのではないだろうか。」

目下フルームは南アフリカでツールとジロのダブルツールを目指して準備中だそうで、2月のアンダルシア一周かアルガルベ一周でシーズンをスタートする予定だと言われています。

何しろ許容基準値の倍のあたいですからねぇ。やっぱり僕はラパルティアンの言うことが正論だと思います。僕はフルームは好きな選手だから、本人が意図的でなかったと信じたいけど。

ただ、問題は意図的かそうではないかは、この場合関係なく、やっぱり結果が出てしまった以上は、ひとまず出場停止にしないとおかしいでしょう。少なくとも納得いく説明が行われるまでは。

しかし、納得いく説明って、どうやるんだろう?何を言っても後付けの理屈とみられてしまうんじゃないかなぁ。



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村

デーゲンコルプの新春インタビュー(2)

2018.01.15.00:11

CM: 君にとってクラシックの魅力ってどこにあるんだろう?

デ: もちろん昔はレースをTVで見ていた。のちにU23でプロと同じ丘を走ってみて、すごかった。例えばタイエンベルフやエイケンベルフの壁を自分で走ってから、1週間後にプロが同じところをどう走るかを見たんだ。忘れられないよ。
 でもクラシックへの興味は父の影響かな。一緒に毎年サンレモもフランドルとルーベもTVで見ていたからね。E3プレイスについては当時はまだ知らなかったけどね。

CM: これらのレースを知らない人たちに、クラシックの魅力を伝えるとしたらどう話せばいいでしょう?

デ: 最大のポイントは伝統かな。そこで勝てば優勝者リストに載って、100年後にも残っているんだ。これらのレースの雰囲気も一種独特だ。一言で言えば、クレージーだよ。数えきれない人の人垣を走り抜けていくんだ。
 誰も知らないような選手だったのに、一度あそこに出れば、僕のことを知っている人がたくさんいるんだ。それも僕のゼッケンを見て判断するんじゃなくて、顔を見て、「あー、デーゲンコルプが来るぞ」って。信じられないよ。説明は難しいよ、一度体験しなくちゃわからないんだと思う。

CM: あのスタートラインに立つと、みんなが声を合わせて「トム・ボーネン、トム・ボーネン。。。」って叫んでくれるよね。なんで自分はベルギーに生まれなかったんだ、と思ったりしなかった?

デ: (大笑い)そうだったらよかったね。だけどそう簡単なことばかりじゃない。ベルギー人としては、あのレースに参加するだけでも大変だろうからね。

CM: でももうベルギー人もみんな君のことを優勝できる選手とみなしているよ。

デ: うん、少しはね。チームでベルギーへコース試走に行って、夕方に自転車好きの集まるレストランに行ったら、みんな僕のことを知っていてくれた。その雰囲気、壁に飾ってあるマイヨやキャップ、それがベルギーの自転車文化なんだ。それを感じられることだけでもすごいよ。みんな僕らを眼の前で見て、ちょっとでも話をしたいと夢中なんだよ。
 ドイツだとそういう人たちはそんなに多くないよ。フランクフルトのクリスマス市場を歩いていたって、僕だとわかる人は2、3人だね。フレフ・ファン・アフェルマートが故郷のクリスマスマーケットを出歩いたら、全く前へ進めなくなるだろうね。

CM: 君がそういうレースを好んでいて、体質的にも合っているっていうのは幸運だったね。

デ: そうだね。昔のコーチに感謝しなくちゃ。僕はU23時代にはロンデだけ走って、ルーベは走らなかったんだ。チューリンガー一周レースと日程的にバッティングしていたからね。だけど当時のコーチはずっと「ジョン、君は良いクラシックレーサーになれる。ロンデに向いているのは言うまでもない、でももう一つ言っておくよ。君はきっといつかパリ〜ルーベにも勝てるようになる」って言い続けてくれた。この言葉のおかげで今の僕がある。
 そして一度勝ってみたら、もうずっと勝っていたい。12月の気温2度の中何時間も雨に濡れながら走るのが楽しいわけない。でも夢を実現するためにはそうしなくては。夢は無論もう一度石のトロフィーを手に入れることだ。

CM: 二つ目を手に入れるのは難しそうかい?

デ: パリ〜ルーベみたいなレースに2回勝つなんて難しいのは当たり前さ。ラッキーで勝てるようなレースじゃない。

CM: 君たちプロ選手がルーベの競技場に入ってくると、何千人ものファンは鳥肌が立って、競技場は大騒ぎになり、狂ったような雰囲気になる。君たちはレース中にそれはどんな風なんだろう、それを感じ取れるゆとりがあるの?

デ: 勝利を目指して走っている時はトンネルの中にいるようなものだ。競技場では何も感じない。2015年に優勝した時は、もう流れの中で、これは大チャンスだと思ってたから、100%集中していて、ビデオで見ると、僕はもう何度も後ろを確認している。後ろから突然アタックされるのが嫌だったから。きっと1000回ぐらい振り返ってるよ。それだけ集中してると、周りの雰囲気はまるで感じ取れない。

CM: 2015年の勝利では何を思い出す? 今でも最後のところは覚えてるものなの?

デ: 取りこぼしの可能性があったよね。イヴ・ランパールトとフレフ・ファン・アフェルマートがいたから、僕は後ろから行かなければならなかった。あの時追想グループの中からアタックした場所は正確に覚えてる。今でもそこを通ると特別な気持ちになるよ。
 最高のシチュエーションだったから、忘れることはできないね。ルーベでは一番強くなくてはならない。それでも2、3回トラブルがあれば、それでチャンスは消えてしまうんだ。

CM: このレースがもっとも勝つのが難しいレースかな?

デ: うーんんんん。。。。

CM: では、君向きではないレースのことを。リエージュ・バストーニュ・リエージュは君向きじゃないだろう?

デ: (大笑い)間違いない、勝つのは一番難しいね。全てのモニュメントの中で一番勝つのが難しいな。

CM: 幸運、知性、脚力のうち、こういうレースで一番必要なのは?

デ: うーん、少なくとも50%は脚力だね。絶好調でないとダメだ。でも知性は極めて大切だ。自己を信じ、諦めず、慌てず、作戦を信じること。優勝候補の一人であれば、単純ではない。
 新聞を見れば名前の一覧に星付きであげられているわけで、これだって影響力は強い。戦術だって大切だし、チームのサポートも、そして機材はパーフェクトじゃなくちゃダメだ。だからこそ難しいんだよね。

CM: 予想記事を読むときには、ヘト・ニウスブラットやレキップが君に星をいくつつけているかがきになる?

デ: 自然に目には入る。毎日ネットを見てるわけじゃないから、あえて探そうとはしなけど。

CM: さて2018年に向けて、今は100%順調かい?

デ: うん、世界戦の後、完全に体をチェックして回復時間もたっぷりとったからね。全く新しい気持ちで自転車に乗っているよ。

CM: 気管支炎のおかげで早めにシーズンオフに入れて、たっぷり充電できた?

デ: いやあ、健康だった方が良かったよ。世界戦は走りたかった。でも、そういう風にも考えなくちゃね。2年前の事故も同じように良い方向へ考えたいよ。

CM: 新しいシーズンの大きな目標は?

デ: 例年通りだよ。2018年もモニュメントを中心にする。僕に向いているし、僕が好きなレースだからね。

CM: ツールでの緑のマイヨは狙わないの?

デ: うーん、とても難しいね。何よりペテル・サガンがいる限りはね。

CM: サガンができることで、君にもできそうなことがあるんじゃない?

デ: (笑)彼の自転車コントロールだけでももうすごいよね。彼は違うタイプだよ。僕らはそれぞれ別の特質を持っている。僕だって自転車のコントロールは自信があるよ(笑)、ウィリーしながらの手放し、あれはきっと練習すればできるかもね。
 しかし冗談は別にして、僕は他の選手と自分を比べて、何か利益を得たいというより、自分自身のことに集中したいタイプなんだ。

CM: チーム・トレック・セガフレドではクラシックではキャプテンを一人に固定せず、君はヤスペル・スタウフェンとのダブルエースになるね。君たち二人は互いにどうなの?

デ: 良好な関係だよ。理解し合えているし、ヤスペルは100%信頼できるやつだ。うまくお互いに機能しあえると思っている。

CM: 2018年のクラシックの計画はできてるの?

デ: 僕らは春はクラシックチームとして活動するけど、サンレモを考える時、パリ〜ニースにするかティレノ〜アドリアティコにするかはよく考えなくちゃ。回復までの時間も、それから天候が悪くて危険度が増す可能性も考えなくちゃ。そんなことは話し合ってるよ。

CM: キャプテンになるレースは幾つか決まっているの?

デ: いや。誰が一番調子良いかはその時に見なくちゃならないからね。誰がエースになるかは数週間前まではわからない。その方が僕らにとっても良いよ。強い選手がたくさんいて、レースがフレキシブルになるからね。

CM: レースではどう走るものなの? 車から指示があるの? それともみんなで話し合って、誰が誰のアシストをするか決めるの?

デ: 無論レースではみんなで話し合うよ。レースには明確な計画を持って走るけど、実際には何が起きるかわからないからね。チームにとって最良なのは何かは、レースの中で決めていかなくちゃならない。

CM: サドルポジションを変えた?

デ: ほとんど変えてない。僕は自転車ごとに少しずつポジションが違うんだ。無論しっかり分析して、徹底的にテストしているよ。シーズン前にはサドルの圧力計測もした。とても興味深いことがわかった。今はあまり細かいことにこだわりたくないけど。

CM: ドイツでは何と言ってもツールだ。君はモニュメントに勝ってるけど、ツールのステージがまだだ。ドイツではツールのことばかりなのに、ちょっとイラッとしない?

デ: まあね。ツールでステージ2位になっても注目されないのはちょっと残念だ。僕がツールの前に、僕はツールにステージ優勝を目指していくのではなくて、アルベルト【コンタドール】のために走るんだと言ったのに、多くの人は信じてくれなかった。でも、カタパルト役の選手が決まってない状態で出場して、2位になったというのは、僕としては悪いことじゃない。無論、僕の願っているのはレースに勝つことだ。それはツールでも変わらないよ。

CM: 最後の質問。君にとってはツールでのステージ優勝と二つ目の石のトロフィーとどっちが大切かな?

デ: それは言うまでもなく石の方だよ。



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村

デーゲンコルプの新春インタビュー(1)

2018.01.14.21:10

john-degenkolb-about-01-620x455.jpg

デーゲンコルプクラスになると、見ている方も、上位に入れても勝てないと、ああ、だめだったな、と思っちゃうので、その意味では気の毒ではあります。

今日はいつもの rsn (radsportnews.com)ではなく、Cycling Magazin からのニュースですが、何しろ長いので、2回に分けます。それでも長い 苦笑)


CM: まず最初に目を去年に向けることから始めよう。2017年の最高の瞬間はいつだった?

デ: ああ、それは娘の誕生した瞬間だよ。父親になるっていうことは何か特別なことで、現実の足元を見直させてくれて、人生において本当に大切なのは何かを教えてくれるものだ。

CM: シーズン真っ盛りでも同じように感じたかな?

デ: 絶対に。家族や子供たちとのコンタクトは再びレースに挑むために絶対必要なことだ。回復するために大切なんだ。でも、今娘の誕生を思い出すと、もう少し誕生が遅いほうがよかったかな。ツールの後2週間後だったからね。でもそういうのってどうしようも無いだろ。ツールの間は本当にヒヤヒヤしてたよ。僕がフランスにいる間に生まれちゃったらどうしようって不安だった。

CM: 本当に生まれてたらどうしたかな?

デ: チームとはあらかじめ話し合っていたよ。そうなれば僕は家へ帰るってね。

CM: 子供の誕生には何としてでも立ち会いたかった?

デ: もちろん。僕自身のためだけじゃなく、妻のサポートにだってなるからね。ずっと彼女は僕に尽くしてくれたんだ。僕が家にいるときだって、僕はしばしば家を空けて何時間もトレーニングしなければならなかった。子供が生まれるときにそばについているのはとても大事なことだったんだ。そして本当に感動的だった。涙が出たよ。言いようのない出来事だった。

CM : 僕も子供の誕生には立ち会ったことがあるけど、パリ〜ルーベに買ったことはない。感情的には比べることができるものかな?

デ: うん、似てるね。もちろん全く違うものだけど、頭の中の感情的な爆発は比べることができるかもしれない。

CM: さて、最高の瞬間を聞いたから、今度は最悪の方へ行こうか?

デ: 世界戦の出場を断らなければならなかった時の監督のアンドレアス・クリアへの電話だね。

CM: 辛かった?

デ: 電話がというのではなくてね。だってもうどうしようもなかったからね。世界選手権は走れればいいと思っていたわけではない。このレースにエースとして走ることが願いだったんだ。むろん調子が良くて結果を残せる可能性があるときにね。気管支炎でそれはダメになった。僕にとってその条件を満たしていただけに辛かった。2017年最悪のポイントはそれだったね。

CM: レースをTVで見なければならなかったのは、とても残念だったね?

デ: 最悪だったね。レース展開もコースも僕にぴったりだったもんね。ホームに辿りついたらドアが閉まって、電車が出発するのを見ているような気分だった。

CM: 君は何に勝ちたいか、負けたくないか、をしっかり意識している人だよね。

デ: うん。だけど、それが僕の強みであるとともに弱みでもあり、またその点は変えようがないと思っている。

CM: そして、レースに勝つためには必要なことなのかもしれないね。

デ: うん、世界のトップレベルで競い合いたいなら、そこそこの結果で満足してはダメだよ。もっと上位を目指さなくちゃ。
 いつでもそう考えてきたんだ。すでにU15の時に監督は僕のことを、こいつは二番になるための選手じゃないと思ったんだそうだ。ジュニアの時代にも、その後のU23の時にも。監督は常に僕に言ってた、「デーゲ、君は負けてはならんのだ」って。これは時として逆効果だったこともあるけど、だいたいは励まされる言葉だった。

CM: すでにジュニアのクラスで野心は強かったわけだね。でもそのための才能も明らかにあったわけだ。何よりもクラシックに関して。2009年のロンデ(ツール・ド・フランドル)のU23を覚えているよ。その時君は3位になった。見ていたメディア関係者はみんな、こいつはきっとクラシックスペシャリストになるに違いないって思った。

デ: 当時からこういうレースが僕向きだし、可能性があると思っていた。実際に走る前からああいうレースに魅了されていた。
 初めてロンデを走った時、はっきりわかったね。当時(2008年のU23のロンデ)ガティス・スムクリスがかなり早い段階から逃げて、ものすごい単独ゴール優勝をあげたんだ。僕は追想グループでやっと16位になった。でも僕にはこのレースは向いているし、そこで上位に入れるようになりたいって思った。このレースで若いうちに重要な経験を得られたことは良かったと思う。

CM: プロになってもU23の体験から得るものはあった?

デ: もちろん。何しろ最初は何も知らなかったんだからね。コースを知らなかったら何もできない。2008年に初めてロンデを走る前、大ベテランの先輩シュテファン・シュレックと話をして幾つかのヒントをもらった。石畳のレースに単純にワクワクしてて、何でも知りたいと思った。他のレースではやったことがないのに、レースよりだいぶ前からコース図を印刷しておいた。
 実際にレースでは、それがどれぐらい長く続くかとか、最後のところがどうなっているかを知らなければしょうがなかった。当時すでにコースの丘は全部暗記していたから、それはもちろんプロになっても役に立ったよ。



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村

ケムナのインタビュー

2018.01.11.22:40

レンナルト・ケムナ
いやはや、正月早々インフルエンザに罹りました。土曜の午後に突然の39.6°、翌日休日診療に行ってタミフルをもらってきたものの、昨日まで37〜8度台の熱が下がらず、仕事はお休み。熱以上に何しろ関節、特に腰がむちゃくちゃ痛くてかないませんでした。ようやく今日は7度以下になったけど、あちこちチクチクと痛い感じはまだ菌が抜けきってないんでしょうかねぇ。

というわけで、今年最初のロードレースがらみの記事は拙ブログの若手一押しのレンナルト・ケムナ(サン・ウェブ)です。去年のU23の世界戦では惜しくも2位でしたが、まだ21歳。今後どの方向へ進んでいくのか、rsn にインタビューが掲載されていました。もっとも記事は1週間も前のものなんですが、アップしようと思っていたら、さようなわけで。


チーム監督のイアン・スペケンブリンクは大変な逸材だと言っているが。

「監督が本気で言っているのかわからない。ちょっと大げさに言って、僕にハッパをかけているのかもね。でも去年は安定した良いシーズンだった。2017年に僕が目標にしていたのは、まさにこれだったからね。」

目指すのはグランツールでの総合争いができる選手?

「どんなことでも時間が必要だと思う。僕は、少なくとも今はまだ3週間のステージレーサーではない。もしかして3年ぐらいたったら、少しはそれに近づいているかもしれないけど。誰でもそうだけど、道がどこへ向かうかはわからないよ。去年は一年バランスの良いレースプログラムを組んでもらったからね。スプリントクラシックにも、1週間のステージレースにも、そしてグランツールにも参加できた。いろいろ試してみた。感じているのは、自分はコンパクトな(まとまったというような意味?)選手だということかな。いろんなことができるタイプだと思う。何れにしてももっとレベルアップしたいよ。」

オールラウンダーということ?

「なんでもできるという意味じゃないよ。僕はスプリントはダメだ。これは速くなりそうにない。目下の強みはTTだ。でもTTでもクライマーでもスペシャリストになりたいとは思ってない。エンジンをもっと大きくして、全体的に選手として底上げして、すべての分野でレベルアップしたい。」

初のグランツール、ブエルタでは膝痛でリタイアでした。グランツールのイメージは?

「グランツールっていうのは本当に何か特別なものだって思う。単純に3週間だからね。バッドデイが許されないんだ。21歳じゃあ、3週間のうちに何度もそういう日が来るよ。年齢が上がれば、そういう日が少なくなっていくんだろうね。」

初のワールドツアーチームでの一年で、何を学びました?

「うーん、答えるのは難しいなぁ。本当に原則的なことかな。トランクには何を詰めていけばいいかとか、山の上で、気温が3度の時には何を着るべきかとか。そういうことだってネオプロとして学んだ大切なことだよ。他にも、ヨハネス・フレーリンガーがいろんなことを教えてくれた。何れにしても随分力をつけることができたと思う。」

ブエルタで痛めた膝は?

「もうとっくに治ったよ。今シーズンはアルガルベ一周でスタートする。グランツールはどこを走るかはまだ未定だ、3つとも行けるように準備しておきたい。まずはスタートを見て、それからどうするか決まっていくだろうね。。」


21歳というとこは、グランツールの新人賞の資格がまだ4〜5回あるってことですからね。確かウルリッヒが3回続けてとってると思いますが、そんなのが狙えるようになるといいけどね。あまり突然優勝争いに加わるのではなく、徐々に力をつけて、少しづつ成長して行ってくれるといいんだけど。



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村

 HOME 

プロフィール

アンコウ

アンコウ
**********************
あんけ・たつや。欧州ロードレースに興味を持ってすでに30年以上。主にドイツ人選手を応援。特に青田刈りにいそしむ。歳にも関わらず、あらゆる点ですごいミーハー。そのほか好きなものは、読書、クラシック音楽(特にバッハ)、友川カズキ、北方ルネサンス絵画、映画、阪神タイガース(村山、江夏以来ですが、強すぎないこと希望、弱すぎても困るが)。少し前から草食動物と化そうと「努力」しています。北欧の社会民主主義に対する憧れ強し。家族構成は連れ合いと娘三人。

* 時々コメントが迷惑コメントとして、こちらにも通知されないまま、ゴミ箱に入れられてしまいます。これは管理ページで迷惑メールをチェックすれば見られるのですが、そんなところは滅多にチェックしないので、承認待ちの印が表示されない場合は、ご面倒でも書き直しをお願いします。2017年8月3日記す

カテゴリー

openclose

マガジン9条

FC2カウンター

Amazon

ブロとも一覧

検索フォーム