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映画「DAU・ナターシャ」(ネタバレしてます)

2021.03.17.13:17

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ソ連ロシア映画ってのはとんでもないのが目白押しです。節ブログでも紹介したアレクセイ・ゲルマン監督の「神々のたそがれ」「フルスタリョフ、車を」なんかは、なにか映画の画面に写ってないものも映画の一部であるかのような、メタ映画的なものを感じさせられたし、ヴィターリー・カネフスキー監督の「動くな、死ね、甦れ!」は、逆に映画の中に監督が介入していく逆の意味でのメタ映画的なものがありました。

また、最近見た中では一番衝撃的だったアンドレイ・ズビャギンツェフ監督の「ラブレス」などはもっと映像美追求形で、画面作りに厳格さが感じられて、タルコフスキーの系譜につながるのかもしれませんが、内容的には暗澹たるもの。

というわけで、この映画もなんと言ったらいいか。。。どこまで演技なのかなと思えるところがたくさんありますが、セックスシーンなんか本当にXXXんだろうと思われます。出ている俳優はすべて素人だそうで、ほとんどが映画のために作られたソ連時代を復元した町の中で2年間生活し、当時の衣装を着て、当時の料理を食べ、当時の酒を飲んだそうです。その街の中ではソ連時代の紙幣が使われ、新聞すら当時のものが毎日届けられ、出演者たちもそんな環境の中でお互いの信頼関係を築いて、愛し合い憎み合ったと。しかもその間もカメラは至る所で撮影していたということで、そこまでやらないとカメラの前であんなのあり得ないでしょう。

いや、セックスシーンだけでなく、飲んだり食ったりするシーンも本当にウォッカをがぶ飲みして完全に酩酊、挙げ句の果てに娘がカメラの前で嘔吐します。手持ちカメラでスタビライザーをわざと効かせないのか、細かく揺れるしピントもときどき会ってなかったりして、ドキュメンタリーを連想するかもしれないけど、俳優は決してカメラを見ませんし、特に後半はドキュメンタリー的要素は全くありません。

この映画、前半と後半で雰囲気が一変します。時代は1952年ですから、まだスターリン独裁の時代ですね。以前書いたけど、タルコフスキーの「鏡」の中で印刷所に勤める母親が「誤植」に怯えるシーンがありましたが、実際スターリンの綴りを間違えただけで強制収容所に送られたそうですからね。

主役は40代のウェイトレスで、ソ連の兵器開発のための秘密都市の食堂で、科学者たちを相手に料理を提供し、仕事を終えると20代の同僚と二人で高級酒やキャヴィアをこっそり開けて酒盛りをし、恋バナしたり喧嘩したり、挙句取っ組み合ったりします。そしてある晩、科学者たちを招いたパーティーでソ連に招かれた50代のフランス人科学者と主人公の女がデキちゃいます。

科学者たちの研究とやらも、なんだか怪しげなものなんですが、後半、主役の40代の女がある日突然KGBに呼び出され、外国人と寝たことが反逆罪だと非難され、さらにフランス人科学者がスパイだと言う報告書を書くよう命じられます。このシーンがすごい。暴力は一回だけですが、KGBのおっさんの言葉によるイタブリが尋常じゃない。酒を与えて油断させたと思うと、突然防音室へ連れて行って素っ裸にさせ、屈辱的な脅しをかけ、さらに自分で殴っておきながら、それをいたわるようなやり方で懐柔、ついには女を自分の言う通りの報告書を書かざるをえない状況へ追い詰めていきます。それどころか、いたわられた女はおっさんに好意すら感じているようなコケットリーを見せ始めます。

このあたりも、なんか演技ではないような気がします。そして解放された女は同僚の若いウェイトレスに対してマウントを取ろうとするような命令を発して映画は終わります。他人を自分の思い通りにさせようとすることの「悪」というのは、まあ、誰にでもあるものなんでしょう。ソ連時代はそれを権力を使ってやっていたわけで、そんな社会で生きていた人たちは、さぞかし大変だったことでしょう。

うーん、例によってこの映画を面白いと思う人はどうかしてますね(天に唾する文句ですな 笑) DAUナターシャという題名ですが、ナターシャは主役の女の名前です。監督自身は2年かけて撮影した膨大なフィルムを使って、全部で16本のDAUシリーズを発表すると言っています。監督の意図はソヴィエト時代の再現ということのようですが、次のを見るかどうかは、なんとも。。。苦笑)


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ティレノ〜アドリアティコからタルコフスキーへ

2021.03.12.12:32

いや、自転車レースを見ていて時々全く違うことで「わっ!」となることがあります。昨日のティレノ〜アドリアティコ第二ステージではゴール前15キロのあたりで突然サンガルガーノ修道院が空撮で大きく説明付きで出てきました。屋根がなくなった修道院ですが、この修道院は僕にとってはこれですね。



タルコフスキー監督の「ノスタルジア」のラスト、ロシアとイタリアを強引に融合させた不思議なシーンでした。このポスターだいぶ昔に買ってそのまま丸めておいたのでよれてますが、映画ではこの画面がそのままカメラが引いていって最後はこんな感じになります。

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タルコフスキーについては以前に書いたこともあるけど、「鏡」という映画が僕にとっては生涯ベストの映画です。現時点ではという言葉は不要だな、きっと。そしてそれ以外のタルコフスキーが撮った7本の映画はどれも、「2,30本ある生涯ベスト2」のうちの一本です 笑)

ただ、この「ノスタルジア」以前はタルコフスキーは自分のことだけ考えて映画を作っていたんだろうと思うんだけど、「ノスタルジア」からはテーマが「世界平和」になります。こういう言葉を使うとどうも軽くなっちゃうんですが、「惑星ソラリス」や「鏡」のラストは明らかに自分の人生に対する後悔(ある意味で「ソラリス」は父との葛藤、「鏡」は母とのそれ)を、映画によって解消しようとしていたのに対し、次の「ストーカー」では「世界」に視線が向き始めます。そしてこの「ノスタルジア」では最初の方で「自分だけのための美はもういらない」というセリフがあり、ラストもおまじないじみた形で「世界平和」を祈る願掛けになり、最後の「サクリファイス」も同様に、自分の家を燃やすという犠牲を捧げることによって、起きてしまった核戦争を起きなかったものにします。

タルコフスキーの映画は以前にも書いたけど連続性があります。タルコフスキーについては何度か書いてきたので、よろしければどうぞ。

「地球が滅びるときに見ていたい映画」
映画「惑星ソラリス」を見た
映画「鏡」を見た
映画「アンドレイ・ルブリョフ」を見た(完全ネタバレ)
映画「サクリファイス」その他を見た(ネタバレ)
映画「ストーカー」を見た(ネタバレ注意)


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サイレント映画「最後の人」(完全ネタバレ)

2021.03.10.17:48

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前にも書いたように、このところYouTubeでサイレント映画の名作をいくつも見ています。1903年の世界初の西部劇映画「大列車強盗」、1913年の最初の怪奇劇映画「プラハの大学生」などはクローズアップもないし、カメラもほとんど動かないし、ある意味では壮大な舞台での演劇の延長みたいな感じがしますが(とは言っても「プラハの大学生」はドッペルゲンガーの話で二重露出で演劇ではできないようなことをやってますが)、1916年の「イントレランス」になるとかなり複雑なストーリーと場面転換が繰り返され、現在リメイクしてもあまり変わらないものができるだろうと思えるぐらいレベルが高いです。先に書いた「霊魂の不滅」「死滅の谷」も今見ても十分感動します。初期の映画っていうのは結局演劇ではできないことを常に探していたんでしょうね。

だから、サイレント映画を見るというのは、こちらの集中力も要求されます。受動的にぼんやり見ていてもよくわからなくなります。そういう意味ではそれなりの覚悟で見ないといけません 苦笑)

さて、数日前に見たのは1924年のドイツサイレント映画の傑作とされる「最後の人」。主演はエーミール・ヤニングスという戦前の名優、というか戦前のドイツで一番有名な俳優かもしれません。通常はマレーネ・ディートリヒ主演の「嘆きの天使」でディートリヒに翻弄される高校教師ウンラート教授をやった人です。また、アメリカに渡って、第一回アカデミー賞の主演男優賞を取っています。ただ、なにしろこの時代の人ですから、ナチ政権下では積極的に宣伝映画に出演して終戦後は否ナチ化の影響で映画に出ることはなくなり失意のうちに65歳で亡くなります。

お話はベルリンの高級ホテルで、金ピカモールの立派な制服を着たドアマンが、年齢による衰えからトイレの番人に配置換えされます。彼は安いアパートにめいと一緒に住んでいるんですが、ドアマンの制服で帰宅し、出勤する彼は住民たちから非常に尊敬されています。しかし配置転換により、立派な制服はホテルに返さなければなりません。翌日は一緒に住んでいるめいの結婚式。なんとかして制服姿で出席したいと考えた彼はこっそり制服を盗み出して参加し対面を保つのですが、翌日、もうドアマンではなくトイレの番人であることがばれてしまい、常々彼を尊敬していたアパートの人々から総スカンをくらいます。

トイレの番人としてうなだれた寂しげな彼の姿で映画は終わります(上のジャケットの写真)。というか、終わるはずだったんですね。ところが、ここでこの映画唯一の字幕が出ます。映画製作者は主人公に対して同情を禁じ得ないので、彼はトイレで急死した大金持ちの遺産を受け継ぐことにしたと。。。そしてその後くだんのホテルの食堂で、彼に配置換え辞令を出した支配人にかしづかれながら高級食材に舌鼓をうち、かつて制服を盗み出した時に助けてくれた夜警の老人とともにホテルの従業員たちにチップを振り撒きながら馬車に乗って去っていきます。

この取ってつけたようなラストは評判が悪かったらしいですが、無茶苦茶皮肉が効いていて、おそらくハリウッド流のハッピーエンドを馬鹿にする意味があるんだろうと思うけどどうでしょうかね。

それはともかく、この映画、実に面白いことをいくつもやっているんです。まず配置換えの辞令を読むシーンは大きな文字で、配置換えの理由は年齢による衰えだという文字をカメラがパンしながら写しますが、最後のところで突然画面がぼやけます。つまりカメラはドアマンの目なんですね。涙で文字が滲んだわけでしょう。さらに街を歩いてホテルの新しい若いドアマンを遠くからこっそり眺めるシーンでは突然高層ホテルが湾曲して彼の頭の上にのしかかってきます。他にも結婚式でしこたま酔ったときの酩酊ぶりが映像が二重になることでわかるようになってます。窓の中にいる人に外からカメラが近づいていき、窓ガラスを通り抜けてアップになるなんていう、のちになればオーソン・ウエルズの「市民ケーン」でもっと巧妙にやられたり、ヒッチコックの映画なんかでもなんどか出てくるシーンもあります。

主役のエーミール・ヤニングスの演技は、正直に言えば現代ではやりすぎでしょう。彼がドアマンではなくなった途端に彼を嘲り笑うアパートの住民たちの演技も、今の映画ではまずお目にかからないでしょう。それもこれもサイレント映画、セリフで心情を表現できませんからおのずと大袈裟な身振りが必要になるわけでしょう。

内容についても、いろんなことを考えさせられます。制服というものの持つ権威と、それに対する人々の変なありがたがりようは、以前ここに書いた「ちいさな独裁者」でも、一兵卒の脱走兵だった主人公が大尉の制服を着るとプチ独裁者に豹変しました

むかし読んだクラカウアーの「カリガリからヒットラーまで」という映画評論では、制服が一つの権威として機能し、人々がその権威に敬意を抱きありがたがるというのを、後のナチスにつなげて解釈していましたが、たしかにそういう文脈で考えれば、上の「ちいさな独裁者」もわかりやすくなります。さらに人々の権威に盲従する真理というのも、以前書いたハンス・ファラダの小説「ベルリンに一人死す」にでてきた人々の「従っていればいいんだ。考えることは総統がやってくれる」なんていうセリフを思い出させます。

というわけで、YouTubeに日本語版はないようですが、アマゾンでは購入可能ですね。淀川さんの解説付き。買っちまおうかな 笑)




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サイレント映画「死滅の谷」(死神の谷)

2021.03.04.22:10

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先日の「霊魂の不滅」に続くサイレント映画の傑作シリーズ 笑)

いや、不肖わたくし、実はサイレント映画って普通の映画ファンの中ではかなりたくさん見ている方だと自負しております。そんな私が断言します。

すごいものを見てしまった!! 

調べたら「死神の谷」という題名で日本語字幕付きが出ていたんですね(現在絶版)。



もともとの原題は「疲れた死神」。死神っていうと大きな鎌を持って人々の命を笑いながら刈り取っていくというイメージで、怖く恐ろしく悪意のある者という印象がありますが、ここで出てくる死神は、人々の命を刈る自分に嫌気を感じています。人の生死を司るのは神であって自分ではない、死者を黄泉の国へ迎え入れる自分の役割にうんざりしているという役どころ。なので、主人公の娘にいろいろな条件を出してくれますが。。。

原題の「疲れた死神」というのはここから来ているし、実際そう言います。だから憂鬱な顔をしたまま表情が変わりません。この死神役の役者がものすごく良いです。ベルンハルト・ゲツケという人で、調べるとナチスの時代を生き延び1960年代まで生きた俳優で、ヒッチコックの最初期の映画で主役を演じたこともあるそうです。ふと先日亡くなった切られ役の福本清三を思い出しました 笑)が、こんな感じで出てきます。
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それはともかく、お話が非常に古典的寓話風で、最後は手塚治虫の火の鳥のような感動を呼び起こします。あやうく泣きそうになりました 笑)

監督は拙ブログでも以前書いたことのある「メトロポリス」のフリッツ・ラング。死の壁の前に佇む死神の姿はものすごく絵になります。
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また、蝋燭で人の寿命をあらわすシーンなんかはその後何百と真似されたイメージですね。
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ところで、死の壁のシーンは最初の方だけなんだけど、もっと出てきてもよかったですね。ほかにも最初の方に出てくる街の有力者たちが、最後の方でもう一度出てきてなにか役割を担って欲しかったかなぁ。

まあ、現代の見る人を飽きさせないテンポのよい映画を見慣れた目にはいろいろ文句も言えるでしょうけど、間違いなく傑作です。

しかし、まだまだYouTubeにはサイレント映画がたくさんありますね。今夜は何にしよう? 「ゴーレム」? 「プラハの大学生」? 笑)

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映画「霊魂の不滅」

2021.03.03.00:01

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1920年、100年以上前のスウェーデン映画ですね。もちろんサイレントです。 ウィキペディアにも載ってますが、映画史上最初期の傑作の一つです。少し前にAmazonプライムで見つけて見たんですが、映像としてのすばらしさに対して、字幕の日本語が10年前の自動翻訳でもここまでひどくないだろうと言うぐらいの酷さ。意味不明なだけでなく、男が話しているのに女言葉になっていたりします。ただ、映像が面白いのでなんとか最後まで見ましたが。

そうしたらYouTubeにもあったので、これも同じバージョンなのか確かめたくて見てみました。結果、日本語訳がまるで違います。無論こちらの方が比べ物にならないくらい良いです。間違ってもAmazonプライム版を見てはいけません。確認のためと思っていたのに、見始めたら一気に最後まで見直してしまいました。Amazonプライムではよくわからなかったところがはっきりしました。

(最初YouTubeを埋め込んでいたんですが、どうもうまく機能しないのでここにリンクを貼っておきます。)
      YouTube「霊魂の不滅」へ

同じくYouTubeでは100年以上前のサイレント映画の傑作をたくさん見ることができます。たとえば「イントレランス」や「カリガリ博士」、「戦艦ポチョムキン」や「メトロポリス」なんかは日本語の字幕付きでアップされています。

「イントレランス」なんかは3時間近いですが、セットがすごいだけでなく最後の方の説明なしのカットバックなんかは圧倒されます。そして話自体も最後の方はかなり感動的。今見ても普通に感動します。

こういう最初期の映画を見ると、映画っていうジャンルは発明されて四半世紀も経たないうちにほぼ完成形にまで到達していたんだなと思いますね。この「霊魂の不滅」では二重露光と呼ぶらしいですが、死神や霊魂は透けて見えて、自分の魂が自分の体から離れたり、壁やドアも通り抜けたりして、だけど普通の人には見えないっていう撮り方をしていて、まあ、今見ればちゃっちいと思うかもしれないけど、すでに100年前にやられていたわけです。

内容は、酒に溺れて妻子を捨て、不実を繰り返し、たまに反省したかのように見えながら、人々の善意を嘲笑い踏みにじってきた中年男が死神を前にして自分の人生を反省する話。まあ、ベタです。最後はキリスト教信仰が、いわゆるデウス・エクス・マキーナってやつになってて、それによって救われるってのも、現代の人間にはなかなか付いていけないかもしれません。

でも、見終わって心に残るんですよ、これが。大晦日の晩に死んだ罪人は、つぎの1年間、死神となって死者の魂を回収する馬車の御者にならなければならないという設定で、その死神と馬車の絵柄が幻想的で美しいんですね(上の写真がそれで、よく見ると馬や馬車が透けているのがわかるでしょう)。まあ、100年前の映画だと言う意識が評価を上乗せしている面もあるでしょうけど。

監督はヴィクトル・シェーストレムで、主役の男(ちょっと私は渡辺謙を連想しました 笑)も演じていますが、この人は僕としてはベルイマン監督の「野いちご」の主役の老人として印象に残っています。つまり1920年に中年男の役をやった俳優が1960年ごろの映画では老人役で出ている。そうか、1920年って僕にとってはとんでもなく大昔の印象があるわけですが、よく考えてみれば40年。僕の歳になると40年の年月というのがどのぐらいの時間かのイメージがあるわけで、二十や三十の時には40年ってとんでもない長い年月の気がしたでしょうけどね。

まあそれはともかく、YouTubeには版権切れなんでしょうか? ずいぶんたくさんの昔の映画がアップされてます。どれも画像が良いし、しばらくハマりそう。


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映画「相撲取りブルーノ」

2021.02.26.21:49

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Amazonプライムで見た2001年のドイツ映画です。

昔、ドイツ映画で「ベルリン忠臣蔵」という、日本大好きなドイツ人たちが作った映画がありました。だけどいろいろかなりヘンでした。あの映画でも最後のクライマックスで突然日本語を話すんですよね。「オイ ニンジャ オレハオマエノコトヲ シッテイルゾ」というんだけど、字幕がついていました。この映画でも日本かぶれのドイツ人が出てきて、時々日本語を口走るんですが、やっぱり字幕がついていました 笑)

旧東ドイツの田舎町で相撲の世界選手権が開かれることになり、失業中のトルコ系のただのデブが、幼なじみの悪友とデブのいじめられっ子と、その美人の母親、そして何より日本かぶれ、相撲マニアのドイツ人コーチのおかげで相撲道に励むお話 笑)

どこか旧東ドイツが舞台で、どこか侘しい感じは、拙ブログで紹介した「希望の灯り」に通じるものがあります。

主人公は才能があるけど、闘争心も意欲もあらゆる面で消極的な、ただの大人しいデブで、当初は大した練習をしなくても連戦連勝。ところが惚れた女性とうまくいきそうになった途端に神通力が切れたかのようにスランプに。そして再び日本かぶれのコーチのもとで髪の毛も剃り落とし、それまでパンツの上に締めていたまわしも、きちんと締めて世界選手権に臨みます。そう、ずっとパンツの上にまわしをしてるんですよね。どこか周防監督の「しこふんじゃった」の留学生を思い起こさせます。この映画を作った人たちは周防の映画を知ってた可能性もありますね 笑)

うーん、ラブロマンス? いや全く無理です。コメディ? うーん、笑えません。ニヤッとぐらいはできますが。スポ根? 全然ムリ〜〜。

いや、「ベルリン忠臣蔵」よりもまともでしたが、好意的な気持ちで見てあげましょうね 笑)


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映画「レベッカ」と小説「レベッカ」

2021.01.23.16:11

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小説は高校時代に読みました。作者はダフネ・デュ・モーリア。この人はヒッチコックの有名な映画「鳥」の原作者で、この原作の入っている短編集も読んだけど、いまだに覚えているのは「動機なし」という短編の方です。貴族の奥さんが原因不明の自殺をし、それを探偵が調べていくと。。。という話で、読んだ当時は結構心に残った小説でした。

さて、というわけで数日前にヒッチコックの「レベッカ」をTV放送してて、昨夜録画してあったのを、おそらく3、40年ぶりで見ました。僕は小説が先だったので、初めて映画を見たときは、事の真相が原作と違っていて、かなりガッカリするとともに、アメリカ製大作映画の限界ってこういうことなんだな、と思いました。その限界という言葉は、ラストの炎上シーンでの決着の付け方にもありますね。原作はこうではありません。また原作では真相を知った主人公の態度がガラッと変わるんですよ。映画ではそのシーンがなかったですね。結構カタルシスなシーンだったと記憶しているんですけどね。

お話は、金持ちの上流階級の未亡人の召使兼話し相手として付き従っている平凡な娘の「私」がイギリス貴族のマキシムに見染められて、結婚して大邸宅へ。そこは誰もが美しく知性と教養にとんだ完璧な女性だったと語る先妻レベッカの忠実な召使だったデンバース夫人が取り仕切っていて、娘はヘマばかりで完全にデンバース夫人に見下されてしまいます。何しろ陶器の人形を壊してしまうと、子供みたいに破片を引き出しの奥に隠してしまう有様。その先妻レベッカは一年前に海で事故死していて、マキシムが確認の上埋葬されていますが。。。

娘は先妻レベッカに比べられるひけめを常に感じています。デンバース夫人も召使とは思えぬイヂワルさ。と、そこへ先妻レベッカの乗っていた船が海底で見つかり、しかもその沈没船の中から死体が見つかり。。。というお話。

ただ、今回見直してみたら、映画は映画で上手く纏まっていて、原作を知らなければ問題ないかもしれません。ただ、やっぱりよく考えると、これではマキシムの陰鬱さ不機嫌さの理由がわからないですね。うーん、ネタバレしそうなのでここでやめますが 笑)

ただ、映画としてはすごいシーンがいっぱいありますし、何よりも映画の配役が、ローレンス・オリヴィエのマキシム、ジョーン・フォンテーンの「私」ともに、もうこれしかない!っていうぐらいぴったりのはまりぶり。フォンテーンはオーソン・ウェルズの「ジェーン・エア」でも似たような役柄だったけど、見ている方をイラつかせるほどおどおどと怯えた役柄が実にさまになってます。またデンバース夫人(映画の字幕ではダンバース夫人)も原作を上回る怖さです。

ただ、今回映画を見ながら、これってやっぱりありえないよなぁ、と思ったこともありましたね。原作でも映画でも先妻レベッカの具体的な姿は全く出てこないんですが、先妻の肖像画や写真が一枚も残ってないっての、ありえますかね? ただそれを映画では実にうまく使っていて、真相が語られる時のカメラは誰もいない部屋の中で、マキシムのセリフに合わせて見えない人の姿を追うように動きます。このシーンなんかほんとワクワクします。

というわけで、まだ映画も見てない、原作も読んでないというのでしたら、映画が先がいいですかね。白黒だけど、ヒッチコックの傑作の一つに数えられると思います。で、その配役で原作を読むのがよろしいかと。うーん、今回は完全ネタバレで書こうかと思ったんだけど、やっぱりこの手の小説や映画をネタバレしちゃうと恨まれるな 笑)と思い、こんなふうに、いわば隔靴掻痒感満載の書き振りになってしまいました 笑)ネタバレするならコメント欄でやるかな??


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映画「ザ・スクエア、思いやりの聖域」

2021.01.14.22:21



今年最初の映画ネタ。いやあ、こういう映画が好きだっていう奴の気が知れんわと、普通の感覚の人はいうでしょう 笑) スウェーデンの、なんとも居心地悪い映画。僕は以前ここに書いたスイス映画の「まともな男」を思い出しましたが、あれよりずっと底意地の悪さを感じました 笑)

主人公は現代美術の展示を行なっている美術館のチーフ学芸員。ハンサムだしインテリでそこそこのお金持ちで、妻とは別れているけどまだ10歳前後の娘が二人一緒に住んでいる。その彼が路上で携帯と財布を盗まれ、携帯のGPSで場所を特定、貧しい人たちの住むアパートだというところまで特定できる。そこでそのアパートの全戸に盗んだものを返さないとひどいことになるぞという脅しのビラを配布する。

一方で、美術館で次回の展示(これが題名のザ・スクエアというメッセージ付き作品)のために広告代理店から過激なプロモーションヴィデオを作ることを提案されるが、主人公は自分のことで手一杯でよく検討もせずに許可する。おかげでそのとんでもないヴィデオが大炎上し、主人公は窮地に追い詰められる。

さらにビラを巻いたアパートの少年が、そのビラのおかげで自分が親から盗人扱いされているのだと執拗な抗議を受ける。。。

何しろ見ていて居心地が悪い。シーンのそれぞれがぶつ切りのように中途半端に終わり、しかもシーンごとのつながりがあまりない。出来事が画面の外で行われるのにカメラがそれを追わない。グノーのアベマリアがポカンとしたスキャットの演奏で流れ、所々にインサートショットとして、ホームレスや移民たちの姿が挿入される。

後半に延々と描かれる現代芸術家の猿になりきったパフォーマンスのシーンは、見て見ぬふりの現代社会の強烈な皮肉であり批判なのだろう。当然その矢は観客たる僕らにも突き刺さる。しかし、幸福度が高い北欧のスウェーデン、ここまで人々が他人に無関心なのだろうか? いやはや、新年早々、やっぱりこんな映画から始まりましたかぁ。。。苦笑)


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映画「23年の沈黙」(ネタバレなし)

2020.11.16.12:32

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2010年のドイツ映画ですが、例によって見る人を選びます 笑) 23年間を隔てた少女連続殺人事件が描かれるんですが、犯人は最初からわかっていますから、その犯人が警察などにどう追い詰められていくかのサスペンスかと思いきや!

ハリウッド映画だったら犯人の凶悪さを強調して、もっと緊迫感のあるハラハラドキドキ、最後はカタルシス〜となるものにするだろうと思うけどねぇ。主役の二人は23年前と現在と、髪の毛を当時流行りの長髪にしててうまく演じ分けていて違和感なかったです。

そして、ドイツの郊外の風景のきれいなこと!! ハリソン・フォードの「刑事ジョン・ブック」なんかを連想しました。何しろ一面の黄金色の麦畑の滑らかなカーブとその向こうに見える黒々とした森のコントラストが夢の中の風景のようです。

しかし、なんちゅう結末や!! 警察の上官のトンマぶりにイラつかされるし、リアルにいえば、アリバイとかもっと裏どりするんじゃないかと思うんだけどねぇ。。。サスペンスではなく、テーマは友情の物語か?? 君は友人のために死ねるか? いや、冗談半分ですが、どうにも解決のつかないモヤモヤ感が残る映画でした。そういえば以前紹介したスイス映画の「まともな男」のラストも同様にモヤモヤ感が無茶苦茶残る映画でしたっけ。こう言うのが好きなドイツ語圏の観客が結構いるってことですかね? アメリカだったら間違っても観客が納得しないだろうなぁ。暴動が起きるかも 笑)

ただ、ラストはある意味ここから新たな物語が始まるとも言えます。続編が作られると言う意味ではなく、見た人に委ねられるんだろうけど。


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映画「モリツリ」(ネタバレなし)

2020.11.11.18:29

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1965年の白黒映画だし、題名を知っている人もあまりいないだろうけど、すごく面白かった。

第二次大戦中、横浜からドイツ軍占領地ボルドーまで貴重な生ゴムを運ぶ使命を帯びたドイツ輸送船の艦長がユル・ブリンナー。一方、反戦・反ナチのドイツ人マーロン・ブランドはイギリス情報部に協力して(脅されて)親衛隊将校と偽ってその船に乗り込み、連合軍側へ積荷の生ゴムを渡せるように画策する。ドイツの輸送船は貴重な積荷を敵に渡すぐらいなら自爆する覚悟で、船の12箇所に爆弾を仕掛けている。ブランドはその爆弾を一つづつ解除していく。

船員の中にはドイツに戻れば政治犯として処刑される可能性が高い者もいるし、一方で、一等航海士はバリバリのナチ。さらに途中日本軍の潜水艦が撃沈したアメリカの輸送船の乗員が捕虜として輸送船に引き渡される。そこにはユダヤ人の少女もいる。この映画に出てくる唯一の女だ。そして、日本軍の潜水艦に指導係として乗り込んでいたナチの将校がブランドを怪しみ、ベルリンへ連絡をしてブランドの正体は風前の灯。

というわけで、ユル・ブリンナーとマーロン・ブランドという芸達者であるとともに無茶苦茶存在感のある名優二人が主演で、敵役のナチの航海士も憎々しいし、しかも映画のカメラワークもかなりの凝り方を見せる。

海上をいく輸送船の遠景が近づいていって、甲板上にいるブリンナーの行動を追いかけるワンショットのシーンなんかどうやって撮ったんだろう? ヘリコプターで? でもこの時代、カメラのスタビライザーなんかないだろうけど、画面がほとんど揺れないんだよね。
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船にゆっくりと近づいていき、
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船の上まで来ると止まって、
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甲板上のユル・ブリンナーを捉えると、
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ズームアップ
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ブリンナーが移動していくのをカメラが追いかける
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以上がワンカット。

それから船の中の床が網目状の鉄板なので上の階が透けて見えるようになっていて、迷路みたいでありながら見渡せるようになっている。

マーロン・ブランドが最初の爆弾の起爆装置を解除した後、その爆弾から上に伸びているコードを見上げる。カメラもそのコードを追いかけて上を写すと、上の階の網目状の鉄板の下、つまりそのその階の天井に当たるところにもう一つの爆弾がある。すると下にいたはずのマーロン・ブランドが上の階から現れて腹這いになって爆弾の起爆装置を解除する。それがワンカットで写されるのだけど、画面の外の空間を感じさせ、かなり斬新だと思う。
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起爆装置を解除して周りを見廻し、
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ふと上を見ると
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コードがつながっている。それをカメラはずーっと追いかけて、
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上を向くと四番の爆弾が、
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あった、と思うや否や、今上を見上げていたブランドが現れ、この後腹這いになって四番の爆弾を解除をしようとする。
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監督はドイツのベルンハルト・ヴィッキ。この監督は反戦映画の古典として有名な「橋」という少年兵たちの悲劇を撮った人で、惜しむらくは丁寧すぎるんだよね。「橋」でも前半は少年たちのそれぞれの事情をじっくり描きすぎて、ある意味退屈なところもある。そしてここでもサスペンスにしてはテンポがあまり良くない。でも、それでも俳優も二大スターだし、最後のシーンも良いし、かなり高レベルの映画だと思うけどね。


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映画「ある画家の数奇な運命」

2020.10.18.02:19

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ものすごく面白かった!! 3時間の長尺だったけど、終わってしまったらあっという間。映画の中に埋没して我に返るいとまもほとんどないほど。でもそれは説ブログを始めてから僕が関心を持ち始めたものがドンピシャでど真ん中に投げ込まれてきたという印象をもったからかもしれない。

主人公のモデルはゲルハルト・リヒターという画家だ。この人は去年の初めに中野区で行われた「ナチスの障害者虐殺・T4作戦パネル展示」でも出ていて説明されていた(その時の記事はこちら)。あのときは、様々な当時の資料や手紙の中で、突然リヒターの話が出てきて、ちょっと唐突な感じがしたんだけど、この映画を見るとリヒターの芸術が個人的なT4作戦のトラウマ克服のためのものだったことがわかる。
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映画の作りとして前半はナチス時代の退廃芸術に対する批判と東独時代の社会主義リアリズムの時代で、どちらも芸術は民族のため、あるいは人民のために奉仕するべきものだと言われる。自分を強く押し出したり、権力が望むものと違うことを主張するとダメ出しのレッテルを張られてしまうわけだ。普通に見ていれば誰だって、どっちもおかしいと思うだろう。でも今の日本でも「反日的」なアートを批判するような人もいるわけだからね。

後半は一転して一人の芸術家が自分のスタイルを見つけるまでの話になるが、ここで出てくるヨーゼフ・ボイス(名前は別だけど誰が見てもそれ以外の誰でもない 笑)との話も面白い。要するに前半と後半とは描かれるものが随分違うんだけど、どっちも面白い。

そして全体を通して義父の存在が重要で、ハラハラやイライラの元になるのがとてもうまい。彼の存在が3時間を退屈させない理由の一つかもしれない。

変な映画ばかり書いてる説ブログだけど、これは正統派の、細部まで疎かにせず、ユーモアもあり、テンポもよく、画面も綺麗だし、全体的なレベルのとても高い映画だと思う。いつも拍手コメントをくださる t さんもきっとお好きな映画ですよ。


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映画「異端の鳥」(ネタバレ)

2020.10.12.00:00

今日は2月以来の映画館へ。しかしマスクして見ていると、さすがに1時間もすると顔の下半分がかなりほてってきますね 苦笑)

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さてこの映画、いろんな映画を連想しました。例えばタル・ベーラの「ニーチェの馬」「サタン・タンゴ」ハネケの「白いリボン」などを連想したのは白黒で非常にきれいな風景が出てきたからでしょうか。ただ、タルやハネケよりテンポはかなり早い。

話はユダヤ人の父母から離れて田舎の老女のもとに疎開させられていた少年が、老女が死に、びっくりして火を出してしまったことから村人に差別迫害され、村を逃れて様々な人と出会っていくというロードムービー 笑) まあ、過酷な地獄めぐりです。そう、「地獄めぐり」という言葉が一番ぴったりするかな。呪術師の婆さん、水車小屋の嫉妬深いDV爺さん、鳥刺しの老人とセックス依存症の女、ドイツ兵、司祭と性的虐待者の信者、少年を犯そうとする娘、ソ連軍狙撃兵、孤児院、そして。。。

時代は戦時中から戦後で、場所はおそらくポーランドだろうと思われます。丘陵地帯と森のきれいな風景の中で、少年は様々な地獄的光景を一人木の上や倒木に腰掛けて遠くにみたり、まさに地獄の中で当事者となり苦しめられたりします。

こう書くと「炎628」を思わせます。あの映画もきれいな顔をした少年が地獄を見て、老人のようなシワクチャの顔になる話でしたが、こちらの少年も2年かけて撮影しているそうで、顔が無表情になり、言葉を発しなくなり、老人を襲い、人を殺し、自分の名前すら言えなくなりますが、最後の最後に。。。

まあすごい映画でした。特に原題のもとになっているエピソードの鳥刺がペイントした雀を放つと、雀の群れが一斉に襲いかかり殺してしまうシーンと少年が熱を出した時に呪術師の婆さんが少年を顔だけ出して土に埋めてしまいカラスに襲われるシーンは忘れられないかも。

ただ、それでも文句を言いたい。それぞれのエピソードが結構短く、話が拡散している気がするんですよね。特に最初の方は、え?これだけでこのエピソード終わり?と思ったりしました。そういう意味で、上記の「炎628」や「サウルの息子」「小さな独裁者」「動くな、死ね、甦れ」、あるいは上記のハネケやタルの映画に比べて、個人的には衝迫性は弱く感じました。そしてラスト、テロップが上がってくる時の思い入れたっぷりの歌曲は、むしろ感動を薄めるような気がしたんだけど。


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映画「家族を想うとき」覚書き

2020.09.10.00:37

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見たいと思ってフライアーをもらってきたんだけど結局見に行けず、いつものようにツタヤでした。でも、うーむ、すごい映画だわ。「パラサイト ・半地下の家族」とか「万引き家族」なんかを連想したけど、それらにあるユーモアは、この映画にはかけらもない(「パラサイト 」なんてギャグ映画だったもんね 笑)

ケン・ローチの映画だからメッセージ性が強いし、ある意味プロパガンダ映画でもある(無論悪い意味じゃないよ)。出てくる夫婦も子供たちも普通の人たちだ。普通に仲の良い家族なのに、唐突なラストの後、彼らは一体どうなってしまうのだろう?

この映画の中で、こいつが悪いんだ、と言える人は誰もいない。この映画のラスボスは世界中を覆う新自由主義という弱肉強食格差拡大自己責任社会だ。こんな社会の中で人が人らしく生きられるだろうか?

僕が中学の頃、社会の時間にイギリスは揺り籠から墓場までという福祉国家だと聞いた。日本もそういう福祉国家を目標にしていたとおもう。もちろん中学生にそれがどういうことなのか理解できなかったけど。

もちろん、これイギリスのことじゃないよね。見ながら、最近日本でウーバーイーツの配達員たちの組合ができた?というニュースを思い出した。ウーバーイーツは副業でやっていることが多いと聞くから、組合を作る余裕もあるのかもしれないけど、この映画の夫にはそんな余裕ないんだろうなぁ。

でも、社会というのは持ちつ持たれつなんだよね。大企業が社員を非正規化したり、残業代を支払わないで長時間労働させたり、外国から安い賃金で働く人たちを受け入れたりすれば、労働者は仕事に追われ、金もなくなり、その大企業が作るものなど買えなくなるだろう。それって企業にとって良いことなのか? 風が吹けば桶屋が。。。あるいは情けは人の為ならず。。。どこかで目を覚まさないと社会は崩壊する。


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映画「1917 命をかけた伝令」覚書き

2020.08.19.11:50

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全編ワンカット映像というのが売りだというので、前にここでも紹介したソクーロフ監督の「エルミタージュ幻影」を連想したけど、比べるようなものではないですね。最初の1時間ぐらいはかなりすごいです。戦場の、特に無人地帯の凄惨な風景はかなりのインパクトがあります。

オットー・ディックスという第一次大戦に従軍し、ナチ時代には退廃芸術の烙印を押された画家が描いた塹壕の絵を思い出しました。今回はDVDで見たんですが、これ映画館の大きな画面で見たら臨場感もすごいだろうなぁと思いましたね。

ただ、途中から、特に戦闘機が突っ込んでくるシーンから、なんか変な違和感を感じ始めました。確かにその後の主人公の一人、ブレイクの顔がどんどん青ざめていくシーンなんか、ワンカットといいながらどこかで切ってメークしたんだろうと思ったんだけど、特典の監督の説明を聞くと、あのシーンは完全にワンカットで撮っていて、青ざめていく顔は完全に演技だそうで、すごいシーンです。

全編ワンカットということで、主人公が走り回り駆け回る距離は実感できます。塹壕の中をかなりの距離歩き回るわけで、ワンカットでなければこの感覚はなかなか味わえないでしょう。ただし、ワンカットだからリアルタイムかというと、ちょっと違います。時間的には午後から翌日の明け方までで、この映画のリアルな時間よりはかなり長いです。おそらくトラックに乗っているシーンと気絶しているシーンで時間稼ぎをしているんでしょう 笑)

それはともかく、壊れた橋を渡って、廃墟と化した市街に入るあたりから、何か違和感が強くなっていきました。まあハラハラするんだけどね。なんかゲームみたいなんですよね。戦争を描いた映画なのに、エンターテインメント性が比較的強く出ていて、その点がどうも引っかかります。いやいや、「ゲーム感覚」で見ればかなり面白い映画です。

だけど。。。

1980年ごろまでは戦争娯楽映画というジャンルがあって、結構面白い映画もたくさんあったんですね。だけど、近年はそういう戦争映画ってもう作らないですよね。作れないと言ったほうがいいかな。この間に戦争の実相というのは娯楽として描いてはいけないものだというのが人々の共通の了解事項になったような気がします。

キューブリックが監督したカーク・ダグラスが主演した「突撃」という映画があって、そこでも塹壕の中を延々と歩くシーンが出てきますが、戦争の理不尽さを真正面から描いたすごい映画でした。確かに「1917」でも市民が大量に虐殺されているのがわかるし(あの川のシーンはベルイマンの「恥」の中の衝撃的なシーンを思い出しました)、野戦病院テントの阿鼻叫喚もあり、戦争の惨たらしさが描かれるんだけど、意地悪な言い方をすると、どこかアリバイ作りしてるな、と思えてしまう。

1930年、トーキーになりたての頃に作られた「西部戦線異常なし」の塹壕戦の恐怖感は、僕にとっては一つのトラウマになっています。初めて見たときは本当に怖かった。白黒で画面も荒かったと思うんだけど、本当に怖かったです。同時にものすごく強い反戦メッセージを感じたものでした。

だけどこの映画は? いや、無論反戦メッセージはあちこちに感じられるけど、やっぱりどこか娯楽(=ゲーム感覚)なんだなぁ。そこがどうしても引っかかるんですよねぇ。

それから、ワンカットと言っても、CGでつなぐことはいくらでもできるだろうし、戦場のシーンもCG加工は明らかだし、さらに鮮明なカラー画面というのは、むしろ逆にいかにも作り物めいた感じなんですよねぇ。。。実はCGをほとんど使わなかったラストの塹壕から出ていく突撃シーンも、なんかCGっぽく感じたりしちゃいました 苦笑)

例えば、これは第二次大戦だけど「炎628」の数々の美しいシーン。夕闇の中で飛び交う曳航弾は本物だし、燃え上がる教会も本当に燃えているわけで、一方「1917」では燃える教会はCGだそうです。

というわけでCG時代の映画の「不幸」なんてね。かつて「ジュラシック・パーク」で寝てしまった老人の戯言でございます 笑)


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映画「僕たちは希望という名の列車に乗った」

2020.08.14.10:34

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長い題名だし、題名がすでにネタバレしているし 笑) 以前紹介した「アイヒマンを追え」の監督ラース・クラウメの映画。

映画としては大して面白くないです。ドイツが第二次大戦に敗れ、西側と東側に分断されたが、まだベルリンの壁ができる前の1956年、東ベルリンに住んでいた高校生たちが、ハンガリー動乱のことを知り、教室で黙祷する。これが反国家的行為として大ごとになってしまう。

生徒たちは誰が黙祷の首謀者かを問われ、仲間を守るために抵抗するんだけど、1番の山場はまるで「スパルタカス」みたいでした 笑) また、生徒たちに首謀者をチクれと恫喝する教育委員会の、まるでモンスリーみたいな 笑)嫌なおばさんや教育大臣に、ゲシュタポみたいだと非難すると、ファシストと戦った者をゲシュタポとはなんだ! と怒るシーンがあります。だけど、ファシストと戦ったはずの連中が、この後東ドイツでは国家公安局シュタージとなって、密告を奨励し国民を監視するゲシュタポみたいなことをするわけです。

しかも、こうした強権的な、生徒たちを管理したがる人たちというのは、自分がしていることが正義だと思い込んでいるから始末に悪い。洋の東西を問わず、権力を笠に着て正義ヅラして他人を管理したがるというのは、「悪」の一つだという自覚が大切ですね。

映画は実話に基づいているそうですが、主人公たちだけでなく、あちこちに気を使った演出(例えば駐独ソ連兵士の若者の言う言葉とか、教育大臣のナチにやられた首の傷とか、善良だけど何もできない校長とか)が、なんとなくドイツ映画特有の気配りしすぎの印象もあります。それと、個人的には列車に乗らなかった生徒たちのその後の方が知りたい、とへそ曲がりの私としては思ったりしちゃいます 笑)


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久しぶりの「アラビアのロレンス」覚書き

2020.08.09.09:45

このところNHKのBSで昼過ぎに色々昔の映画を放映してくれてます。で、「猿の惑星」なんかやってて、初めて見たのは中学の時かなぁ、 もちろんTVでした。当時中学生でも、やっぱりラストはびっくりでしたが、ヒッチコックの「鳥」もほぼ同じ頃に見た記憶があり、どっちも通常見ていたハッピーエンドの映画と違っていて、強く心に残ったものでした。

「猿の惑星」はその後30年ぐらい前? 大晦日に全5作を一挙放映したことがありました。今回それ以来、多分30年ぶりですかね 笑) しかし今見るとツッコミどころ満載でした。しょっぱな、宇宙船の中でチャールトン・ヘストンは葉巻をプカプカやってるし、湖に不時着した宇宙船は浸水しちゃうんですからね 笑) なんぼ着水のショックがあっても、そんなはずないだろ!と思わず一人で見ながら言葉が口をついちゃいました 笑) しかも、こんなこともあろうかとばかりに、ゴムボートまで用意されてたりしちゃう 笑)

猿のザイアス博士が事実を知りながら、あくまでもそれを認めず証拠隠滅するところなんか、中世の異端審問を思わせますし、ひょっとしてアメリカの進化論を罵倒するキリスト教原理主義者揶揄か、とか、かなり強引につなげれば、現在の日本も似たようなものかも、とは思わせますが、まあ同じ年に作られた「2001年宇宙の旅」と比べたら。。。笑)


一方で「アラビアのロレンス」。これは言わずと知れた傑作ですが、今回BSで放映されたのは1988年にスピルバーグらが復元した4K完全版。僕は高校時代にリバイバルで、テアトル東京というでっかいスクリーンの映画館で見ましたが、正直に言えば、内容はよく理解できなかっただろうと思うんだけど、それでも砂漠のスペクタクルシーンに圧倒されました。

当時のパンフがありました。奥付は昭和46年とあります。
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その後やっぱり30年ぐらい前に貸しビデオ屋で借りて見たのが最後で、これまた30年ぶりぐらいでした。当時ピーター・オトゥールって映画好きの友人らとよく話題にしていたお気に入りの俳優でした。http://tatsuya1956.blog48.fc2.com/blog-entry-1561.html 今回見直すと、オマー・シャリフの立ち姿の美しさにびっくりしましたね。この後、アラブ人特有の濃い顔なのに、ロシア人になって「ドクトル・ジバゴ」や、ドイツ人になって「将軍たちの夜」では同じドイツ人役のピーター・オトゥールを追い詰めようとしたり、世界的な俳優になりました。

映画は、ロレンスのオートバイ事故死から、葬儀後のロレンスを知る人たちの言葉がいくつか続いて、ポンと20年の歳月を遡る形で始まります。今回見直してもやっぱりいくつもびっくりするようなシーンがありました。ロレンスがマッチの火を吹き消した瞬間に日が昇る直前の真っ赤な砂漠になったり、無論超有名なオマー・シャリフが現れる井戸のシーンも、砂漠の小山の向こうを行く船の煙突のシーンも、アカバ攻略の俯瞰シーンも、まあ、言い出したら終わらなくなりそう。

ただ、今回ラストのシーンが(僕なりの)新しい発見でしたね。アラブのために一生懸命になり(人もたくさん殺したわけです)、結局イギリスの二枚舌外交のせいでアラブを裏切ることになったロレンスが、失意のうちに帰国が決まり車に乗っているとオートバイが追い抜いていきます。その直後に映画は The End となりますが、あのオートバイが、映画冒頭の20年後のシーンにつながるわけです。

同じようなことはもう一つあります。ラスト近く、同様に失意のままイギリスの軍本部を出て行こうとすると、一人の将校がロレンスに握手を求めます。その時ロレンスが「前に会ったことがありましたっけ?」と尋ねます。将校は否定します。この将校、冒頭の葬儀のシーンでロレンスの悪口をいうジャーナリストの言葉を聞きつけ、抗議しながら、ダマスカスで彼と握手したと胸を張る老紳士ですね。

ということは、あのシーンでのロレンスの台詞はなんなんでしょう?「前にあったことありました?」 ロレンスはここで観客のためにこのセリフを言っているのですね。いわばメタ映画的なセリフなんじゃないか、そんな気がします。上記のオートバイといい、この4時間近い映画はラストで冒頭に戻るという円環を閉じたような形になっているのではないでしょうか?


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グルジア映画「懺悔」

2020.08.05.14:33

懺悔

今はジョージアって言うんですね。昔「ピロスマニ」っていう画家の映画をソヴィエト映画の全貌シリーズで見たことがありましたが、イメージとしてはスターリンが生まれたところぐらいのイメージしかないですねぇ。

この映画、今から見ればありがちな独裁者批判の映画なんですが、作られたのが84年で、これってソ連で公開されるはずもない映画だったんですね。それがゴルバチョフがソ連のトップになってペレストロイカのお陰で公開されるや、ソ連国内で大評判となり、カンヌで大賞を取るとともにソ連・ロシア最高の映画賞の受賞作品となったのでした。ちなみにこのロシア最高の映画賞はニカと言って、88年にこの映画が取った後、拙ブログでも書いたゲルマン監督の「フルスタリョフ、車を!」「神々のたそがれ」、ズビャギンツェフ監督の「父、帰る」、ソクーロフ監督の「ファウスト」なんかが取ってます。

ある市で元市長の葬式が行われ、みんなが立派な人だったと褒め称え埋葬されたんだけど、翌日になると死体が掘り起こされて自宅の庭に立てかけられている事件が起きる。それが3回続き、ついに犯人の女がつかまって裁判になり、その女の父母らが市長によって粛清された過去が暴かれる、というようなストーリーです。

この市長の造形がすごい。ヒトラーのちょび髭、スターリンの下で粛清の嵐を吹かせたベリア風の鼻眼鏡、ムッソリーニの黒シャツ。で、笑うときの口の形がちょっと漫画のように口角が綺麗に上がって、どこか「薄い」笑いという感じで怖い。ちょっとオドオドしていて、市民のいうことに耳を傾けているようなふりをし、ひょうきんで突然ヴェルディの「イル・トロヴァトーレ」からアリアを歌ったりして人々を油断させながら独裁者になっていきます。途中の演説ではこんなことを言います。

「孔子はこう言った、『暗い部屋で猫を捕まえるのは難しい、猫がそこにいないなら尚更だ」と。我々の使命は困難なものだが決意を持てば『暗い部屋でも猫を捕まえられる、たとえそこに猫がいなくても』」

まあ、見事に部下たちも暴走して「いない猫」を無理やり捕まえます。こうした独裁ぶりを裁判で知った市長の孫は。。。。

と言うわけで、僕としては裁判の終わった後の孫の反応やその父親(つまり市長の息子)の行動に何か食い足りなさを感じたんですが、この映画の魅力はそういうストーリーとかスターリン揶揄とか、そういう面以上に、シーンの面白さ、美しさが素晴らしいです。どこかシュールな、あえて言えばクストリッツァ風のユーモアがあって、ちょっととぼけていて、それなのに怖い。

例えば、ここで出てくる官憲はみんな古代ローマ帝国風の鎧兜とマントを着ていて馬に乗っています。そんなのが狭い街の路地を追いかけてくる。かと思うと最初の方の市長の就任あいさつの場面では、すぐしたの水道管が破裂して、みんなが水を浴びる。そんな中で表情も変えずにタイプを打ち続けるビショビショの秘書。

ソ連ではシベリアへ送られた人たちが木材伐採した切り口に自分の名前と居場所を掘りつけておくことがあったんですね。その材木が運ばれてきて、万が一でも残された家族の目に触れれば、彼がまだ生きていることがわかるわけです。まあ、奇跡みたいなものなんでしょうけど。その材木置き場へ行く母と娘の場面は、アルヴォ・ペルトの音楽が流れ、膨大な量の丸太の前を母と娘がふらふらと歩き回る悲痛な美しいシーンです。

ペルトに限らず、音楽の使い方もいいです。喜びの歌をドイツ語で歌っているシーンにかぶせて、洞窟の中を刑場(このシーンでは、腰まで水に使って判決を聞くんだけど、タルコフスキーの「ノスタルジア」とか「ストーカー」のオマージュでしょうか)へ向かっていきます。あるいは収容所?の所長が女と結婚行進曲を連弾で弾いているシーンの奇抜さ。そして女が突然目隠しをして剣と天秤を掲げるシーン。いわゆる法のもとの正義の女神像になるシーン。市長の息子の夢?のシーンで魚を貪り食う市長が出てきて、その後我に帰った男の手には魚の骨が残されているというような不思議なシーン。

こういう幻想的で奇妙なシーンや、登場人物の突飛な行動が面白い。なんかロシア映画ってこういうのが多いです。本来3部作の最後のものだそうですが、1部と2部も見てみたくなりました。 YouTube に予告編がありましたので、貼っておきます。





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映画「ペイル・ライダー」と「シェーン」(完全ネタバレ)

2020.08.01.23:09

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昨日NHKのBSでやっていた映画。1985年のクリント・イーストウッドが監督主演した西部劇です。どこで聞いたか、「シェーン」のオマージュという知識があったので、見てみました。

いや、見ている最中はほぼ笑ってましたね。「シェーン」そのままやないか!って。無論完全に同じはずはなく、うまく設定などを変えてるんだけど。「シェーン」は多分一番繰り返し見ている映画の一つ(映画館で一番回数繰り返し見ているのはタルコフスキーの「鏡」だけど、TVやビデオで一番はこの映画だと思う)なので、あちこちで「シェーン」のあのシーンだとピンとくるものばかり。いや、この映画の冒頭シーンを見た人は、どこが「シェーン」だ、全く違うじゃないかと言うでしょう。もちろん1から10まで同じわけじゃないけど、あちこちで「シェーン」がいっぱいです。比べてみましょう。

「シェーン」では通りすがりのよそ者シェーンが、ジョー一家を脅しにきた牧畜業者ライカーに睨みを聞かせてライカーたちを追っ払う。こちらではもっと派手で、町で袋叩きにあっていた男ハルを、通りすがりのよそ者イーストウッドが助け、相手をボコボコにする。その強さは桁外れ。

助けてくれたお礼に家へ泊まるよう招待するのも同じだし、お礼に切り株を斧で切って掘り起こすシーンは、こちらでは巨岩をハンマーで打ち砕くシーンが対応している。

「シェーン」では牧畜業者と開拓農民の争いだったけど、ここでは金の採掘を細々とする村人と、大規模な(自然破壊的なやり方の)金採掘事業者の争い。シェーンが泊めてもらうジョー一家にあたるのは、ここでは夫婦ではなく、夫に捨てられた母娘と、その女と結婚したいと思っている男ハル。つまり、「シェーン」でのジョーイ少年はここでは少女だ。

村人がこれからどうするかを話し合う場ではシェーンと同様、イーストウッドも部外者で議論には加わらない。粋がった農民のエリッシャ・クックJr がジャック・パランスに撃ち殺されるシーンに対応するシーンもあるし、丸腰だったイーストウッドがガンマンの正装になるシーンもシェーンそのもの!!

まだまだあります。奥さんと旦那(こちらのハルは婚約者)と子供と主人公の四角関係?も同じです。みんなシェーンが好きなんですよね。ここでもみんなイーストウッドが大好き。そして「シェーン」でジョーイ少年が決闘に行く直前、「シェーンなんか嫌いだ!」というシーン、こちらでももちろんあります 笑) ただ、こちらは女の子だからちょっとひねりました 笑)

そして「シェーン」では殺し屋ガンマンのジャック・パランス。この人の凄さは映画の中ではエリシャ・クックJr の粋がった農民を撃ち殺すところだけなんだけど、もうその雰囲気が凶悪極悪残虐そのもの。ニヤッと笑った時の悪党ヅラの凄まじさが、シェーン役のアラン・ラッドの二枚目優男ぶりと対照的でした。なかなかああいう悪役はないだろうなぁ、と思っていたら、この映画ではどんな俳優連れてきても、一人ではパランスに太刀打ちできないと考えたか、悪徳保安官と手下6人という「数」で凶悪ぶりを表現しましたね。

これだけの人数を相手にするとなると、ラストの決闘シーンはどうするんだろうとハラハラドキドキしていたら、意外とあっさり手下どもは次々イーストウッドに殺されていき、ラスボスの悪徳保安官も、もうその時点でイーストウッドの迫力に負けてましたね。ただ、この7人のベージュのロングコート姿のシルエットはとても格好いいです。一列縦列で順番に現れるシーンもいいです。惜しむらくは、この手下の6人がなんか個性がなさすぎかなぁ。

「シェーン」のジャック・パランスの、自信に溢れた「プルーヴ・イット」のセリフに当たるものはなく、ラスボスが死際に「ユー。。。」と二回叫ぶだけ。そうは言っても悪徳保安官をやったジョン・ラッセルという俳優、結構な歳だと思うけど、すごく悪そうな雰囲気は出ていました。

イーストウッドの銃の撃ち方も完全にシェーンを意識していますね。左手で撃鉄を起こして連射するスタイル(名前失念、子供の頃だったら覚えてたのに 笑)は、まんまシェーンでした。

そしてラストの映画史上に残る「シェーンカムバーック!」の名場面も、もう笑うしかないぐらい、そのまんまやってましたね。もう嬉しくて涙流してました 笑)

シェーンと違っていたのはラストで、イーストウッドを影から撃とうとする採掘事業者のボスを撃ち殺すのがハルだったことですね。無論冒頭突然襲われる村のシーンなんかは「シェーン」にはなかったし、悪徳業者の息子も「シェーン」には出てこないですけどね。ただ、「シェーン」で心を入れ替えてシェーンに忠告を与えるベン・ジョンソンに当たるのが、こちらでは大男で、最初の方でイーストウッドに簡単にやっつけられちゃうリチャード・キール。この人は007でも悪役で出てきたし、とても小柄な奥さんと一緒に来日して、その時TV番組で見た記憶があります。

また、「シェーン」ではジョーはシェーンよりも頑強で腕力があり、ライカーの手下たちとの殴り合いにも負けてませんが、こちらのハルはマッチョではなく喧嘩は全くダメです。でも最後に上記のように、「シェーン」のジョーにはやりたくてもできなかったことをします。

さて、「シェーン」ではシェーンは酒場の乱闘シーンではかなりボコボコにされるし、ラストの決闘に向かう直前にはジョーと殴り合いをしてほとんど負けそうになってるし、決闘でも最後に後ろから打たれて血を流します。「シェーン、カムバーック」の声に映るシーンは墓場を行くシーン。シェーンは死んだんだ、いや死んでないと論争を呼んだシーンですが、イーストウッドは、ついに一度も殴られることもないし、ラストも血は流しません。「シェーン」に比べて圧倒的な強さです。全く傷つかない。

ただ、ラストシーンは雪にけぶる険しい山が映されます。題名の「ペイル・ライダー」も、聖書のヨハネ黙示録の4騎士ですね。最初の方で娘が聖書のその部分を読むシーンがあって、それと同時にイーストウッドが現れます。

「そこで見ていると、見よ、青白い馬が出てきた。そして、それに乗っている者の名は「死」と言い、それに黄泉が従っていた。」(ヨハネ黙示録6. 8)

最初の方で飼い犬を殺された少女が奇跡を願うシーンがあります。その「奇跡」という言葉にかぶって雪山から蒼白い馬に乗って出てくるイーストウッドは何者でしょう? 途中、悪徳保安官がイーストウッドの容貌を聞きながら、「あいつは死んだはずだ」と言うシーンもあるし、イーストウッドの方でも保安官を知っていて、あいつには因縁があるみたいなことを言うし、イーストウッドの背中にはいくつもの銃で撃たれた傷跡があります。ほとんど背中のど真ん中だし、致命傷のはずです。決闘前夜に母親と会うときにも、山からイーストウッドを呼ぶコダマのような声が聞こえます(ちなみにこのシーン、母親とイーストウッドはどうしたのか、とてもビミョーなシーンで「シェーン」にはなかったシーンですが、「シェーン」の母親の口にできなかった想いに対応するシーンなのでしょうか)。

ラスト、悪徳保安官が「ユー」と言うのも、おそらくお前は死んだはずだ!と言いたかったのでしょう。と言うわけで、月並みですが、イーストウッドは亡霊ですね。すべてが終わって、峨々たる雪山に帰っていったのでしょう。しかし、こうなると悪徳保安官も蘇ってこないかと不安になりますが、純粋無垢な少女の願いがないと無理なのかな?

いや、あまり期待しないで見たんですが、かなり面白かったです。


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映画「希望の灯り」(ネタバレなし)

2020.07.22.18:39

このところすっかり映画感想文ブログになりつつあります 苦笑)
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昨夜見た映画はこれ。うーむ、ドイツ映画には珍しく子供と一緒に見ても安心なハートウォーミング映画っていう奴でしょうか 笑) ただ、本当に子供と見たら子供は退屈するでしょうけど 爆)

一見イケヤかと見紛うような郊外型の巨大スーパーが舞台です。ドイツ東部の、周りには遠くにアウトバーンが見えるだけの何もない場所にあります。ドイツなんて小売店を保護しているような印象があったけど、旧東独側にはこういうのが多いのかなぁ?よく知らない。何れにしても、セリフの中でも説明されているけど、東ドイツ時代には国営の運送施設だったのを、東西統一後にある企業(おそらく西側の大資本)が買収してスーパーにしたらしいです。

映画は8割以上このスーパーの倉庫が舞台で、登場人物もほとんど従業員達だけ。

簡単に内容を要約すれば、前半は新入りの要領の悪そうなタトゥーだらけの主人公が、倉庫では必携のフォークリフトの運転資格を得られるかどうか。そしてその後はその主人公とお菓子担当の年上女性とのほのかな恋。
フラッシュバックのように何度も繰り返される着替えシーン(襟と手首だけがアップになる)で、単調な毎日が暗示され、みんな仕事に励みつつも、仕事中にこっそりトイレで吸うタバコと仕事が終わった後のビールだけが楽しみな様子。表面上何も起きないし、人々の表情も喜怒哀楽をあまり示さないし、ぼんやり見てるとなんだかよくわからない退屈な映画だと思うでしょう。

でも、最後の方で、えっ? というようなことが知らされ、みんなが抱える孤独が浮き彫りにされます。ラストは日常の中にある、どうでもいいような瞬間的な幸福感。そういうことに気がつけば、少しは生きていることに潤いをもたらすことができるんだ、単調な毎日が少し楽しくなるんだということを暗示しつつ、遠い波の音とともに映画は終わります。このラストはうまいです。

主演は去年拙ブログでも紹介した「ハッピー・エンド」「未来を乗り換えた男」「名もなき生涯」のフランツ・ロゴフスキ。ポスター写真の横顔を見ればわかるように、顔面ど真ん中にパンチくらった?っていうような、ボクサーみたいな悪党ヅラで、飴玉でも舐めてるような舌足らずな喋り方をします(ドイツのウィキで見ると口唇口蓋裂で生後すぐに手術をした影響で話し方が舌足らずだと書かれています)が、今回の映画では何しろ無口。ほとんど会話が成り立たないようなシャイで表情の変化の乏しい若者をやってます。

その上司で、無口なロゴフスキを何くれとなく面倒をみる初老の上司役は、先日3回にわたって長々と紹介した「バビロン・ベルリン」で上級刑事のブルーノ・ヴォルターをやったペーター・クルト。今回も名前がブルーノです 笑) いやあ、いいです。この人いいですよお。うらぶれて東独時代を懐かしみながら、洞察力もあってロゴフスキの過去を言い当てますが、孤独で人知れず悲しみを抱え込んでいるという役。いや、ホント、バビロン・ベルリンでもすごくよかったけど、この映画でもむちゃくちゃ良いです。もっと他の映画もみたいです。

ロゴフスキが恋する年上の女性は「ありがとう、トニ・エルドマン」でウザい父親を持て余すバリバリの仕事のできるエリート娘をやったサンドラ・ヒュラーという人ですが、ちょっと八重歯気味で笑顔がいいですが、おばちゃんです 笑)

孤独で単調な人生、日々を追い続けていけばあっという間に時間は過ぎてしまいます。自分の生活に追われていると人のことを考えるゆとりはありません。でもちょっとこういう映画を見て、どこかで孤独で単調な毎日を送っている人のことを想像し、ちょっとした日々のゆとりを探せたら、ほら、あなたにも波の音が聞こえてきません?


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映画「眼下の敵」(ネタバレ)

2020.07.20.11:16

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ポスター写真はあえてドイツ版で 笑)

少し前にBSで放映していたのを、見ないかもしれないなと思いつつ録画しておいた。で、見た。実は高校生の時に父と一緒に見たことは覚えてる。でもまあ内容はほぼ忘れていた。最後に主役二人がタバコを吸うシーンははっきり記憶にあったけど。

あれからずいぶんたくさんの反戦映画を見たから、その経験をもとに見るとかなり甘い。こんな騎士道精神と敵に対する敬意を持った、ゲームのような戦いはあり得なかっただろうと思う。

ドイツ映画の「Uボート」で、緊急潜行の時には潜水艦の乗組員たちは狭い船内を一斉に船首側向かって走るものすごい迫力あるシーンが出てきたが、この映画のUボートは船内も綺麗で広く、結構近くで爆雷が爆発しても大して被害を受けない。水が吹き出たり、オイルが吹き出すシーンもあるけど、「Uボート」のようなボルトが飛んで船内がギシギシいい、今にも圧滅するんじゃないかという恐怖感・緊迫感は薄い。それに「Uボート」では船長はじめみんな長い航海で髭ぼうぼうになったけど、こちらはみなさん毎朝髭剃ってたんですかね。

ただ、後知恵の文句はつけられるけど、この映画の駆逐艦とUボートの戦いは、特に爆雷の投下シーンが本物を使っていることもあって(アメリカ海軍完全協力)、本物の質感があるし迫力もあれば緊迫感もあって格好いいし、時間があっという間に過ぎた。

でも、最後に追われる一方だったUボートが起死回生の一撃で形勢逆転、すると、駆逐艦側は大破を偽装する。それを潜望鏡で見て浮上したUボートが、人道的に、退去のために5分待ってからトドメの魚雷を打ち込むと警告すると、なんと、それに対して配慮に感謝すると答えながら、突然砲撃を始め、さらにUボートに体当たり。

これって、この映画を見たアメリカ人は、勝った(引き分けた、か?)といってもだまし討ちで汚い、こんなの嫌だ!と怒らなかったんだろうか? また、やられたUボート側も、こんなやり方されたら怒りを増幅させたんじゃないかと思ったりする。だって、この砲撃でUボートの乗組員も何人か死んだんだし。

まあ、その後の救命ボートではアメリカ兵たちが一生懸命ドイツ兵たちをボートに引き上げようとし、Uボート艦橋に取り残されて死を覚悟した艦長は、駆逐艦艦長が投げたロープに救われるんだけど。

1957年の映画で、まだ戦争が終わってから12年しか経ってないけど、(西)ドイツも西側の一員としてアメリカとともに共産主義に対抗している時代だからか、ちょっとドイツ側に忖度してるのかなぁ、なんて思ったりもする。無論Uボート船長は反ナチ的な人物として描かれ、「こんな戦争に勝ったとしても残るのは嫌な気持ちだけだ」なんて言うんだけど。

主役のロバート・ミッチャムは大好きな俳優の一人で、「狩人の夜」や「恐怖の岬」でのものすごい悪役と、もっと歳をとってからの「ライアンの娘」の寝取られ夫役や「マリアの恋人」の父親役が特に印象に強く残っている。洋画好きの母からはこの人「スリーピーアイ」って言われてたのよ、と聞かされたっけ。でも、母がロバート・ミッチャムを見るとしたらモンローの「帰らざる河」ぐらいだったんじゃないかなぁ。

一方のクルト・ユルゲンスの方は、もうこれは絶対に「目には目を」の気の毒な 笑)医者の役。何れにしてもこの二人の戦いが終わった最後のやりとりと表情だけでも、見てよかったと思いました。


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プロフィール

アンコウ

アンコウ
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あんけ・たつや。欧州ロードレースに興味を持ってすでに30年以上。主にドイツ人選手を応援。特に青田刈りにいそしむ。歳にも関わらず、あらゆる点ですごいミーハー。そのほか好きなものは、読書、クラシック音楽(特にバッハ)、友川カズキ、北方ルネサンス絵画、映画、阪神タイガース(村山、江夏以来ですが、強すぎないこと希望、弱すぎても困るが)。少し前から草食動物と化そうと「努力」しています。北欧の社会民主主義に対する憧れ強し。家族構成は連れ合いと娘三人。

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