FC2ブログ
2018 11 << 12345678910111213141516171819202122232425262728293031>> 2019 01

拙ブログのモットー

2037.06.17.12:21

社会は強い者がより強くなるように、富める者がより富むように、力をかざす者がより強い力をかざすことができるように、そのようなことのためにあるのではありません。弱い人間のためにこそ社会はあります。私たちは、そうでないときにはそうであるように社会を変えてゆかなければなりません。(八尋 光秀)


あなたの行う行動がほとんど無意味だとしても、 それでもあなたは、それをやらなければならない。 それはあなたが世界を変えるためではなく、 あなた自身が世界によって変えられないように するためです。(ガンジー)


悪い人間という一種の人間が世の中にあると君は思っているんですか。そんな鋳型に入れたような悪人は世の中にあるはずがありませんよ。平生はみんな善人なんです、少なくともみんなふつうの人間なんです。それが、いざというまぎわに、急に悪人に変わるんだから恐ろしいのです。だから油断ができないんです。(夏目漱石)


関連記事
スポンサーサイト

「俺たちはみんな神さまだった」

2019.04.30.21:32

IMG_8052_convert_20171213212431.jpg
今日は本の宣伝です。

ベンヨ・マソというオランダの社会学者が書いた1948年のツール・ド・フランスのドキュメンタリー「俺たちはみんな神さまだった」を翻訳しました。例によって未知谷さんにお世話になっています。

後ろはこんな(ちょっとした誤植はご愛嬌 笑)。

IMG_8327.jpg

中はこんな。

IMG_3440_convert_20171213214031.jpg

全346ページ、写真約65枚。

アマゾンなどのネットでも注文できるようですが、ここのコメント欄に連絡先を書いて送っていただければ僅かですが割引になります。もちろんコメントは公開しません。

1948年というと、終戦から3年、まだまだ物資は不足しているし、東西冷戦が始まろうとしていて、政治的社会的にも大混乱の時代。そんな中でよくもまあ自転車レースなんか開催する気になったと思います。

レースは戦前にツールで圧勝しているジノ・バルタリと、フランスの若きエース、ルイゾン・ボベの激しい争い。だけどそれ以上にフランスナショナルチームの人間模様がむちゃくちゃ面白いです。

現在のように、システマチックになってしまって、チームの指示に絶対服従(この前のブエルタではアシストしなかったバルギルが帰宅させられてましたね)、役割分担が完全に決められ、レース展開もある程度お約束になっている(序盤逃げた選手がそのまま逃げ切ることはまずない)ようなツールとはまるで違います。監督の言うことなど無視を決め込み、嫌いなエースのためになんか働かず足の引っ張り合い。しかし、それにしてもバルタリの強さが圧倒的です。そして、その勝利が戦後の動乱期、革命騒動のイタリアの政治状況にまで影響を与えることになります。

日本ではバルタリは若くして亡くなったファウスト・コッピの引き立て役のように語られることが多いですが、ものすごい選手だったのは間違いありません。興味があれば、ぜひ手にとっていただけると嬉しく思います。

これは広告なので、しばらくブログのトップに出るようにしておきます。(2017年12月13日21:50記)

いつもコメントを下さる CYPRESS さんが、詳しい紹介をしてくださいました。感謝いたします。(2017年12月30日14:55 記)
https://cypresshushizen.blog.fc2.com/blog-entry-2916.html

momoさんからもコメントでサンスポのコラムで紹介されていることを教えていただきました。感謝いたします。(2018年1月4日 21:19記)
https://cyclist.sanspo.com/377984

2月1日の日経新聞で藤島大さんが「目利きが選ぶ3冊」に、読むべき本として紹介してくださったそうです。また、こんな地味な読者を選ぶ本なのに とりっぽん さんという方が第4回日本翻訳大賞に推薦してくださいました。二次選考であっさり落ちましたが 笑)、想像もしていなかったことでした。この本を訳した者として、お二方に心より感謝いたします。ありがとうございました。(2018年2月8日記)

信濃毎日で紹介されたようです。ありがたいことです。(2018年2月16日記)
信濃毎日 180216



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事

ポリット、今年の総括

2018.12.18.00:02

ニールス・ポリット、惨憺たるカチューシャ・アルペツィンチームにあって、来シーズンを期待させる若手です。パリ〜ルーベで7位というのはたいしたものでした。ドイツツールでも常に優勝争いに絡んで、最終ステージでプロ初勝利、総合でも2位になりました。他にもパリ〜ニースとツアー・オブ・ブリテンでステージ2位とミュンスタージロでは3位。特にパリ〜ニースは二人で逃げてほとんど一人で弾いた挙句、最後にツキイチだった選手に負けるという忌々しい2位でした。

「僕はコンスタントなシーズンだった。春はとてもハピーだった。ツールはとてもハードだったけど、完走できたし、イルヌール・ザカリンをうまくアシストすることができた。ツールの後はなんか勝手にうまくいっているような気分だった。特に僕のドイツツールは大成功だった。一番悪かった最初のステージだって13位で、最終ステージは優勝できたんだから。でもすでにそん前の週から、調子がすごくいいと感じていた。故郷のドイツでプロ初勝利を挙げられたことを、僕は絶対忘れないよ。」

来シーズンは春のクラシックでチームに新加入のイェンス・デブスヘレとダブルエース体制でしょうか?


よければ、下の各ボタンをポチッとお願いします(まあ、大した意味ないですので、ポチッとしなくても構いません。おまじないみたいなもんです 笑)

にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事

アランベールの森にモルタル?

2018.12.17.12:20

1542792156_1_gross.jpg
© radsportnews.com
というわけで、自転車の話題。少し前にパリ〜ルーベの超有名セクションアランベールの森の石畳をモルタル入れるなんて話が出てて、イメージが全く掴めなかったんですが、デーゲンコルプなんかもそれに賛成意見を述べたりしてますね。こんな事情。

パリ〜ルーベって私が初めて見たビデオは1985年のマルク・マディオが優勝したやつで、アメリカのTVで放映されたものでした。何しろドロドロで、パリ〜ルーベのイメージは常にこんなでした。実際その前後も常に水たまりがあったりドロドロのセクションがあったりしたんですね。だからゴールした選手の顔はみんな泥人形みたいでした。
IMG_2758.jpg
© Winning
これは当時のウィニング誌に乗っていたその年のゴール後のレモン。

ところが、21世紀に入って、本格的にドロドロの雨降りのパリ〜ルーベはずっと少なくなってます。特に最近16年間は常に乾いたレースが続いています。しかし、雨が降った時のことを考えて、11月に主催者がアランベールの森の石畳区間にモルタルを流し入れると発表したんですね。
IMG_2761.jpg
© L'Equipe Paris Roubaix Une Journée en enfer
現時点で最後のドロドロのパリ〜ルーベになる2002年のゴール後のシャワールームです。誰だかわからないどころか、どこのチームかだってわかりません。

この区間は石と石の間から雑草が生え、石を覆っているところもあって、それが濡れたらとてつもなく危険だということです。しかもこの森は自然保護の規定から除草剤などを使うことができないそうで、これまではレースの前に燃やして除草していたんだそうです。

そこで出てきた案が高圧洗浄機で綺麗に草を取り除いた後、石畳の間にモルタルを注ぎ込むというもの。アランベールのセクションは2.4キロあるんですが、最初の800メートルをそうする予定だそうです。難しいのは、石と石の間を埋めるモルタルの量ですね。完全に石と同じ高さになったら石畳じゃなくなってしまいますからね。

というわけでニュースを聞いた時にはアランベールの石畳区間を走り易くしちゃうのかと思ったら、雑草対策のようです。去年のパリ〜ルーベでは死亡事故も起きたから、主催者としても重大事故は避けたいところでしょう。
IMG_2759_convert_20181217121126.jpg
© L'Equipe Paris Roubaix Une Journée en enfer


よければ、下の各ボタンをポチッとお願いします(まあ、大した意味ないですので、ポチッとしなくても構いません。おまじないみたいなもんです 笑)

にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事

映画「モルゲン、明日」

2018.12.16.15:58

IMG_2749.jpg
IMG_2750_convert_20181216160334.jpg

昨日15日は、吉祥寺に14日にオープンしたばかりのアップリンク吉祥寺、そこで表題のドキュメンタリー映画をやるというので見てきました。パルコの地下にあるおしゃれなシネコンです。

この映画は吉祥寺のアップリンクでは12月20日までで、21日から28日まで渋谷のアップリンクで上映されるそうですので、興味がある方はお間違えなきように。

映画はフクシマの原発事故後3ヶ月で原発ゼロを宣言しとドイツと、まだ事故が収束する前から原発再稼働を始める日本との違いを知りたいと考えた監督の坂田雅子氏が、ドイツ各地で取材したドキュメンタリーです。歴史を遡りながら、ドイツで常に底流にあった自然保護や反原発意識が徐々に高まりついには政府を動かすことになるのがわかります。また、各地での大企業に頼らない、小規模な自然エネルギーによる電力の供給体制も、具体的に紹介されます。

以下、自分の覚え書きのために書きますので 笑)


冒頭メルケルが2011年6月に脱原発を宣言する議会演説のシーンから始まる。僕は自己紹介でも書いたように北欧の社会民主主義に憧れていたから、保守のメルケルに対する気持ちはあまりポジティブなものではなかったが、ここで一気にメルケルすごい!と思ったものだった。

上映後の監督とゲストの孫埼亮氏との対談でも指摘されていたし、映画の中でも語られるが、まずメルケルが脱原発を決断した最大の理由は直前の反原発デモと州議会選挙でメルケルの保守党が戦後初めて破れたことだったらしい。つまり民意が彼女を動かしたわけである。

しかし、この映画はもっと時代を遡っていく。まず、ドイツはチェルノブイリ事故の前にすでに一度ヴィールという町で原発が建設されそうになった時、住民の反対運動によって建設中止になっていた。すでにその少し前から環境保護だけを訴えた緑の党が注目を浴びつつあったことも影響したのだろう。

だけど、さらに時代を遡ると1968年の学生運動の影響もあったという。この運動は世界的に学生の反乱と言われたものだけどドイツに限れば、ナチスだった親世代に対する反抗という面もあった。

ドイツも日本と同様に戦後すぐに戦時中のことを反省したわけではない。日本で言えば吉田茂のような役割を果たしたアデナウアーの側近がナチだったことは、拙ブログで紹介した映画「検事フリッツ・バウアー ナチスを追い詰めた男」にも出てくるし、戦後の司法関係者がナチの民族裁判所でひどい判決を繰り返していた連中だったことや、同様に精神医学関係でも、悪名高い障害者安楽死計画T4作戦に加担していた者が多数いたこともわかってきている。そうした戦後の体制に否を突きつけたのが1968年の学生運動だったようだ。ここで人々は政治に関与することの重要性に気がつく。

登場する人が言う、「政治に関与しないことが間違いだと気づくのに何年もかかった。自分で考えて行動し、世界への責任を持つまでにはさらに時間がかかった」。

あるいは自然エネルギーで経営されたホテルのオーナーはこんなことを言う、「ここの施設にはベンツ1台分ほどのコストがかかりました。僕はベンツ1台買うよりもこっちの方がいいんですよ。いい気分でよく眠れるんです」。

そうした市民の意識の結果がメルケルの脱原発宣言に行き着いたことを、このドキュメンタリーは示している。だけど、上映後の孫埼氏の話はさらに踏み込んで、日独の戦争の終わり方の違いを強調していた。つまりドイツの場合は米英仏ソの四カ国に分割占領されたことで、ドイツという国のアイデンティティを、国民が自ずと考えざるを得なかったのに対して、日本の場合はアメリカの占領の元、アメリカのいいなりになっていればよかった。

サンフランシスコ講和条約で日本が独立した後もその姿勢は結局変わらず、アメリカのいいなりになり続けている。誰かのいいなりになっているのは楽なことである。考えなくて済むのだから。自分の火の粉が降りかかるまでは見て見ぬ振り、というのは今の沖縄のことを考えればよくわかる。

結局この映画を見て思ったのは、確かに意識の高い市民たちが立ち上がれば社会は変えられるのだろうけど、日本でそれが果たして可能だろうか、という諦めに近い気持ちだった。


よければ、下の各ボタンをポチッとお願いします(まあ、大した意味ないですので、ポチッとしなくても構いません。おまじないみたいなもんです 笑)

にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事

我が家の保護猫ニュース 笑)

2018.12.13.09:44

line_1530229532065.jpg

一度だけ紹介した我が家の保護猫。何しろ慣れない。笑っちゃうぐらい慣れません。手から餌を食べるようになったら触れるということなんですが、我が家にやってきてすでに7ヶ月以上になるのに、手から餌を食べる? とんでもない。触る?ご冗談でしょ。

ようやく側へ寄っても逃げなくなりましたが、それでも手を伸ばすと脱兎のごとくケージに逃げ込みます。

その猫ちゃん、ついにやってくれましたよ。整理のために本箱から出しておいた貴重なミロワール誌をガリガリやって表紙の一部を粉砕してくれました 怒)
IMG_2740.jpeg

被害にあったミロワールは1977年2月号。レイモン・プリドールが最後のシーズンを迎えるということで表紙を飾り、中はマルテンスやコイペル、モゼールやチューラオ、無論メルクスやテヴネと言った懐かしい名前が目白押しです。
IMG_2742.jpeg

IMG_2741.jpeg

しかし、この分では私の部屋へ入れると本箱がめちゃくちゃにされそう。まあ、これだけで済んで良かったと言った方がいいかも 苦笑)


よければ、下の各ボタンをポチッとお願いします(まあ、大した意味ないですので、ポチッとしなくても構いません。おまじないみたいなもんです 笑)

にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事

怪物エフェネプールの来年度予定

2018.12.12.23:02

1544468087_1_gross.jpg

ジュニアのロードとTTで桁外れの強さを発揮して圧勝したレムコ・エフェネプール、来シーズンはクイックステップ・フロールス改めドゥスナンク・クイックステップと読むのか、それともデスニンク・クイックステップか?何れにせよこのチームに新加入です。

何しろジュニアのレースでは今シーズン20勝以上だそうで、勝率は8割ぐらいだったようです。100人ぐらいで一斉にスタートするロードレースの勝率8割って、桁外れですわなぁ。

さて、ベルギーの新聞ヘト・ニウスブラットに記事が載っていたようで、来年度はフランドルのワンデーには出場せず、ベルギー南部のワロン地方のワンデーレースと1週間程度のステージレースに焦点を絞るそうです。

エフェネプールの話。「ツール・ド・フランドルやオムループ・ヘト・ニウスブラットには出場しない。ワロン地方のクラシックと比較的短いステージレースにフォーカスする。プロのフランドルのクラシックはジュニアのそれとは比べものにならないから。全く違うものだから。」

プロデビューは1月のアルゼンチンのツール・ド・サン・ファンになるそうで、春のステージレースは他にアルガルヴェ一周とカタロニア一周、4月になったらトルコ一周が組まれているそうです。今週はチームのトレーニングキャンプで初の顔合わせでした。こんなことを言ってます。

「いいチームに入れた。ワクワクしている。でも舞い上がったりしないでしっかり地に足をつけていきたい。」

さてさて、なんだかんだ言ってもまだ18歳。U23を飛び越えてのプロ入りですからねぇ。無理させないように育てていくんでしょうね。グランツールに出場はあと4年後かな?


よければ、下の各ボタンをポチッとお願いします(まあ、大した意味ないですので、ポチッとしなくても構いません。おまじないみたいなもんです 笑)

にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事

キッテル、今年の総括

2018.12.10.11:46

あきまへんでした。rsn の記事では大災禍シーズンという形容です 笑)

カチューシャへの移籍が決まった時には、ものすごい期待を背負ったと思うんですが、結局キッテルの勝利は2つだけ。カチューシャのチームとしての勝利はなんと!5勝のみ。

顧みればシーズン初めのドバイとアブダビでチームの連携に問題があり修正すると言っていて、その後3月のティレノ〜アドリアティコでステージ2勝をあげた時には、これでチームの連携もキッテルの調子も問題なくなったんだろうと思ったものでしたが、まさかその2勝がキッテルの今年の全成果になるとは、この時は誰も思わなかったことでしょう。

カリフォルニアではステージ4位が最高、ケルン一周でも5位止まり、ドイツ選手権も10位に終わり、ツール前にこれで大丈夫か?と思ったものでしたが、初っ端のステージで3位になり、これで今年もスプリントステージで一つや二つ勝てるだろうと思ったんですが、前半が終わったところでタイムアウト。もっともこの時はスプリンターが随分タイムオーバーで失格になったのでしたが。

その後もビンク・バンクツールでステージ2位はあったものの、8月末の心待ちにしていたはずのドイツツールは1ステージ走っただけでリタイア、そのままシーズン終了を宣言して終わったのでした。

キッテルの話。「2018年は俺の歳じゃなかったのは間違いねえ。こんなシーズンじゃ満足いかねえのは当たり前だぜ。もちろん俺は原因を探ったぜ。だけどはっきり分かるような答えが見つからなかったんだ。チームもすぐに長期の休みをくれたことは嬉しかった。新たなシーズンに向けて、これでリフレッシュできたからな。すでに数週間前からトレーニングを始めてるぜ。2019年シーズンが待ち遠しいぜ。来シーズンの詳しい計画はマヨルカでのトレーニングキャンプでチームと話し合うことになっているんだ。」

まあ、チームコーチのコニシェフの批判があったりして、精神的にめげたんじゃないかと思うし、仲良しのマルティンは移籍してしまったし、ひょっとして契約を破ってでも他チームへ移籍しちゃうんじゃないかと思ったりもしたけど、このままじゃあ終われないよねぇ。

しかし、今年のカチューシャのチームの勝利が5勝ってのは、あんまりだわ。オマーンのネイザン・ハース、マルティンのドイツ選手権TT、ポリットのドイツツアーとキッテルの2勝。確かにメンツを見ると、キッテルがコケたらこのぐらいになるか。


よければ、下の各ボタンをポチッとお願いします(まあ、大した意味ないですので、ポチッとしなくても構いません。おまじないみたいなもんです 笑)

にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事

1962年のツール

2018.12.09.18:39

アンクティルが3勝目をあげた年です。こんな雑誌が出てきました。何度か書いたオークションで大量に手に入れたミロワール・ドュ・スポール誌の1962年7月16日号。

IMG_2731_convert_20181209182936.jpeg

表紙にいたずら書きがしてあります。。アンクティルと隣は同じサンラファエル・エリュエチームのルディ・アルティヒの写真にヒゲがいたずら書きされてます(無論私が書いたわけではありません 笑)。この年は以前ご紹介した1964年のピュイ・ド・ドームで史上最高のツールと称される死闘を繰り広げることになるレイモン・プリドールが初出場した年です。

そして30年以上続いた国別対抗の制度が廃止されて、トレードチーム同士の戦いになった最初の年でもあります。なので、ここまでツールに出場しなかったクラシックの帝王リック・ファン・ローイがファエマチームの許しを得て出場した年でもあります。

結果を見ると、この年は山岳TTとチームTT以外に平地のTTが2ステージ、計110キロ以上ありました。どちらも無論アンクティルの優勝。特に68キロの第20ステージは2位に3分、3位のプリドールに対しても5分以上の大差をつけてます。プリドールはこの時総合3位で2位のアンクティルに食いついていたんですが。。。

IMG_2732_convert_20181209182915.jpeg

アンクティルがプリドールに引導を渡すというような意味ですかね。3分前にスタートしたプリドールを40キロ地点で追い抜くところです。

この時点で総合トップだったファエマのヨーゼフ・プランカールトには5分半の差をつけてトップの座を奪い優勝を決定的なものにします。

IMG_2733_convert_20181209182853.jpeg

プランカールトに対しては1キロごとに5秒、50メートルの差をつけたというキャプションが付いてますが、写真はプリドールを置いてきぼりにするアンクティルです。

まあ、こういうTTで圧勝するというやり方はその後インドゥラインが継承しますが、インドゥラインの時もそうだったように、勝ち方がファン受けしない感じなんでしょうね。だからこの後はプリドールの人気がどんどん高まっていきます。ある時、フランス人に、一番好きなフランス人は誰ですかという質問アンケートを取ったら40%以上の人がプリドールの名前をあげたそうです。

ツールでは悲劇の英雄の方がフランス人好みなのかもしれません。そういう意味ではバルデにはぜひジロやブエルタで優勝してもらって、そしてどうしてもツールだけは勝てない、というのがよろしいかと 笑)


よければ、下の各ボタンをポチッとお願いします(まあ、大した意味ないですので、ポチッとしなくても構いません。おまじないみたいなもんです 笑)

にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事

日航ジャンボ機墜落事故の闇

2018.12.08.14:38

1985年8月12日の夕方、僕は家族旅行から帰る途中で父の運転する車で高速道路を走っている時に、ラジオでニュースを聞いたことを覚えている。旅行先が日光だったので、後からあの時走っていた場所からそう遠くないところで墜落したんだなぁ、と思ったりした。

ずっと話題になっていた青山透子著「日航123便墜落の新事実、目撃証言から真相に迫る」を読んだ。


図書館で借りたんだけど、予約したのは初夏だったのに、80人待ち状態で、やっと順番になった。

当初ネット上に氾濫している陰謀論の一種なんじゃないかと思ったりもしたんだけど、目撃証言がこれだけ集まると、そして何よりアメリカ側からの情報も出てくると、むしろ最後にぼんやりと暗示されているいくつかの事故原因以外の原因は考えにくい。だとすれば事故ではなく事件だ。

いろんな疑問があるがまず、墜落前に、公式には認めていない自衛隊のファントム2機が墜落することになる123便の後を追いかけていたのはなぜか?(これは目撃者が多数いる)

それと、墜落後20分で米軍機は墜落現場を目視し、2時間後には海兵隊が現場へ着陸を試みているのに、突然帰還命令が出され、その後日本の自衛隊も機動隊も、そして何よりマスコミも、捜索場所を特定できず(と言い張って)、翌朝まで救助に取りかかることができなかったのか?

しかもその間、夜間に現場付近でいくつものヘリコプターが活動していたという目撃証言もある。その間に人命救助よりも、何かの隠蔽を優先させたのではないのか?

これ以外にも赤い形状のものとか、現場に漂っていたガソリンとタールの匂いはジェット燃料ではないこと、遺体の完全な炭化は揮発性の高いジェット燃料ではあり得ないこと、横田飛行場へ向かったのに反転したのはなぜか、その間のボイスレコーダーも完全に公表されてはいないのはなぜなのか、さらに隔壁破損が原因とする説がまずアメリカから出たことや、その証拠たる隔壁が現場検証前に裁断されてしまったことなど、いろんな謎が挙げられる。

誰でも推測するようにミサイルの誤射、あるいは自衛隊が訓練用の目標としていた飛行機との衝突、など人為的なことが原因だとしても、問題はその後だ。それを隠蔽するために救助活動が遅れたのだとしたら、これは国家、あるいは自衛隊による犯罪である。

何よりも、一番怪しいのは運輸安全委員会がすでに自己調査は終了しているので、これ以上新たな証拠物が出ても再調査することはないと言っていること。

極端に悪く勘ぐればいくらでも勘ぐれるだろうし、そこまで極端でなくとも、昨今の様々な隠蔽事件を見れば、国家は必ず嘘をつくという堤未果の署名を連想したりするのは自然なことだろう。

今年に入ってさらに続編が出ているようなので、またまた図書館で予約したところである。

……追記 2018,12,09, 14:45……
65ページに出てくる中曽根の言葉「実際、静岡に落ちたとか、群馬に落ちたとか、情報が随分迷走していました。米軍もレーダーで監視していたから、当然事故については知っていました。あの時は官邸から米軍に連絡は取らなかった。しかし、おそらく防衛庁と米軍でやりとりがあったのだろう」をもう一度この本を読み終わって、あらためて見てみると、この男の「そらっとぼけ」ぶりがよくわかる。情報の迷走は意図的なものだったし、米軍の情報が上がってこないはずはない。最初に読んだときはこの部分、文字通りシビリアンコントロールが全くできていないじゃないか、という指摘だけだと思ったのだが、無論それもあるが、それ以上に、中曽根は何かを知っていて、そらっとぼけているのである。この言葉からそれがよくわかる。



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事

N響バッハコンサート

2018.12.07.23:59


NHKホールに行ったのは実に久しぶりです。多分15年ぶりぐらい。一時期コンサートには随分行ったんですが、色々忙しくなってすっかり行かなくなりました。

1曲めの組曲4番と最後のマニフィカトはCDもあるし、比較的よく聞く曲です。もっとも今日のマニフィカトはクリスマスバージョンで、これは初めて聞きましたが。

一方、2曲目のオーケストラバージョンの元になったオルガン曲、一応オルガン全集のCDも持ってはいるんだけど、まず滅多に聞かないし、そもそもバッハのオルガン曲ってそれほど好きじゃないんですよねぇ。。。

タルコフスキーの映画音楽として使われたオルゲルビュッヒラインぐらいかなぁ、比較的よく聞くのは。だからこの前奏曲とフーガ「聖アン」って言われても全然わかりません。しかもそれをシェーンベルクが編曲した大オーケストラバージョン。まあ、これはバッハの曲ではありませんね 笑) YouTubeを見ると結構あるので、昨日のうちにちょっと予習しておけば少しは違ったかもしれませんでしたが、後の祭 笑)

しかし、最後のマニフィカトはN響20年ぶりのバッハの声楽曲だったそうです。確かにいつの間にかバッハの、特に声楽曲は古楽オーケストラが演奏するものとなってしまって、N響のようなモダンオーケストラが演奏するものではなくなったようなところがあります。

でも、一方で鍵盤楽器用の曲はピアニストたちがこぞって弾いていて、例えばゴルトベルクなんて、きっとチェンバロ版よりピアノ版の方が多いんじゃないかと思えるほどですがね。

昔、私がバッハ好きになった1980年代には、雑誌などでも、マタイ受難曲の最高のレコードは戦前のメンゲルベルク版なんていう音楽評論家もいましたからね。少なくとも、当時の評論家が上げていたトップはリヒターのマタイだったはずです。

私もそのリヒターのカンタータ選集全5巻を、当時は大人買いなんかできず、秋葉原の石丸で一つづつ買って、カンタータオタクになったのでした。その頃にアーノンクールとレオンハルトのカンタータ全集を聞いた時には、なんだか下手くそだなと思ったものでした。特にアルトをボーイソプラノが担当していて、ノンビブラートで今にも音程を外しそうな危なっかしさがあったし、弦楽器なんかもビブラートをかけない演奏で、どこか間が抜けているような感じがしたものでした。ラッパなんかもバルブなしで、これ音外れてんじゃないの?と思ったものでした。

まあ、あれは本当に音が外れていたみたいですけどね。解説だったかには、そこのパッセージはバッハがわざと当時のトランペットでは吹けないように書いた、とありました。理由は、そこについた歌詞が「異邦人」という単語で、その部分でわざと音を外すように仕組んだからなのだそうです。

でも、もうカウンターテノールが増えて上手になって、演奏そのものも当時よりも格段にレベルアップしてますから、いつの間にやら古楽での演奏がなんの違和感もなくなりましたね。こうして、バッハの時代の楽器で上手に演奏してしまって、だけど、バッハの時代はもっと下手くそだったはずだから、もっと素人っぽく演奏するべきだとは誰も言わないですね。バッハ自身はトーマス教会での合唱団を半分は使い物にならないと言ってたりするんですけどね 笑)

冗談はともかく、久しぶりのコンサート、とても心地よい時間を過ごしました。



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事

マルティン、今年の総括

2018.12.05.18:29

毎年 rsn でおこなっているドイツ語圏選手総括シリーズ、前にも書いているように、本当は今シーズンの成績によって順位をつけているんですが(拙ブログではこの順位のポイントに不満があるので無視していますが 笑)、例年トップ争いの常連だったトニー・マルティン、今年は rsn のつける順位では34位と散々です。

得意種目の個人TTを見ると、ドイツ選手権は7連覇で、国内では無敵ですが、ジロではローハン・デニスに遅れをとって2位。他のレースのTTの結果はこんな感じです。

アルガルベ一周 6位
ティレノ〜アドリアティコ 22位
ジロプロローグ 9位
世界選手権 7位

何しろツールの第8ステージで骨折リタイアしてしまったから、そのおかげで楽しみにしていたドイツツールもキャンセル。9月はじめのツアー・オブ・ブリテンで復帰して、やっと世界選に間に合ったという感じだったので、そこでの7位は上出来なんでしょうけど。。。

TT以外もクラシックではE3ハレルベケでの27位が最高で、ワンデーやステージでの得意の逃げ切り勝ちがありませんでした。

マルティンの話。「ジロの2位が今年の小さなハイライトだった。今シーズンの総括としてはぱっとしなかったと言える。残念だが大きな勝利がなかった。特にTTがうまくいかなかった。だけど世界選の7位は、それまでの状況を考えれば全然ダメというわけではない。チームを変えたことで全く始めからやり直して、新しい刺激をを期待している。昔の調子に戻って、いくつか成果を上げられるといいが。」

というわけで、半月ほど前には、TTスペシャリストとしての復活を目指すのか、それともクラシック狙いに方向転換するのかというのがニュースになっていたことがありましたが、どちらに向かうのかはロット・ユンボチームのミーティングで話し合うと言っていました。さて、ミーティングはあったんですかね? 個人的にはカンチェラーラのように、クラシックを狙って欲しいけど。。。


にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事

ニコ・デンツ、今年の総括

2018.12.03.10:39

gettyimages-904432458-612x612.jpg

拙ブログではほとんど名前を出したことがないAG2Rのドイツ人選手、ニコ・デンツ。一昨々年のツール・ド・ラヴニールで一瞬(!)総合トップに立ったことがありましたが、どうもほとんど名前の出てこない選手でした。だけど、今年はちょっと目立ちましたね。しかし、この頭、もう少しなんとかしろよ!

ジロ・ディ・イタリアでは同じ24歳の神童マテイ・モホリッチと逃げを成功させて一騎打ち。残念ながら2位でしたが、シーズンもそろそろ終了という時のツール・ド・ヴァンデーでついにプロ初勝利を挙げました。

これ以外にも世界選では初の代表に選ばれたし、グラスゴウのヨーロッパ選手権ではゴール直前まで表彰台も可能なところにいたんですがね(9位)。

デンツの話。「今年はずっとポジティブなシーズンだったね。ようやく自分のポテンシャルを発揮して、しかも勝つこともできたんだから。世界選の代表も名誉なことだったし、独特の雰囲気だった。

ヨーロッパ選手権は最終周回までは僕としては最高の展開だった。最後の最後に落車で全部ぱあにしちゃったけど。

ヴァンデーの優勝は、本当のことを言うと、すでにシーズン終了の気分だったんだ。確かに世界選に合わせて練習していたから、それが残っていたんだけど。最後のレースでの勝利というのはいいモチベーションになるよ。

2019シーズンはクラシックでオリヴァー・ナーセンのためにより重要なアシストとして走り、彼の勝利を支えたい。また、ジロでも今年と同じように自由に走らせてもらえることを願っている。目標はまた優勝したいということと、もう一度世界戦のメンバーに選ばれたいということだ。」



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事

シェリー・ケーガン「DEATH 『死』とは何か」

2018.12.02.15:09


余命宣告された学生が受けたいと願った道徳哲学の講義だそうです。少し前に流行ったハーバードのサンデルの白熱教室みたいな、平易な言葉で無茶な、というか極端なケースをちりばめながら、僕らの日常的な感覚に疑いを抱かせます。

例えば、初っ端から、まず死を考えている今の自分と死ぬ時の自分は同じかという問いかけ。確かに僕らの細胞は次々と死につつ新しい細胞が生まれている。7年(だったかな?)で全ての細胞が入れ替わる。そんな僕らに同一性があるのか、ということで、通常、精神疾患で人格乖離にでもなってない限り、普通はあんまり考えないことだろうけど、哲学の基礎としては有名な問いかけです。

あるいはごく普通に口にされる「人は結局一人で死んでいく」という言葉だって、人間の行いはほぼ全て一人だと混ぜっ返される。そもそも私が存在している時に死はなく、死がある時には私は存在していないのだから、なぜ死を恐れるのか?

読みながらいろんなものを思い出した。不死を語るところでは手塚治虫の「火の鳥」の未来編、地球滅亡の時に不死にされた主人公の絶望や、ファウストのように悪魔と契約してこの世のあらゆることに満足を求める生き方、無論昨今話題の脳死は人の死か、とか安楽死の問題なども。

だけど、結局死を考えることはいかに生きるべきかを考えることにつながるという、ごく真っ当なところに行き着きます。そこで、ではどう生きるのがいいのか? 人生とは良いこと(快)や悪いこと(不快)を収める器(うつわ)だという説が紹介され、個人的にはここが一番面白かったかなぁ。

ただ、人生をプラスとマイナスで数値化、とまでは行かないけど天秤に掛けるような考え方がいいのか悪いのか。。。相模原事件の犯人のような生きていても意味がないなんていう考えや、最近の新潮45のLGBTには生産性がないなどという言い方にも繋がっていくのではないか、と一抹の不安も感じます。

それは最終節での自殺を巡る論考でもそうで、今朝ほど読み終わったところですが、どこかなんか引っかかるものがあるような気がしてならないです。図書館で借りたんですが、時間をおいてもう一度読み直してみたいと思うので、この値段だし、一冊持ってても悪くないでしょう。

小見出しがたくさんついていて、話も観念的にならず、とても読みやすいです。



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事

だらしない野党?

2018.11.29.00:22

「ねじれ」という言葉に踊らされ、結局行き着いた先はこういうことか。諸外国では問題続出なのに8時間審議しただけで強行採決した水道が民営化されることが決まり、データ捏造がバレたにも関わらず15時間程度で強行採決して入管法と、素晴らしいね。とんとん拍子だよ。

それなのに、今朝TVをつけたら延々と貴乃花の離婚について、キャスターたちが深刻な顔して論じ合っていた。

やれやれ。。。この入管法なんて、人々の関心は高いだろうと思うのにね。だけど一方で、こんな法案を通されるなんて野党がだらしないからだ、と野党に矛先を向ける人もたくさんいる。マスコミの論調にもそんな雰囲気が見られる。何言ってんだい! 数に物を言わせて強行採決しちゃうんだもの、無理でしょ?

「ねじれ」と言い続けたマスコミが、ねじれ解消の結果として今のような状態になるのを良しとしたくせに、なんでそこで野党批判かね?

結局この法案に反対する人は多いだろうけど、成立したのは強行採決した自民党のせいではなく、野党がだらしなかったからだ、ということで、次の選挙は野党よりは自民がマシと言ってまた自民が圧勝するんだろう。そしてやりたい放題やられても、野党がだらしないからだと呪文のように言い続ける。

これなら憲法変えて徴兵制を導入したって大丈夫だよ。何があっても野党がだらしないからだ、ということになるんだからね。



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事

ルーカス・ペストルベルガー、今年の総括

2018.11.28.00:00

というわけで久々の総括シリーズ。ペストルベルガーは17年のジロの第一ステージで、ものすごい勝ち方しちゃったので、期待していたんですが、そういう意味ではパッとしなかったですね。

「残念だけど春のクラシックシーズンはまるで何もしなかったね。でもそのかわりにシーズン後半は自分のパフォーマンスを高めることができたと思っているよ。

春のクラシックシーズンが始まる前にジロのために準備を始めたんだ。去年のジロの再現を狙ったんだけど、自分の体の声に耳をすませることができなかった。プロとしてはやってはいけない初心者のミスだ。

チームの指導部と一緒にフォームを作り直すことからはじめなければならなかった。後から考えれば、正しい決断だったと思う。おかげで初めてのツール出場がかなったし、後半はうまく行ったよ。ツール直前のナショナル選手権で勝てて、オーストリアチャンピオンマイヨでツールに出場できたからね。

だけどアシストだったから日陰者の立場で目立つことはできなかった。このスポーツは複雑で、アシストの重要性はまだまだ認識不足だ。僕はエースをアシストするっていう大きな責任を負わされていたんだ。ワールドツアーレースでは小さなところが成功への大きな秘訣になっているんだ。

故国での世界選手権は生涯最初で最後の体験だった。自転車競技に追い風が吹いていると感じたよ。来年のヨークシャーでの世界戦には是非出たい。今年よりもずっと僕向きだと楽しみにしている。

来シーズンはまず春のクラシック、ついでツール出場を目指すよ。ボーラ・ハンスグローへチームとの契約は2020年まで決まっている。比較的小さいステージレースではエースを任されそうなんだ、楽しみだ。モニュメントではさすがにぺテル・サガンのアシストをすることになるけど。

目下の僕はまだ経験不足だし、責任を追いきれない。」

さて、17年のジロではステージ優勝だけでなく、オーストリア人初のマリア・ローザでしたからね。もう一度ああいう勝ち方を見たいものです。


にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事

映画「誰でもない女」(ネタバレしてませんが。。。)

2018.11.27.00:53



参った。むちゃくちゃ暗い映画でした。ドイツとノルウェーの合作で、ナチスに占領された時代のノルウェーでドイツ人の子供を産んだ女性とその子供の悲劇と、戦後の東ドイツの国家保安警察シュタージの酷さを背景にしたミステリー映画。

いずれにしても、ナチスってどこか頭のネジが弾けとんじゃったんだとしか思えません。頭蓋骨の形で人種的優越性がわかるとか、雑種化してない純粋民族であるアーリア人が世界一優れているとか、どう考えたって、まともな頭の人が信じられるはずがないのに、当時の優秀なエリートたちですらそれを信じて、結果ありきで、なんとかそれに沿うようなこじつけ理論を色々考えたりしちゃったんだから。

もっとも今の日本でもやたらと人種にこだわるネトウヨなんかがいたりするわけだけどねぇ 苦笑)

で、この映画、レーベンスボルンってのが出てくるんだけど、これは「優秀なアーリア人」の子供を保護育成するための施設で、特に未婚の母たちの産んだ子供のための施設でした。少し前に紹介した田野大輔の「愛と欲望のナチズム」にもあったように、要するに、ナチスとしては兵士になってくれるか、兵士を生んでくれる国民がたくさん必要だったわけです。だから母が未婚だろうと、不倫の子だろうと「アーリア系」でありさえすればここで丁重に保護してお世話したわけね。

それと同時に、レーベンスボルンは、アウシュヴィッツをはじめとする絶滅収容所とは逆の意味も持っていたそうです。絶滅収容所がユダヤ人のような「劣等民族」を絶滅させるためのものだとすれば、レーベンスボルンは「支配民族」であるアーリア人を保護する意味合いを持たされていたわけです。だから、「劣等民族」のポーランド人の子供だけど金髪碧眼だとアーリア系とされてここに送り込まれ、ドイツ人の養子になったりしたそうです。ましてや、ノルウェーなんか、北欧の人はもともとアーリア系だと考えられていたから、占領軍のドイツ人との混血が積極的に促進されたそうです。だけど戦争が終わり、ナチスの神話が完全に崩壊した後、そうしたドイツ占領下でドイツ人と現地の女性との間に生まれた子供たちは(無論母親も)辛い戦後を送ることになりました。

ヴィキペディアで見ると、特にノルウェーは、戦後ナチと関係したノルウェー女性とその子供を酷薄に扱ったらしいです。え? 北欧の福祉国家として有名なノルウェーが?? と思うぐらい酷い話で、ようやく21世紀になって国家として謝罪するとともに補償を行ったそうです。この映画の中でも、ドイツ人を父に持つノルウェーの子供が、戦後たくさん殺されたというセリフが出てくるし、そもそもノルウェー国内にもレーベンスボルンの施設が作られていたそうで、映画の中でも母親はトロンハイムのレーベンスボルンで娘を産んだと言っています。

で、やっと映画にたどり着きました。この映画の主人公は、母がナチス占領下のノルウェーでドイツ兵と恋仲になり生まれた娘で、生まれてすぐに母と別れてドイツ国内のレーベンスボルンへ送られたという設定。彼女は戦後東ドイツの施設で育てられ、1969年にボートで亡命を企ててデンマークに漂着、その後ノルウェーに来て母と再会し、ノルウェー軍の潜水艦の艦長と結婚、娘が生まれ、さらにその娘はシングルマザーで息子を育てています。

そして現在、1990年、東西ドイツが再統一し、戦中戦後にドイツ兵の子供を産んだノルウェー女性に対する差別迫害について、ドイツとノルウェー両国家に謝罪と補償を求める訴訟の証人を求めて、母と娘の元にひとりの弁護士がやってくるのですが、母はともかく主人公の娘はなぜかその話に乗り気ではない。。。

というわけで、この後驚愕のどんでん返しが 笑) まあ、どんでん返しというには、途中で、特に回想シーンで、だいたいある程度はわかるんだけど、それでも最後の最後に明かされる事の真相にはちょっと驚かされます。前半のポイントがレーベンスボルンだとすると、後半のキーは東ドイツの国家保安警察シュタージ。

アカデミー賞をはじめたくさんの賞をとった「善き人のためのソナタ」でも主人公がシュタージの職員でしたが、実際、ドイツ統一後いろんなことがわかってきます。何しろすごい組織だったらしく、東ドイツの名のある人たちはみんなシュタージに協力させられていたようで、「善き人のためのソナタ」が公開された時も、あんな善良なシュタージはいなかったと言われたそうですからね。統一後、旧東ドイツでは国民みんながスパイだった、みたいなトンデモない疑心暗鬼の状態になったそうです。

主役の女性は「ヒトラー最後の12日間」でヒトラーの愛人エーファ・ブラウンをやったり、アカデミー外国語映画賞を取った「名もなきアフリカの地で」の主役をやった人です。でも個人的にはシュタージのボスをやったライナー・ボックという俳優が相変わらず良いです。この人、前に紹介したハネケ監督の「白いリボン」でものすごいインパクトでしたが、何しろあのご面相なので、やれる役柄が決まってくるんでしょうけど、今回も、若い時のシーンでも現在のシーンでも、とってもいいですねぇ。顔を見てるだけで楽しいです 笑)

というわけで、この「誰でもない女」、大して期待しないで借りたんですが、個人的には☆4つ。ただし、冬のノルウェーの荒涼とした風景と、誰が聞いても悲劇的と感じられる音楽も相まって、例によって後味悪いです 笑)



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事

1937年、ラペビーの変速機

2018.11.23.15:08

いやぁ、昨日の記事は変速機のところがかなり不安で、よくわからないまま書いたんですが、まあ、心のどこかに、どなたか詳しい方がいるはずで、きっとコメントをいただけるのでは、という気持ちもありました。早速フェイスブックで Mさんから教えていただきました。

1937年のラペビーが使った変速機はシュペール・シャンピオンというもので、イタリアはビットリア・マルゲリータが代表格だったそうです。昨日の記事でYouTubeなどで紹介したカンパのカンピオコルサはやはり戦後のものでした。

Mさんのお話では、シュペール・シャンピオンの方は変速機がチェーンステーの下に付くので逆転不要とのことです。


私ぐらいの世代だと、自転車好きはサイクリングで自転車に夢中になるとともに、自転車いじりに夢中になるパターンが多いように思いますが、僕の場合は前にも書いたように、デパートで見たプロモーションビデオでツール・ド・フランスを知り、その選手たちの姿に参ってしまったのでした。

だから前から公言しているように、私の興味はもっぱら選手の方に向いてばかりで、メカの方にあまり向かず、これまでもメカ系では時々ドジを踏んでおりますが、今回も教えていただきました。


ネット検索したらありました。シュペール・シャンピオン、こんな構造ですね。

Super_Champion_006.jpg
© http://www.theracingbicycle.com/images/Super_Champion_006.jpg

ラペビーの自転車、ネット検索したらありました。
Roger-Lapebie-Tour-de-France-1937-winner-Mercier-Super-Champion-groupset.jpg
© https://cycling-passion.com/tour-de-france-winner-groupsets-year-year/roger-lapebie-tour-de-france-1937-winner-mercier-super-champion-groupset/

チェーンステー下のガイドをレバーで左右に引いて、チェーンのたるみは前のチェーンリングの下にあるプーリーを立てたり寝かせたりして取るというメカニズムですかね。ガイドとたるみ取りが連動しているのでしょうか?

一方のビットリア・マルゲリータの方もほぼ同じ構造ですが、チェーンのガイドがチェーンステーの上にあるので、こちらはペダルを逆回転させないといけないようです。
images-2.jpeg
images-1.jpeg
© https://www.steel-vintage.com/bianchi-saetta-1937-vintage-racing-bicycle-detail

当時の写真だとチェーンステーの上にガイドがあるのか下にあるのか、判然としないものが多いんですが、たるみ取りのプーリーがチェーンホイールのすぐ下か、少し後ろかで、どちらを使っているかがわかりそうです。例えば、こんな写真だと、手前の選手(若き日のバルタリ)がV.マルゲリータで向こう側がS.シャンピオンです。
images-3.jpeg
© http://www.classiclightweights.co.uk/designs/osgear-hs.html

つまり、昨日のようなエンド内をハブが移動するシステムは戦後のもののようです。でもメカニズムとしてはともかく、選手の負担を考えると、カンパより10年以上前のシュペール・シャンピオンの方が負担が少なそうに思うんですけどね。昨日紹介したカンパだと手を後輪に突っ込みそうですよね。

フェイスブックでコメントをくださったMさんに感謝。同時に、今後、少しこのディレイラーについて調べてみたいと思い始めたところです。



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事

1937年、ツール変速機解禁時の雑誌

2018.11.22.21:47

IMG_2678_20181122211148c10.jpg

写真はだいぶ昔オークションで手に入れた戦前の写真スポーツ週刊誌のうちの一冊です。1937年7月27日号とあります。スポーツ雑誌と言っても8割以上は自転車です。ル・ミロワール・デュ・スポールをググってみると、1920年に創刊されて名前を変えながら1968年まで続いたとあります。

ミロワールという題名が紛らわしいんですが、フランスでは他にミロワール・スプリントというフランス共産党系のスポーツ週刊誌もあって、こちらは1946年から71年まで続き、また、日本では一番有名なミロワール・ドュ・シクリスムは1960年から94年まで出ていました。

で、表題の1937年の雑誌が扱っているのがこの年のツール・ド・フランス。表紙の下半分がちぎれて無くなってるので残念ですが、顔だけははっきり、この年のツールの覇者ロジェ・ラペビーです。(1948年のツールを扱った「俺たちはみんな神さまだった」で出てくるギイ・ラペビーは彼の弟です。)

この年はツール史上特別な年でもあります。史上初めて変速機の使用が許された年です。ツールの創始者とされる初代総合ディレクターのデグランジュは、人が機械に使われてはならないと言って、ずっと変速機の使用を認めなかったんですね。それがとうとう解禁になったわけです。当時のカンパの変速機は走りながらクイックシャフトに直結しているレバーでシャフトを緩めて、同時にチェーンを押すシャフトも切り替え、ペダルを逆転させてチェーンを掛け替え、再びクイックシャフトを閉めるというアクロバットみたいなもの。ギアを掛け替えた時のチェーンのたるみはギザギザのついたエンドの中をホイールが勝手に移動するわけ。このYouTubeでみると感動ものです。(ただし、以下の二つの変速機は37年当時のものではなく、もう少し後の戦後のものだと思われます。でも理屈は同じだったんだろう思います。以下2018年11/23 追記。この次の記事で書いたように、この時代の変速機はやはりこのタイプとは違っていて、特にラペビーが使っていたシュペール・シャンピオンというのはペダルを逆回転させる必要がなかったようです。詳しくはこの次の「1937年、ラペビーの変速機」をお読みいただけると幸いです。



変速の状態がわかりやすいのはむしろこちらですかね。


ここではペダルを逆回転させて色々チェンジしてますが、ハブがエンドの中を前後に勝手にずれていくのがよくわかります。最後にクイックシャフトを占めて固定。

さてこの1937年はもう一つ、バルタリのツールデビューの年としても有名です。アルプスに入るやステージ優勝とマイヨ・ジョーヌを獲得、このまま突っ走ってもおかしくなかったんですが、次のステージの下りで橋から小川に転落。大きく遅れ、しかもびしょ濡れ状態で降ったのが原因で、その後ひどい気管支炎になってリタイアしてしまいます。これがなければ、おそらくバルタリがツールでも総合優勝し、その前のジロでも勝っていたから史上初のダブルツールの栄誉に輝いたのではないかと言われていますが。。。

さてその後も事件が起きます。バルタリに変わって総合トップになったのが前年の覇者シルフェーレ・マース。以前ここでも紹介した映画「ルシアンの青春」で元自転車のチャンピオンが語る話の中で、バルタリより怖かったと言われている選手ですね

このマースに対し3分前後の差で追うのがこの雑誌の表紙のラペビーです。ラペビーは(まあ、私が読んだ本では 笑)山岳では車に捕まったりファンに押してもらったりしてたようですが、とうとうそれがバレて1分半のペナルティを喰ったりしてます。

さらにフランスのファンはマースをはじめとするベルギー選手たちに派手なブーイング(ぐらいならいいんですが、トマトを投げつけるようなファンまで出たと書かれてます)、果てはパンクで遅れたマースの集団がラペビーの先頭集団を追走中には、電車も来ないのに遮断機が降ろされるということまで起きたそうです(あくまで私が読んだ本ね 笑)。

結局マースをはじめとするベルギーナショナルチーム全員が身の危険を感じてレースをボイコット。パリまであと4日という16ステージ終了時のことでした。そして、ここにロジェ・ラペビーの総合優勝が決まったのでした。

ところで、このラペビー、1988年に30分程度の「行け、ラペビー」という題名の短編映画が作られています。日本では2009年に東京のエルメスのスタジオで上映されました。私も見に行きましたが、当時すでに80近い老ラペビーがニコニコしながらロードにまたがり颯爽と走っている姿をメインにインタビューがなされていたのだと記憶しているんですが、正直にいうとエルメスなんてものすごい場違いなところで汚いジーパン姿で見に言ったので、そのことばかり記憶にあって、あまりはっきり覚えてません 苦笑)

IMG_2681.jpg
これがその時の招待状です。裏はこんなです。ちょっと薄い文字ですが、左下に上映した映画一覧が出ています。
IMG_2680.jpg

他にもツール関係の映画を、しかもルイ・マル(上記の「ルシアンの青春」の監督)の「ツール・ド・フランス万歳!」という短編もやったんですねぇ。すっかり忘れてます。「白い恋人たち」でグルノーブルオリンピックの記録映画を作ったクロード・ルルーシュの短編も! これもすっかり忘れてます。拙ブログを始めたのが2010年からなので、その前のことはメモってないのが残念。そういう意味で、見たり読んだりして感動した映画や本などをメモっておけるブログって日記がわりになるんですね。



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事

冬用シューズ

2018.11.18.00:00

東京も朝晩はだいぶ寒くなってきました。これまでの長年の経験から、ある日、朝走り出すと足のつま先が寒さで痛い、ということがなんどもありましたので、先日の通勤自転車から、少々早めですが、このシューズに切り替えました。

IMG_2667.jpg

去年オークションで手に入れたボア付き。これだと冬でもシューズカバーがいりません。こういう昔のシューズでクリップストラップペダルだと、苦労するのがシュープレートです。ヤフオクで見張ってるんですが、なかなか出てきませんね。やっと見つけたのがバレリというイタリアのもの。

IMG_2666.jpg

去年はこれをつけて走っていたんですが、ペダルを外す時にすんなり外れず、かなり足を抉(こじ)ってやらないといけない。どうもこのアールがついた形状が靴底の角度と合わず反ってしまって、ペダルをはめ込むところが狭くなってペダルをがっちり噛み込んでしまうようで、隙間にナットを入れて浮かせてみたり、色々したんだけど、どうもうまくありません。

IMG_2662.jpg

というわけで、うちにあった昔のルックやタイム用のシューズにつけられるプレートに強引に穴を開けてネジを打ち込んでみました。やれやれ。靴底はすっかり穴だらけ。

IMG_2668.jpg

IMG_2669.jpg



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事

上海クリテにて

2018.11.17.10:16

キッテルのFBに面白いもの発見。キッテルとサガンが京劇の衣装で遊んでます。一応、カチューシャの赤とボーラ・ハンスグローエの緑で合わせてますね。





にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事

史上最高のツール・ド・フランス

2018.11.16.23:59

なんだか忙しく、すっかりご無沙汰ですが、拙ブログの売りは昔の自転車レースですので、久しぶりにそんな記事を。

ツール100年の頃に、フランスのファンに、史上最高のツールのアンケートを取ったそうです。その結果ダントツの1位が1964年のアンクティルがプリドールに55秒差で勝ったツールだったそうです。ついに一度もマイヨ・ジョーヌに袖を通すことができなかったレイモン・プリドールが、もしマイヨを着ることができたとしたら、この年だっただろうと言われています。

特にトップのアンクティルがプリドールに対して56秒差で迎えだ第20ステジ、ブリーヴからル・ピュイ・ド・ドームまでの237.5キロの山頂ゴールステージ。ツール史上でも1、2を争う好レースだったと言われています。

このステージのYouTubeがないかと探したんですが、どうもスチール写真はたくさんあるものの、映像としてはないようです。このDVDには少しだけ出てきますが。。。


ル・ピュイ・ド・ドームという山は山頂部分が狭いのと、道が一つしかないことから、現在のツールではおそらくもう2度とコースに選ばれることはないと思われます。1952年に初登場してコッピが優勝してから13回ツールに登場してますが、1988年を最後にコースになってませんね。山を蛇行するのではなく、山の周囲を螺旋状に回っていくコースになっています。CyclingCols で見ると11キロで925メートル、平均8.5%、最大13%強の、かなりハードな上りコースです。

で、我が家にあるL’Équipe Cols Mythiques du Tour de France という本にはこの時の様子が数百メートルごとに紹介されています。その内のいくつかを紹介しながらレース展開を再現してみましょう。

IMG_2646.jpg
まずは麓のゴールまで6キロの地点です。この時点では10人ぐらいの集団です。右から突っ立った特徴的なスタイルのバーモンテス、アンクティル、プリドール、ヒメネス。

IMG_2648.jpg
4キロ地点でフリオ・ヒメネスがアタック。この選手は67年に総合2位になっているし、この伝説となっているステージに優勝しているのですが、67年はヴァントゥー山でトム・シンプソンの死亡事件があり、このステージではステージ優勝よりもアンクティル対プリドールに注目が集まってしまって、すっかり忘れられているかわいそうな選手です。

IMG_2649.jpg
残り3.5キロではバーモンテスもアタック。アンクティルとプリドール以外の選手はすでに遅れています。

IMG_2650.jpg
ここからは邪魔するもののない、二人だけの戦い。ステージ争いはスペイン人の二人に任せて、総合争いを目指してアンクティル対プリドールの伝説的なバトルが開始されますが、物の本によると、バーモンテスがアタックした時にプリドールはついて行こうとしたとか。ところがそこでアンクティルが一言、「スペイン人に持ってかれちまうぜ」。これを聞いて、プリドールはアンクティルの余力を考え、追うのをやめたと言われています。実際はアンクティルはこの時ちぎれそうだったけど、精一杯のブラフを仕掛けたのだと言われています。

以下延々と続く二人のつばぜり合い。
IMG_2651.jpg

IMG_2653.jpg
これはおそらく一番有名な写真ですね。アンクティルは現在の戦法ならプリドールの後ろに付いただろうと思うんですが、両者横並びで登っていくんですね。しかもこの螺旋状のコース、外側(つまり崖側)にプリドール、山側にアンクティルという形ですが、それもアンクティルは計算づくでそうしたと語っています。

IMG_2654.jpg

IMG_2655.jpg
あと900メートルでとうとうプリドールがアタック。アンクティルを引き離します。

IMG_2656.jpg
必死に追うアンクティル。

IMG_2657.jpg
勢い余ってプリドールはカメラマンバイクにぶつかりそうになります。

IMG_2658.jpg
アンクティルを押した観客を注意する審判バイク。

IMG_2660.jpg
IMG_2661.jpg
二人のゴールですが、アンクティルはゴール直前にアドルニにも抜かれてステージ5位。しかし、序盤のブラフのおかげでプリドールに対する遅れを42秒に抑え、14秒差でまだマイヨ・ジョーヌを守ったのでした。この後翌々日の最終日のTTでブーイングの中、プリドールに21秒の差をつけて5度目の総合優勝を遂げました。

翌1965年は、一説ではアンクティルはプリドールに敗れるのを恐れてツールを欠場したと言われていますが、最大のチャンスだったのに、プリドールは今度はイタリアのジモンディに2分40秒の差をつけられて、やっぱり2位に終わっていますが、それはまた別のお話。



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事

今年の総括、ゲシュケ

2018.11.11.09:11

1541845941_1_gross.jpg

毎年恒例の radsportnews.com のドイツ語圏選手たちの総括シリーズ、今年もやります。というわけで第一弾がゲシュケ。毎年来ていたサイタマも今年はこなかったんですね。

さて、2008年にスキル・シマノでプロ生活を始めたあと、名称は変われど、ずっとこのチームで走り、15年にはツールのステージ優勝をあげ、17年のジロのデュムランの総合優勝のために大きな貢献を果たしてきたんですが、来年は10年間いたこのチームを離れ、BMCの後継チームCCCへ移籍です。

ゲシュケ「僕はこのチームで成長したんだ、この10年以上、常に働きがいがあった。感謝しているよ。10年前にはこんなになっているなんて考えられなかった。」

今年のゲシュケは何よりツールでのデュムランの総合2位に対する貢献がポイント高いところでしょう。山岳ステージでも最後の方までデュムランをアシストしてました。そして自らもステージ6位が一度、そして総合では25位。

ゲシュケ「今年はこれまでで最も安定して走れたツールだった。特筆できる結果はなかったけど、調子は最高に良かった。」

ブエルタではTTで8位と9位と新しい姿を見せたかと思うと、世界戦の個人ロードではドイツチームが壊滅状態の中最高位(24位)。

今年は春先のティレノ〜アドリアティコで鎖骨を骨折して、一番好きなアルデンヌクラシックにベストの状態で臨めなかったけど、ツールまでに調子を上げられたことが、来年度への自信に繋がっているようです。

ゲシュケ「鎖骨骨折は残念だったし、アルデンヌでは自分の望むようなレベルにはなってなかったけど、そこからツールまでは最高の形で調子を上げていけたね。トップクラスの成績は残せなかったけど、悪いシーズンではなかった。」

CCCではサンウェブよりも自由に走らせてくれるようです。ここには今のところグランツールでの総合狙いのエースが見当たらず、ステージ優勝を狙うことになりそうなので、ゲシュケとしても今年の自信を結果に残せると良いですね。でも、まずは春のアルデンヌクラシックが最初の目標になるのでしょう。



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事

大臣って大変なのね 笑)

2018.11.09.22:44

これって冗談だろ、っていう画像をFBで教えてもらいました。いやぁ、大臣って自分の意見を言えないのね。ロボットになるしかないんでしょうかね。



ここまでやられると、笑うしかないよ。ただ、こういうのってマスコミでは全く話題にならないのは何故なんだろう? ここまで不誠実なことをやらかしたら、20世紀ならおおごとになっていたと思うんだけどね。

日本人はこういうことに対して怒らなくなった。結局、自分の生活とは無関係だと思えるからだろう。自分ファーストな国ニッポン、美しいね。世界の中心で花開く国だわ。



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事

出物、腫れ物、ドーピングコントロール

2018.11.08.22:41

たまには自転車のことも書かなくちゃ、自転車ブログになりませぬ。

というわけで、今年の夏にフレーリンガーのブエルタツィッター日記でちょっとだけ触れられていた選手たちの組合CPAの話題が rsn に載っていました。

この選手たちの労働組合CPAの議長はブーニョがやってるんですね。このCPAが、選手たちの人権を無視するようなドーピングコントロールのやり方に抗議の声を上げています。

ことの発端はクイックステップのピーテル・セリイが、フランドルの自転車競技のお祭りに出席していたところ、ドーピングコントロールのために職員が現れ、やむなくその場を離れなければならなかったことをツィートしたんですね。



1時間ぐらい待ってくれたっていいじゃないか、二週間で2回目だぜ。金の無駄遣いだろ!という塩梅で、これに反応してブーニョは「すでに結婚式の日や葬式の日、あるいは子どもが学校に上がる最初の日にドーピングコントロールの職員がやってきて検査をした例が報告されている。人権も何もあったもんじゃない。もう十分だろ!」と労働組合として抗議の声を上げたわけです。

選手たちはシーズンオフにもドーピング検査を無視すると「検査できず」とされ、これが3回あると出場停止処分となります。どこにいるかも常に報告しなければならず、大変なストレスではあることでしょう。しかも選手たちは(これは世界中のアスリートに共通)アンチ・ドーピング・システムのために賞金の2%を自動的に取られることになっていることからも、アンチドーピングの重要性はわかるが、選手の人権も守ってくれということみたいです。

まあ、ほとんどの選手はドーピングなんかしてないんだと信じますが、そうは言っても今年だけでもドーピングチェックで引っかかって出場停止処分になっている選手はいるわけで、なかなか難しいし、悪意を持ってドーピングしてるようなのは論外にしても、ビミョーなグレーゾーンというのは存在しているようだし、なかなか悩ましいところではあります。



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事

蓮舫対桜田 KOだな 笑)

2018.11.05.17:06

昨日のさいたまクリテは、色々あって行けませんでしたが、TVで見たら最後のアラシロくんが逃げたあたりは随分盛り上がったことでしょうね。キッテルも来ってるんだ 笑)みんな自転車乗ってたんですかね?


さて、すごいものだわ。

蓮舫がオリンピック大臣の桜田に、HPを過去さかのぼって探したがオリンピックのオの字も見つからなかったが、と正したら、桜田はいけしゃあしゃあと、自分でもなんで自分が五輪相なのかわかりませんが、と言ったのだ。

つまり安倍の組閣は適材適所なんて嘘っぱち。派閥の理論か、それとも桜田が過去に従軍慰安婦についてとんでもないことを言ってるので、そのご褒美か。

その後も質問されると自分では全く答えられずに、後ろの黒子官僚からカンペをもらって汗まみれでそれを読むだけ。しかも国のオリンピック予算も1500億を1500円と言っちゃう。

これまでに一度として国のオリンピック予算の額を見たこともなかったんだろうね。少しは勉強しておけば良かったのに。



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事

〇〇ファーストの愚

2018.11.02.16:44

昨日は今年初めて100キロを走りました。出が遅かったので、とりあえず奥多摩方向へ50キロ走って戻ってこようと決めて、なんとか100キロちょうどになりました。腱鞘炎になった手首の痛みはちょっとあるものの、まあなんとか耐えられる程度でしたし、今年前半苦しめられた腰痛も、今日になっても今の所出てないので、とりあえずは一安心というところです。

閑話休題。今日、実家へ行ったらその区の区議会議員のポスターの「区民ファースト」という言葉が目に入った。

トランプの「アメリカファースト」以来、小池の「都民ファースト」とか「アスリートファースト」とか、流行り言葉なんだろうけど、これってとても気持ちが悪い。

区民ファーストということは、つまり他の区民なんかどうでもいいと言っているような感じがするのだが、これはただの言いがかりだろうか? 

さらに、都民ファーストは他の県の人間などどうでもいい。アメリカファーストは他の国はどうでもいい。

これって、もう少し言えば、俺さえ良ければいいって言ってるのとあまり変わらない。まあ、もう少し正確に言えば、俺たちさえ良ければ他の奴らなんかどうでもいい、だろうか。

一方でこういう言い方によって仲間意識は強められるだろう。俺たち(区民、都民、国民)の結束は強められる。だけどそれ以外の人は? 

〇〇ファーストというのは今のトランプ的、安倍的と言ってもいいこの社会を表す言葉だと感じるのである。仲間内の結束を強めるとともに、それ以外の人に対する無関心、場合によっては敵意も生じるのではないか。

安倍が自分にヤジを飛ばした人たちに向けて「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と吠えたのは象徴的だ。世の中の人間を、自分の仲間(俺たち)とそれ以外にわけて、憎悪を掻き立てることで結束を強めようとする。当然のこととして分断は深まる。国のトップが分断を深めようとしているわけである。○○ファーストとはそういう方向へ向かう内向きのフレーズではないのか?

人類の歴史というのはこのような方向に向かうために発展してきたのだろうか?


にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事

ガーミンフォアランナー405

2018.10.31.23:11

メーターの話は先日京王閣フリマへ行って大昔のザックスユーレーのフォークにつけるタイプの奴の話をしました。

僕が自転車ロードレースに興味を持ったころ、ロードにスピードメーターを付けるなんてトーシロだという雰囲気があって、ホビーチームに入ってからも周りでは誰もメーターなんかつけてる人はいなかったんですが、84年にレモンがメーターを付け始めるとちょっと雰囲気が変わります。

ちょっと古いミロワールをパラパラやると、レモンも1983年に世界チャンピオンになり、その後はメーターなんかつけてなかったんですがね。

IMG_2596.jpg

それが翌年84年の春になるとこんなメーターをつけてます。たぶんアボセット製でしょう。

IMG_2595.jpg

このあとはずっとアボセットのメーターとオークレーのスキー用みたいな大きなサングラスがレモンのトレードマークになりますね。

IMG_2598のコピー

これが急激にプロトン内に広まるかと思うと、それがそうではなかったんですね。特に87年、88年とレモンが猟銃事故でレースに出ず、89年のカムバックのツールでもほとんどレモンしかメーターを付けてませんでした。プロトンの中でメーターをつけるのが当たり前になるのはおそらく91年ごろから。それでもインドゥラインやブーニョつけてませんでしたね。

一方日本では85、6年ごろからキャットアイからアボセットよりふた回りぐらい大きいメーターが出て、草レースの世界ではそこそこ見かけるようになったのでした。僕もキャットアイのやらアボセットも、それからドイツ製の防水の立方体のメーター 笑)も使いましたが、やっぱりハンドルの真ん中を持ちたいという思いから、冒頭のフォークにつけるタイプをかなり長い間愛用していたのでした。

しかし、当時創刊したばかりのバイシクルクラブ誌にはレモンのインタビューでメーターを使う利点が滔々と述べられていて、逃げていて後ろの集団が48キロで追ってくるのをサポートカーから聞かされたら、こちらはメーターで50キロをキープすれば逃げ切れると言っていて、そのデジタルな考え方に驚かされたものでした。実際のレースはそういう風にはいかないでしょうけど、メーターが一つのデジタルな目安になるというのが新鮮に感じたのでした。

まあ、ホビーレースの世界ではレース中にメーターを見て何かを決定したり判断するなんてのは無理で、レース後に最高速度や距離、平均速度を見て喜ぶのが関の山でしたが。

で、今のビンテージデ・ローザになってからはメーターなんて絶対つけられません 笑)だけど、距離ぐらいは知っておきたいということで、ここ10年以上ガーミンのフォアランナー405を愛用してます。腕時計型で、僕は日常生活で腕時計をする習慣がないんですが、自転車に乗っている時だけはこれ。時計もしてないのに白く日焼け残しの跡があって、半袖になると不気味だったりするんですがね 笑)去年スマホにしてからはアプリで Strava とか Road Bike なんていうアプリも入れてはいるんですが、これはあくまでも帰宅後に見るぐらいですね。

で、その愛用の405がとうとう壊れました。そもそもこのところ充電池の持ちが悪く、3時間もたないぐらいで、通勤自転車だと帰りは途中で消えてしまうような状態。ベルトも千切れて、一度交換したんですが、また千切れかかっていて、とうとう充電してもうんともすんとも言わなくなりました。というわけで早々にアマゾンでポチっ。新しいのが来ました。やっぱり気持ちいいですね。

IMG_2600.jpg



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事

改めて、彼が知らせたいことと僕ら

2018.10.26.21:32

このところちょっと忙しくて、なかなか考えて書けないんだけど、考えた方がいいとは限らないのでね 笑)

しかし、狂ってる。自己責任だなんて言っている連中はフリージャーナリストが危険なところへ行くのを、彼らが自分の金儲けのためだけにやっていることだと思っているんだろうか? 

「勝手に遊泳禁止のところで泳いで溺れた自己責任」などと言う奴すらいる。違うだろ!

比喩を使うのは好きじゃないけど、例えば世の中には危険な仕事がいくつもある。しかもその仕事がなければ僕らの社会も困るような仕事が。高いところに登って作業しなければならない仕事で転落したら、そんな高いところへ登った自己責任だと言うのだろうか?そんな仕事を選んだ自己責任と言うのだろうか?

自己責任って、要するに自分の行動力のないことに対する負い目を隠すための方便だろう。彼らジャーナリストが命をかけて世界に知らせようとしていることは、この世界を少しでも良くしようと思うからやっているのだ。本来、みんなが関心を持てば、社会に圧力をかけられ、社会を変えられるはずのことに、自らは踏み出そうともしないで、その踏み出さない、あるいは出せない負い目を、それで自らに納得させるための、都合の良い言葉。それが「自己責任」だ!

以前も書いたが、昭和の時代に「自己責任」なんて言葉は辞書に載ってなかった。「私たちが今ここにいるのは運が良かったから」 

昭和の時代にはジャーナリストが危険を冒して戦争の実態を伝えることを賞賛こそすれ、非難するような風潮などなかった。「勝手に危険なところへ行って」と言うところで、すでに前提が間違っているのだ。日本には「情けは人の為ならず」という言葉がある。情けをかけるのはあくまで自分のためなのだよ。

この世界には僕らの想像もつかないような環境に置かれた人たちがいる。それを伝えようとする人が窮地に陥った時に「自己責任」だなどというのなら、人間なんて滅んでしまった方がいいんだと思う。



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事

彼が知らせたいことと僕ら

2018.10.25.11:22

フリージャーナリストの安田純平さんが解放された。これに対して危険なところへ勝手に行ったんだから自己責任だという連中がこの日本にはまだまだたくさんいる。一般人がいう分には、バカだなぁ、こういう人たちがその危険な場所で今何が起きているのかを伝えてくれなければ、世界がどうなっているのかがわからないじゃないかと言ってやればいいだけだ。

そんなものわからなくてもいい、知らなくてもいい、という人もいるかもしれない。世界は平和で社会は安定していると思っていた方が楽チンだから、知らないままなら自らの負い目や後ろめたさを感じなくて済むわけ。

でもね、朝日の漫画にこんなのがあるそうだ(FBから拝借してきました)。
名称未設定

こういうことだよね。

人間に大切なのは想像力で、もし自分がこの危険な場所に生まれていたらと考える想像力が人間を人間たらしめているんだと思う。こうして世界をより良いものにしていきたいという気持ちがなければ、人類は早々に滅ぶだろうと思う。青臭いと思われるかもしれないけど。

これに対して、権力を持つ者たちが同じように自己責任論を振りかざす時、これは一般人が想像力の欠如から言うのとは違う悪意があると思う。彼らがそう言う時、それは人々の目を世界に向けさせたくないのである。人々を社会に積極的にコミットさせたくないんだろうね。



にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村
関連記事
 HOME 

プロフィール

アンコウ

アンコウ
**********************
あんけ・たつや。欧州ロードレースに興味を持ってすでに30年以上。主にドイツ人選手を応援。特に青田刈りにいそしむ。歳にも関わらず、あらゆる点ですごいミーハー。そのほか好きなものは、読書、クラシック音楽(特にバッハ)、友川カズキ、北方ルネサンス絵画、映画、阪神タイガース(村山、江夏以来ですが、強すぎないこと希望、弱すぎても困るが)。少し前から草食動物と化そうと「努力」しています。北欧の社会民主主義に対する憧れ強し。家族構成は連れ合いと娘三人。

* 時々コメントが迷惑コメントとして、こちらにも通知されないまま、ゴミ箱に入れられてしまいます。これは管理ページで迷惑メールをチェックすれば見られるのですが、そんなところは滅多にチェックしないので、承認待ちの印が表示されない場合は、ご面倒でも書き直しをお願いします。2017年8月3日記す

カテゴリー

openclose

マガジン9条

FC2カウンター

Amazon

ブロとも一覧

検索フォーム